Steins;Gate/輪廻転生のカオティック 作:ながとし
「どういう意味ですか?」
「瀧原、お前タイムリープしてきたんだろう?」
岡部倫太郎は確信を持っているような口調でそう言った。
これでは予定が台無しじゃないか。
「何のことだか僕わかんないなー」
「やめてくれ気持ち悪い」
「……なんでわかったんです?」
「なんで分かったんです……だと? あんな下手な芝居は誰でもわかるわ!」
その後、俺の不審だった点を散々言った後、岡部倫太郎はこう切り出した。
「いつ記憶を取り戻したんだ? いや、それよりも……なんでタイムリープしてきたんだ?」
「それは……」
「この世界線でもまゆりが死んでしまったとか言わないよな?」
「誰かが死んでしまったからタイムリープしたわけではありません」
いくらかの緊張がほぐれたみたいだ。
岡部倫太郎はゆっくりとソファーの背に体重を預けた様に見える。
「……この世界線の未来で消えてしまった人を救うために来たんです」
「消えてしまったとはどういうことだ?」
「この世界線からはじき出されると言うことですよ。そして消えてしまったのは―――」
「俺か……」
少ししか情報を与えていないのに、もうわかったのか。
いや、たしか原作で紅莉栖に因果律から外れてしまう可能性について聞かされていた筈だ。しかしよく覚えているものだ。
それとも俺が消えてしまった事から自分も消えてしまうのではないかと考えていたのだろうか?
「……そのとおりです。世界線を越えて、人が目の前で死んでしまうといった強烈な記憶を保持しているせいで他の世界線に引きずられるんです」
「対処方法はあるんだな?」
「もちろんです。ある可能性世界では紅莉栖がタイムマシンで過去へ行き、子供の岡部さんにキスをして、つまりこの世界線だけの強烈な記憶を刻んで助けました」
「それならばわざわざ瀧原がタイムリープしてくる必要はなかったんじゃないか? いや、そうならなくなったから来たのか」
「はい。この世界線ではタイムマシンを利用するということは出来なさそうですし、もしあったとしても世界線変動の危険性があるため使いたくありません」
「それで、俺はどうしたらいいんだ?」
「牧瀬紅莉栖を落として下さい」
「え?」
「牧瀬紅莉栖を恋愛的な意味で落として下さい」
これほど強烈な思い出となることは無いだろう。愛は岡部倫太郎を救うのだ。
元々は自然とイベントが増えるようにラボメンに働きかけるつもりだった。
そしてその中で自然と恋に落ちてもらおうとしたのだ。
余りに不確定すぎるとも思うが、よくよく考えてみればSteins;Gateのゲームの分類は恋愛アドベンチャーゲームだ。その主人公である岡部倫太郎がヒロインの一人や二人落とせないことがあるだろうか? いや、ないだろう。
「なぜ、俺が助手などとくっつかねばならんのだ!」
「別にまゆりちゃんでもいいんですよ? 岡部さんの心の向くままにすればいいんです」
「まゆりは俺の人質であって、断じてそういう対象ではない!」
「なら、紅莉栖おねーちゃんですね」
「ぐ、ぬぬ……」
諦めてくれたか?
「そもそも、何故この俺がそんなスイーツ(笑)な事をしなければいけないのだ!」
「それ以外に強烈な記憶を作れることがありますか? あるならその方法でもいいですよ。アインシュタインにも匹敵する頭脳を持つ鳳凰院凶真さん」
「気のせいだと思うんだが、俺へのあたりが強くないか?」
「七日になればわかるんじゃないですかね?」
決してあの日、黒歴史をほじくり返されたことを根に持っているわけじゃ無い。
「……本当にそれしか方法はないのか?」
「僕にはそれしか思い当たりません。でも安心してください、紅莉栖さんも岡部さんに少なからず好意を抱いていますから」
「それも予g―――」
消えた。
岡部倫太郎が消えた。
何故だ? 確かに劇場版の岡部倫太郎が一時的に消えるタイミングと合っているが、この世界線でそれはおかしい。このタイミングで一度消えると言うことは劇場版と同程度に他世界線に引っ張られていると言うことだと考えられる。
つまり、8月4日―――明日には消えてしまうと言うことか?
しかし、俺がタイムリープしてくる前は8月7日まで岡部倫太郎がこの世界線に存在していたことは確かだろう。
俺がタイムリープしたせいでタイムリミットが縮んだと言うことか? それとも―――
俺の前に再び岡部倫太郎が現れた。
世界線移動の衝撃に頭を押さえている。
「今のは……」
「岡部! 早く上に戻りますよ!」
「な、いきなりなんだ」
「いいから!」
岡部倫太郎のでかい体を引っ張って無理矢理階段をのぼりバーベキューをしている屋上へと出た。
もう肉は焼けているものもあるようでみんなぞれぞれ皿にとって食べている。
「あー岡部ぇ……見つけたぁ!」
紅莉栖が岡部倫太郎に迫る。
その隙にフェイリスが焼いている焼きそばの台へと逃げる。
「ぬわっ! なんだ、クリスティーナ……」
「やっぱりぃ、納得できない」
「なんの話だ」
「タイムマシンよ、ありぃえない、理論的に考えてぇ」
紅莉栖が持っていたビール缶を岡部倫太郎の鼻先に突き付ける。それを彼は取り上げた。
「おまえ、まさか、いや用意したのはノンアルコールビールだけのはず……なっ!」
俺の近くの椅子では紅莉栖と同じくすっかり出来上がった様子の天王寺さんと桐生萌郁。どうやらアルコール入りのビールを持ち込んだのは彼らのようだ。
「ねぇ、きいてるの? このまえの事よ。あんたアメリカに来た時もわたしに言ったでしょ? 他の世界線だとかその世界線で私となにかあっただとか、私が分からないことをいいことにしてあんなことまで……」
「あんな……こと?」
何かを思い出して動揺したらしい岡部倫太郎は地面に置かれていたビール缶を蹴って倒してしまった。
「な、な、待て、今ここでそれを言うつもりか!?」
「なに? やっぱり言われちゃまずいんだ……」
「あ…いや……」
「私、あの時結構……」
紅莉栖が顔を両手で覆ってしまった。
俺が介入したことによって大分思い出が少なくなったはずなのだが展開は変わらなかったらしい。SGβ世界線(仮)に来るためのDメールが何かかかわっていたのだろうか?
「ニャ、どうかしたニャ? もうすぐフェイリス特製の世紀末焼きそばが完成するニャーン」
酔っ払い特有の機嫌がころころ変わるとかいうやつなのか、紅莉栖が怒り出した。
「こいつさぁ! 去年の夏からメール一つ寄越さないのよぉ! 散々助手だとかクリスティーナだとか言っておいて、好きだとかなんだとか、全部別の世界線のせいに―――」
「お、お、落ち着けクリスティーナ!」
岡部倫太郎が牧瀬紅莉栖の口をふさぎ階段の方へと連れ込んだ。
普通誰か気づくはずなのだが、天王寺さんと桐生萌郁がご機嫌に歌を歌っていたためそちらには目が向かなかったみたいだ。
そっと後ろからついて行く。
暴れる紅莉栖に押され岡部倫太郎は階段をよろけるように数段降りた。
「危ないだろ」
「ふふーん、おーかべ。……抱っこ」
落ちるように身を傾ける紅莉栖。もちろん岡部倫太郎は抱きとめた。
頬ずりしだす紅莉栖。
「じょりじょりー」
「なっ、離せっ」
「ちくちくするー」
「やめろっ。人が来たらどうするんだ」
「嫌なの?」
「へ?」
「人に見られたら嫌なの?」
「別に嫌というわけではないが……」
この後確か一緒に階段から落ちて行く筈だ。助けてもいいだろう。
「わー紅莉栖おねえちゃんと岡部おじちゃん夫婦みたいだねー」
「なっ、瀧原助けてくれ!」
「わたしたちお似合いの夫婦だなんて……えへへー」
そういうと紅莉栖は岡部倫太郎の腕の中で眠ってしまった。
岡部倫太郎に紅莉栖を落とせとか言ったが、もう既に落ちているように見える……気にしないことにしよう。本人が気づくまでは問題ないだろう。
眠ってしまった紅莉栖をラボのソファーに寝かせ頭に濡れたタオルを置いてあげた。
劇場版では階段から落下したせいで大分酔いがさめていたが、この様子だとずっと眠ったままだろう。
多分これで岡部倫太郎が消えるのが8月7日になってくれたはずだ。
紅莉栖との思い出が原作より少ない分この岡部倫太郎は初心だから、こういった事でもリーディングシュタイナーの過負荷を軽減できたのだろう。
「岡部さん。さっき言った紅莉栖さんの件やってくれますね?」
岡部倫太郎が白衣から携帯を取り出した。
「俺だ、……ああ、今俺は危機的な状況に追い込まれているらしい。不本意だが覚悟を決めなけれなならないようだ。ああ、へまはしないさ。エル・プサイ・コングルゥ」
「本当はよろこんで、ですよね」
「う、うるさい!」
小さめに怒鳴る岡部倫太郎。紅莉栖を見つめる目は優しいように見えた。
-追記-
誤字報告ありがとうございます。