Steins;Gate/輪廻転生のカオティック 作:ながとし
絶体絶命のトゥルー
信じられるだろうか
俺は信ずることしか出来ない。
選択する余地すら残されていない。
彼の言葉を借りるならばこうだろうか。”これは断じて厨二病の妄想なんかじゃない”
尤も、彼、岡部倫太郎にはモニター越しでしか会ったことが無いのであるが。
とにかく俺は最も平和で厳しい世界に再び誕生していたらしい。
気付いた時にはもう神を冒涜する物語は始まっていた。
俺は彼のように迂闊で、慎重さに欠けていた。
気づく要素なら幾らでもあったはずだ。ドクター中鉢、SERN、@ちゃんねる、牧瀬紅莉栖――。
ただ俺は気づこうとしなかっただけかもしれない。
これは俺に対して神からの最後通告と言えよう。
俺が新たな人生を誰かさんから拝領してニ十回目の、それはもううんざりするほどの夏。照り付ける日差しの中俺はやることもないので図書館目指して健康的に走り回る子供たちを横目に歩いていた。
こんな環境では歩けるものも歩けはしないと落ち込む気分を励まそうと、ショルダーバッグに入れておいたお茶を取り出すがもう既に中身は空。
「…………」
自然と目は自販機を探し出したが、その誘惑を心の奥に押しやった。
此処で買う癖がついてしまえば思ったより多くの金が吸い込まれてしまうのを去年思い知らされたからだ。
もっと大きいペットボトルにお茶を入れてたら良かったのにと数十分前の俺と、これくらいならすぐ着くだろと歩き始める浅はかな思考をしたこれまた数十分前の俺を恨むが、図書館の休憩室にはウォータークーラーがあるのを思い出し、不毛な思考をやめにして地面に焼き付いてしまいそうな足を前に出した。
古そうな外観の割には新しい設備が整う図書館に入り喉を潤した後、暫くエアコンの真下の椅子で涼むことを決めた俺はさっさと本の返却をして手頃な本を手に取り本棚の隅にある椅子に陣取った。
当たり前にことであるのだが適当に取った本を読むことには少々のギャンブル性がある。今日の俺は見事にハズレを引いたらしく数分もしないうちに元の場所に本を返していた。
目立つように配置されている本の中にも興味を引くような本は無く、仕方なく借りる本を探しに専門書等が並ぶエリアに入った。
前世では専門書等を見れば頭が痛くなること間違いなしであったのだが俺、瀧原浩二として生まれ変わる前に見た走馬燈とかいう現象を体験してからと言うもの不思議と記憶力が飛躍的に向上したのだ。自分が下のお世話をされた回数さえはっきり思い出せるものだからいい事ばかりではない事を先に言っておこう。
ともかく、その完全記憶能力もどきを体得してしまった後、勉強とは記憶することが基本というわけで、ある程度すらすらと解けたならば気持ちがいいもので、その優越感と爽快感のおかげでこの一般人お断りとでもいう様なオーラを放つコーナーに自信をもって入ったと言うわけだ。
まぁ、その優越感から生まれるものは良いものだけではないわけで、この通り連日一人で本を探しているわけである。悲しいね。
それなりの数の分野の棚をまわった後、手には数冊の本が存在していた。
さっさと帰ろうとカウンターに向かう時、あるコーナーが視界の端をよぎった。
「――ん?」
海外で発行されている数々の雑誌を纏めたコーナー。
その中の科学雑誌『Science』その表紙。
「牧瀬紅莉栖……?」
雑誌を手に取り該当するページを探す。
あっ……た。
――『側頭葉に蓄積された記憶に関する神経パルス信号の解析』
「ハハッ――」
20年に及ぶ疑念が今さら頭を出しやがった。
俺が生まれた世界は何処かの創作物と共有点があるのではないかという疑念だ。二次創作界隈では定番の一つである例の『転生』というやつだ。幼いころは体と環境に引っ張られた精神によりそのような妄想を繰り広げていたが、こうも現実になって来ると笑えない。
「どうせなら長門有希ちゃんの消失でも良いじゃないか……」
この世界に酷似しているであろう作品名はSteins;Gate。
幾多、幾億の可能性の内の一つにしか幸せが訪れないという、正しく未来を知る俺にとって流刑地にも等しい世界。
思わず頭を抱えた。
原作で椎名まゆりはある日になるとどんな事をしようと死んでいた。
もしかしたら、俺ももうすぐ死ぬ運命にあるとすれば、これから行われる世界線移動によって何度も死を経験することになるだろう。
いや、それよりも、おそらくこの世界の未来は間違いなく俺の望むものではない。下手をせずとも死んでしまうことも大いにあるだろう。
そんなの嫌だ。誰だって嫌だ。
どれだけ助けを願おうとも世界線が変動しない限り数十年も経たないうちに死ぬかあるいはそれに近い状態になることだろう。
俺が死ぬ? また? 俺が?
「……あの、大丈夫ですか?」
本を落とし、呆然と立ち尽くす俺に声をかけてくるのは何ら不思議な事ではなかった。
ふと、スイッチが入ったように図書館を飛び出した。
今は何も考えたくはない。
通行人が引いた目で俺を見るがそんなものは気にもかからず、ひたすら来た道を走った。
「はぁ……はぁ……」
家に着いたらそのままシャワー室に駆け込んで、服が濡れるのも気にせずにコックを捻った。
流れてくる水によって衣類がぴったりと張り付き気持ち悪いが、少しは頭が冷えたようだ。
現在の自宅の惨状を改めて考えると悲惨なものだ。ドアは半開きで靴のまま入ったせいで床は汚れ、そのまま濡れたせいで今日、明日は履けないのは明らかだった。
だか、混乱したままあの場にいるよりは良かっただろうと一旦区切りをつけて、取り敢えずびしょびしょの服を脱いで再びシャワー室に入った。
ここがSteins;Gateの世界だとすればここはどの世界線なのだろう。
α世界線? β世界線? γ世界線? δ世界線? SG世界線?
それとも、さっきの論文はただ単に偶然同じ名前であるだけでSteins;Gateと全く関係のない至って、普通の世界である可能性もある。
尤も、Steins;Gateの世界であってもδ世界線、もしくはSG世界線であればいいのだが。
いや、希望的観測は碌でもない結果を呼ぶことは明らかだ。
となると自分が今すぐ積極的に未来ガジェット研究所に関わっていくべきだろうか?
ダメだ。
せめて最初の、岡部倫太郎が初めて世界線移動するあの7月28日まで少なくとも待つべきだ。
リーディングシュタイナーが無ければ考えた所で世界線移動によって無かったことにされることだろうし、つまりは7月28日には未来の岡部倫太郎が全てを解決してくれるのかもしれない。
そんな淡い願いを抱きつつ7月28日俺はラジオ会館四階の通路の陰に隠れていた。
上の階ではドクター中鉢によるタイムマシン発明会見と銘打たれた会に集まった人たちが退屈そうに開始時刻を待っている事だろう。なんてことを思いながらバッグに用意した血糊とスタンガンの確認をする。
本来ならば必要のないものだが、未来にてムービーメールを受け取った岡部倫太郎がもし再び失敗してしまったらなどと考えると恐ろしくて仕方がなくあくまで保険。他の言い方をすれば俺の精神安定のために用意したのだ。
もうすぐここに岡部倫太郎と牧瀬紅莉栖が踊り場で鉢合わせに――
「すいません」
「っ!?」
階段から現れた白衣の青年、岡部倫太郎が辛そうで泣き出しそうな顔で牧瀬紅莉栖を見つめる。
再びタイムトラベルした岡部倫太郎であることを祈りながら、期待から来る興奮と未来への不安に俺は手を握り締めた。
「紅莉栖……!」
「……私、あなたと面識ありました?」
「いや……」
この後だ。
大半の話を聞き流しある一言にだけ耳を研ぎ澄ませる。
「俺はお前を――」
「なんです?」
「……」
首を振った後、岡部倫太郎は確か八階を目指して駆け上がっていった。
「あ、待って! 待ちなさい!」
牧瀬紅莉栖も追うように四階の踊り場から消えた。間違いないこの世界線はβ世界線、つまり執念オカリンの世界だ
ここで、SG世界線に向かうように動き回るのも良いのかもしれないがもしそれをやってしまえばどうなる? 世界線移動の辻褄が合わなくなり執念オカリンも無かったことになるのかもしれないそして、SG世界線への道が閉ざされる。それとも無事にSG世界線に突入することが出来るのかもしれない。
悩んだ末、消極的に静観に徹するとチキンな決定を下した俺はラジオ会館から出た後、岡部倫太郎と椎名まゆりが来るであろう中央通りの秋葉原駅が見える位置に先回りした。
秋葉原駅の人の邪魔にならないであろう建物の脇で立ち止まる。
世界線移動まではまだ少し時間がある筈だと、俺は壁に背中を預けた。
さっきの岡部倫太郎が「俺はお前を助ける」であれば、すなわちムービーメールを見た後再びタイムトラベルをした彼でありSG世界線突入ほぼ確定だったのだが、今来た彼は決意できていない方の彼だ。
つまりSteins;Gateのプロローグ時点の方の岡部倫太郎だと考えられる。
これから岡部倫太郎は、まだ知る由もないがSteins;Gateに向かって時空を漂流するというわけだ。
しかし、彼がSteins;Gateに到達するのはとても難しいことはゲームをプレイしてよくわかっている。始めてトゥルーエンドに到達したときは興奮のあまり鼻血が出た。
メールの返信内容。各個別ルートのヒロインとの思い出、苦悩。それらの試練を乗り越えて沢山いるうちの一人のオカリンが到達できる確率はどれほどの物だろうか?
優しく言っても厳しいとしか言えないだろう。
初見で寄り道せずにトゥルーエンドまで行けた奴は真のオカリンだよ本当に。
だから俺が目指すのはフェイリスルート。
多くのルート内、SG世界線へ移動する事よりも簡単でディストピアも第三次世界大戦も確定していない、作中で二番目にマシな世界線。
δ世界線も平和な世界線であるのだが、行きかたがさっぱりわからない。
岡部倫太郎が”調子に乗っていっぱい送りすぎてわからなくなる程Dメールを送った”と比翼恋理のだーりんで描写されていたのみである。
調子に乗せるのは簡単かもしれないが、下手に送りまくってもらっては原作と乖離しすぎて俗に言う”詰み”の状態にでもなったら笑い話にもならない。
タイミングとしては漆原るかがラボメンになった後なのは分かっているのだが………
まさしく、それは―――あったかもしれない、ラボメンたちとの物語なのだ。
もうそろそろだろうか? 右腕にはめられた時計を見てタイミングを計る。
人ごみにまぎれ後は世界線移動をま待t――
ふと、今まで歩いていた筈の大勢の人々が神隠しにあったかのように姿を消した。
「人が、消えた……?」
「―――っくぅ」
これが、世界線移動の衝撃……。強烈な違和感が脳を刺激する。
いや、そんなことよりも、これはつまり、リーディングシュタイナーが発動した!
発動などしなくても間違いなく他世界線の俺も岡部倫太郎のサポートに入らざるを得ないだろうからあまり心配していなかったが、都合がいい。
取り敢えず今はバレないように様子を伺うしかない。
なんとなく、原作にもっと救いがあってもいいじゃないという考えのもと書いちゃったものです。
るか君は男の子でもオカリンと付き合えるし、トゥルーエンドで一番不幸なのはフェイリスだと思うんです。
だーりんも最高なんですが、できるだけ原作沿いでやってみたかった。
この話の都合上原作のセリフを流用しないといけないところがあるのですが禁止事項に触れないか内心びっくびくです。
-追記-
誤字報告ありがとうございます。
主人公の記憶に関する部分を追記しました。