執務室に着くなり翼達を出迎えたのは、八紘の机に所狭しと積み上げられた書類の山。
「――――アルカノイズの攻撃によって生じる赤い粉塵を、アーネンエルベに調査依頼していました。これはその報告書です」
思わず目を丸くしている三人へ、緒川が簡単な説明をする。
「あーねん、えるべ・・・・?」
「・・・・独国政府の研究機関。シンフォギアの開発に深く関わっており、異端技術への知識も、S.O.N.G.に届きうるとされている」
耳慣れない言葉をたどたどしく復唱する未来へ、今度は八紘が解説。
未来は小さく頭を下げて、お礼を伝えた。
黙って行われた態度から、話を邪魔したくないという意図をくみ取った八紘。
そのまま続けるよう緒川に促した。
「調査の結果、あの赤い粉塵は『プリマ・マテリア』と呼ばれる物質であることが判明しました」
「いずれも万能の溶媒、物質の根源的要素らしい」
「万能・・・・何にでもなれるってことですか?」
「今はその認識で構いません」
申し訳なさそうに再び疑問を口にする未来へ、今度は緒川が頷く。
「櫻井女史によれば、錬金術の過程は、『理解』『分解』『再構築』の三つ」
「アルカノイズで世界を分解して・・・・一体何を錬成しようというの、キャロル」
翼とマリアは、キャロルの目的について改めて考え始める。
分解の先の再構築で、何を作り出そうというのか。
いくら思考を巡らせようとも、明確なひらめきは見えてこない。
「・・・・翼、傷の具合はどうだ?」
「ッはい、痛みなど殺せます。問題ありません」
悩んでいる娘を見て何を思ったのか、口火を切る八紘。
思考を中断した翼は、即座に力強い答えを返す。
「そうか。ならばこれらを持ち、早々に己が戦場に戻ると良い」
「・・・・はい」
気遣ったのかと思いきや、やはりどこか冷たい態度。
返事する翼の様子も、どことなく落ち込んでいる。
その様子を見ていた未来は、視界の隅でマリアの顔がしかめられるのに気づいた。
「・・・・確かに合理的な判断かもしれない」
あっと思った時にはもう遅く。
マリアはやや苛立った様子で口を開いていた。
「けれど、傷を負った実の娘にかける言葉ではないはずよ!」
たしなめる前に、再び八紘に食って掛かってしまう。
一方の八紘は、怪訝な目を向けるのみで何も言わない。
「マリア、落ち着いてくれ」
言葉を続けようとするマリアを、肩を掴んで制する翼。
どこか痛みを感じる表情に感じるものがあったのか、悔しそうに唇を噛んだ。
「・・・・疾くと、発ちなさい」
八紘は特に責めることなく。
手短に退室を促したのだった。
「何なんだ!あの態度は!!」
肩を怒らせながら、憤然と廊下を進むマリア。
「怒るのは当然だと思う、だが、あれが私達の在り方なのだ」
そう宥める翼は、目的地らしい部屋の引き戸に手をかける。
「ひとまず、積もる話はここで・・・・」
「ッこれは・・・・!?」
言いながら開いた戸の先。
床に散らばった子供服、無造作に放られたゲーム機。
散らかっているにもほどがある部屋が、飛び込んできた。
そんな光景を目にしたマリアと未来は、思わず構えを取る。
「敵襲!?まさかオートスコアラーがもう!?」
「この中に、いや、もしかしたら外から狙って!?」
すっかり臨戦態勢の二人に押されてしまった翼。
原因を知っているからこそ、端正な顔がだんだんと気まずく渋いものに変わっていく。
はっきり言ってただの自業自得だが、それを白状することは恥をさらすも同じ。
しかし、上手いはぐらかしを翼が言えるかと言えばそうでもなく。
というか、そもそも二人を誤解させたままなど、出来なかったので。
「・・・・すまない、不徳の致すところだ」
『これが自分の部屋だ』と、素直に白状したのだった。
閑話休題。
「・・・・昔からなの?」
未来に手伝ってもらいながら、散らばった服をたたんでいると。
部屋を見まわしていたマリアが呟くように問いかける。
「そ、それはっ、私が片づけられない女ってこと!?」
「そういう意味ではないッ!パパさんのことよ!!」
動揺のあまり、普段とは違った言葉遣いになった翼。
そんな先輩に未来が目を丸くして驚いている横で、仕切り直して話が続けられる。
なお、マリアの胸中で、『部屋が気にならなくもないけども』と付け足したのは蛇足だ。
「・・・・まあ、仕方のないことかもしれないな」
そう、しみじみと。
かつての自室を見渡しながら語りだす様は、とても自嘲的。
そして、とつとつと、己の事情を語り始めた。
「私の御爺様、現当主の風鳴訃堂は、老齢の域に差し掛かると跡継ぎを考えるようになった。候補者は、嫡男である父『八紘』と、その弟である弦十郎叔父様」
「どっちが跡継ぎかは、もう決まっているんですか?」
順当に考えるなら八紘か、あるいは何か事情により弦十郎か。
そのどちらかだと思うものだが。
「いや・・・・御爺様が指名したのは、父でも叔父様でもなく、当時生まれたばかりの私だった」
「えっ?」
「それは、どういう・・・・!?」
予想外のことに、思わず身を乗り出してしまう未来。
膝に置いていた、畳んだ子供服が崩れてしまう。
話を聞いていたマリアもまた、驚愕を禁じ得ないようだった。
「生きていれば、否が応でも分かることがある・・・・」
その時の翼の声は、少し震えているようにも聞こえた。
「私に、お父様の血は流れていないらしい」
「――――えっ」
いや、まさか。
衝撃的な告白に、マリアと未来は最悪な予想をして。
「風鳴の血を少しでも濃く残すため、御爺様が母に産ませたのが私だ」
「そんな・・・・!」
「風鳴訃堂は、人の道を外れたか・・・・!」
愕然とする未来、怒りを吐き出すマリア。
二人を申し訳なさそうに見上げながら、翼は続けた。
「そんな私だったからか、幼い時分はお父様に『どこまでも穢れた風鳴の道具』とよく言われたよ。実際、お父様からすれば憎くて憎くて仕方がなかったのだろう」
己の血を継がぬ、不義の子とも言うべき娘に向ける愛情など。
簡単に持てる聖人がいるのだろうか。
いや、片手で足りぬどころかもてあそぶほどにいないだろう。
「本来ならそんな私が防人のお役目などという名誉、賜れるはずがないというのに・・・・どういうわけだか、天ノ羽々斬に適合してしまった」
その時の、八紘の心境とは。
「だが、役目を全うすることができたのなら、お父様に、娘として見てもらえるのではと、一抹の望みを抱いてもいた」
次の瞬間。
翼の笑みに、ここ一番の自嘲が刻まれて。
「しかし、こんな敗北を続けるような体たらくでは、ますます『鬼子』と言われても仕方があるまい・・・・」
「翼さん・・・・」
打ち明けられた、ずっと世話になっていた人物が背負っていた思い。
どう声をかけたものかと、未来が痛ましげに眉をひそめている横で。
マリアは何かを考えながら、改めて部屋を見渡していた。
ほのかに香る藺草の匂い、どこかもの悲し気なマイクスタンド。
(それにしては・・・・)
感じていた違和感を表す言葉を思い当たり、マリアは目を細めた。
◆ ◆ ◆
場所は変わって、日本近海深く『深淵の竜宮』。
聖遺物を始めとした危険物を保管している、日本政府の重要機密施設だ。
その性質上、人が滅多に立ち入らない静かなはずの屋内は。
今、発砲と爆発の祭り会場と化していた。
「クッソォッ!!」
「・・・・ッ」
「ぐぅッ・・・・!」
半分自棄を起こして鉛球をばら撒くクリス、苦い顔をして着地する調と切歌。
三人の視線の先には、片腕を復活させたレイアと。
「ッチ、存外にしぶとい・・・・」
死亡したはずの、キャロル。
右手には経典のような物品が握られている。
エルフナインを始めとしたブレイン陣が、『狙うだろう』とあたりをつけていた聖遺物『ヤントラサルヴァスパ』。
あらゆる機械のコントロールを可能にするため、チフォージュ・シャトーの操縦に使うだろうと予測されていた。
「いや、オレが本調子ではないだけか・・・・」
「ッハ!閻魔様も甘くなかった様だな!」
苦い顔をするキャロルへ、クリスは挑発的にあざ笑った。
「マリア達の方にも、襲撃があったって・・・・」
「万が一もないはずだが、こっちも速攻で片づけんぞ!!」
「合点デース!」
突っ込んでくるレイアへ切歌が応戦し、調がその援護を行う。
クリスもその援護に加わる片手間、どさくさを狙ってキャロルへ弾幕をばら撒いた。
「ッ地味に窮地・・・・!」
調と切歌、二人の
半歩、また半歩と、じりじり追い込まれていく。
レイアの余裕がなくなったのをいいことに、調がクリスの弾幕へ合わせ始めた。
弾丸に加えて、細かい丸鋸までもがキャロルを狙い始める。
苛烈になる攻め手、キャロルの顔にもレイアの顔にも、焦燥が浮かび始める。
それでもしのぎ続けるのは、彼女達にも負けられぬ理由があるから。
しかしギリギリの均衡は、やはり終わりが訪れて。
「ッ・・・・!」
突如、キャロルが胸を押さえてうずくまる。
最悪のタイミングで拒絶反応が起こったのだ。
更に運の悪いことに、手元のヤントラサルヴァスパめがけて丸鋸が飛んでくる。
「ッマスター!!」
レイアが気づくも時すでに遅し。
その隙をついて、クリスはミサイルを叩きこんで――――
◆ ◆ ◆
八紘邸でもまた、異変が起こっていた。
日もとっぷり暮れた頃、突如として響いた轟音。
翼達装者が飛び出せば、邸内の家屋の一つを派手に壊しているファラの姿が。
「ッ今度こそ、仕損じるものか!!」
勇ましくマイクユニットを握った翼に続き、三人そろってギアを纏う。
対するファラは怪しくほくそ笑むと、アルカノイズを召喚。
翼を分断するようにばら撒いた。
一対一に、こちらとて望むところだと構えた翼。
マリアと未来は加勢しようとしたものの、ノイズに阻まれて叶わなかった。
勇ましく立ち向かいつつも心配げな様子の二人へ、大丈夫だと見せつけるように剣を振るう翼。
機動力で研ぎ澄ませた斬撃を、何度も何度も撃ち込む。
そんな怒涛の連撃を前にして、涼し気な表情のファラ。
不敵な笑みが裏付ける通り、やはり数度打ち合うと翼の剣は砕けてしまった。
「哲学兵装、剣殺し・・・・もはや呪いやゲッシュの領域ね、ッ!!」
ノイズを片づけながら翼の戦いを観察していたマリアは、苦い顔で一閃。
「何か、どうにか突破口はないんでしょうか・・・・!?」
「どうにか出来るならとっくに出来ているけど、あれは、そう、じゃんけんのようなものらしいし。よっぽどの禁じ手を使わない限り、
背中合わせになった未来が疑問を零せば、残念そうに声を曇らせるマリア。
一瞬顔を曇らせた未来だったが、直後何かを閃いて。
「そっか、なら剣じゃなかったら・・・・!」
『自分が相手取れば』と提案。
確かに、天ノ羽々斬やアガートラームと違い、神獣鏡のアームドギアは鉄扇(あるいは鏡)だ。
そもそも『剣殺し』とやらが効かないものだが。
「相手もそれを分かっているから、こうして分断されている」
「あ・・・・」
落ち込む未来へ、『名案だけども』とフォローを入れて。
マリアは再びノイズへ切りかかる。
「どちらにせよ、アルカノイズを放っておく理由なんてないわよ!」
「ッはい!!」
気を持ち直して、未来もまた戦闘を再開した。
「ッ破アアアアア―――ッ!!」
翼の戦いも続いている。
足元にはすでに何十、何百と砕かれた剣の破片が散乱しており。
翼やファラが踏みしめるたびに、じゃり、と音を立てた。
「飽きないこと、いつになったら本気を出してくださるの?」
「――――ッ!」
明らかな挑発。
しかし焦燥で頭が茹だっていた翼は乗ってしまう。
彼女らしからぬ荒々しい一閃。
タイミングを見切ったファラは、大きく薙ぎ払い。
「ぐあッ・・・・!?」
砕いた剣ごと、翼を吹っ飛ばした。
放物線を描き、木の葉のように飛んだ翼の体。
地面をバウンドしながら転がると、何か、突っ立っているものにぶつかった。
「・・・・・ぉ、とう、さま?」
朦朧とした視界に見えた八紘に、翼は呆然と語りかける。
「っぁ、も、ぅしわけ、ありません・・・・いま、すぐ・・・・!」
いつの間に来たのか、疑問は残るものの。
口に出した一瞬で我に返ると、痛みをこらえて立ち上がろうとした。
翼の思っている以上に大きなダメージは、体の動きをきつく制限する。
「ッ・・・・!」
速く、早く、はやく。
これ以上父に無様を晒さないためにも、焦りを募らせた翼。
食いしばった口元から、血がこぼれた。
頭が訴えるぐらつく痛みすら、無視しようとしたところで。
「――――もう、いい」
そっと、添えられる手。
いたわるように肩に触れた手を追えば、穏やかな顔をした八紘が。
「もう、戦わなくともいい」
「・・・・そ、れは」
『もう用済みだということか』。
そう言いたげな娘の目に、首を横に振る八紘。
「やっぱり、そういうことなのね!?パパさん!!」
「・・・・?」
何が何だかわからない翼へ、マリアは声を張り上げる。
「翼のあの部屋!十年経っているにしては、あまりにもきれいだった!」
「そういえば、あんまり埃っぽくなかったかも・・・・って、まさか」
未来も何か気付いたのか、目を見開く。
「伝えられなくても、あなたは確かに愛されてるのよ!!翼!!」
思わず、父を見上げる。
視線を受けた八紘は、参ったと言いたげに目を伏せた。
「・・・・他人に指摘されるなど、私もまだまだだな」
未だ呆然とする翼の前髪に触れて、優しく滑らせる。
「・・・・初めはただの『振り』だった、だがいつの間にか演技が本心に変わっていた・・・・だからこそ、父上は後継からはずしたのだろうが」
浮かべた自嘲を取り払った八紘が、笑った。
翼ですら見たこともないような、穏やかな顔。
「歌いなさい、翼。思うがままに・・・・お前の名は、それ故に付けたものだ」
「――――ッ」
息を吞む。
唾液も巻き込んで、のどが鳴った。
――――剣と鍛えてきた。
夢中だったものを捨てて、親友の死を乗り越えて。
だけど、叶えたい夢を見つけて。
――――その『夢』が、敗北の一因だと思っていた。
雑念を孕んでいるから負けるのだと思っていた。
だけど、それでも。
「・・・・歌って、いいのですか」
震える声で、問いかける。
「私は、心のままに、奏でていいのですか・・・・!?」
――――疑問への答えは。
本当は優しかった父の、ただ単純な頷きだった。
「・・・・~~~ッ!!」
今度こそ立ち上がる。
蔓延していた痛みが嘘のようだ。
父を庇うように、律儀に待っていたファラを見据えて。
翼は、深呼吸を一つ。
「――――ッ」
開いた瞳は、もう迷っていない。
「・・・・ならば、とくとご堪能ください」
手が、胸元へ、イグナイトモジュールへ伸びる。
「私の、風鳴翼のッ!今の歌をッ!!!!」
――――Dainsleif !!
八紘が見守る前で、闇を纏った翼。
疾風のごとく突進すれば、迫りくるのは鋭い一閃。
「全く、懲りないこと・・・・ッ!?」
そう言いながら応戦したファラの笑みが、迫り合った一瞬で崩れた。
刃が、剣が、手折れない。
いや、それどころかこちらをへし折る勢いで・・・・!
「っはあああああああ!!!」
ダメ押しだと言わんばかりの追撃に、とうとうファラの剣が砕かれた。
「な、なぜ・・・・剣であるなら・・・・!」
「――――お前はこれが剣に見えるのかッ!?」
動揺するファラが咆哮に目をやれば、翼が掲げた双剣から炎がほとばしっている。
「否ッ!!これは、夢へと羽ばたく『翼』ァーッ!!!!!」
雄叫びに呼応して、更に増す火力。
下半身に風を渦巻かせ、距離を取ろうとするファラを。
翼もまた飛び上がって追いかける。
足を揃え、体を大きく回転させながら。
炎と斬撃の勢いを、最大限にまで高めて。
「・・・・ッ」
何故か、笑みを浮かべたファラの胴体を。
真っ二つに叩き斬ったのだった。
「――――」
見事、愛娘の勝利を見届けた八紘。
言葉にせずとも、『よくやった』と。
浮かべた笑みが、雄弁に語っていた。