クーデレの彼女が可愛すぎて辛い   作:狼々

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遅くなってしまいすみません。
少しばかり競馬場に行って戻ってきませんでした。


第30話 ライムソーダの酸苦

 廊下の窓からは夕映えすら差さない。

 穏やかな陽光に照らされながら、彼女は壁に背を預けていた。

 

「ああ、待ってたのか。てっきり一人で先に行ったのかと」

「そうしたかったけど、何のために待ってたかわからないじゃない」

 

 顔を合わせてすぐに彼女は歩みを進めた。

 相当気に障っていたのだろうか、学校を出るまでがかつてない速さだった。

 

 ランドセルを背負った子供がちらちらと見え始める。

 外に置かれた喫茶店のメニュー表は入れ替えられ、普段は鳴りを潜めるメロディチャイムが音を奏でている。

 

「なあ、これ俺が一緒に帰る必要あるか?」

「なによ。私といると不都合なことがあるの?」

「そうじゃなくて、まだ明るいから一人で帰れるだろ」

「その言い方だと私が子供みたいになるでしょ」

 

 曰く、彼女は暗所恐怖症らしい。恐怖症かどうかはさておき、苦手であると自称している。

 俺を待つのもそのためだと言うが、今日はまだ陽も落ちていない。

 

「別にいいじゃない、あんたも暇だし私も暇なんだから」

「俺もそうとは限らないだろ」

「あら、あんたは見るからに暇人そうだけれど」

「超忙しいね。猫どころかモルモットの手も借りたいな。いや、前足って言うべきか?」

「はいはい」

 

 手というか足というか、前輪というか。

 とにかくモルモットをモチーフとしたストップモーションアニメが癒やされると最近話題沸騰中であることを思い出した。

 至極どうでもいいことだが。

 

「世間ではモルモットのアニメが人気みたいね」

「エスパーかなにかなのか?」

「あんたの考えてることなんて全部わかるわよ」

 

 確かに、モルモットといえば、に続きそうな言葉ではある。

 だがこうも考えがシンクロするものだろうか。

 実は口に出していたとか、俺もそのアニメーションを欠かさず見ている故に好きであることがバレバレで──。

 

「嘘よ、そんな微妙な顔しないで」

「微妙な顔って一体全体どんな顔だよ」

「いかにもそのアニメが好きそうって顔よ」

「やはりエスパーでは?」

「私も見てるから気持ちはわかるわ。というか一体全体って今日(きょう)()聞かないわね」

「『今日日聞かないわね』ってのも今日日聞かないけどな」

 

 トレンドというものは期限付きではあるが、有用な話題の種だ。

 一見話し相手とは縁がないものに見えても、流行しているものを認知ぐらいはしていることが多い。

 流行りに疎いと損をすることはないが、人並み程度には流行りに敏感であった方が得をしやすいものだ。

 

「……私はあんたが前の高校でどうしたかなんて全く興味ないからね」

「ん?」

「あんたは今露咲(つゆさき)高校生なんだから、転入前のことなんてさほど気にしないの。もう半年近く経ってるんだから、聞く人間もそうそういないものよ」

「……そうか」

 

 話題転換の前に置かれた妙な拍。彼女に似合わない口数の多さ。

 不器用ながらも、俺を気遣っていることがひしひしと伝わってきた。

 

 正直に言って、彼女はもっと冷たい人間だと思っていた。

 冷たいというと語弊があるか。なんというか、常に人を思いやるほど柔らかい人物でないと感じていた。

 実際のところは違和感満載な気の利かせ方だったわけだが、友人として嬉しかった。

 

 だからなのか、俺の返事もつられてぎこちなくなってしまった。

 

「いや、やっぱなし。犯罪に手を染めてたら話は別よ」

「そんなに人相(にんそう)悪そうに見えますかね」

「人は見かけによらないって言うじゃない」

「自己紹介どうも」

「はぁ~あ?」

「内面優しいって意味だから」

「あらそれならいいわ──ちょっと待って。それ外面優しくないってことじゃない?」

「気のせいじゃないっすかね」

 

 というわけで、俺は人相は良いということになるわけだ。

 これで柄まで悪いとなると救いようがなかったが、なんとかそうなる世界線は回避できたようだ。

 

 普段とは少し違って見える綾瀬の家へと到着した。

 

「じゃ、また明日ね」

「なあ綾瀬」

「なに?」

「ありがとうな」

「感謝されるようなことをした覚えはないけれど、どうしてもって言うなら貸し一つってことにしてあげるわよ」

 

 すぐに背を向け、玄関扉の向こう側へと姿を隠した。

 

 わざわざ呼び止めてまで感謝を言葉にしたことに自分でも驚いていた。

 彼女は自身の述べた通り、本当に気にしている様子はない。

 彼女にとってどうでもいいことだと割り切っていると言うと聞こえが悪いが、その淡白であっさりとした引きの思いやりにありがたさを感じていた。

 

 明確な欠乏感に支配されたまま、家へと帰る。

 形を成す虚無感に征服され続けたまま自分の部屋を拝むこととなるが、未だにそれは取り除かれない。

 

 まだ十分に時間はある。そろそろ陽が落ちてくる頃合いだろうか。

 けれども誰の気配もなく、なんとも思わなかった部屋を広すぎると感じてしまう。

 

 特になにか娯楽に触れるあてもなく、かといって勉学を率先してやる意欲もない。

 空白の時間を空白の気分で埋める。

 帰ってきた日常を嬉しく思う気持ちなどない。喉に得も言われぬ残留がつっかかって剥がれない。

 

「……料理、してみるか」

 

 ついこの前まで新品と見間違えたほど白かったフライパンも、我が妹のお陰でようやく底が黒くなったところだ。

 これ以上黒くなっても誰も文句は言わないだろう。

 

 堅苦しいカッターシャツをかごへ入れ、カジュアルな服装へと切り替える。

 薄暗の外は落葉と程よい清涼さが秋を伝えていた。

 つい先週まで日照りの激しさが夏を主張していたが、陽が落ちてからは秋への転身をひしひしと感じるような時期になったらしい。

 

 秋の旬はなんだったかと考えていて歩くうちに、いつの日かに馬鹿にされたテストのことを思い出した。

 言い過ぎだと冗談に反論していたが、秋が旬の食材が栗かさつまいもぐらいしか思いつかない。

 

 そもそも、魚には旬があるのに肉に旬がないことには納得がいかない。

 密かに旬の時期があるのかもしれないが、常識として浸透していないことは確かだ。

 同じ動物性タンパク質であるにもかかわらず、旬の有無が変わる理由がわからない。

 

 などと些細なことを思案しているうちに、気付けばスーパーの店前を数歩だけ通り過ぎていた。

 

 店内の機械的な肌寒さを受け入れる。

 通い詰めた弁当・惣菜コーナーをスルーし、精肉コーナーへ。

 

「……高いか安いかわからんな」

 

 百グラム単位の値段が決定されており、一つひとつの内容量が異なるため、トレーごとに値段が数円から数十円ほど違う。

 ただでさえ相場がわからないというのに、さらに候補を増やして困惑させるのはやめてほしい。

 さらに言えば、他に材料を揃えることや光熱費がかかることも考えれば、値引きシールが貼られた弁当を買った方が早く楽で安いのではというのが正直な感想だった。

 

 自分の計画性の乏しさが露呈したのか、肝心のメニューを一切考えていなかった。

 世の中便利なもので、薄く小さな黒い板はこんな時、こんな自分でも救ってくれるものだ。

 旬の食材を使うレシピを絞り込むが、どのレシピを見ても二人前からしか掲載されていない。

 

 軽く計算してみると、作る量が多いほど自炊が安くなりやすいことに気が付いた。

 わざわざ一人前のために毎日買い物へ出かけて料理するのは相当に大変な上、拘束時間も長くなる。

 作るなら数日分、数人前を一回で買う。料理は一度に数人前作って保存する。恐らくこれが一人暮らし食生活における基本なのだろう。

 

 とはいえ、初手で相当な量を買うと食材を無駄にしかねない。

 過不足の経験をするためにも、今日は一回で料理する二日分の食材を買うことにした。

 

 簡単な料理と言えば、チャーハンくらいだろうか。

 卵やらネギやらをかごへ放り込む。買うものが少なかっただけに、会計は千円にも満たなかった。

 

 自動ドアを抜けた先は、わずかな爽涼を内包した夜風だった。

 橙は見る影もなく、既に夜の静謐は完成されている。

 

 家に到着した頃には、普段夕食を摂り終わっている時間になっていた。

 ここから調理の時間がかかるのだから、思いつきで料理を始めるのも考えものだ。

 

 やれ米を炊いていないだの、やれ炒める順番がどうだの、苦戦に苦戦を強いられる。

 時間という暴力で解決を試みたものの、料理はそんなに甘くはなかった。

 時刻は午後の八時を過ぎるどころか、九時さえ回ろうとしていた。

 

 さて、腕によりをかけてできたものはというと──良くも悪くも中々に見える。

 薄茶の中に明らかな黒点が混ざっているがまあ気のせいだろう。

 ありのままを主張した写真を撮って、メッセージアプリで送信。一分と経たずに返信がきた。

 

『これ見てどう思う?』

『かろうじて食べ物であることは理解できるわね』

『うっそだろおい見る目ないな』

『ちなみにこれ何を作ったつもりなの?』

 

「いやつもりって何だよ」

 

『チャーハン。写真見ればわかるだろ』

『馬子にも衣装って通じないのね』

『超着飾ってるだろ。色も綺麗にチャーハンらしくついてる』

『綺麗ってなに。しかもところどころ黒いからそれすら通用しないし』

 

 すっと喉を抜ける清涼なライムの甘味と炭酸。

 親しい女子と冗談交じりの連絡。

 そうして思う明日の学生生活。

 充実した青色、とでも言うべきか。

 

 てかこのソーダ美味いな。

 程よい甘さと微炭酸。裏にある酸味がまた飲みやすい。

 まるでそう、部活生を応援するような爽やかなジュース。

 次見かけたらまた買うとしよう。

 

『俺としては火が通っただけで棒々鶏(バンバンジー)なんだが』

『縄文時代の価値観で棒々鶏作るなんて時代錯誤もいいとこよ』

 

 交友関係は上々、勉学も悪くはない。

 あとは料理の腕さえ上げれば言うことなし。

 欲を言えば交友を横に広げることも成功すれば文句なしだろう。

 満足度は高いはずなのに、どうしても暗雲は立ち去らない。

 

 自分の中で終了した未来が泡になって消える。

 トラウマというやつだろうか。最も重大な課題の克服はどうも困難を極めるらしい。

 

 未練があるとは思っていないが、どうしてもふと思い出すときがある。

 ただそのときが今であるだけ。それなのに。

 

 やけに甘ったるいソーダの苦味が嫌に後を引いて消えてくれなかった。




ありがとうございました。

モルカーの時事ネタ入れたけど気付けば既に放送が終わっていた。

僕のウマ娘のイチオシはナリタタイシンです。
タイシンの小説出たら察してください。
多分これ以上並行することはないでしょうけど。

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