二課本部。
機密を目撃してしまった弓美達は、諸々の注意事項を受けていた。
ようやく解放されたのは、23時を回る頃。
廊下に出たそれぞれが、伸びをしたりため息をついたりして、にごった頭をリセットしていると。
未来が座り込んでいるのを見つけた。
暗い顔で、ここではないどこかを見つめている。
「大丈夫?」
「ぇ、あ・・・・うん」
見かねた弓美が、代表して声をかけると。
意識をこちらに引き戻した未来は、慌てて笑顔を取り繕った。
「・・・・隣、いい?」
「・・・・うん」
それじゃあ、と。
それぞれ未来の隣にゆっくり腰を下ろす。
「・・・・ちょっと酷いやつよね、響って」
「しょうがないよ・・・・危ないのに首を突っ込んだのは、事実だし」
「だからって叩くこたないじゃない」
少しむくれるように弓美が言えば、未来は乾いた笑いを零した。
だが、弓美の不機嫌は治らない。
「叩くって?」
「怪我してんのを未来が気遣ったら、『いらない』って突っぱねたのよ」
「まぁ・・・・」
身を乗り出した創世にわけを話せば、詩織は口元を手で押さえて痛ましげに眉をひそめた。
「時々そういうことをする子なの、多分響なりに『危ないよ』って伝えてくれたんだと思う」
「そうなの?」
「そうなの」
叩かれた方の手を見つめて、どこか懐かしそうに語る未来。
「気が利くように見えて、変なところで不器用なんだから・・・・」
それっきり、黙りこくってしまった。
「みんな、送迎の準備が出来たわ。早いとこ帰らないと」
「あ、はい!」
そこへ二課の職員の友里がやってきて、四人に帰るよう促した。
特に断る理由も無いため、学生達はそろって立ち上がる。
案内される傍ら、ふと未来が気になった弓美は視線を滑らせる。
何か色んなことを考えすぎている、そんな難しい顔をしていた。
◆ ◆ ◆
風鳴翼は考える。
立花響という少女について。
来歴は、二課の諜報部や未来の語りで大体把握していた。
――――切っ掛けは、二年前。
翼自身も思い出すたびに頭が疼く、忌々しくてたまらない記憶。
あの時、奏が燃え尽きてでも守ろうとした少女が、響だった。
当時の自分は、至らなかった悔しさと、奏を失った喪失感でいっぱいで。
他の事に気が回らなかった。
子どもである、と言ってしまえばそれまでだが。
しかし翼は単なる子どもではない。
シンフォギア装者、ノイズに唯一対抗できるただ一つの剣。
故にそんな甘えは許されないと、二年もの間自責の念に苛まれていた。
・・・・そうやって自分にかまけていたから、響のような存在を生み出してしまったのだ。
あのライブで犠牲になった者の中には、避難経路をめぐる争いのうち殺された人もいた。
多くの人が亡くなったショックと、大切な人を無くした悲しみで歪みきった『正義』は。
虫の息から奇跡の快復を果たした少女にも、容赦なく牙を剥いたのだ。
当然病み上がりのか弱い体が、猛攻に耐えられるわけがない。
結果、『探さないで下さい』というシンプルな置き書きを残して失踪。
未来も付き添う形で一緒に行方不明となり、世間を騒がせた。
そして皮肉にもそれが切っ掛けで、生存者達への迫害は終息することになる。
響と未来の捜索は、懸命に続けられた。
途中、娘の失踪を聞いてとんぼ返りしてきた立花家の父親も加わったが。
結局成果を得られず、現在に至る。
そして、翼も世間も二年前の傷が癒えようかと言うとき。
響は未来と共に、この日本に戻ってきた。
『新たなガングニール適合者』として。
守るために手放すことを、距離を取ることを選んだ彼女。
その対象者になっている未来は、ここに留まることを選んで待ち続けている。
いつもふらっといなくなる響が、いつも通りふらっと戻ってくることを。
だが今回、明確に拒絶されたことが堪えている様だ。
先ほど見かけたときには、顔は目に見えて陰り、背中も心なしか縮こまっていて。
心に大きなダメージを負っているのが、よく分かった。
「ぁ、翼さん・・・・」
名前を呼ばれ、目を向ければ。
オペレーターの一人、友里に連れられている未来が。
友人達も一緒らしい。
改めて見た未来の顔はやはり暗く、放っておけば倒れてしまいそうな儚さを感じた。
だから、翼は歩み寄る。
「・・・・あまり、落ち込むな」
手を伸ばし、頭を撫でる。
人を慰めるという経験がなかったため、奏がしてくれたことをやってみた。
「小日向が暗い顔をしていたら、あの子もきっと悲しむ」
「・・・・そうでしょうか」
「そうだろうさ。優しいのでしょう?立花は」
笑いかけてやれば、俯いたまま小さく頷いたのが分かった。
夜も遅いため、お礼を言う彼女達を見送る。
・・・・何をするべきなのか、何が出来るのか。
今の翼には、分からないことばかりだ。
(それでも)
それでも。
人一人を笑顔に出来ず、何が防人か。
未来を撫でた手を握り締めて、響の確保を誓う。
◆ ◆ ◆
夜が明けた。
怪我した左手を動かしてみる。
まだまだ動きはぎこちないけど、傷口は完全に塞がっていた。
頬張った菓子パンを飲み込んで、袋をゴミ箱へ。
血が抜けすぎた所為か少しふらつくけど、今までの経験からしてまだ大丈夫な範囲だし。
んー、でもやっぱり無茶しちゃったかなぁ。
あんな某君が君らしくあるためのRPGみたいな特攻なんて、痛みを感じなくてもやるもんじゃないよ。
っていうか、善人じゃない自覚はあるけど、少なくともあそこまで暴力的じゃないよ?わたし。
必要があったら殴るだけで。
あれ?結局力尽く・・・・?
そういえば長い付き合いになりつつあるこの武器も、よくよく考えたら主人公と一緒だし。
もしかしたらあのオラオラな感じが感染してるのかな?
・・・・・あれ、今更か。
あー、ダメダメ。
考えが脱線してる。
とにかくだ。
昨日は邪魔が入っちゃったから、今日こそ行動開始しないと。
冗談抜きで逃げ道ふさがれちゃう。
そうとなれば、思い立ったが吉日!
というわけで、まずは北陸目指すぞー。
おーっ!
「――――見つけたわ」
立ち上がったところで、声。
早朝の公園、日の出を背負ってその人は立っていた。
「少しお話があるのだけど、いいかしら?」
満月みたいな、蛇みたいな目に射抜かれて。
気づくと首を縦に振っていた。
さすがに数千年分のプレッシャーには耐えられなかったよ・・・・。