これが投稿される前日。
筋肉痛で体中が痛かったです。運動は定期的にするべきですね……
では、本編どうぞ!
皆の者よ、一つ問いたいことがあるのだ。
――どうして、勉強ってあるんだ?
いや、言いたいことはわかる、うん。
こんなことを考えて何が変わるでもないし、そんな暇があったらそれこそ勉強しろって感じだろう?
勉強することにも意義があって、無意味なことをしているんじゃないって、言いたいんだろう?
学習的努力の積み重ねを、思春期前後にさせた方がその後の人生で頑張れるだとか。
教養をその後の人生で役立てることができるだとか。
能力を勉強分野で事前に測るだとか。
でもさぁ、それって理由になっていないと思うんだよ。
勉強がダメって言っているんじゃなく、勉強じゃなくてもよくない? って感じだ。
つまり、俺が何を言いたいのかと言うと――
「……終わった」
「そうでしょうね」
今日、木曜日で最終日の定期テスト……完全にできませんでした。綺麗にできませんでした。
いや、できたことにはできた。ちゃんと週末使ったし、きちんと名前も書いた。それは普通だな。
「自信がない。まったくもって」
「終わった後に嘆いても、結果は変わらないわよ……元気出しなさい」
……ん? 何だろう、この優しさは。
逆に不気味だな、おい。それも失礼だな。
六月、気温も本格的に上昇し始め、夏という季節そのものがひしひしと感じられる。
直接陽光が当たる窓は光り輝いていて、それを見るだけでも暑くなってくる。
ガラス板から屈折する光は、七色の陽炎を映し出す。
このクーラーがきいている図書室には、その隔壁で反射する涼風。
排出される音が静かな割には、なかなかどうして涼しい。
すっかり冷え切ったカウンターに突っ伏して、額が冷たくなっていることに気持ちよく感じる。
俺は寒がりではあるが、この気温だとそうでもしないと耐えられない。気温は軽く炎天下を越してしまっている。
不思議に思った俺は、体を起こして姿勢を正す。
「どうした。何でそんなに俺に優しく――」
「あんたが落ち込んでいたら、誰にその分、仕事のしわ寄せが来ると思っているの?」
「そうでしたね君はそういう人間だったな」
まったくもってブレませんね、それはもう清々しいくらいに。
しかも、何事もなかったかのように読書を続ける隣の綾瀬。
ここまでくると、最早悲しみすら感じなくなってきた。
「やっほ~、二人共、テストお疲れ様~」
「「お疲れ~」」
二人で揃って気だるさ溢れる返しで、高波を呆れさせる。
苦笑いして肩を竦めていても、夏服になったこともあり、高校生らしからぬ発育を誇るそれらが柔らかく形を変えて揺れる。
目の保養目の保養、眼福眼福、っと。
さて、この後はいつも遥斗が来る流れなのだが……
……ん? 綾瀬が席を立って、扉の前で止まった。前というか、真ん前じゃなく、横にずれて死角に。
……あっ。何となくわかってしまったんだが。
いつもの通り、少し大きめの足音が近づいてくる。
ゆっくりとだが着実にこちらに近づいてくる。
高波も俺の綾瀬に向ける視線に気付き、同じく綾瀬を見守っている。
――そして、扉は開かれた。
「おっかれさ~ん、蒼夜、高波、そしてまない――」
「――ふっ!」
瞬間、まな板もとい綾瀬の右肘が、遥斗の左脇腹に吸い込まれていった。
クッションを介したように肘はめり込み、その方向と同じく遥斗の体も曲がる。
綺麗に、ラムアタックが決まった。肘も完璧な
「え?――ぐぉぉおっぉおお……!」
「いつになったら、その知能の低い頭は経験を覚えるのかしらね?」
綾瀬が蹲った遥斗を、ゴミを見るような目で見下げている。
一方の遥斗は、何とも苦しそうな表情をして、横腹を必死に抑えている。
それを見た高波が、遥斗に駆け寄っていく。と同時に、綾瀬への注意。
さらにそれに反発し、一層酷い物を見る目で見下す。
うん、あのさ……阿鼻叫喚の惨状って、こういうことを言うんだよな。
「で、二人はこんなバカなことをしに図書室に来たのか?」
「バカとは何だ、バカとは!」
「間違っていないだろ。あと、図書室では静かにしろ。他に誰もいないけども」
この学校は、全校生徒が他校と比べて思いの外少ない。
そもそも図書室に来る人間が少ないのと、さらにそれも相まって、図書室への来訪者は驚く程少ない。
結局は、このいつもの四人が揃う、というわけだ。見慣れた光景、というやつでもある。
「私は本を借りた後に、ここでゆっくりしていようかなぁ、って」
「ふん、俺もそんな感じだな。少なくとも、肘打ちを入れられる為に来たんじゃないことはわかる」
「あら、わかっているのなら直しなさいな。そんなこともできないの?」
気のせいではないのだろうが、遥斗への当たりが、少しどころではなく冷たい気がする。
本当にゴミを見るような目をしている。遥斗がゴミみたいに見るから、危うく遥斗を粗大ゴミとして出してしまうところだった。
粗大ゴミにしても、やけに大きい粗大ゴミだなぁと思ったら、遥斗なんだもんな。
「できるけど、直したくない。直したら負けな気がするんだよ」
「私から見たら、学ばないで毎回痛がっている駿河君の方が、負けている気がするんだけど」
まったくもってその通りである。
かの有名な中国の思想家、孔子も言っていたじゃないか。
『失敗は恥ではない。同じ失敗を繰り返すことが恥なのだ』、みたいな感じのことを。
俺はその教えに則って、平穏を心がけている。
平和主義者なんだよ、俺は。遥斗に至ってはドMかと思ってしまう。やられたいのかな? 俺がもっと強くやってやろうか。
「あ、そうそう。明日柔道があるだろ? 俺と組まないか、蒼夜?」
「いや、いいけどさ……明日の柔道って何するんだっけか?」
この露咲高校では、剣道ないし柔道の授業を選択し、どちらかを必ず選ぶことが義務付けられている。
俺と遥斗は柔道を選択して、最初の授業のオリエンテーションで帯の結び方だとかを学んである。
次の時間から本格的に入るらしいが、何をするのかさっぱりだ。
「ん? 多分軽い足技くらいじゃないか? 俺に簡単に負けて、泣くんじゃね~ぞ?」
「バカお前。『露咲高校の芝刈り機』と呼ばれる俺に、足技で勝てるはずがないだろ」
「へぇ、何かすごく名誉なのか不名誉なのかあやふやね、あんたのその通り名」
「いや、俺が今作っただけだ」
芝刈り機って、何かいい例えだと思ったんだが、綾瀬はそうでもなかったみたいだ。
上手いと言わしめる自信があったのだが、あまり上手くないようで。
綾瀬のお気に召すような行動は、俺には到底とれないのだろうけれど。
というよりも、綾瀬が面白いという意味で笑う姿自体が想像つかない。
綾瀬の笑顔を見たいとは常々思っているものの、直接言うのもおかしな話だ。
色々と策を講じてみたが、今の芝刈り機も含め、笑ってくれた回数はゼロ。アブソリュートリィ。
「なぁ、遥斗。まな板って、一体誰のことなんだ? 俺にはさっぱりなんだが」
「え? そりゃ勿論あや――」
「――はっ!」
もう一度、ラムアタック。
二回目だから少し痛くしないでいいか、という考えなど毛頭ないらしく、むしろ一回目より強くなっている。
めり込み方が全く違う。内蔵にまで影響がありそうだ。
綾瀬は、一向に笑うことがない。
遥斗を生贄に捧げても、綾瀬の笑顔と等価交換はできないらしい。
遥斗≪綾瀬。
「はぁ!? ぐぁっ……!」
さっきと同じ場所にめり込んでいるためか、声をあげないで痛がっている。
本当に痛かったら声が出せないと言うが、どうやら本当のようだ。
ごめんな、遥斗。悪いとはほんの少しも思っていないけれど。
窓からの夕焼けの侵入が、もうそろそろ下校に近いことを知らせる。
あぁ、今日も平和だったな~。ん? 遥斗? 誰それ。
「お、おい蒼夜……今の、絶対図っただろ……!」
「いや別に。あれだ。コラテラル・ダメージ。そうそう、コラテラル、コラテラル」
綾瀬の笑顔を見たいがための、
……あっ、これ、遥斗を生贄に捧げても、綾瀬の笑顔なんて到底見られたものじゃないじゃん。
何ということだ……綾瀬はレベル八モンスターだったのか。
そして無条件に、遥斗は墓地へと送られる、と。
本来こういうことはルールを守って楽しくしていればないのだが。
そもそも、リリースの時点でルール引っかかるから、墓地に送られたままじゃないんだけどね。
けども、現実とは無情だ。ARビジョンなんてものはない。
生贄召喚とかアドバンス召喚とかではなく、綾瀬の遥斗へのダイレクトアタックに近かった。
与えられたダメージ分のライフポイントは、そんなに簡単に減らない。
ダメージワクチンΩMAXとかいう、受けたダメージをそのまま回復する
「そのコラテラル・ダメージって言葉、便利すぎだろ……!」
まったくもってその通りで。
その言葉には、全力で同意するしかない。
「よっしゃ、そろそろ帰るから、二人共本を借りるなら早く持ってきてくれ」
「……わかった、よ。いてぇ……」
「おっけ、了解」
二人が各々の返事をして、本棚の列へと向かっていく。
上靴が床に張り巡った木材を叩く音だけが、図書室に響いて消えていく。
本棚に陳列された本が手に取られ、戻される独特の音楽は、非常に心地いい。
クーラーの風に乗せられて、冷風とは別にどこか冷たい雰囲気を孕んでいる。
それをカウンターに戻って、頬杖をつきながら見守っているこの空間に、安寧を覚える。
「……あんたも、いつの間にか元気になっているじゃない」
「あ? まぁな。終わってから嘆いても変わらない、って言ったのは綾瀬だろ」
「あぁ、それもそうだったわね。印象に残らない相手の会話って、記憶にも残らないものなのね」
あのさぁ……それ、言う必要あったかい?
言葉にせずに、自分の心の中で留めておくピンはなかったのかい? 泣くぞ。
そんな、どこか面白さを感じる日常に、喜んでいる自分がいる。
この空間ができあがっていることに、喜んでいる自分がいる。
普段と同じようなやり取りで、起こす行動は大胆に変わるわけではない。
でも、そこに面白さがある。
いつも同じようで、ディテールだけがほんの少し変わることに。
吐き出される冷風も、コトコトと風に叩かれる透明板も。
木製の椅子も、手触りが滑らかなカウンターも。
――隣の席にいる、笑わない彼女も。
ここまできたら、意地でも笑わせてやりたくなる。
二人の本の貸出を終えて、すぐに図書室を施錠、職員室へ鍵の返却へ。
いつもは片方が校門に待って、片方が追いつくという暗黙の了解だったのだが……
「……で、いつまで付いてくるんだ?」
「それ、まだ覚えていたの? そんなところに記憶力使うなら、もっと勉強に使いなさいよ……」
呆れた顔で、職員室から下駄箱への道を――
孤独に響くいつもの足音が二人分になったせいか、どうも落ち着かない。
さらに暗くなった夕暮れ時の光が、雲の合間から漏れ出して、窓を介して差し込む。
廊下には他に人はおらず、余計に足音が気になって仕方がない。
どうにもそわそわとしてしまう。
「……たまにはというか、外が寒い」
「いや、今は夏だし。むしろ暑いくらいだろ?」
気温は昼と対比して下降しているとはいえ、コンクリートが暑さを吸い上げてしまっている。
小さなヒートアイランド現象が、熱を校舎内から逃がさない。
それならまだ、直接日光を浴びてでも風通しが良いどころか、全方向から風が吹き抜けて来る外の方がいい。
「う……べ、別にいいでしょ。それとも、私といるのがそんなに嫌?」
嫌も何も、綾瀬の目がこちらを完全に睨む目になっている。
答えは決まっているものだと言っても過言ではない。
だって、ここで嫌なんて言った日には、何をされるかわかったもんじゃないし、想像したくもない。
「嫌じゃねーよ。ただ、少し新鮮で落ち着かないだけだ」
「そ……じゃあ、早く慣れないとね」
「ってことは、これからも付いてくるのか?」
「嫌じゃないよ、って言ったのはどこのどいつだったかしらね?」
それもそうだったちょっと待ってね今にも肘打ちしそうな視線を止めてくださいお願いしますはい。
そのまま二人で横に並んで廊下を通る。
下駄箱で、位置が高いためにローファーを取るのに手間取り、履き替え終わるのが遅かった綾瀬を待つのも。
玄関から出る時に、隣に人がいることも、校門でそのまま立ち止まることなく歩き続けるのも。
新鮮、だった。
「……どうしたのよ、そんな遠くを見る目をして」
「あ? いや、なんかな……こういうのも、いいなってか……」
自分でもよくわからない。が、別に嫌なわけじゃなかった。
結局考えてみれば、変わったことと言ったら、鍵の返却から隣に彼女がいただけ。
「そ、そうなのね、そうなんだ……ふ~ん……」
「いや、どうしたよ。お前、さっきから変だぞ?」
綾瀬は、思ったことをきっぱりと言うタイプだ。それはもう思考とそのままリンクしているかのように。
けれど、先程からの彼女の様子は今までのそれと打って変わっている。
「……別に、変じゃない」
「どう考えても嘘なんだから――」
「いいのよ、変じゃない。……ほら、行きましょ?」
こちらを向いて――
この笑顔とも言えるかどうかわからない顔に、たったこれだけの顔に見惚れてしまう。
ドキッとして、目が離せない。
……彼女の笑顔が、見たい。
ありがとうございました!
芝刈り機。上手いかどうかは知りません。
いつか、七海ちゃんの視点をメインで書いていきたいとは思っています。
七海ちゃんの視点も今までで一回しかなくて、それも蒼夜君視点がメインでしたから。
彼女の気持ちを、どれだけ上手く書けるのでしょうか。
正直、他の二作品で若干慣れつつあります。
ではでは!