Steins;Gate/輪廻転生のカオティック 作:ながとし
リーディングシュタイナーによる強い不快感が収まった。
世界線移動に成功したようだ。しかし……おかしい。
「岡部、放電現象終わっちゃったわよ。実験するんじゃなかったの?」
何故、紅莉栖が岡部倫太郎とまだ電話しているのか。
「えっ? 送った? それじゃ何で私がそのことを覚えてるのよ」
何故、ラボがまだあるのだろうか。フェイリスルートの世界線ならば未来ガジェット研究所は存在しない筈なのに。
送った内容が些細なことで世界線が変わらなかったのだろうか?
いや、それはない。あれほど強い世界線移動の反動を受けたのだ、変わっていないはずがない。
しかし、フェイリスルートの世界線ならばラボは消えているはずだ。
では、何故?
「瀧原ならここにいるわよ。えっ、替われ?」
紅莉栖から携帯電話を渡された。
取り敢えず、耳をあてた。
「どういうことだ。お前の言う通りにDメールは送った。世界線移動はしたようだが、変わった様子が見られない」
ダイバージェンスメーターの存在を思い出し、紙袋の中から本体をのぞかせた。
最初の0.以外の数値が読み取れない。複数の数字を一つのニキシー管で無理矢理に表示させているように見える。
世界線が重なっているのか? もしそうだとしてだ。こんな表示は原作にはなかった。
「瀧原?」
「秋葉原は今も電気街ですか?」
「ああ、マンションから見た限りはそのようだ」
意味もない質問をしてしまう。世界線移動が失敗したことは分かりきったことであるのに。
確認もしないで通話を終了させた。
ラボのソファーに座って力を抜いた。何か鳴った気がしたが気にする余裕はなかった。
一縷の望みをかけて俺は夜まで待ったが、希望が潰えただけだった。
外国人のクルーカットの男を筆頭に数人の男たちが銃器をもって部屋に突入してきた。
「両手を上げろ!」
もう鈴羽は助けてくれない。
桐生萌香が現れる。原作のあの状況と同じ。ヒールを履いている。
片手を上げていない俺に気付いたクルーカットの男が脅してくる。今しかない。
あらかじめ用意しておいたモアッド・スネークを使かってから、俺は開発室に向かう。
水蒸気によって視界不良の中、銃が乱射された。
「まゆ……り?」
椎名まゆりが撃たれたようだ。早くこの時間から逃げよう。
ジャンクリモコンでブラウン管は点灯済みだ。俺は無理矢理、岡部倫太郎にもヘッドギアをかぶせタイムリープマシンを使用した。
8月14日 19時53分
↓
8月14日 8時53分
俺のせいだ。
前の世界線で見たダイバージェンスもおかしいところが少しだが、あったのだ。
そのことをしっかりと考えもせずに岡部倫太郎にメールを送らせてしまった。そのせいで原作から大きく外れた世界線にたどり着いてしまったのだとしか考えられない。
こんな世界線は知識にない。つまり俺には修正することすらできない。
失敗した。
俺は失敗したのか。
そんな考えが何回もめぐる。
やはり俺には荷が重すぎることだったんだ。
この世界がSteins;Gateの世界であると気づいてから、俺はディストピアの未来から逃れるために岡部倫太郎をはじめとするラボメンたちに干渉したのだ。身勝手だったのだろう。
俺が何もしなくても、ディストピアが回避されたのかもしれない。俺が何もしなかったら、無事にSteins;Gate世界線1.048596%にたどり着いたのかもしれない。
「……は…」
まゆりが死んでしまうを事を確定させてしまったのは俺だ。
「た…はら」
こんなめちゃくちゃな世界線で俺はあと何ができるのだろうか。
「瀧原!」
肩を揺さぶられた。俺の目の前にいたのは紅莉栖だった。
「携帯電話、鳴ってるわよ」
岡部倫太郎からかと思ったら、橋田至からの電話だった。彼がかけてくるような用はない筈だが。
「もしもし」
「……瀧原氏。阿万音鈴羽がジョン・タイターだったって知ってる?」
もちろんだ。でもまたおかしい。自分が直接かかわらなかったとはいえ世界線の移動で橋田至がそのことを知ったことはなかったことにされているはず。
何故だ? なぜこの世界の橋田至がそのことを知っている。
「橋田さん、あなたこそなんでそのことを知っているんですか?」
声が大きくならないように努めて喋った。
「ラジ館の地下でまってるお」
電話が切れた。
そう言えば橋田至は岡部倫太郎がDメールを送った際にいた筈なのだが世界線移動の後に消えていた。
それに今の発言。行くしかないようだ。
バイクで走り回った中央通りを抜け、タイムマシンが飛び去った後のラジ館へと入る。
地下なんて無かったはずだが確かに続く階段があった。
暗い。いつもは倉庫かなんかに使われているのかと思うほどに広い。
一つの方向から光が差している。その下にいるのは橋田至と思われる影だ。その周りには、本やディスプレイが大量に置かれていた。
「ようこそ、ワルキューレへ、瀧原浩二」
ワルキューレ。それは未来でSERNに対抗しているレジスタンスの名称。
この時代にはまだない筈だ。しかし橋田至はそう名乗った。つまりコイツは未来からタイムトラベルもしくはタイムリープしてきた未来の橋田至。バレル・タイター。
「何の用ですか。バレル・タイター」
「君の方が、よく知っているんじゃないか? この世界線がディストピアに収束すると言うことを。そして僕は君に世界を救って貰いに来たんだ」
「冗談は程々にしてください」
世界を救う? 笑い話にもならない。失敗してどうしよう出来なくなった俺に?
携帯電話がメールの着信を伝えた。タイミング的に考えればこれは……
「メールを開いてくれ」
バレル・タイターにせかされるままに携帯を開いた。ムービーメールだった。
最初は砂嵐だけだったが徐々にカメラに映る人物の像が見えてきた。
『初めましてですね。過去の俺』
……多少老けているが、俺か?
『このメールが届いていると言うことはダルと接触できたということですね。それでは、早速説明を始めましょう』
どういうことだ。俺がこのバレル・タイターとこの場所で会うというのが何かのトリガーになっていたとでもいうのか?
『あなたは、未来を都合の良いように変えようとして失敗した。原作とはまるで違う世界線に突入してしまい打つ手が無くなったと思っている。そうですね?』
『……結論を先に言いましょう。俺という存在がいる時点で元々Steins;Gate世界線に移動することは不可能でした』
『しかし、紅莉栖もまゆりも死なず、第三次世界大戦もディストピアも起きない世界線に変更することはできます』
『それでは彼に習い、こう言いましょうか。これよりオペレーションアダムの概要を説明する』
『あなたは世界を自分の意志で歪めて今の世界線に至った。その結果世界線が重なるという例外が発生した。それを逆手に取るのです』
『過去の俺の行動をDメールで制御して、因果を重ね互いに打ち消し合わせ、望む世界を手繰り寄せる』
『―――第二のシュタインズゲートに到達するのです』
『過去を重ねて結果を変える。あとは俺ならわかりますね? それでは使命の遂行を頼みます。エル・プサイ・コングルゥ』
再生は終了した。
送られてきたムービーメール以外にも数十件のDメールと思われる文章が送られてきていた。時間も大体指定されていてこのメールをこの時間に送れと言うことだろうか。
それにしても、世界線変動も考慮してDメールを作成したとすればどれほどの計算が必要になったのだろう。
「Dメールを同時送信できるように改良は済ませてある。タイムリープと同じ方法を採用したらすぐにできたよ」
さすが未来から来たスーパーハッカー。やるべきことはやっていたらしい。
ならば、すぐにでも送るべきだろう。しかしまだおかしい点がある。それを聞いてからではないと送れない。
「なぜ、未来の僕はその時間からDメールを送らなかったのでしょうか。……いえ、送れない理由があったのではないですか?」
「…………」
Dメールの文面がすべて完成した時間から送ってしまえばそれでいいはずなのだ。わざわざ過去の俺に託して送らせる物でも何でもない。そこが気がかりだった。
黙り込んだ後、バレル・タイターは橋田至の口調で話し出した。
「はぁ、瀧原氏はホントに心の中読んでんじゃないかといつも思うんだよね。……分かった、言うよ」
橋田至はやはり口が軽い。原作の阿万音鈴羽のタイムマシンの件もそうだった。
「驚かないできいてほしい。……この作戦で瀧原浩二の存在が消えてしまう可能性が極めて高いんだ。僕も初めて聞いた時は何の冗談? って思ったよ。でも、この時間からして、未来で見せてもらった実験の資料からするとホントの事らしいんだ。瀧原氏って転生者ってやつなんでしょ? それもほかの可能性世界からじゃなくてまるっきり異世界からの。だからさ、この世界という器が瀧原という存在を受け止めただけでも奇跡なんだって言ってたよ」
先ほどまでの威圧的な話し方が和らぎ何だか申し訳なさそうにしている。
そう言えば世界線移動の度に薄れていくような感覚があったが、存在が消えるか……。
「これから行こうとしている世界線はとても不安定なんだ。そこでは、瀧原氏が水だとすると世界がざるに等しくなるってさ。未来の瀧原氏はどうしても自分で送信できないから過去の自分に託すんだって言ってムービーを撮ってたお。きっとあの頃の自分ならやってくれるって。今の自分にはもう何かが欠けてしまったからって」
未来の俺は橋田至にも送るように頼んだらしいのだが断ったらしい。
もしここで、俺が送らなかったとすればどうなるだろう。一つの時間の環が出来てしまい、岡部倫太郎がまゆりの死を見て絶望する事を永遠と繰り返すのだろうか。
つまり、ここで俺が送らなければ本当の”詰み”というわけか。
「ごめん。瀧原氏。僕らにはこれが限界だったんだ」
「いえ、ありがとうございます。橋田さん」
できるだけそっけなく言ってラジ館から出た。
俺は、外に出た後、思い出の地を巡りながらラボへと戻った。案外とゆっくりしていたらしく帰るころにはもう夕方だった。
俺の目の前にはタイムリープマシンが鎮座している。
これが、全ての元凶。これが、全ての思い出の始まり。散々このマシンにも振り回されたが、それは俺が愚かだっただけだろう。
ラボのみんなにはお金を多めに持たせて買い物に行ってもらった。紅莉栖に怪しまれそうだったが、食い気の強いまゆりに引っ張られていったからしばらくは帰ってこないだろう。
流石に岡部倫太郎は騙せなかった。何かしようとしているのは丸わかりだっただろうから。
俺は、橋田至が用意してくれた、Dメール同時送信機能に送るメール文章を黙々と打ち込んでいった。
「何をするつもりなんだ。わざわざラボメンたちを追い出して」
「世界を変えるんですよ。誰も死なない世界に」
追い出したのは俺の決心を鈍らせないためだ。
「今度こそ、確かなんだろうな」
「はい。確かです」
なにせ、未来の俺が頑張って考えた策らしいからな。
受信していたムービーメールを岡部倫太郎にも見せた。
それきり、会話は止まった。
何件もあるメールを打ち込むうちに俺は沈黙に耐えきれなくなって岡部倫太郎に話しかけた。
「あの、岡部さん。きっと、この先、素晴らしい未来が待ってますよ。ディストピアも第三次世界大戦も起きない素晴らしい世界が」
「第三次世界大戦?」
「言ってませんでしたっけ。紅莉栖が死んでしまうアトラクタフィールドの未来では核戦争が起きていたんですよ」
さらっと言ってしまった核戦争という言葉に岡部倫太郎は驚いて口を閉じてしまったようだ。ムービーメールでも言っていたはずだがよく理解していなかったのだろうか。
カタカタとキーボードの音だけが響いている。
「沢山の事をしてきましたね。ロト6を当てようとしたり、漆原るかを女の子にしたり、鈴羽を過去に送り出したり、そのほかにも……全部楽しい思い出でした。」
「ああ、そうだな」
「僕は最初からどんな未来があるか知っていたんですよ。どんな行動を誰がすればどんな世界に行くのかも……すべて知っていました。だから、毎日の自分の行動が人類の未来に直結するっていう不安に押しつぶされそうでした。世界のターニングポイントがこの僕の手に握られているんだって」
「…………」
「だけどね、この世界の人たちが僕を救ってくれたんですよ。優しい言葉で僕を慰めてくれたんです。だから、僕もその人たちを助けなければいけないんです」
全てのメールを打ち終えた。あとはエンターキーを押すだけだ。
改めて岡部倫太郎に向き直った。
「今までありがとうございました。ラボメンにしてくれて本当にうれしかったよ。……僕の事をどうか忘れないでくれ」
俺にとってこの人生は余分みたいなようなものだ。これだけでラボメンのみんなが幸せになるのなら消えたってきっと、惜しくない。
「忘れないでくれ?……!」
何かに思い至り、慌てて俺を止めようとしたらしいがもう遅い。エンターキーはもう押されている。
世界の輪郭が歪み。認識を司る器官が悲鳴を上げた。
俺が世界線移動を観測して、瀧原が消えてから数日が過ぎた。
憶えていた電話番号にかけても誰も出ることは無く、現在使われていませんと言う無機質なアナウンスが応答するだけだった。
瀧原が最後に言った忘れないでくれという言葉は、俺には聞き覚えがあった。
リーディングシュタイナーで移動してくる瀧原に塗りつぶされて消えてしまった、もう一人の瀧原も消える前にそんなことを言っていたのだ。
あいつはまた俺が何もできないところで頑張って、そして消えてしまった。
でも、そのおかげで俺たちは今こうして生きている。まゆりも紅莉栖も死なない世界で。
アキバを歩いて見れば、再び萌えの聖地としての姿は復活しており、懐かしいというのもおかしいかもしれないが、メイクイーン+ニャン2も存在していた。
フェイリスのパパもこの世界には存在しているようで、雷ネットの大会で優勝したら祝ってもらうニャンとか言っていた。
俺が知っていたいつもの秋葉原。でも瀧原が存在していたという痕跡だけは見つけられない。
ポケットの中に手を突っ込むと残された二つのピンバッジを取り出した。
ラボメンナンバー008と009の分だ。
まゆりとダルと紅莉栖には、いつも通りラボにいるときに手渡した。桐生萌香はラボの下にあるブラウン管工房で、こんな所でバイトを始めていたのでびっくりはしたが、いつでも我がラボを尋ねるがいいと言って渡した。その後柳林神社まで歩いてルカ子に、フェイリスの分はパパさんの生存を確認するときに渡してきた。
鈴羽には7年後、生まれたときに渡す予定だ。
そして、今いるのはあの始まりの場所。ラジ館前。
俺がダルに牧瀬紅莉栖が刺されたみたいだとメールで送ったことからすべては始まったのだ。
そして、瀧原ともここで初めて会ったのだ。
ラジ館にはタイムマシンが突っ込んだことによる穴は存在せず誰もその上部には目をやらない。
俺はそのタイムマシンがあったであろう場所をじっと眺めながら、瀧原と奔走した世界線の思い出に浸った。
思いつきで書き出してここまで書けるとは思ってもいませんでした。
走り書きの様なもので、見苦しい点が多々あったかと思いますが、読んで下さりありがとうございました。
これにて、完結で―――
珍しく過去の思い出に浸っている俺の足を誰かが突いている。
目をやると、小さな男の子だった。
「どうした、坊主。迷子にでもなったのか」
話し掛けた途端。男の子が泣き出した。
……だから、子供は苦手なのだ。あの小動物も少し脅かしただけで泣き出す。この子に至っては声を掛けただけだぞ。
微妙な気持ちになりながら、慌てて頭をなでてあやそうとした。
「ひっぐ……おじちゃんの名前って岡部倫太郎?」
泣きながら、俺の名前を当ててきた。
俺の名前を教えた奴は誰だか知らんが、ここは訂正しておこう。
「フッ、俺は岡部倫太郎という間抜けな名前でも、おじちゃんでもない! 狂気のマッドサイエンティスト鳳凰院凶真だ!」
「……岡部倫太郎なんだね」
グッゥ、この子供、俺の名乗りを前にしても華麗にスルーして見せたぞ……。
将来は大物になるに違いない。
「何だかね、おじちゃんの顔を見ているとね、ごめんなさいって気持ちとありがとうっていう気持ちで一杯になるんだ。それとね、まゆりちゃんとか、くりすちゃんとか、いたるくんとかいろんな人の名前も出てくるんだ……」
「なっ?」
なぜ、ここまで知っている?
……まさか!
「坊主、名前はなんていうんだ?」
「僕の名前は―――」
言いかけた所で、保護者らしい女性が、コウちゃんと呼びながら駆け寄って来た。
「ごめんなさい。うちの子がご迷惑をおかけしたようで」
「いいんですよ、気にしないでください」
「ママ! 会えたよ、岡部倫太郎に!」
「ごめんなさいね、この子ったら数日前から秋葉原に行きたいって言うもんですから連れて来たらすぐに飛び出しちゃって」
そういうとサッと坊主を胸に抱いた。
「坊主、これをやる。いつだって我がラボはお前を歓迎しよう」
俺が取り出したのはピンバッジ。その小さな手に握らせた。
「いいの? ぼくがラボメンでもいいの?」
「ああ、当たり前だ」
喜ぶ坊主の様子にママさんがお礼を言ってきた。
少し言葉を交わした後、二人は人ごみの中へと消えて行った。
あいつの事だ。前の世界線で転生者とかいう存在だったのならば、こんなことになっていてもおかしくはないだろう。全く、ファンタジーな奴だ。
涙を拭い再びラジオ会館を見上げた。
レッドのストレート型携帯を耳にあてる。
「俺だ、……ああ、全く謎の男も粋なことをしてくれる。これもすべて運命石の扉の選択だとでも言うのだろうか、最後の最後まで振り回してくれたな……」
俺はせいぜい幸せに生きていくとしよう。お前が託してくれた、この世界で。
Steins;Gate/輪廻転生のカオティック 完