クーデレの彼女が可愛すぎて辛い   作:狼々

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遅れてすみませんでした。
不定期と記したものの、さすがにこのペースはまずいですよね。

一人暮らしにも慣れてきたのですが、まだ忙しいです。
書かなきゃいけない書類を書いたり送ったり。
大学生は暇になると言った人は誰ですか教えて。


第22話 曖昧模糊

「さて、以前話していた学園祭実行委員の話だが」

 

 遠山先生の切り口は、つつがなく日常が繰り返されていることの確かめにもなる。

 

 デートの次の日でも、まだこの高校は夏休みではないため、登校日が訪れるわけだ。

 とはいえ、学園祭実行委員について、一切の記憶がない。

 恐らく俺が聞いていないだけか、随分と前に聞いた話で忘れただけだろう。

 

「男女一名ずつ、希望者は綾瀬に届け出ること。今日中に不足分を抽選で補う形となる。後から文句は受け付けないぞ。じゃあ、今日も一日頑張るぞ」

 

 生徒達に伝達してすぐに、先生は職員室へと去っていく。

 長期休暇前なので忙しいのだろうか。

 綾瀬に仕事を投げっぱなしなのもどうかと思うが、仕方ないのかもしれない。

 

 ホームルームが終わった雰囲気が形成され、各々が散っていく。

 ざわつく教室の中をかき分け、こちらにやってきたのは高波だった。

 

「おはよう。妹さんの件は解決した?」

「え? あ、あぁ、御陰様で。ホント助かったよ」

 

 なるべく自然に受け答えたつもりだが、少し不自然になってしまった。

 別に俺が女性が苦手というわけではなく、昨日の葵の言葉がふと脳裏をよぎったからだ。

 

 

 

「話さない方がいい?」

「うん。特に理由はないけど、私あの人苦手」

 

 葵がそう口を利かせたのは、今朝のことだ。

 昨夜のことを思い出しても、葵はそんな調子を微塵も見せていなかったはずだ。

 

「参考までに理由をどうぞ」

「人のことすごく詮索してくる。部活とか、普段の生活とか、色々」

「そりゃしすぎは良くないけど、初対面の会話なら普通じゃないか?」

 

 相手の情報が皆無ならば、それを求めるのはごく自然な流れだ。

 それが知人の家族であるなら、なおのこと興味関心がわくものだと思うが。

 

「そうだけど、なんでって理由までずっと聞いてくるの」

「そうだったか?」

「そうだった。ずっとおにいの方を向いてたのに、会話に入ってくれないし」

「申し訳ない」

 

 蚊帳の外だとばかり思って、葵に助け舟を出せないでいたらしい。

 二人の会話に割って入るわけにもいかなかったため、仕方ないと自分の中で言い訳するくらいはいいだろう。

 

「で、言ったのか?」

「何を?」

「色々と」

「少しだけ。……でも、アレは言ってないよ。言いたくない」

 

 葵は服の胸を弱々しく握った。

 なんとなく枯れかけの白百合を思わせるような儚さに、俺は軽々しく慰めの言葉を言い出せなかったか。

 

「言う必要はないさ」

「おにいからは言ってないよね」

「勿論だ」

 

 言って辛くなるのは、俺ではなく葵だ。

 随分と単純なことだが、それが真であるならば、俺は最初から口をつぐむ以外に選択肢はない。

 

「もう時間だから出るぞ。いってきます、気をつけてな」

「いってらっしゃい、おにいも気をつけてね」

 

 誰かに見送られるのも思いの外久しい。

 どこか感慨深い思いに浸りながら、ドアのノブに手をかけたときだった。

 

「おにいちゃん」

「……どうした」

「サッカー、やっぱり続けないの?」

「ああ。もう疲れたんだよ。一人暮らし始めてから忙しいし」

 

 つくづく俺達は家族なのだと実感する。

 愛情は隠れた歪みの発見器らしい。

 だからこそ、俺の嘘ではないが適当な言い訳も、発見器に引っかかることだろう。

 

 彼女の水をためた薄紙が破れそうだった。

 その表情を見ただけで、俺は何も言葉をかけることができず、家を出た。

 

 

 

「──ねえ、お~い?」

「ん、ごめん聞いてなかった。なんだって?」

「正直だね。君らしいけど」

 

 しまった、と後悔する。完全に葵と会話している気分だった。

 ここは学校で、妹は現在自宅に居候しているのだ。

 現在に意識を引き戻して、今度は会話をしっかり聞く。

 

「妹さん、えっと、葵ちゃんは昨日はどこか具合が悪かったの?」

「どういうことだ?」

「最初は元気良かったと思ったんだけど、時間が経つにつれてあんまりそうじゃなかったかもって」

 

 なるほど、こういうことだ。

 今朝の葵の顔を思い出して、口にするつもりは毛頭ない。

 それがたとえ高波が相手だろうとである。話し相手を選ぶ話題ではない。

 

「よければ、私が相談というか──」

「あいつ、意外にシャイなんだ。見た目が可愛いだけに玉に瑕な気もするが、それがいいかもしれないんだが」

「ふふ、なにそれ。確かに可愛いかったけど、もしかしてシスコンなの?」

「悪いか? 兄妹仲は順風満帆だ。珍しいだろうけどな」

 

 友人の声を聞くに、兄妹という関係は上手くいかないことが多いらしい。

 身内の異性という関係上、噛み合わないことが多々あるとか。

 うちは妹が俺にべったり──と言っていいかどうかは定かではないが──なので、他の兄妹よりも仲がいいのだろう。

 

 誤魔化したのを悟ったのか、高波は話題を変えた。

 彼女は話を切り出す前に、何かを探すように教室を見回す。

 

「今日は七海ちゃんとは一緒じゃないの?」

 

 そう言われ、高波と同じように左見右見(とみこうみ)

 もう見慣れてきた綾波の姿が教室内に見渡らない。

 

「さあ。どこ行ったんだろうな」

「避けられてるの?」

「……思い当たる節はあるな」

 

 下着見に行こうと電話かけたことか。

 それ意外に思いつかない上に、決定的な内容だ。

 彼女のように言動がはっきりした人ならば、大きく身を引くこともありえないことではない。

 

 こう思うのは失礼だが、もう少し人材を考えるべきだったかもしれない。

 

「高波が心が広いだけか」

「なにが?」

「昨日の一件について」

「七海にも声かけてたの? そりゃ無理だね」

 

 彼女の理解者である高波がこう言っているのだ。

 

「……でも、私に電話する前に七海にかけたんだ」

「間違いだったな」

「そういうことじゃないんだけど」

「どういうことだよ」

「さあ」

 

 高波は両手を軽く上げる仕草をして、話を切り上げた。

 やはり最初に彼女に電話をかけるべきだっただろうか。

 思わせぶりな態度を取られ、知らず知らずのうちに溜め息を吐いたとき、隣席の住人は教室へ戻ってきた。

 

 特に理由もないので、機嫌を損ねないためにも、不用意に声はかけない。

 綾瀬は席に着いても俺に声をかける素振りは見せなかった。

 

 

 

 この均衡状態は放課後まで続いた。

 どちらもこの状況を崩そうとしないため、結局二人になる放課後まで互いに話を交わすことはなかった。

 昼食はいつもの四人でとっていたのだが、俺と綾瀬の間に走る沈黙に気を遣っていたのか、何かを言おうとしてはやめてを繰り返していた。

 

 とはいえ、図書室に籠もっている今現在、その環境が変わったわけでもない。

 ただ無言で来るかもわからない来訪者を待ち続ける無意味な時間を、読書などで潰すだけ。

 遥斗と高波が主たる来客だが、毎日来るというわけでもない。

 恐らく、今日はその二人が来ない日だろう。

 

「なあ」

「……なによ」

「この仕事、本当に意味あるのか?」

 

 俺が突然に切り出した話題について、自分自身も多少驚いていた。

 意地を張っていたわけでは決してなかったが、流れる緊張を解しえる最初の一言がこれとは。

 

「どういうことよ」

「別に放課後にここにいる必要なんてないだろ。利用者は少ない」

「ええ、そうね」

「じゃあなんで図書室開けてんの」

「暇だから。家に帰ってもここにいても、することはほとんど変わらないもの」

「そうか」

 

 この時間が有意義なものとは到底思えない。

 仕事というならばするが、必要性を感じない。

 

「あんただけ帰ってもいいのよ」

「いや俺だけ帰るってのも──ごめん、電話かかってきた」

「どうぞ」

 

 着信音の鳴り続けるスマホを覗いてコールの差出人を確認しようとしたが、おおかた検討はついている。

 ノールックで通話をタップ。

 

「はいもしもし」

「もしもし、遥斗だけど」

「いやお前かよ」

「失礼な」

 

 てっきり葵かと思っていたので、思わず本音が出てしまった。

 

「で、どうしたの」

「いや、高波に蒼夜の妹が可愛いって話を聞いたから本当なのか確かめに」

「そのために電話したのか?」

「いや実際に会いにいった。というか、たまたま見かけた。確かに可愛いな」

 

 人の妹に何を言っている、と言う気も起きない。

 俺の意識は、葵が外へ出かけているという情報へ向けられている。

 

「それ、どこで会った?」

「ん~、大通りの方に出てったかな。見かけただけで話してはないから、どこに向かってるかまではわかんない」

「わかった、さんきゅ」

 

 手早く礼を言い、通話を切り上げる。

 大通りにある妹が行きそうな場所と限定するならば、思い当たるのはスーパーくらいか。

 それ以外の場所は見当がつかないので、半分は俺の希望だった。

 

「悪い、俺もう出るわ」

「ええ、そう。気にしてないから、別にいいわ」

 

 申し訳なさを感じつつ、手早く荷物をまとめて図書室を出る。

 廊下を小走りしながら考えていたのは、高波のことだった。

 確かに彼女は男女を問わず人気のある女子で、高嶺の花という言葉がこの学年で最も似合いそうだ。

 同学年では綾瀬も仲間入りしそうだが、愛想が良いという点では彼女がより近しいことに間違いはない。

 

 故に彼女は、孤独と孤高の違いがわからない。

 どちらも「一人ぼっち」という結果に着地するものの、そのニュアンスは大きく異なる。

 孤独は唾棄すべきだが、孤高は本人の勝手でそうなっているものだ。口を挟む方が間違いとも言える。

 だが高波 麗美奈は恐らく、両者を孤独として一緒くたにしているのだろう。

 だから葵に大きく踏み込み、愛嬌のない綾瀬に寄り添う。

 

 その原因を一日考えてみたが、大きく分けて二つしか考えられなかった。

 一つは、彼女の性格上ごく自然だから。もう一つは、自分がそうしてほしいから。

 後者は彼女の身の上縁のない話なので、恐らくただ彼女がそういう性格だからなのだろう。

 結局これは憶測の域を出ない上に、出た結論に意味がない生産性のないものだ。

 

 暇とはいえ、今日一日考えることでもなかったな、と思いながら校門を出た。いつの間にか昇降口を出て履物すら変えていたようだ。

 ただ、これだけは言える。

 葵は高波に対し、ファーストコンタクトであまり良くない印象を与えている、ということだ。

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

 自分も帰宅しようかと検討していたとき、思わぬ来訪者が図書室へやってきた。

 

「やっぱりまだいた」

 

 今まで何をしていたのか、遅れてやってきた常連だった。

 確信をもってここを訪れた彼女は、ごく自然な動作で彼の居場所へ割り込んだ。

 すなわち、私の隣の席だ。

 

「昨日、デートに誘われちゃった」

「誰に」

「東雲君に」

「あらそう、奇遇ね。私もよ」

「下着探しに女の子に声かけまくるって、だいぶキてるよね」

「その言葉に反論の余地はないわね」

 

 適当に返事をしているが、彼女は図書室を去ろうとしない。

 この部屋には彼女以外に私しかおらず、かくいう私も帰宅を検討していたところだ。

 荷物をまとめ、忘れ物がないか確認していたときだった。

 

「帰るの?」

「ええ。貴方はどうするの」

「どうするもなにも、家に帰ってくる途中で戻ってきたんだよ?」

 

 曰く、東雲に会いにきた、と。

 わざわざ帰路に着いた後、学校へ戻ってくるほどの理由だろうか。

 

「あら、それは残念ね。東雲はもう帰ったわ。急ぎ足で」

「じゃあ七海ちゃんも残念ってことになるね。東雲君、他の女の子に会いにいったんだよ」

「……へえ」

 

 誰に会いにいったのかという疑問が生じたが、私の気にするところではない。

 彼が誰との予定を優先しようとも悪いことではないし、私達が放課後の図書室に留まることは予定と言えるほど必要性がないものだ。()()()()()()()であることを否定はしないし、するつもりもない。

 ただそれ以上に、なぜそれを麗美奈が知っているのかという別の疑問が前に出た。

 

「なぜ知ってるの? 知ってて戻ってきたの?」

「うん。言ったらどうするかなって思って」

「どうするって……どうもしないに決まってるでしょ」

「そっか。その女の子、最近会ったんだけどすごく可愛かったし、東雲くんとすごく仲良くしてたよ」

 

 感嘆を漏らすこともなかった。

 嫉妬を煽りたいのだろうが、そもそも彼に嫉妬の感情を抱くようになった覚えがない上に、見知らぬ人間に嫉妬などできるはずもない。

 

「じゃあね、また明日」

「あ、待って。私、東雲君もらうって決めたから」

 

 突然というわけでもなかった。

 以前からもらうもらうと予告していたような気がするので、特段驚くことでもない。

 

「そう」

「ありがと」

 

 荷物を持って、図書室の扉を開けようとしたが、惜しくなった。

 何も返事をせず、ただうなずいて今日の学校を終えるのに抵抗を感じたのだ。

 そして、私の口から出たのは自分でも意外が言葉だった。

 

「できるなら、いいわよ」

「それ、どういうこと?」

「え……っと、言葉の通りよ。東雲が落とせるならって話よ」

「へえ。じゃあ、七海ちゃんも東雲君狙うってこと?」

「さあ」

 

 ぼやかしたものの、自分の言動にまだ驚いたままだった。

 間違いなく、私は彼のことが好きではない。

 あまり仲の良い友人が多いわけではないので、相対的に彼と仲が良いと言える程度だ。

 

 ただ、彼の隣に女の子が立っているという光景が、少し気に入らないのかもしれない。

 私がその席をほしいという気はさらさらないのだが、不思議なものだ。

 

「ああ、そう。私、欲しい物は手に入るまで諦めない方なの。もっとも、本当にほしいと思った物なんてあまりないのだけどね」

「ふうん」

 

 またも言う予定のなかった言葉を置いて図書室を出た。

 私の白黒つかないこの心情を表すならばきっと、「曖昧模糊を望んでいる」だろう。

 

 いずれ、この不透明が透明を得るときが来るのだろうか。

 今の私にはそれすら不明だった。




ありがとうございました。

別作品の話で申し訳ないのですが、この作品が唯一書き溜めがない作品であります。
他作品は一つ以上、多いもので4つか5つほどあったと思うのですが、クーデレに関してはマジでない。

次の投稿もいつになるかわかりません。
できるだけ早く仕上げたいとは思っていますが、よろしくお願いします。

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