もう少しで勉強合宿です。
その名の通り、勉強の合宿。
執筆が25~27日の三日間、できないという寂しさ(´;ω;`)
いつ一章を終えようか悩み中なのです。
案外近いかもしれません。
では、本編どうぞ!
「じゃあ、今から説明していくよ」
里美先生がそう話の展開を開始させる。
透明
茜色の夕焼けに染まったそれは、やや
柑橘に当てられたこの図書室も、色を変えて佇んでいる。
黒のスーツに肌を隠した先生も、違和感なく溶け込む。
「早速だが、いいニュースと悪いニュース。どっちが聞きたい?」
悪戯を仕掛ける前の幼子のように、口角を上げる里美先生。
見慣れない笑顔の種類に新鮮味を感じながらも、俺は惑う。
それほど重要性はないが、この言い方だと相当に「ナニカ」があるのだろう。
でなければ、こんな試し顔はしない。
「……では、いいニュースからお願いします」
俺も同意の言葉を並べようとしたが、隣の少女から先を越される。
苦笑いを張り付けて肩を竦めながらも、里美先生を見据える。
「じゃあ、作業時間についての朗報だ。――
「「……はい?」」
作業期間は確か……一ヶ月間だったはずだ。
つい先程まで、余裕綽々だと高を括っていたはずなのだが。
一ヶ月間を四週間だと置き換えて、単純に作業できる日数は――
「――八日で完成させろ、と?」
「まぁ、そこまで立派なものじゃなくていい。精々『新聞』とは名ばかりの、生徒への配布物の一種だからな」
今度は神妙な顔つきになって、綻んだはずの笑顔は消えていった。
隣の綾瀬も難しい顔をしたまま、俯いて顎に手を当てている。
されど思案顔は一瞬で崩れ、また無表情になった。
「わかりました。作業時間の件はともかく、内容は?」
「自由。何でもアリ。おすすめの一冊を紹介するもよし。読書に関するアンケートを取って、結果を公表するもよし、ってね」
「里美先生、それは私達が手伝ってもよいものですか?」
「勿論。ただ、主軸は二人だ。あくまでもサポートとしてだな」
先まで会話に挟まることのなかった高波から、声が上がった。
が、学生の新聞作成に関してできるサポートなんぞ、誤字発見がいいところだ。
内容を聞く限りでは、まぁ不可能ではない。八日も放課後があるのならば、むしろ楽な方だろう。
さて、問題は……
「新聞に使う紙のサイズは?」
「A2を一枚分だ。二人で分けるならば、A3一枚分ずつといったところだろう」
ふむ、これまた不可能ではない。
が、自由と言われると逆に困る節がある。
お題を決めるとなると、それなりに書く項目が用意できるものにする必要がある。
二人がお互いに別テーマで新聞の内容を書き上げるとしよう。
A3一枚分、どのくらいだ。どのくらい、それらしい内容にできる?
作品の推薦となると圧倒的に、書く内容としての意味で手に余る。
少ないスペース中に本の詳細を諸々と、簡潔かつ具体的に説明してさらに推薦? 不可能だろう。
推薦作品を一人も知らない生徒はいない、という前提で新聞を書くのであれば別だ。
が、実際問題そんなことはありえない。どんなに世界的に有名な文学作品でも、だ。
あるだろう、こんなことは。『作品のタイトルは知っているけども、実際に読んだことはない』、ということを。
タイトルだけ知っていたとして、何か他にわかることはない。
ほぼ無知に等しいその状況下、A3サイズで説明? 無理だ。
書き上がると仮定して、読みたいと思わせなければならないのだ。薄っぺらい内容だと弾かれる。
そこまで立派でなくともいいとのことだが、最低限のラインはあるだろう。
「……ま、本の紹介はなしだな」
「そうね。内容が何にせよ、今日はもうできそうにないわ」
こちらに視線を向けて返事をしたかと思うと、すぐに奥へと彼女の視線は逃げた。
逃げた先を確認してみると、先程よりも少しだけ赤らみを孕んだ茜空が広がっていた。
暖かそうな夕日の暖色を見ていると、クーラーの効いた図書室の室温とのギャップに寒気を感じる。
気のせいか、本のインクの匂いも強くなって、図書室独特の匂いが主張して嗅覚も刺激された。
本のこの匂いは、どこかの新聞そのものかとも錯覚してしまう。
嗅ぎ慣れたはずの匂いは、物理的な冷たさを込めて新鮮味を感じさせる。
「……それもそうだな」
「月曜日と水曜日にコンピュータ室が使えるから、そこで書いてくれ。鍵は開いている。他の曜日に行っても、他の委員会……特に生徒会が使っているから使えないぞ」
そもPCの台数も少なくてすむ生徒数だ。台数が余分になる可能性はなきにしもあらずなのだが。
まだ慌てるような時間じゃあない。最初は言われた二日で十分だろう。
コンピューター室が使える使えない以前に、書くテーマを決めていない。
最優先事項を先に決めてしまわねば、先に進むものも進まないというものだ。
せっかく高波が労働力の融資をしてくれるんだ。早めに仕上げて一斉に粗探しに移るのが得策だろう。
……なんか、労働力の融資って、急に生々しくなったな。社畜なのか。
遥斗は何も言わずに、借りる予定であろう本を既に読み進めているが、あいつにも手伝ってもらおうか。うん。
だってほら、友達だし。
こういう友達って、本当に利用されている感が満載。
友達という肩書に振り回される人生も、どうかと思うのだよ。
ひどいものになると、「ねぇ、私達友達でしょ? だから金貸してよ」とかいう金銭問題になりかねん。
ということで、そういう意味でもぼっちは危険回避能力の高い生き物でしたっと。
……えっと、何の話だったっけか?
「あぁ、そうそう。了解です。今日はもう時間ですし、帰りますね」
「ちょっと待て。
「えっ」
それは困る。早く家に帰ってクックパッド見ないと。
レシピ、ワカンナイ。あぁ言った手前、自分で夕食を作らないわけにもいかないのです。
そろそろ帰らないと、まずいですよ里美先生。
俺、ただでさえ料理したことないんだから。時間かかるのは目に見えてるでしょ?
「まだ悪い方のニュースを言っていないじゃないか」
「いやさっきので終わりでしょうに。悪いニュースだったでしょうに」
十分悪かった気がするのだが、気のせいだろうか。
窓に忍び足で侵入する陽光も、もう既に影の面積が広くなりはじめた。
それが意味することは、夜への渡航準備が始まっている、ということで。
オールも水へと着水していて、後は漕ぐだけなのだが。
電動だとするならば、後はエンジンをかけるだけなのだが。
という例え冗談はともかく。
このままの状態ならばいざしらず、この上に更に悪い情報まで加算されるというのだろうか。
今週はもう水曜日を回っているも同然であり、テーマを早急に決めるとして、本格的に活動開始はどう足掻いても来週からだ。
さらに悪条件が連なるというのならば、少々考えものだ。
「さて、悪いニュースとは~……私が
ニカッ、と。かっこいいとも思える女性の微笑みを浮かべる里美先生。
横から差し込む茜光が、さらにその魅力を引き立てている。
「……はあ。それがどうして悪いニュースに?」
隣で不思議だという様子で尋ねる綾瀬。まぁ、最もだ。
さして悪いというわけではない。どちらかと言うと、良いニュースの方が悪いのだが。
「今まで図書委員には、担当教員がついてなかっただろう?」
「えぇ、まぁ、はい、そうですね」
俺は半ばどころではなくぎこちない返事をする。
図書委員の活動も先生が必要かと言わればそうでもなく、生徒と同じように人員は別の委員会に。
放課後の図書室の番人を請け負うのが主目的である以上、図書委員専門の先生は必要でなかったのだ。
勿論のこと、いてもらえることに越したことはないが、正直あまり変わらないのが現実。
「一年生の図書委員が二人共うちのクラスから出ている、ということで! 私が図書委員担当の先生になった」
「え、ええと、それはわかるんですよ……それで、それのどこが悪いニュースになるのですかね?」
俺の中で膨らんだ疑問を、高波が代弁してくれる。
苦笑いを浮かべる彼女は、どうも最近見る機会が多いようにも感じた。
さて、一方の遥斗はというと……読書中であることには変わりはなかった。
が、本の表紙とタイトルが全く別のものとなっている。先程まで読んでいた本は、近くのテーブルに。
どうやら、一冊読み終わって次の本へと読み進めている最中のようで。どんだけ暇なんだよ。
「この四人の中に割って入るのも、なんだか忍びないんだよ」
「いや割って入るって……」
この空間はそんなに大層なものでもない。ただなんとはなしに集まっているだけだ。
計画性があるわけでもない故に、割るものがない。
柔らかく衝撃を吸収する程度だろうに、忍びないとは。
もっと言うのならば、先生がここに来る機会が多くなるかと言われると、そうでもない。
仕事は先生の管轄ではない。生徒が管轄だ。こと図書委員においては。
簡単な仕事で構成されているので、先生が必要な時は、図書委員全体での会議くらいだろう。
最も、それも生徒が司会進行を務めるので、成り行きを見守るくらいなのだが。
「それで、他に悪いニュースはあるんですかね?」
先程までゆったりとクーラーの風が直接当たる涼しい場所で本を読んでいた遥斗。
彼が、声を上げた。
「いいや、特にはないよ。悪いニュースも良いニュースも終了だ」
「良いニュースと悪いニュースが逆転したような気もしますがね……高波と遥斗はどうする?」
図書室での活動時間は終了。ここにいる意味はない。
尋ねると、二人は考える間もなく応えを出す。
「俺も帰るよ。……あ、ちょっと待ってて。本を選んでくる」
「私はこの本を借りて帰るかな?」
いつの間にか本を選び終わっていた高波が、カウンターへ本を持ってくる。
機械的な動作でPCの操作を進め、貸出の簡易手続きを終える。
遥斗は、借りる予定だった本を読んでしまっていたため、もう一度本棚へ。
ああ見えて、意外と読書家なのだろうか。見かけによらず、というべきか。
同じく手続きを済ませて、カウンター後ろに置いていたカバンを拾い上げる。
帰宅準備が整い、横を一瞥。どうやら彼女も、準備は終了のようだ。
「じゃあ、俺達はこれで。さようなら」
「あぁ、皆気を付けて下校するんだぞ。鍵は私が預かろう」
先生含め五人が退室したことと、クーラーの電源を切ったことを確認して、廊下へ。
開け放たれた廊下窓から、橙の光が淡く差し込んで辺りを照らす。
暖色系統のそれは、白の廊下をその色へと染め上げている。
夏の風は篭り熱を運んで、白い長方形の箱の中で充満した。
図書室との明確すぎる寒暖差が、俺達全員の体を締め上げる。
針のように全身を突き刺す群熱が、絶え間なく全身に降り注がれる。
黒髪が熱を帯び、温度上昇する前に影へ。
壁伝いならぬ影伝いで、里美先生と分かれてから全員で校門へ。
今気付いたが、こうして四人で下校するのは初めてだ。
いつも二人が先に帰って、俺と綾瀬で並んで下校、という日常ができあがっていたから。
「そういえば、二人はいつも一緒に帰ってるの?」
若干先導していた遥斗が、こちらを振り向いて視界に俺と綾瀬を一緒に入れる。
余計なことしか聞かないのかな、こいつは。
「……えぇ、そうよ。私は別に一人の方がいいのだけど、コレがどうしてもって言うからね」
「おい、だからコレ言うなコレ。で、そっちのお二方はどうなんだよ?」
コレ呼ばわりされたの、これで二回目じゃなかったっけか?
疑問を抱きつつも、お返しのつもりで、同じ問いを高波と遥斗へ向ける。
「ん、こっちも同じだよ? 方向は途中まで一緒だし」
高波が応え、遥斗が両手を上げて肯定を示す。
お調子者さながらのそのポーズには、実に彼らしいとしか言いようがない。
と、ある十字路地点で不意に先導していた高波と遥斗、二人がその場で止まった。
「じゃ、俺らはこっちだから」
そう言って、俺達の進む方向とは別の道を指差した。
なるほど。ここから二人と二人で分かれて、さらに遥斗と高波はその先で分かれる、と。
そういうことか。
「おう、また明日な」
「うん、また明日、二人共」
「えぇ、そうね」
今日は相変わらずの無愛想。冷たいわけではないのだろうが、そっけない。
赤みを孕んだ光は衰弱し、今にも山並みの後ろへ隠れようとしている。
コンクリート続く道先、陽炎が揺らめいて空気と同化した。
辺りの空気も、少々だが温度を下げただろうか。
まだ六月だというのに、一ヶ月先かと錯誤してしまう。
俺とその隣で歩く、彼女との距離。
それはどうにも、詰め難い距離だった。
埋まっているようで、全く別の隔壁ができているような空間が、そこに存在していた。
色も、匂いも違っている、別種の空間があった。
「……じゃあ、また明日」
「え……? あ、あぁ、もう着いたのか。また明日な」
いつの間にか着いていたらしい彼女の家で、玄関の奥へ消えるのを見届ける。
急に孤独感が押し寄せる自己意識を振り払い、再び歩き始める。
隔絶されていた空間を疑問に思いつつ、空を見上げた。
薄い黒雲が空全体を覆い尽くしていて、多少黄色がかった橙を真っ向から遮断している。
そして、ぽつりぽつり、と。
降ったかどうかもわからないような小雨が二雫。
コンクリートと俺の夏服のそれぞれを、音もなく叩いた。
ありがとうございました!
今回、情景描写を頑張ったという自己評価。
できている・できていないは別にして。頑張った(つもり)。
八月の夢見村を、短編から連載に切り替えました。
連載にしては短くなると思いますが、よろしくお願いします。
ではでは!