意外と早かったでしょう。そう信じたいものです(´・ω・`)
ただ、少し短めとなっております。
では、本編どうぞ!
扉を開けて挨拶をした後、綾瀬に続いて家に上がる。
リビングに入る限り、過度な装飾できらびやかすぎることもなく、落ち着いた様子だ。
あまり光が強い部屋は、好みではなかったりする。
「紅茶とコーヒー、どっちがいい?」
「え、あ、えぇと、紅茶で頼む」
「わかったわ。適当に座って頂戴」
彼女のこの対応にも、驚かざるを得ない。素直に席に着いて、出来上がりを待つ。
つい今日、それも数時間前まであれほど素っ気なかったのにもかかわらず、俺に家に上げているのだから。
女心の理解というものは、俺には早すぎたのかもしれない。
湯を沸かす準備をした後、彼女は手早く雨を拭いていた。
さすがに覗いたわけではないが、透け具合が変わっていた。うぅむ残念。いや残念じゃない。いややっぱり残念。
「……はい」
と、ぶっきらぼうな言い草で投げられたのは、白のタオル。
何か格ゲーの技を彷彿とさせる言葉だが、本当にタオルを投げられたのだ。
ふらふらと不安定に、俺の手元に不時着。
「使いなさい。お互い様よ」
「あ~、悪い。洗って返すとするよ」
これでプラマイゼロ、というわけらしい。
彼女も中々損な性格というか、譲らないというか、きっちりとしている。
それが今は、ありがたいというものだが。
「――っくし!」
「あんた、本当に大丈夫? 風邪引いてない?」
「あぁ、大丈夫だと信じたい。……にしても、今日は何かと優しいじゃないか。機嫌が良いのか?」
「元々私のせいだしね。それに、あれがデフォルトよ」
そうは言うものの、やはり今日は口数が多い気がする。
いつも一言二言くらいなので、この著しいかつ突然の変化についていけない。
それを口にしようとした時、ティーポットの湯が沸いた音が響く。
まぁ、明日になればきっと元通りなのだから、言うほどでもないか。
頭で誤魔化すように靄をかけて、こぽこぽと紅茶を淹れる綾瀬の姿を見た。
どこか様になっていて、失礼ながら感心したのだ。
運ばれたりんごの爽やかな香りがする紅茶に、座った彼女と同時に口をつける。
普通に美味しい上に、手慣れた淹れ方。
「紅茶、淹れ慣れているのか?」
「……えぇ。ちょっと、ね」
彼女のその言葉は、どこか沈んでいた。
嗜虐的でも、自慢気でもなく、光を失った太陽のように、悲壮が張り付けられている。
とはいえ、今までこんな顔をされたことも覚えがない。
俺に原因がないことは明白であり、他人の事情を、垣根を飛び越えて詮索する必要もなく、義理もない。逆に失礼に値する。
結論付けた頭で感じた二口目のアップルティーは、何故か一口目よりも酸っぱかった。
「そういえば、明日は水泳だったか。さぞ華麗な泳ぎを見せてくれるんでしょうねぇ、綾瀬さん?」
「は、はいはい。わかったから。あんたが明日風邪を引いたら、不戦勝になるから好都合だわ」
言いながら、こうして家に上げて紅茶まで出しているのはどこの誰だろうか。
長居するのも落ち着かない上に図々しいので、一思いに茶を仰ぐ。
「ごちそうさま。美味しかったよ」
「当然よ」
「はいはい、わかったから。ありがとうな」
「感謝は後で形にして返すことね」
「仰せのままに」
適当に返事をして、リビングから出る。
外の雨も気のせいか弱くなっていて、これ以上は濡れずに済みそうだ。
見送られ、扉に鍵が閉まる音を聞きながら、浅い水たまりを蹴った。
家に帰って、すぐに風呂へ。
早いところ暖かくしないと、本気で風邪を引きそうだった。
風呂から上がって夕食。
最近コンビニやらスーパーのお惣菜やらにグレードアップした、俺の家の夕食。
本来なら買いにいくところだったが、今日はそんな気分も起きなかった。
「だりぃ……」
体が鉛のように重い。
瞼が震え、声が霞み、意識が朦朧の渦中へと飲み込まれる。
視界は明滅し、渦潮からは三十分ほど経った今でも、未だ抜け出せないでいた。
とてもではないが、外に出られそうにない。
歩くことさえやっとな体で、綾瀬から借りたタオルを洗濯し終えてから、すぐにベッドへと倒れた。
大体、想像がついていた。今この体調である原因に。
寒気で脳と肌と関節が凍りつき、回転を鈍らせる。
体温を計る気力さえ立ち上がらないまま、意識は不意に閉ざされた。
目が覚めたときには、既に手遅れだった。
昨日の体の重さが、勢いを増して襲いかかる。
結局、風邪を引いてしまったらしい。
高校に欠席の旨を伝え、風邪薬を飲んですぐにベッドにとんぼ返り。
ここで気付いたが、高校生が一人暮らしで病院に行くのは、中々不安だったりする。
果たして初診が午前に予約ありだとしても、当日の午後に行けるのかどうか、だとか色々と。
結局病院には行かず、寝込んで夕方を迎えることに。
何かを食べる余裕すらなく、起きることもたった数回。
寝すぎで眠気にすら誘われないまま、目を瞑って横になっていた。
―*―*―*―*―*―*―
今日、教室内で私の隣の席は、沈黙を破ることがなかった。
椅子を引く音も、紙に文字を記す音も、本のページを繰る音も。
何もかも、些細な音という音全てが。
「今日は東雲君、風邪でお休みなんだってね」
「……えぇ。何かと静かだし、自由で助かったわ」
授業も、休み時間も、昼食も、この図書室のカウンターで過ごす放課後も。
いつも耳に届く声が聞こえない今日この日は、気持ちが楽だったような気がした。
きっと、あいつの風邪は、昨日の雨に過剰に打たれたせいだ。
家に上げて温めたので、私ができることはやった。
そうは考えるものの、やはり罪悪感は残って止まない。
いくら冷たい人間だと思われていても、私は罪悪感すら覚えない人間ではない。
隣に置いた自分のカバンから覗くタオルを見ると、変に気にしてしまった。
「もう、またそういうこと言う。御見舞行こうよ、三人で。家の場所はさっき里美先生から聞いたじゃん」
「そうそう。俺も高波も時間かかって構わないから、後は綾瀬だけだよ?」
「私は……」
正直、行った方がいいとは思う。
風邪の要因は雨だが、間接的な原因は私にある。
では逆に行かない方がいい理由があるかと言われると、そうでもない。
胸の中で刺さる針を抜くためにも、行く方が賢明だろうか。
「わかった、行くわ」
「よっし、善は急げ! 早く行くよ~」
エアコンを切って、戸締まりを済ませる。
まだ夕焼けが見え始めたばかり。
図書室を無人に留めるには、早すぎる時間だ。
OPENからCLOSEへとプレートを裏返しにして、廊下を進もうとしたその時。
「今日は早く上がってくれて問題ないさ。できるだけ早く行ってあげた方が、一人暮らしの東雲は喜ぶだろうさ」
「心の声を聞いたような言葉ですね」
突然にかけられた声と、本当に心を覗いたような発言に驚いた。
まるで何かを待っていたように、壁を背にして寄りかかっている里美先生。
「大体のやること成すことは事前に限られるものだよ、生徒諸君。鍵は預かるから、行っていいよ」
「ありがとうございます。では、お願いしますね」
「はいよ、お願いされますねっと」
どこか上機嫌な先生に鍵を渡して、昇降口へ。
笑顔で見送る彼女の顔は、懐かしむような、感心しているような、そんな顔だった。
淡々と階段を降りて、昇降口から外へ。
昨日の雨が嘘だったような快晴が、茜色で広がっていた。
殺到する夏の暑さは、夕焼けを連想させそうだとは言えない。
まだまだ、夕方とはいえ夏のようだ。
黒く焦げたコンクリートを歩みながら、彼の家へと向かう。
取り敢えず私の家まで戻った後、記憶を頼りに再び歩を進めた。
着いた感想としては、それほど遠くはなかった。
小さな一軒家で、学生の一人暮らしとしては十分くらいだろうか。
同じ立場の私に言えることでもないが。
「インターホン、押したら?」
「はいは~い。綾瀬が自分で押したらいいのにね。別にいいけどさ。……やっほ~、大事な大事な蒼夜君の御見舞に来たよ~」
『あぁ~、わざわざ悪いな。病人の家でよければ上がってくれ』
「おっけ、了解」
カメラの画面が切れたのを確認して、三人でドアの前で待機する。
思いの外長く待ってから、内側から解錠された音が聞こえた。
ありがとうございました!
次から蒼夜君の家の中に三人が。
彼氏彼女ではないが、将来なりそうな男女二人。
片方が病気で、もう片方は家の中。これはもう、あのイベントしか……ねぇ?
ありきたりだけども、楽しんでいただければ。
ではでは!