クーデレの彼女が可愛すぎて辛い   作:狼々

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皆さんあけましておめでとうございます。

前回からあいた期間のことを考えると胸が痛くてたまりません。
帰省やテスト期間などが重なったらこうなりました。
本当に申し訳ない。


第29話 相対的で表層的な笑顔

 ふと気付くと、彼女の存在は夏休みに限り、俺の日常に深く関わっていた。

 数日おきに夕食を共にし、一つの食卓を囲う。

 

 もちろん葵の影響がほとんどだが、それ以外の要素も関わった上で新しく確立した日々だったのかもしれない。

 だが時間とは有限なもので、賑わっていた家は元の静寂を取り戻す。

 

 葵と綾瀬はそこそこうまくいっているらしく、連絡先を交換したと自慢された。

 年が少し離れているとはいえ、友人ができて笑う姿は随分と微笑ましい光景だった。

 

「さて、本日から本格的な作業を始めます。担当ごとに仕事を割り当てます。本日は生徒会長の私が割り振りますが、次回以降その役は実行委員長に一任するのでそのつもりで」

「わかりました」

 

 過ぎた夏の日を惜しむ暇もなく、停止していた学校生活と文化祭の準備は回り始めた。

 夏季休暇に入る前に決めておいた担当は早くも機能していた。

 正直あまり信用できなかったが、円滑に物事は進んでいくものだ。

 

「さて委員長。今は承認すべき書類は何もありません。教室を回って、書類の出し忘れや進捗の確認、催促をするのが良いですよ」

「ありがたいお言葉をありがとうございます、生徒会長」

「あら。ソフィーでよろしいと以前申し上げましたのに」

()()こそ僕を委員長と呼んだじゃありませんか」

「それより、『ありがたい』と『ありがとう』って頭痛が痛いみたいですよね」

「では、僕は教室の見回りに回りますので失礼」

「あらあら。いってらっしゃい」

 

 生徒会長を隣に、二人だけで一つの机を最前線で独占する状況から逃げるべく、会議室を出る。

 特別感のある学校の特等席のような議長席に座るだけで責任を感じてしまう。

 徐々に慣れるだろうと思いつつ、ほとんど空きであろう教室を見て回る。

 

 それもそうだ、文化祭は約一ヶ月も先のことだ。

 計画を練る初期も初期の段階であり、作業に入る生徒など一人もいないと予想される。

 

「あ、実行委員長。丁度いいところに」

 

 爽やかな青年の声は俺の歩みを止める。

 

「あのさ。出し物で悩んでるんだけど、ちょっとだけ話聞いてもらっていいかな?」

「どうかしましたか?」

 

 ここは三年の教室が並ぶ階。

 敬語を交えて会話する相手は、先程聞こえた声と似つかわしいと一目で感じさせる清涼な男だった。

 全体に赤のかかる髪をしているものの、遊び人と同じ空気は漂わず。

 気さくな笑顔と彼の淡麗な容姿が好青年を成していた。

 

「あんたは──いや失礼。出し物なんだが、今で大体どのくらい、何の出し物があるかわかるかい?」

「まだ催しが決定したクラスはありませんよ。他クラスと被ることが心配とのことであれば問題ないかと」

「そうかい、ありがとさん」

「今から他クラスを回るので、決まった出し物を確認次第、ここに戻って報告しましょうか」

「そいつは助かる。ありがとうな、東雲君」

「いえ。それでは僕はこれで失礼します」

「引き止めて悪かったね。頑張れよ、実行委員長」

 

 軽く会釈し、その場をやや早足で去る。

 ああいう人間とはどこか相性が悪いらしい。

 年上で爽やか、かつ距離が近い人。まるで生徒会長みたいだ。

 

 十分と少しもすれば、全クラスの見回りは済むもの。

 クラス数が少ないため、必然かかる時間も短い。

 想像以上に早く戻ってきてしまった。会議室のドアを開ける手を一瞬引いてしまうほどだった。

 

 扉の音を立ててすぐに、役員の一人である女子生徒が詰め寄ってきた。

 

「委員長。こちらの書類の保管をお願いします」

「ああ、わかった」

 

 手渡されたのは、有志による出し物の申請書一枚だった。

 スリーピースバンドで演奏をするという内容だ。

 仕事を終えた彼女は、庶務の札がある席へと戻っていった。

 

 会長承認の(いん)が必要だが、後回し。

 催しが全て出揃わない内に書類内容にあるものを確定させることはできない。

 

「おかえりなさい。思いの外お早い帰りでしたね」

「こんなもんですよ、まだ時期が早すぎますし」

 

 委員長の席に座ると、やはり生徒会長から声がかかる。

 

「具合はどうでしたか?」

「閑古鳥が鳴いていた、って感じですね」

「あら、赤い髪の男子生徒は見かけませんでしたか?」

「なぜそれをご存知なんです?」

「彼、生徒会副会長の一人ですから」

 

 なるほど、先程まで相手していたのはただ先輩というわけではなかったと。

 会議室で彼の姿を見たことがなかったとはいえ、まさか生徒会所属。それも副会長とは。

 友好的かつ爽やかで、生徒会に所属するほど向上心もある。

 天が二物を与えているのか、それともそういう人間が相応しい椅子に座ることが必然なのか。

 

 気にするわけではないが、俺の座すところがかなり場違いに感じてしまう。

 

「彼はここには来ないんですか?」

「恐らく来ないでしょうね。彼とは同じクラスですし、クラスは彼に任せて私がこちらに顔を出していれば十分ですから」

 

 赤髪の彼とソフィア先輩。

 二人が横並びになる姿は、さぞ絵になることだろう。

 この場で席を共にしていないのがもったいなく感じるほどだ。

 

「先輩がここに顔を出すのって大丈夫なんです?」

「というと?」

「副会長の彼はともかく、先輩はここで時間を拘束されるのまずくないですか? 受験勉強とか」

 

 三年の夏休みから、大学受験への対策が本格化する。

 休暇中は仕事が少なかったのでまだ良いものの、これから貴重な時間をここに拘束されることとなる。

 

「大丈夫ですよ。本来私が参加するのは自由という話もされた上でここにいますし、生徒会中心に進む行事でもありませんので」

「受験勉強に差し障りはないんですか?」

「ん~……まあ問題ないでしょう」

「すごいっすね」

 

 高校受験と大学受験は毛色が違うだろうに、彼女はさらっと言ってのけた。

 俺自身、中学受験では苦労した覚えがなかったが、大学受験となると話は変わる。

 

「普段からの積み重ねですよ。この時期になって焦るようでは──そうですね。()()ではありませんので」

「その言葉、気に入ってるんですか?」

「ええ。響きも良いですし、母からの教えですから」

 

 彼女はなにかと『優雅』という言葉を使う。

 品のある単語に恥じぬ性格、容姿、言動。

 男子人気はさることながら、女子からの人気も高いと容易に想像がつく。

 会長に当選したことがさらに信頼の厚さを裏付ける。

 

「それに貴方が委員長になった以上、ここを離れるのは面白くありません」

「どうして僕なんかにご執心なんですかねえ」

「貴方が私のことを苦手としているからです」

 

 仕事が少なく手持ち無沙汰な役員を見つつ、横目を使う。

 当の先輩も流し目でこちらを捉えつつ、笑顔を浮かべていた。

 しかしその笑みは人を惹きつけるものではなく、どこか誑惑的なものだった。

 

 彼女の微笑みは形容し難い。

 嗜虐的とも思えるが、嘲笑とは程遠い。かといって純朴な笑みでは決してない。

 初めての体験だった。人の笑顔を見て、背筋が冷えたのは。

 

「……苦手というか、別に」

 

 なんともない風を装って答えるが、文になっていない。

 感嘆詞に近い言葉を並べてしまった。

 気がつくと、横目ですら彼女を捉えず、正面の虚無をぼんやりと見つめていた。

 視覚に脳の処理が割かれていない。

 

「私、自分で言うのもなんですが、ちやほやされるんです」

「ほんと自分で言いますね」

「ええ、ええ。事実ですので」

 

 意識に明確な影が下りる。

 目の端で再び彼女の顔色を伺ったときには、既に普段の()()()()であった。

 

「別に気にしているわけではないのです。ただ少し珍しいと思っただけです」

「それ、気にしてるって言うんですよ」

「コミュニケーション能力に欠ける、いわゆる誰と話すのも苦手という方以外に避けられた覚えはないもので」

「俺って実はコミュ障なんすよ」

「貴方が人見知りとは到底言えませんけどね」

「そりゃどうも」

 

 受ける仕事がないことに今ほど困ることはない。

 周りの委員も半数以上が手を空けている。

 少しの間は早めに上がる日が続くだろう。

 

 しかしながら時間というのは不思議なもので、そうあってほしいと願う方向には動かない。

 現に今がそうであり、秒針の動く音さえ気になってしまう。

 気まずいわけではないにもかかわらず、すぐにでもこの席を立ってしまいたいと思っていた。

 

「こういうのもあれですが、特に男性の方からはアプローチされることの方が多いんですよ」

「いいですね、モテるってのは。正直心の底から羨ましい限りです」

「そういうことではなく。それだけに、私を避ける男性というのも新鮮な存在でして」

「僕を食材かなにかと勘違いしてません?」

「私は貴方のことを好意的に捉えていますが、そうやって適当なことを言って(かわ)そうとするところは好きではありません」

「はっきりと言いますね」

 

 適当に、手元の一枚で遊ぶ。

 角を丸めたり、内容を読んでいるふりをしたり。

 とにかく会話のペースについていけない故に、脱出の糸口を探していた。

 

 時間が潰れるのを待つしかない。

 適当なことを言ってごまかそう。

 

明連(みょうれん)高校」

 

 (きょ)に呟かれた一言に、思わず体ごと彼女を捉えてしまう。

 

「サッカーの名門校。全国大会常連で──あら、ようやくこちらを向いてくれましたね」

「……それで? その高校ってのが何故今話題に上がるんです」

「逆に聞きますが、これ以上聞く必要はあります?」

 

 彼女はあくまでソフィーであり続ける。

 一瞬見開いた目をすぐに戻したが、彼女は恐らくそれを捉えたであろう。

 

「当然。こっちが疑問に思うことですから」

「そうですか、では続きを。例の高校は昨年の冬、全国大会で二位の成績を残したらしいんですよ」

「そりゃすごい。名門校とは名ばかりじゃないってことか」

「ええ。噂によると、スタメンに一人だけ一年生が入っていたとかなんとか」

「すごいな。一年なんて、部活によっちゃボール触らせてもらえないでしょう。実際俺がそれに近かった」

 

 書類から目が離せない。

 金縛りにあったように体が硬直し、視線すら動かせない。

 やけに寒い。季節が一つ進んだと錯覚するほど寒い。

 

 一種の恐怖があった。

 隠したいわけではない。だが彼女はどこまで──。

 

「あら。同姓同名で、元サッカー部、当時の学年も一致。それ以降の試合に一切出場していない。時期が重なった転校生。偶然が過ぎると思いませんか?」

「さて。本日はもうお開きにしよう。今のところは暇な時間が多いので早めに切り上げる日が続くと思うが、学校全体で本格的に動くと忙しくなることを頭に入れておくように」

 

 美里先生の声に助けられた。安堵を禁じえない。

 委員長との会話を忘れたことにして、鞄を抱えてさっさと会議室を後にする。

 

 後ろから小走りで駆け寄る音を意識的に排除する。

 

「僕は図書室に戻りますのでまた明日」

「実際のところどうなのですか? 一年でレギュラーとして全国の試合に出場などありえるのですか?」

「全国探せばどこかしらにあるんじゃないんすかね。実力主義の部なんて」

 

 元より彼女と足並みを合わせるつもりはない。

 かつてない速さで図書室へ到着してしまった。

 

 扉を優しく開けたつもりだったが、中にいた綾瀬はひどく驚いていた。

 

「っ、ちょっとは考えなさい。乱暴な開け方はやめて」

「帰るぞ綾瀬」

「文化祭の仕事はどうしたのよ。それに図書室はどうするの」

「終わった。図書室も今日くらいはいいだろ。それより変な先輩に絡まれて大変なんだ」

「人のことを『変な』と形容するとは何事ですか」

「……生徒会長」

 

 綾瀬は会長を訝しげに正面から見つめていた。

 対して、会長の方は変に柔らかい笑顔のままである。

 

 かばんを拾い上げて綾瀬に部屋を出るよう視線で訴えるが、そもそもこちらを見ていない。

 会長から視線を外すつもりがないのか、重い沈黙が流れる。

 俺としては一刻も早くこの場を去りたいのだが。

 

「二度目ですね。綾瀬さん、でしたか。以前も彼の隣にいた」

「いえ彼が私に付きまとっているだけです」

「おい」

 

 つい口を挟んでしまった。

 冗談交じりかと思いきや、綾瀬の顔色から察するに機嫌が良いとは言えないまま。

 ほんの一瞬だけ空気が緩んだのみで、何も変わらない。

 

「どうも彼は嫌悪しているように見えますが」

「そうみたいですね」

「やめるべきでは?」

「ですが知りたくありませんか? 彼が転入する前、どんな学生だったのか」

 

 会長は詰め寄る。

 綾瀬は物怖じせず、ひたと睨み続ける。

 彼女がああまで不機嫌そうな表情をするのも珍しい。

 

 誰がどう見ても虫の居所が悪いとわかる。

 対比しているからか、会長の笑顔でさえ邪悪なものに感じる。

 まさに一触即発という雰囲気だった。

 それよりもどうして二人が、主には綾瀬がヒートアップしているんだ。

 兎にも角にも、平和とは程遠い空気感である。

 

「出るぞ綾瀬。札かけときゃ遥斗達もわかるだろ」

「……ええ」

「あら残念。蒼夜君、また明日二人で話しましょうか」

 

 そしてすぐ、綾瀬から舌打ちが聞こえた。

 本当にまずい。先輩に舌打ちするほどご機嫌斜めらしい。

 彼女なりに耐えたのか、逆に耐えきれずにか、すぐに荷物をまとめて俺より先に図書室を出た。

 

「……ありゃやばいな」

「ふふ。怒らせてしまったみたいですね」

「今日は機嫌が悪かったらしいですねドンマイっす、じゃあ僕はこれで」

 

 会長の反応を待たずして、綾瀬の後を追いに廊下へ出る。




ありがとうございました。

なんで機嫌が悪かったのでしょうね。

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