クーデレの彼女が可愛すぎて辛い   作:狼々

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最近めっちゃくしゃみが出ます。
原因不明です。風邪ではないと思うのですがね。


第27話 淡白

 二時間もの間を泳ぐというのは、指に皺が寄りに寄るには十分過ぎる。

 重くのしかかる倦怠感を連れたまま、バスに揺られる。

 疲労が眠気を誘発するもので、短冊の内容など浮かばない。

 バスの揺れが睡眠への誘いを強いものとする中、俺を現実に踏みとどめたのは隣に座る綾瀬の声だった。

 

「眠そうね」

「……まあな。そういう綾瀬はそうでもなさそうだな」

「眠いわよ、とても。ただ、誰か一人は起きてないと大変なことになるから」

 

 後ろを向く。遥斗と高波は揃って瞼を閉じている。

 どうやら疲れと心地よい揺れのシナジーには耐えられなかったようだ。

 かくいう俺も、この一枚の紙がなければ同じく眠りに落ちていた自信がある。

 

「一駅前に起こすから、無理しなくていいわよ」

「いやいや。そっちこそ寝てていいぞ。これ書かないとだし」

「黙ってればかっこいいんだから、眠るのを推奨するわ」

「見え透いた世辞をどうも。そっちこそ黙ってれば可愛いんだから、眠ったらどうだ」

「取ってつけたような所感をどうも」

 

 互いに思考がまとまっていないことがよくわかる。

 意味も中身もない会話だけが独り歩きしている。

 

「まあしかし、品行方正って言葉が似合うだけはあるかな」

「あんたと逆の四字熟語ね、当然知ってるわよ。ところで辞書は引いたことある?」

 

 小言を言い合っていると、だんだんと眠気も晴れてきた。

 霞のかかった思考がクリアになると、自分の発言がどれほど恐れ知らずかを自覚し始める。

 綾瀬が気にする様子がないことは唯一の救いだろうか。

 

「あまり楽しくなさそうだったわね」

「ん?」

「あんたのことよ」

「どういうことよ」

「言葉の通りだっての」

 

 突然のことで、眠気とは関係なく思考が硬直した。

 今日を思い返すが、満喫とはいかないまでも、それなりには楽しめた気がする。

 少なくとも、つまらないということはなかった。

 綾瀬は言葉通りと言うが、それでも俺の理解は及ばない。

 

「そうかな」

「そうよ」

「こうやって皆で集まるってだけで嬉しいもんだがな」

 

 特別遊びに行かなくとも、普段図書室に集まって駄弁るだけでも十分だ。

 彼女から見て楽しくなさそうと感じるならば、あとの二人もそう感じたのだろうか。

 雰囲気を壊してしまったのかもしれないと考えると、若干の申し訳無さを感じてしまう。

 

 誰かに謝って変わることでもなく、不可視の何かから逃げるように視線を車窓へ。

 信号機やら木やらが穏やかに過ぎ去る風景をぼうっと眺める。

 何を考えるわけでもなく、手先で札を無意識に弄ぶ。

 

 薄く橙の光が照っていることに気付いた。

 今が何時かを知るために、ポケットのスマホを取り出そうとした。

 

「今は五時を回ったところよ」

「どしたん突然」

「時間が気になってそうだったから」

「なんだよすげえなそれ。エスパーか」

「かもね、センスありけりって感じ」

 

 和洋折衷の特異な言語を交わしながら考える。

 バスを降りる頃には六時前後といったところか。

 帰るついでに買い物を済ませて、葵に夕食を作ってもらう。

 それが終わる頃には随分と遅い時間になってしまうので、葵には悪いことをしてしまう。

 

 そうして、思考は青春の浪費に回帰する。

 この時間をつまらないという気持ちを抱いて過ごした覚えはない。

 ただ、もしかすると今日という括りに関してはその限りではないのかもしれない。

 

 正しくは、()()()()面白いとは言えないというべきか。

 その要因は、葵を一人置いてきたことによる胸のつっかえだ。

 端的に換言して、シスコンが原因だ。

 自分をシスコンだと自覚したことはないが、傍から見るとそれに分類されるのかもしれない。ほんの僅かの可能性だが。

 

「心ここにあらず、って様子ね」

「ああ、まあ常人にはそう見えるだけだ気にしないでくれたまえ」

「一応聞いとくけど、異端者にはどう映ってるわけ?」

「こう、地球に存在する数々の社会問題に正面から向き合った合理的な解決策をだな」

「どうでもいいこと考えてるのねわかった」

 

 こういったおふざけも、綾瀬には通じるとわかった。

 通じるというよりも、軽く流されているだけかもしれないが。

 無視せず付き合ってくれるだけでもありがたいというものだ。

 

 結局、俺の左手は終盤まで紙を弄るだけに留まった。

 降車寸前に、かろうじて読める程度に走り書きをして提出することとなった。

 

「いや~、こう四人で遊ぶのもいいもんだね~」

 

 何気ない高波の一言に異議を唱える者はいなかった。

 薄暗い空間に光を与える一本の街灯が、どこか疎外感を感じさせる。

 

 俺の青春は登場人物に俺を含む。それも主人公で。ごく当たり前のことだ。

 ただ今日ばかりは、語り部であった方が面白みを受け取れたかもしれない。

 かといって手放しにつまらなかったと言い切れないところがもどかしい。

 

「また四人で遊べるといいな」

 

 そう付け加えたのは、意外にも俺自身だった。

 本心では、この四人が集まれることを幸福と捉えている。

 ただまあ、運動はもう遠慮したいところだ。

 

「できるよ。俺達が集まればいい話だろ」

「言えてるわね」

「当然すぎて何も言えないね」

 

 見慣れた十字路に着いた。

 ほのかだが確かな満足感を残して、高波と遥斗に別れを告げる。

 

 時刻を確認するため、スマホを取り出すとメールが届いていたことに気付く。

 差出人は葵で、暇があったら連絡をよこすよう催促する内容のものだった。

 綾瀬に一言断ってから、数少ない連絡帳のうち一つをタップ。

 

「悪い、遅くなったな」

「ほんとだよ」

「で、どうしたんだ?」

「夕飯の買い物頼んどいたでしょ。メニューはそっちで決めていいから、適当に材料買ってきて」

「はいはい」

 

 通話はそれを最後に、手短に終えた。

 適当とは言われたものの、特に食べたいものは思い浮かばない。

 

 綾瀬の家に向かいつつ、考える。

 なるべく安価で、調理の手間がかからないものが望ましい。

 などと考えていると、綾瀬を無意識に追い越していた。

 というのも、歩幅を合わせていなかったのではなく、彼女が立ち止まっていたことに気付いていなかったのだ。

 

「どうした?」

「ああ、ごめんなさい。このままスーパーに行くか、先にお風呂に入るか迷ってたのよ」

 

 立ち止まった場所は道が分かれていて、到着地点がスーパーか綾瀬の家かで通る方が変わる場所だった。

 どうやら綾瀬も買い物に行く必要があるようだ。

 

「俺もどうしよ。先に入っときたいとこではある」

「同感ね」

「じゃあ家に向かうってことでいいの?」

「そうね」

 

 普通の外出ならまだしも、プールに入った後は流したいところだ。

 意識すると、途端に肌についている乾燥した粘着性が気持ち悪くなってきた。

 特有の不快さからか、夜蝉の喧騒がいつもより耳につく。

 

 互いに無言のまま歩みを続ける。これも今に始まったことではない。

 静謐による形容し難い気まずさにはもう慣れてしまったため、今では(つゆ)程も感じなくなった。

 彼女がおしゃべりな性格ではないため、対応に追われる忙しさがない分、楽ではある。

 

 緩い均衡を破ったのは綾瀬の家に着いたときだった。

 

「ねえ」

「よかったら、夕食一緒にどう?」

「……ん?」

 

 反応に驚きを隠せなかった。

 凝集した蝉の声が気にならなくなったほどだ。

 

 綾瀬から個人的な誘いがあるなど想定外の出来事だった。

 断る理由はないが、応じるとなると、それはそれで不審感が湧き上がる。

 

「妹さん含めてよかったらだけど」

「ああ、まあ多分大丈夫だと思うが」

「そう。ならよかった」

「準備できたら電話くれ。迎えに行くから」

「助かるわ」

 

 そう約束して俺達は別れた。

 会話は成立したものの、いかんせん不思議な感覚に苛まれたままだ。

 何か別の目的があるのだろうか。

 法外な金額や臓器の提供を対価に要求されないよう、ささやかながら願うとしよう。

 

 十分と経たず自宅に到着。

 葵は今頃、食材の到着を待ちわびていることだろう。

 待ちぼうけさらにを裏切ることへの詫び言を考えつつ、玄関を開く。

 予想の通り、我が妹は既にアンニュイの極地へ到達しかけていた。

 

「おかえり。遅かったね~、控えめに言って遅すぎって感じ。速さが足りないって感じ。もう自分で買い物行こうかと思ってたよ」

「ほんと悪い。その件なんだが、一人追加だ。代わりにそいつが夕飯を作ってくれるらしい」

「え、なにそれ。そんな人どっから湧いて出たの。錬金術?」

「もし本当に俺が人体錬成できるとしたら、明日の新聞の一面は決まりだな」

 

 葵から見て、俺はそこまで人望がないのか。

 一緒に遊びに行く友人はさておき、夕食を作ってくれる友人となるとワンランク上がっている気がする。

 転校して三ヶ月弱であることを加味すると、俺は友人に恵まれている方なのかもしれない。

 

 例の三人とは目立った衝突をした覚えもない。

 喧嘩するほど親しくないと言ってしまえばそれまでで完璧に否定もできないが、友人関係は良好だと言って差し支えないだろう。

 強いて言えば、級友の少なさが気になるくらいだが、広く浅くか狭く深くかは個人の価値観なのでそこまで問題ではない。

 

「先にシャワー浴びてくる。もし電話かかってきたら、適当に対応よろしく」

「あいあい。私はもう浴び終わったから。私のことは気にせずごゆるりと」

 

 準備を整え、浴室へ。蛇口を捻る。

 落ちる水が温もりを得るまでの虚無。

 淡白な時間を使って考えた。

 

 綾瀬の料理の腕は少なくとも悪くない。

 今回は昼食ではなく夕食なので、それなりにしっかりしたものが食べられそうだ。

 ある意味での期待を抱いていることは事実。

 女の子の手料理を食すというのは、多少レアな青春イベントだと言える。

 

 控えめな胸の高鳴りを自覚する頃には、既に水は温水へと変わっていた。

 何を作るんだろうか、葵は綾瀬のことは気に入るだろうか、またその逆はどうだろうか。

 そんなことを考えつつ、体に張り付いていた塩素を泡と共に洗い流す。

 

 十分弱ほどで浴室を出る。

 気持ち急いだため、妹に預けておいた電話はまだ鳴っていなかった。

 髪を乾かし外出の準備を整え終えたところで、ちょうど電話がかかってきた。

 

「もしもし。こっちはいつでもいいわよ」

「了解。今から迎えに行く」

 

 最低限の意思疎通だけで通話を切った。

 

「じゃ、俺行ってくるわ」

「いや行ってくるわじゃなくて。なに勝手に人を置いてこうとしとんじゃ」

「一緒に来るのか?」

「ったりめーでしょ。もうお腹ペコペコのペコだし。待ちきれないし」

「まあ……多分大丈夫だろ。数分歩くぞ」

 

 葵の要望を汲み、二人で綾瀬の家へ。

 家に戻ってからあまり時間は経っていないはずなのに、外では思いの外肌寒い風が吹いていた。




ありがとうございました。

今年の冬は、昨年とは違い寒くなるらしいです。
去年がどのくらい寒かったか覚えてないため、私はイメージしづらかったですが。
風邪には気をつけてくださいね。

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