チョイワルビッキーと一途な393   作:数多 命

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落とされたガラス玉

チフォージュ・シャトー、キャロルの自決と同時刻。

たった今主を失った玉座の間。

重々しい駆動音が響き、振動とともに仕掛けが動く。

すると、天井から垂れ幕のようなものが下りてきた。

それぞれが、オートスコアラー達のパーソナルカラーに染められている。

オートスコアラーの反応は様々だ。

ただ確認するように目を開けたり、うっすら笑みを浮かべたり、普段とあまり変わらなかったり。

共通しているのは、主の死を悼んでいないことだけ。

まるで、予定通りであるかのようなだけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

強く照り付ける太陽。

 

「うー」

 

どこまでもどこまでも澄み切った空。

 

「みぃー・・・・」

 

涼しげな潮騒を波で運んでくる海。

そんな、最高のロケーションの下で。

 

「だああああああああああああああああああああああッッ!」

「あたしをおろせえええええええええええええええ!!」

 

響は砂浜を爆走し、担いだクリスごと海面へ飛び込んだのだった。

大きな飛沫が上がり、勢いを十分に物語っている。

 

「ぶっは!ひゃー、あははははははは!!」

「げっほごほごほっ、てめ、このヤロオオオオオッ!!」

「ごめんなさーい!!あはははははっ!!」

「反省してねーだろおおおおおおおおおおおおッ!!」

 

ずぶ濡れになったクリスは、直ちに響をとっちめるべく。

猛然と水をかき分けて追いかけ始める。

響も響で、悪びれている様子を見せることなく。

無邪気にクリスから逃げ始める。

 

「まったくもう、怪我したらどうするつもりよ・・・・」

「ふふ、そうね。溺れたりしても大変だもの」

 

パラソルを立てたり、レジャーシートを敷いたりして。

休憩スペースの設営を手伝っていた未来は、響のはしゃぎっぷりにため息。

一緒に作業していたマリアは、微笑みながら同意した。

 

「けど、もう大丈夫そうね」

「・・・・そう、ですね」

 

ふいに視線を下げる未来。

その胸元には、シンフォギアのマイクユニット。

 

「また、心配かけましたから」

 

神獣鏡のギアを握り、調や切歌も加わった追いかけっこをまぶしそうに見つめた。

――――キャロルが自決した後の話だ。

エルフナインの尽力はもちろんのこと。

フィーネによって書かれた(ということになっている)『櫻井理論』を、了子が解読したことにより(そういう話にしてある)。

シンフォギアの修復こそ可能になったものの。

新たなノイズを操る相手に、次々破損させられた事態を重く受け止めた国連は。

戦力増強の一環として、渋り続けていた『神獣鏡』の製造を承諾。

一部機能の制限を条件にされたものの、未来は再び装者となったのである。

 

「――――でも」

 

浅瀬でクリスに圧し掛かられる響を見つめ続けながら、未来は言葉を続ける。

 

「あんな風に泣いてるとこ、見ちゃいましたから・・・・だから」

 

イグナイトモジュールを使用したあの日。

キャロルが自決したその時。

自分の拳がもたらした結果に、ただ『ごめんなさい』と『大丈夫』を繰り返しながら涙していた。

頼りない背中。

 

「・・・・そうね、あなたの基本方針はそうだもの」

「えへへ・・・・」

 

『ごちそうさま』とこぼしたマリアに、未来は気恥ずかしい笑みで答えた。

 

「前と違って、ゆっくり話す時間もあったので。響も分かってくれてます・・・・隣に、いてほしいって」

「・・・・そう、あの子が」

 

視線を滑らせ、遊ぶ面々を見やる。

追いかけっこは、翼がやってきたことで中断したらしい。

調と切歌は翼と一緒に泳ぎ始め、やや疲れた様子のクリスは浮き輪で波に揺られ、のんびりしている。

響はというと、エルフナインに泳ぎを教えているようだ。

浅瀬でバタ足するエルフナインを引っ張りながら、ゆっくり動き回っていた。

 

(以前にも増して参っている、か)

 

昨年の執行者事変。

未来が戦うと知った時の動揺が、覆るほどの精神ダメージ。

それは、先日の戦闘が堪えていることの、何よりの証明だった。

 

「確かに、あの子一人だけイグナイトが不完全。それを抜きにしても、あなたが共にいてくれた方が助かるわ」

「お役に立てるように頑張ります」

 

事実、響には未来の支えが必要不可欠。

それを抜きにしても、マリアも未来の参戦を心強く思っていた。

神獣鏡の特性を知っているので、なおさらだ。

 

「マリアさーん!未来ー!そろそろおいでよー!」

 

噂をすればなんとやら。

ちょうど話がひと段落したところで、響が声を張り上げる。

無邪気に手を振る様に誘われて、見合った二人はゆっくり立ち上がった。

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

一方その頃、海辺近くの研究所。

弦十郎、了子、緒川の三人は、風鳴の息がかかったこの施設を訪れていた。

今年の三月、ラグランジュ地点から帰還したナスターシャ教授の遺体。

それとともに持ち帰られた彼女の研究資料が解読できたと、報告があったからだ。

 

「これは・・・・?」

 

早速報告を聞いていた弦十郎は、映し出されたホログラムを見上げる。

球体にいくつもの点と線が刻まれただけの、シンプルなモデル。

ぱっと見ただけでは、何を意味するか読み取れない。

それを察してくれた研究員は、説明すべく口を開いた。

 

「まず、風鳴司令は『龍脈』についてご存知ですか?」

「『地脈』や『レイライン』とも呼ばれる、大地の巨大なエネルギー。地球の隅々までをめぐっている大きな流れ・・・・というくらいですが」

「十分です」

 

自信なさげに答えた弦十郎を、フォローするように笑う研究員。

後ろに控えている了子もまた、満足そうに頷いている。

 

「これは、ナスターシャ教授の研究データーを解析して手に入れた、レイラインマップ。先の執行者事変の際は、これを用いて世界中からフォニックゲインを集めていたようです」

「龍脈の流れを利用・・・・よく考えたものだわ」

 

了子の呟きに黙って同意しながら、弦十郎や緒川も一緒になってレイラインマップを見上げた。

手に入れられたデータというのは、レイラインに関する研究データだったようだ。

その後も様々な説明を受けてから、データがまとめられたメモリーカードを受け取った。

 

「錬金術への対抗策が探れないかと思ったが・・・・」

「あら、これも十分な収穫よ?」

 

今まさにキャロル一味の捜査に当たっていることもあり、弦十郎の表情は芳しくない。

そこへ了子が、すかさずフォローに入る。

 

「レイラインとは、いわば地球の血管。その気になれば、世界中に影響を及ぼすことだって出来るんだから」

「なるほど、『世界の破壊』を掲げているキャロル達が、目をつけるやもしれないと」

「そういうこと~♪」

 

頷いた緒川にも、くるんと振り向いて指を立てる了子。

しかし、一方で弦十郎の顔色は芳しくない。

そんな彼の様子を見た了子は、やれやれと肩をすくめた。

 

「確かに、『想い出』を燃料にした錬金術は脅威よ。目の当たりにした後なら、警戒し過ぎたくなるでしょう」

 

『想い出』。

脳内の電気信号の一種。

キャロル達はこれを焼却することで膨大なエネルギーを生成、行使している。

だが代償として、使えば使うほど思い出を、記憶を失っていく。

力を得るたび自身を喪失させていく諸刃の方法で、キャロル達はこちらに挑んできているのだった。

 

「だけど、こちらにはエルフナインちゃんと――――」

 

そんな大きな力を目の当たりにした弦十郎には、指揮官として、前線で戦う少女達のためにできることはないかと考えていたのだろう。

彼の胸中を見透かした了子は、目を細めて。

 

「――――『私』がついているのだ、これ以上何を悩む必要がある?」

 

『了子』から『フィーネ』へ変わった瞳。

向けられた不適な笑みに、弦十郎はやっと難しい顔を解いた。

 

「そうだな・・・・うちの大賢者に見放されてしまってはかなわん」

「そーそ、その調子。ボスにはどーんと構えてもらわないとー♪」

 

了子もしれっと戻り、前に向き直る。

どちらにせよ、この場に留まっていては、手に入れたデータをどうすることもできない。

まずは、海辺にいる装者達と合流することに。

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

話は戻って、装者達。

 

「えへへ、買いましたなぁー」

「切ちゃん、好きなものばっかり・・・・」

 

翼、調、切歌の三人は、浜辺近くのコンビニから出てきたところだった。

昼食の買い物を掛けたビーチバレーで、負けてしまったのである。

『斬撃武器が軒並みやられたデース・・・・』と、切歌が落ち込んでいたのは、翼の記憶に新しかった。

とはいえ、政府所有のものを含めた海水浴場が近いだけあって、熱中症対策に力を入れたラインナップなのはありがたかった。

 

「さて、早く戻ろうか」

「デスね、翼さんがバレたら大変デス」

 

マリアが貸してくれたサングラスで顔を隠しているとはいえ、即座に見抜いてしまうファンもいることだろう。

都心から離れた郊外とはいえ、油断はできない。

何より、腹を空かせて待っている仲間達もいる。

 

「ん?」

 

そういうわけで帰路を急いでいると。

目の前に人だかりを見つける。

全員野球のユニフォームを着た子どもだったが、4・5人がまとまっていれば目が向くというもの。

何かあったのかと気になった翼達が、近寄っていくと。

 

「おや?翼さんじゃないですか?」

「えっ?」

 

掛けられる男性の声。

すわ、気づかれたかと身構えながら振り向けば。

響の父、洸が驚いた顔で立っていた。

 

「どうしたんです?こんなところで」

「あっ、立花のとーちゃん!」

 

こんなところで翼達に会うとは思っていなかったらしい。

ガソリンスタンドの制服を着た彼が近寄ると、それに気づいた子ども達が次々話しかける。

 

「見て!ほら!」

「神社がすげーことになってんの!」

 

指さす先、まだ事態を把握していなかった翼達も一緒になって見れば。

巨大な氷柱に破壊された、無残な姿の神社が。

神社の規模が控えめなだけに、そのもの悲しさがひとしおだ。

 

「うわぁ、バチあたりだなぁ・・・・」

「こんなんじゃお祭り中止になっちゃうよ」

「なんとかならない?立花のとーちゃん、ボランティアだろ?」

 

小規模とはいえ、神社を破壊するなどと罰当たり極まりない光景。

翼達が難しい顔をしている横で、子ども達に詰め寄られた洸は困ったように頭をかく。

どうやらこの神社での夏祭りが、地域の風物詩らしい。

 

「俺のボランティアは、こういうことには向いてないんだけど・・・・でも、これだけ派手にやられてるなら、PTAで話題になるだろうなぁ。別の場所で出来ないか、聞いてみるよ」

「やった!」

「ありがとー!」

 

子ども達も楽しみにしていたようで、洸の言葉に万歳してはしゃいでいた。

一方、翼はサングラスの奥から注意深く観察している。

というか、考えるまでもなく『こちら側』の案件ではないかと推測を立てていた。

 

「翼さん、あれって・・・・」

「月読達も気づいたか」

「アタシでも分かるデスよ。あんなでっかい氷、自然に出来るわけないデス」

 

調や切歌も見当がついていたようで、声を潜めて話し合う。

一番に思い当たるのは、やはりキャロル一味なのだが。

 

「何はともあれ、戻って皆に話してみよう」

「デス!」

「わかりました」

 

立ち去る前に、洸に一言告げようと歩み寄った。

その時だった。

 

「ッなんだ!?」

 

遠くから、爆発音。

全員がはじかれたように振り向けば、浜辺に土煙が上がっているのが見える。

 

「あの辺りって、私たちがいた・・・・!」

「ッ立花さん!!」

 

即座に緊急事態と判断した翼は、サングラスを取り払った。

 

「子供たちの避難をお願いします!」

「あ、ああ、分かりました!ほら、みんな逃げるぞ!」

 

戸惑いながらもしっかり頷いた洸は、早速子ども達の背中を押して急かす。

子ども達も子ども達で、翼がいたことに驚きはしたものの。

高々と上る煙を見て、それどころではないと理解したらしい。

洸の促しに素直に従い、足早に去っていった。

 

「翼さん!」

「今行く!」

 

離れ切るのを見届けるために残っていた翼。

姿が見えなくなると同時に声を掛けられたので、遠慮なく合流する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻、町の図書館。

突然の轟音と土煙に、館内は騒然としていた。

それは、図書館を訪れていた子ども達も例外ではない。

 

「あの辺りって、確かお父さんの仕事場が・・・・」

 

その中の一人もまた、例に漏れず不安げな顔をしていた。


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