最後の投稿から一年九ヶ月、ほぼ二年に近いですね。
受験終わりました。
詳細は活動報告をご覧ください。
簡潔に申し上げると、国立大学合格です。
これから投稿を再開します。
まだ一人暮らしの準備が整うまでは不定期の更新となると思います。
なにとぞ、これからもよろしくお願いします。
「で、どれがいいのかさっぱりです、先輩」
「私には妹ちゃんの好みもわからないです、先輩」
互いを先輩と呼び合う。
必然的にどちらか虚偽だ。片方が先輩なら、もう片方が後輩だ。
では、答え合わせの時間だ。
──どちらともが虚偽である。……何のゲームだろうか。
「どれでもいいのか?」
「私を連れてきた意味とは」
「だろ? その意味がなくなるから聞いてるんですよ先輩」
「もうこの際紐のでいいんじゃないですか先輩」
ランジェリーショップで既に居場所が狭い俺としては、早々に帰りたいところだ。
それにしても、連れ出しておいて何だが、適当すぎだろ。
いや、突然呼び出して、ついてきてくれているだけでもかなり器が大きい方だろう。
「で、実際本当にどうすれば」
「ん~、この辺りが無難な方だとは思いますね……って、サイズがわからないんじゃ選びようがないよ」
「ああ。多分Mだろうって言ってた気がする」
「おっけー、私と同じかあ」
「その情報、今要りますかい?」
本当に恥じらいがないのか、それともからかって俺の反応を楽しみたいのか。
恐らく後者なのだろう、とは容易に想像がつく。
得意気そうに、こちらの顔を覗いてくるのだから。
「ん~、せめて種類だけでも絞ろうか。どんな種類のがいい?」
「ねえわざとなの? 『いい』って聞いて妥当性じゃなく好みを聞いてるのはわざとなの?」
「わざとだよ?」
「ひどいブービートラップに気が付いたものだ」
さて、どうしようか。
ここで下手な駒を打てば、変態認定は免れない。
そもそも知っている種類の名前自体に限りがある。
ガーター・ベルトはあまりにも有名だが、ここで口走れば今が楽でも後が苦しかない。
「ほら、悩まず答えちゃいなよ。確かに、種類関係なく下着自体に魅力を感じるのは──」
「俺を変態にするのやめてくんない? 全てを好きな中から選りすぐりを答えろみたいな言い方、男からするとマジで怖いから」
「で、結局どれに絞るの?」
おふざけがおふざけじゃなくなっている。
ならば、俺も一つ興のあることを言ってみようか。
この流れなら、下手でも何かとサラッと流せるかもしれない。
「ローライズ」
「うっわあ……」
「俺は今最大のピンチに面したようだ神様、我に救いの一手があらんことを願い奉る」
「聖地はそっちじゃないと思うよ多分」
「目の前に女神様がいるから許しを請うているんですよ、女神様。ああ尊いお姿だこと」
「あ~、だいぶおかしいね」
そう、確かに自分でも自身をおかしいとは感じている。
けれども、正直ランジェリーショップに男がいること自体がイレギュラー。
今更何をしようと、あまりに目に余る行動をしない限りはむしろ変わらない。
「はい、選んだから帰ろう。早くしないと、妹さん大変でしょ」
「えっ早い。すごい。最高」
「語彙力の欠片もないね」
レジで手早く会計を済ませ、足早に店を出る。
ついてきてもらっている高波には悪いが、長居すればするほど俺の立場がなくなってしまう。
ただ、このまま何もないというのも悪いものだ。
「なあ。よかったら、うちで夕食だけでも食べていかないか?」
「いやあ、ちょっと君の作る料理は遠慮したいかな」
「ストレートだな~」
だいぶ直球。綺麗な縦回転だった。時速何キロ出ているんだろうか。あいにくスピードガンは持っていない。
俺のバット、当たってもへし折そうなんですが。木製とか比にならない。
「いや、料理できないのは俺が一番わかってるし、別に気にしてなんかないんだけどな」
「それ、気にしてる人が一番言いそうだけどね」
「何を隠そう、コックはマイシスターなんだよなあ」
「ほう」
俺が料理が不得手な代わりに、妹の葵はそうでもない。
本人曰く、あまり得意じゃない、とのことだが俺はそう思っていない。
店を出せる、と形容する褒め方をわざとらしいと常々思うが、将来出していけるかもしれない、と思わせるほどの腕前だ。
「腕は俺が保証しよう」
「ふむ、食事専門が言うならそうなんだろうね」
「そうだな、確かに俺は食べる専門家だな」
「そろそろ練習した方がいいよ? 一人暮らしの時どうするの?」
「どうするのって言われても、俺にとっての一人暮らしは今なんですが」
「だったら尚更でしょ」
「そんときは、妹かいるであろう彼女に頼ろうかな」
「妹はともかく、彼女はどうだろうねえ」
「そうだな」
……高波が彼女だったら、と考えずにはいられない。
頭脳明晰、才色兼備。料理もその例に漏れず。
立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花。これほど彼女に似合う人も珍しい。
高波を、彼女だと紹介するときがあるならば、きっと胸を張るには十分過ぎるだろう。
だからこそ、俺には釣り合わないのだろう。
そもそも、向こうにその気がないことは今の返事で明白だ。
「……彼女、かあ」
「えっ」
「いや、なんでもない。妹さんの料理、楽しみだなあ」
えっ、何その含みのある言い方。
完全に脈なしだと思っていたんだが、可能性が一パーセントくらいできてしまったんだが。
「あっ、食材どうしよ」
「そっか。妹さん、具合悪いから買い物も行けないんだよね」
「いや、ちょっと待ってくれ」
携帯を取り出して、妹へ電話する。
少なくとも、ここに引っ越すまでは携帯は変えていなかった。
最後に通話してから今までの約三ヶ月間で番号が変わっていることはないだろう。
「もしもし、買えたかい?」
「御陰様でな。土産はバッチリだ」
「やっぱおにいはできる子」
「誰のせいで駆り出されたと思ってるんだ」
「えっ私だけど?」
「皮肉だよ。それより、さっき俺が話してた友達と一緒に夕飯食べることになったから、一人分追加よろしく」
「ああ、じゃあ私も買い物出るよ。家からすぐそこのスーパーに行くから、先向かってて」
と、電話が切れた。
いや、外、出られるじゃん。仮病じゃん。
「妹さん、何だって言ってた?」
「後で合流するから、そこのスーパーに行ってて、だってさ」
「え? でも、妹さんは──」
「そうだよ、あいつは俺を便利な使い魔として下着買わせに行ったんだ」
「わあお」
心無い感嘆符を並べながら、足は既にスーパーの方へと向いていた。
本来ならば、客人には買い物に付き添ってもらうべきでないのだが。
「先に家に──」
「私も一緒に行くからね?」
「はっや。もしやテレパシー?」
「イエス、テレパシー」
したり顔で指を鳴らしながら、彼女はそう告げる。
かっこいいし、可愛いし、ホント何なんだろうな。
ノリもいい上に、純粋で性格もいい。
この世にこのような女性が本当にいるのかと、目前の少女を疑いたくなる。
「はい、捕まえた~」
「……こりゃひっどいな」
聞き慣れた声と、背中にかかる軽い重さ。
前の腹まで回された華奢な腕にまとわれたのは、先程見たばかりの服の袖。
俺の背後にいたのは、ここにいるはずのない葵だった。
「えっと、どなた様?」
「こいつが妹だ」
「でもさっき電話で……」
「うっわすごい美人さん! おにいには絶対釣り合わね~!」
「それは一番、当人の俺が引け目を感じてますよっと」
一体いつから追ってきていたのだろうか。
ともかく、高波は依然として困り顔だ。
「……兄妹で似てるね、なんか」
「あはは、そうですか? とにかく、いつもおにいがお世話になってます」
「おにい? 呼ばせてるの?」
「俺がそう呼ぶように強制してるみたいに言うのやめようね」
やはり初見で口に出されるのはまず呼び方か。
おにい、という言い方こそ強制、もとい矯正する必要があるらしい。
「ごめんなさい、遅れましたが、蒼夜の妹の葵です」
「どうも、高波 麗美奈です」
二人が軽く挨拶を交わして、主に葵が話を振り始めた。
二人の間だけで会話が起こり、二人の間だけで会話が完結する。
どうにも俺は蚊帳の外らしいので、口を挟むことなく彼女達の後へとついていく。
高波はそれに早くから気付いていたのか、時々こちらに話を振ろうとしては葵に遮られ、という流れが何度も繰り返されている。
買い物が終わって帰路に着く頃には、葵の勢いもすっかり収まっていた。
「──へえ、葵ちゃんは生徒会に入ってるんだね」
「え、えぇはい」
「私も中学の頃は、生徒会に入ったなあ。書紀だったけどね」
「そうなんですか」
それは食事が終わり、彼女達が食器を二人で洗っているときのこと。
初めはあれだけ盛っていた会話が、今ではそれが嘘のような静けさだ。
葵は話を受け取るばかりで、高波は話かけてばかり。
二人が洗った食器を拭きながらでも、その異常さには気が付いた。
異常というほどでもないが、少し不自然ではある。
皿洗いが終わってから少し。
「じゃあ私は、もう
「そうか、じゃあ送るよ。葵、大人しくしておくんだぞ」
「わかってるよ。いってらっしゃ~い」
夏ではるが、外は肌寒い。
昼間の気だるさを誘う気温を考えると、これくらいが丁度いいのかもしれない。
物思いに耽っていると、高波に話しかけられる。
「葵ちゃんは生徒会には入ってるけど、部活には入ってないって聞いたけど、本当?」
「ああ」
既に本人から聞いていたらしい。
葵は部に所属はしていないものの、生徒会に所属している。
部活動をしていなければ生徒会に参加できない、というわけでは勿論ない。
しかしながら、生徒会というものは学校での中心人物が集まるものだと相場が決まっている。
組織票で当選しやすく、部活に入ることで自然と人脈は広がる。
無所属の生徒よりも当選しやすいのは言うまでもない。
「文化部にも入ってないの?」
「本人は嫌がっていたな。何故かは知らんが」
曰く、『自分に合う文化部がなかった』とのこと。
無理して入部する必要はなし。
部活動が義務付けられているわけではないため、理由としては十分だ。
「へえ。じゃあ東雲君は?」
「サッカー部だったよ。今でこそ帰宅部だが」
「なんで今まで言わなかったの?」
「言う機会もなかったし、言う必要もなかっただけだ。聞かれないし」
「いつからいつまでサッカー続けてたの? こっちでは部活してないよね」
「小学生になってから、前の高校まで」
「すご! 前から体格いいとは思ってたけど、納得」
高波がモテる理由が垣間見えた気がした。
淡麗な容姿は言わずもがな、会話の進め方や相手の褒め方。
意図したものかどうかは不明だが、好印象を与えることは間違いない。
学校帰りに通る十字路からは、彼女に案内してもらいながら進む。
そこから僅か五分ほどで、高波の家に辿り着いた。
彼女の家と思われるその家は、既に電気が内を照らしている。
「同居? それとも実家?」
「あはは、実家だよ。同居って言葉が出るの、面白いね」
「いや、いてもおかしくないかなって」
「まあ、今は募集中、かな?」
高波がこちらを見る。
なるほど、これは男を手の上で転がすタイプだ。
自分の気持ちがあっさりと揺らぎそうなので、考えること自体をやめることに。
「じゃあ、おやすみ」
「うん、送ってくれてありがとう。また明日ね」
手を振り合いながら、彼女と別れる。
高校ならば、俺や綾瀬のように一人暮らしの生徒よりも、実家暮らしの生徒の方が多いだろう。
思えば、俺のように生活能力が欠けていない人間が、高校から一人暮らしをする必要はあったのだろうか。
家に帰ると、俺のベッドの上で寝転がっている葵が見える。
「ん、おかえり」
「ただいま。お前の部活のこと、聞かれたよ」
「……そっか」
どこか返事に元気がない。
いつもならば、元気どころか覇気で溢れているだろうに。
「話したのか?」
「いや。それなりに
「そうか」
葵だけでなく、俺の口数も減っている。
「あんま無理すんなよ」
「おにいは心配しすぎ。さっきだってそう」
「家の中で暴れられても困るからな」
静寂。それを邪魔をするものは暫く現れず。
テレビは消えている。音がない世界。
口を開いてはいけない、それが禁忌と定められたような空間。
居心地が悪いのだが、この空気を破らない──いや、破れない時間が続いた。
「……お兄ちゃん、ありがとね」
先に静謐を断ったのは、葵の方だった。
無理な役回りを押し付けた俺は、兄としてどうなのだろうか。
会話を投げかけるのは俺からすべきだった、と後悔してももう遅い。
「いいんだよ。お前が無事なら。それと、人前でその呼び方してくれるなら」
「それは無理かな。変な女が寄っちゃうし」
「変じゃない女も寄り付かなくなるからやめてください」
「まあ、お似合いの女の子ができたら、考えたげる」
彼女はずっと、ベッドから起き上がろうとしない。
洗面所へ行き、手を洗う。
部屋へと戻り、葵の横へと倒れる。
葵はそれを拒むことはなく、俺の手を自分の頬へと引き寄せる。
仄かな暖かさを抱く彼女の頬に、涙が流れることはない。
流れる先は、ベッドのシーツの上。
俺は何を言うでもなく、彼女の目尻を伝う雫をすくい取った。
ありがとうございました。
また、更新停止した当時の読者は、今はほぼこのサイトを離れたと思われます。
ほぼ1からのスタートです。
まあそこは気ままにやっていくので気にしてませんが、当時の読者に完結まで読ませて差し上げられなかったことは残念ではあります。
これからどうなるかわかりません。
一人暮らしで生活が安定しないため、不定期の更新が続くかもしれません。
それでもよければ、これからもよろしくお願いします。