クーデレの彼女が可愛すぎて辛い   作:狼々

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七夕回です。一話で終わらせたかったのですが、七夕要素があまりない上に一話にまとめるのは無理でした。
一日かけて試行錯誤しましたが、縮小しない内容を二話に分けることにしました。
技量不足で申し訳ない。


第26話 七月終わりの短冊

 ガラス越しに届く陽光が眩しくて仕方がない。

 暑さをばらまく外になどいられない。エアコンがせっせと働く室内に篭もるに限る。

 

「あ~……だる」

「ぐうたらおにいだ」

「うるせー」

 

 俺も一応働いているのだから、休みくらいほしいものだ。

 とはいえ、働くことを選んだのは俺なのだが。

 

 里美先生の忠告通り、平日は学校に赴いている。

 仕事は八月に入る前に終わり、残りは充実した夏休みが約束されるようだ。

 実行委員の候補選出で進行が止まっているため、出し物の承認などの仕事ができない。

 現状手が付けられる仕事は底をつき、休日を謳歌する余裕が訪れたというわけだ。

 

 吐き出される冷気に少し寒気を覚えたとき、ソファに置かれたスマホが着信を知らせる。

 無論妹のものではなく、俺のスマホが震えている。

 俺に電話をかける人物など限られているため、誰からの報なのかと予想しながらスマホを耳に当てた。

 

「はいもしもし、東雲です」

「知ってる。貴方にかけてるもの」

「お言葉ですがかける相手を間違えてません?」

 

 いつもの四人衆のうちの三人だろうと踏んでいた。

 確かにその通りだったのだが、最も確率が低いと予想した人物とは。

 

「間違えるわけないでしょう。手打ちじゃあるまいし」

「麺類の話はあまり詳しくないので」

「面白くないわよ」

 

 存外バッサリと切り捨てられた。

 ある程度予想はできていたが、ここまで感情のこもっていない言葉も中々聞き覚えがない。

 画面を見て改めて通話相手を確認するまでもなく、声の主は綾瀬だと理解させられる。

 

「手短に用件だけ伝えるわ。明日、空いてるかしら」

「先に用件を言えっての。用件だけってのはなんだったんだよ」

「プールに行くわよ」

 

 発言に理解が追いつくよりも先に、俺は否定の結論を下す。

 だるい、人混みに自らが赴く理由がない、綾瀬からの電話の内容にしては怪しい。

 肯定の返事をしようにも、それを全て無に帰すほどのネガティブな理由が次々と浮かぶ。

 

「あ~、明日は文化祭実行委員の集まりがあってだな」

「用件を先に伝えさせるってことは、少なくとも誘いを断るに値する予定は入ってないはずなのだけれど」

「……お前、(はか)ったな?」

「貴方にも選択肢はないってことよ。諦めなさい」

 

 なぜ脅迫まがいなことをされ、水遊びに招かれなければならないのか。

 いささか劣悪な手段と言わざるを得ないが、後悔先に立たずというもの。自らの失敗を悔やんでも残念ながら結果は変わらない。

 

 しかし、俺の中に一つの芯を持つ疑問があった。

()()綾瀬から、レジャー施設に誘われる? 

 予想だにしない出来事だ。本当ならば、この夏における青春の訪れを喜ぶべきなのだろう。

 が、それ以上に理由が気になる。

 

「で、その貴方()()ってなんだよ。他に誰の選択肢がないって?」

「そんなの私以外にいないでしょう」

 

 なるほど、彼女も()()()()だったということか。

 大方(おおかた)、高波に勢いのままに誘われ、俺も誘うよう強制しているのだろう。

 強制する理由が不透明すぎるが、聞いても恐らく答えは返ってこない。

 

「そうかわかった。お前が俺を誘う理由もなんとなく。けどな、俺は葵を一人にするわけにはいかないんだ」

「行ってもいいよ」

 

 言葉を挟んだのは葵本人だった。

 電話をつなぎながら、言葉の行き先をずらした。

 

「私のことはいいから。そんなことしてたら、お友達いなくなるよ?」

「いや、そういうわけにも。ていうか行きたくないし」

「聞こえてるわよ」

 

 誤魔化すつもりもなかったので、そのまま口にしたまでだ。

 綾瀬相手に聞かれたとて、そこまで気をつかう必要もない。

 

 近くにいた葵は、器用に俺の手からスマホを取り上げた。

 

「あ、ちょっ──」

「もしもし、妹の葵です。いつもおにいがお世話になっております~」

 

 止める間もなくそのまま勝手にふらふらと廊下へ出てしまった。

 熱気溢れる場所に行ってまで取り返す気力も起きない。

 

 数分もせずに妹は戻ってきた。

 

「はい。行くって言っといたから」

「あのなあ」

「たまにはお友達と一緒に遊ぶのも大切だよ」

 

 渋い顔をしてスマホを受け取る。

 葵を一人にしておくのは心配だが、話が通った後に断るのは申し訳ない。

 気が向かないのも確かだが、明日は予定が入るらしい。

 

「あ、水着買ってない。うっわ~……」

 

 引っ越して水着を持っていないことを思い出すと、さらに嫌気がさす。

 窓をちらと覗くと、アスファルトを焦げ付かせるほどの日光は健在。

 灼熱地獄に足を踏み入れる覚悟をしてから、ソファを立ち上がる。

 

 

 

 翌日。後ほど知らされた集合場所と時間に遅れることなくバス停へ到着。

 乗り遅れることもなく、いつもの四人衆は揃った。

 

「涼し~……」

 

 車内は冷気で満たされており、綾瀬が思わず呟くのもうなずける。

 文明の利器とは非常にありがたいものだと感謝が尽きない。

 

「じゃ、先にこれ配っとくね。後で私が回収するから」

 

 車内に乗ってすぐに、高波が長方形の紙を一人につき一枚ずつ配った。

 ただの紙かと思ったが、よく見ると片側短辺の中央に小さな穴が空いている。

 

「なんだこれ」

「短冊。今日は今年の旧七夕だからね。帰りのバスで集めるから、それまでに願い事書いといてね」

「そりゃ別にいいんだが、なんで七日じゃなくて今日なんだ?」

 

 確かに訳は理解できるが、わざわざ今日することでもない。

 旧ではなく、現在の七夕に書けばよかったのではないだろうか。どうせ学校で皆集まるのだから。

 

「あ~、七日は──」

「今年の七日は日曜だったでしょう」

「……あ、ほんとだ」

 

 計算したが、確かに七日は日曜日だ。

 納得してから、バッグの中からペンを取り出す。

 指先で円柱を弄びながら考えるが、唐突に願い事など思いつかない。

 とはいえ帰りのバスで疲弊した状態で書くのもだるいので、目的のバス停に着くまでには書き終えておきたい。

 

 三人との会話もそこそこに短冊に書く内容を考えたが、どうにも筆の調子が振るわない。

 結局最後まで私的な願い事は思いつかず、適当なことをさっと書き留めて後で書き直すことにした。

 

 

 

「とうちゃく~!」

 

 車内と外の温度差に悩まされながらしばらく歩き、目的地に到着した。

 プールを内包する建物を目の前にして、叫んだのは高波だった。

 

 勢いそのままに、施設の自動ドア、更衣室のドアを開くまでにそこまでの時間はかからなかった。

 

「ねえ。二人の水着、どんなだろうね」

「さあな」

 

 若干の期待がのしかかった遥斗の言葉へ雑に返す。

 確かに気持ちはわからないでもない。彼女らの水着姿というものが目の保養であることに間違いはないだろう。

 ただ、あまり変な目で見るのも失礼という建前上、あまり興味のない演出をしているだけと言われたらそれまででもあるのが複雑なところだ。

 

 熱量が充満する水場で待つこと数分。期待の根源はやってきた。

 

「おまたせ~!」

「ごめんなさい。麗美奈が手間取ったのよ」

「その情報必要だったのかって俺は不思議でならない」

 

 彼女らの姿を見ると、言葉が出なかった。

 かたや、男の目を攫う抜群のプロポーション。明るい水色のビキニと朗らかな様子が相まって、まさに「万人受けの理想」といった姿。

 かたや、白いビキニから薄肌色の溢れを避け、白のパーカーを着た低身長で清楚の権化。対してこちらは「純朴の理想」といった姿。

 感心の拘束具から解けた最初の一挙は、感心の溜め息一つだった。

 

「二人共、水着めっちゃ似合ってるな」

「そう」

「ありがと。二人も似合ってるよ」

 

 典型的な言葉を返すのもやっとだ。

 ある意味で、彼女達の返事は彼女らしいものだった。

 男物の水着に、似合ってるもなにもないだろうに。

 

「というか、二人とも筋肉ついてるね。すごい」

「俺は中学でバスケ部だったから、その分もあるかな。筋トレも続けてるし」

「俺はそんなこともないけどな」

「あんたも要らない嘘つかないの。サッカー部だったでしょう」

「え、マジ? 初耳なんだけど」

 

 当然だ。遥斗には初めて言ったのだから。

 というか、このやり取りが既に三度目なのだが。

 

「じゃ、早速泳ぎにいきますか」

 

 遥斗が先行する中、俺はとある約束を思い出した。

 

「綾瀬。確か、どっちが速いかで競争する約束だったろ」

 

 かすかにだが、そんな口約束をしていた気がする。

 夏休み前まで水泳の授業はなかったため、今まで競争の機会がなかったのだ。

 

「あ~、それか。七海ちゃんは泳げないんだよ」

「はい?」

「聞いたでしょう。泳げないわよ、私」

「いやなんで競争に参加したんだよ」

「あんたが泳げなかったら勝ち目があるかと思ったのよ」

「んなわけねえだろ……」

 

 どれだけ薄い希望に賭けた勝負を受けたのだろうか。

 そもそも、金槌なら最初からそう言えばよかったのだろうが、それは彼女の性格上、言っても無駄だろう。

 

「じゃ、今日は三人で金槌の錆取りってことでどうだ」

「いや別に、そこまでしてもらわなくてもいいわよ」

「楽しくないだろ。一人だけそっちのけとか逆に気ぃ使うわ。少なくとも俺はな」

 

 話を聞いている限り、綾瀬以外には金槌はいない。

 二人いるならまだしも、綾瀬一人を置いて楽しむというのも酷な話だ。

 

「じゃあ三人の中で一番教え方上手な人が優勝ってことでどう?」

 

 水面に背中を預け、天を仰ぐ遥斗。

 他の人が泳いだ際にできた水流で徐々に向こうへ流されているため、様がイカダのそれである点が残念である。

 

「私も一回やったことあるんだけど、私が得意なわけでもないから上手くいかなかったかな」

「じゃあ無理なんじゃないか?」

「諦め早すぎでしょ。もっと私の可能性見出して」

 

 見出して、と言われても。

 体が軽いことは間違いないため、浮くことは簡単そうだ。

 であれば、泳げない原因は推進力か。

 

「どこまでできるんだ? 顔は水に浸けられる?」

「ええ」

「バタ足は?」

「する前に沈むわ」

「うっそだろ」

 

 悪魔の実の能力者かなにかか。まさか簡単だと思われたことで躓いていた。

 しかし、体が沈む理由は大体一つに決まっている。

 

 水に入らないと話が進まないため、取り敢えずプールの中に。

 俺と高波は問題なかったが、綾瀬は身長が低く、プールに足が着くと水面が顎付近にあるのが面白い。

 とはいえ、笑ったら未来が危ういので我慢したが。

 

 遥斗が手を引いて、綾瀬のバタ足を補助。

 高波が役をする前に遥斗が立候補し、綾瀬を引っ張っている。

 引率係の微笑みが邪悪な時点で、嫌な予感しかしないが。

 

「はい、いいよいいよ~、ほい」

 

 突然に遥斗が手を離した。

 途端に推進が止まり、綾瀬が呼吸困難でプールに立った。

 

「やったわアイツ」

「あはは……」

「ごめんごめん、手が滑った」

「こほっ、けほっ……あんた、バスから降りられないと思った方がいいわよ」

 

 外野から見ている俺と高波は苦笑いを浮かべる他なかった。

 最近は綾瀬が大人しかったとはいえ、遥斗はいつまでも攻めていくようだ。

 仲が良いようでなによりではある。居心地が悪いよりはずっとマシだ。

 

 短い観察時間だったが、原因が予想通りだったため問題はすぐにわかった。

 

「腰から沈んでるな。腕も伸ばしきれてない。腰も若干曲がってるな」

 

 いわゆる、ストリームラインができていない。

 体が沈むだの、浮かばないだの、そういった類の言葉を垂れる人は大体これができていない。

 体全体が一直線になっていないため、水の抵抗を受けやすいのだ。そのため、キックも力が十分に伝わらず、推進力も乏しいため前に進まない。

 

「高波、腰を支えてやってくれ。すぐ直るだろうから、最初の一回だけでいい」

「は~い」

「肘曲げずに手を伸ばしてみろ。腕を耳に密着させるんだ」

 

 アドバイスをそこそこに飛ばし、再挑戦。

 高波が直接支えた御蔭もあって、簡単に浮いた。推進力も増しているように見える。

 

「取り敢えず、バタ足はクリアだな」

「すごいね。腰は私も言ったことがあったけど、腕は言った覚えがなかったなあ」

 

 確かに、胴体と足を水面と平行にする意識は強いが、手は疎かになりがちだ。

 腕を伸ばせば自然と胸も真っ直ぐになるので、思っている以上に影響は大きい。

 

「次はそうだな、クロールかな」

「あまり難しいのは……」

「大丈夫だ。バタ足できたら、クロールは半分できたも同然だ」

 

 大雑把な理論だが、手と足で二分したうち足はできているため、半分はできたことになる。

 クロールさえできてしまえば、最低限金槌であることは否定できる。

「4泳法」とされる中で、一番とっつきやすくメジャーであるクロールの難易度は低い。

 

「足はさっきと同じ。手はS字──いや、I字でいい。そのまま腕を大きく回すだけでいい」

 

 S字に手を回すよりも、直線的に動かすI字の方が簡単だ。

 引っ張ることも支えることもできないため、彼女一人でクロールに挑戦。

 見様見真似で、教えていない息継ぎをしている。

 推進の方は問題なく進んでいた。

 

「上手いな。ほぼできているが、息継ぎは顔を横じゃなくて上に向ける感じだ。上げない方の腕に耳をつけて、枕にするように」

 

 それだけ言って、練習に戻る。

 ものの数回で息継ぎを覚え、クロールは完成した。

 

「できてるぞ」

「……すごいわね。こんなに早くできるとは思ってなかったわ」

「簡単だし、飲み込みも良かったからな」

 

 難易度が低いとはいえ、バタ足の練習を始めてから一時間もかかっていない。

 要領がいいことも事実だ。

 

「ってことで、優勝は蒼夜かな」

「そりゃどうも」

 

 特に大義を成したわけでもないが、金槌が直ってなによりだった。

 ふと時計を見ると、帰りの予定時刻まで既に二時間を切っていた。

 バスの移動時刻を考慮すると、どうしても泳ぐ時間が少なくなるため、仕方のないことだ。

 とはいえ、二時間もあれば体力が尽きるのには十分すぎる。




ありがとうございました。

旧七夕に合わせて投稿するのはどうか、という意見があったので取り入れさせていただきましたが、技量不足でほぼ七夕要素ないまま終わってしまい、本当に申し訳ありません。

取り敢えず、学校でできなかった水着回を今回で回収。

次回は七夕要素を入れます。

今回のように、こういうのはどうか、というお題を出してくれるのはこちらとしてもありがたいです。
もしお題が来て、話に組めそうだったら取り入れさせていただきます。

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