何卒・・・・何卒・・・・!
膿んだ傷、壊す者
ずるり。
ぐちゃり。
音がする。
汁気のあるものを啜っているような、そんな音。
聞こえるたびに背筋が凍って、耳を塞ぎたい衝動に駆られる。
目の前は真っ暗闇、出所は分からない。
手を伸ばしても、何にも触れなかった。
「・・・・ッ」
動きたくないのに、体が勝手に歩き出す。
自分の足なのに、言うことを聞いてくれない。
まともに歩けているのかも分からない中。
近くなってくる音を感じながら、ただひたすらに突き進む。
やがて、空中にぽつんと。
小さな深淵が二つ。
いや、
「・・・・!」
目玉が無くなった空洞でこちらを見る、わたしがいた。
底の見えない空洞は、不気味さを如実に表している。
口元は真っ赤に汚れていて、ほっぺたはたっぷり膨らんでいた。
口からは、頬張りきれなかった中身が伸びている。
赤くて長いそれの先を、辿っていくと――――
「―――――」
気がつけば、見慣れた天井。
目を落とすといつものタオルケットが見えて、自分の部屋なのを思い出した。
喉がひりつく、息がしづらい。
そんな中、さっきの光景が蘇って。
「・・・・~~~ッ!!」
ベッドを飛び出して、キッチンへ。
コップを一つひったくって、ありったけ出した水を注ぐ。
「・・・・・っ・・・・ぐ・・・・んぐ・・・・・ご・・・・・!!」
ぼしゃぼしゃたくさん零しながら、何とか飲み干せば。
「・・・・・っは・・・・は・・・・」
鈍くて、深いため息が。
「はああああああ・・・・・・・!!」
長く、長く、吐き出された。
水は出しっぱなしだけど、今は気にする余裕が無い。
心臓は早鐘を打っていて、なのに体はどんどん冷えていく一方だった。
意味が無いって分かっていても、胸元を握り締める。
シャツが伸びるだけで、やっぱりなんの意味もなかった。
「――――響?」
そんなところに声をかけられたもんだから、びっくりして飛び跳ねてしまう。
ものすごく勢いをつけて振り返ると、未来が心配そうに近寄ってきていた。
「・・・・ごめん、起こした」
「ううん、そんなとこ一人にできないよ」
蛇口を閉めてから、わたしの体にそっと手を添えてくれる未来。
・・・・ああ、情けない。
未だにそんな顔をさせてしまうなんて。
「怖い夢でも見た?」
「・・・・そんなとこ」
抱き寄せて、ゆっくり頭を撫でてくれる。
優しくてあったかい手のひらが、怖さを少しずつ解いてくれた。
「大丈夫?」
「・・・・まだ、きつい、かな」
ああ、大分弱ってしまっているらしい。
こんなにあっさり弱音を吐き出してしまうなんて。
・・・・もう、揺らがないようにって。
色々解決したから、強くなろうって。
そう、思って、いたのに。
だけど、一度皹が入った心は、簡単に持ち直してくれなくて。
「・・・・みく」
「ん?」
腕を回す。
未来の首元に顔を埋めると、いいにおいがした。
「・・・・ちょっと、だけ・・・・ちょっとだけ・・・・・終わったら、すぐに戻るから」
「・・・・うん」
とてもおちつく、あまいにおいにつつまれて。
そっと目を閉じる。
未来の腕が回ってきて、またゆっくり頭を撫でてくれた。
温もりが、においが。
波立つ心を、落ち着けてくれたけれど。
一度開いて、膿んでしまった傷は。
未だ、ジュクジュクと痛んだまま。
◆ ◆ ◆
座して見つめる。
視界に映る、ここではないどこかを。
薄暗い路地を駆け抜ける、もう一人の視界を。
『目標確認、市街地を地味に逃走中。指示を請う』
偵察に向かわせた手駒も、同じ個体を捕捉したようだ。
脳内に声が響いた。
視界を照らし合わせ、さっと思考して。
「少しばかり追い立てろ、だが騒ぎすぎるな。まだ奴等と相見えるわけにはいかん」
『派手に了解』
手短に指示を出して、視界を元に戻した。
次に考えるのは、相対予定の敵について。
特に想起しているのは、撃槍を纏った彼女。
虐げられ、幾つもの絶望を味わい、人間の醜い部分を散々目の当たりにして。
それでも、なお。
守ることを、救うことを選んだ。
逆境、絶望からの快進撃。
(まさに『奇跡』と呼ぶに相応しい存在・・・・)
――――そして。
この手で屠るに、実に相応しい存在。
殺すと誓ったあの日から、幾百年。
まさか本当に手にかけられる日が来るなんて。
「・・・・・ああ、楽しみだな」
虚空へ手を伸ばす。
その顔は、自分でも分かるくらいにうっとりしている。
「お前をこの手で、手折りたいな」
そのまま握り締めれば、首を掴んで締め上げるような感覚を覚えて。
背筋が、悦びに震えた。
壊れたものを直す・・・・なお・・・・。
・・・・直るんか、コレ()