チョイワルビッキーと一途な393   作:数多 命

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大変お待たせしました。
砂糖と練乳と黒蜜とマシュマロをココアにぶち込んだくらいの感覚です(当社比)


閑話:小ネタ6

『声』

 

「みーく」

 

うららかな昼下がり。

本を読んでいると、膝に寝転がってきた響に呼ばれた。

 

「なーに?」

「あはは、なんでもないよ」

「もう、気になるじゃない」

「ごめんなさーい」

 

未来が一旦文面から目を離して答えると、響は気の抜けた笑みを浮かべてそんなことを言う。

束の間笑い合ってから、静かになるリビング。

車のエンジンや子どもの声など、街の喧騒がかすかに聞こえ始めたところで。

未来も、徐に口を開く。

 

「ひーびき」

「どーしたの?」

 

名前を呼べば、答えてくれる。

 

「ふふ、なんでもなーい」

「あはは、仕返しされたー」

 

そんな当然のことが、たまらなく嬉しくて。

すっかり寒くなった冬の午後。

柔らかい日差しの中で、また微笑みをかわした。

 

 

 

 

 

 

『味』

 

夕食。

むっきゅむっきゅと、幸せそうに頬張る響。

口元のご飯粒すら愛おしい。

 

「おかわり、まだあるからね」

 

そう声をかければ、こっくり頷いて答えてくれた。

味覚を失っていた頃も、嬉しそうにしていたが。

取り戻した今は、嬉しさが倍に見えるというか。

『幸せ』と言いたげなオーラが、色濃く出ているように思えた。

 

「はぁー・・・・」

 

口の中のものを飲み込んだ響は、味噌汁に一口つけて、ため息。

 

「おいしいなぁ」

 

零れた言葉からは、抑えきれない幸せがあふれ出ていた。

やっと当たり前を手に出来た響の姿に、目頭が熱くなりかけた未来。

涙を抑えようと俯くと、空になった茶碗に気付いた。

 

「おかわりする?」

「うん、おねがい」

 

たくさんよそって渡せば、また幸せそうに食べ始める響。

こんな日を迎えられてよかったと、心から思いながら。

未来もまた、食事を再開したのだった。

 

 

 

 

 

 

『目』

 

じゃぶじゃぶ、かちゃかちゃ。

夕食後、食べ終えたお皿を洗っている後姿。

手伝うと申し出てみれば、ゆっくりしててと諌められて。

仕方なくぼうっと見つめていた。

 

(・・・・あ)

 

そんな中、ふと気付く。

思った以上に開けた視界に。

どうしてかを考えて、前まで左目が見えていなかったことを思い出した。

神獣鏡の光を受けた影響で、融合していたガングニールが取り払われた今は。

問題なく両目で見れる。

その事実に気付いて、改めて流しに立つ後姿を見た。

鍛えている翼やマリア、もしかしたら、装者の中でも華奢な方の調やクリスよりも。

ずっとずっと、か弱い体。

 

(そんな体で、頑張ってくれたんだ)

 

見捨てたってよかった命を、死に物狂いで繋ぎとめてくれた。

放したってしょうがない手を、汚れも構わず握り続けてくれた。

 

「――――どうしたの?」

 

我に返る。

洗い物を終えたのか、手を拭きながらきょとんと見てくる未来。

 

「・・・・ううん、ただね」

 

首を横に振る。

そして、恐らく人生で一番穏やかな笑みを浮かべながら、

 

「――――好きだなぁって」

 

ずっとずっと、隣で見守ってくれた。

優しい人。

見守ってくれたこと、命を許してくれたこと。

たくさんもらったものを、少しでも返せたらと。

みるみる真っ赤になる顔を愛おしく思いながら、響はしみじみ決意した。

 

 

 

 

 

 

『痛』

 

二課本部、医務室。

連絡を受けて駆けつけてみれば、体中満遍なく怪我をこさえた響がいた。

擦り傷や軽い火傷だけとはいえ、ボロボロな様に仰天した未来。

大丈夫なんてのたまう笑顔を一喝し、痛がるのも構わず手当てをしているのだった。

 

「あててて・・・・!」

「自業自得なんだから、我慢しなさい」

「はーい・・・・ってて!」

 

――――ノイズが観測されなくなった今。

シンフォギア装者は災害現場へ赴くことが多くなっている。

命が次々なくなるような危険な場所。

無傷で戻ること自体が珍しいのだろうが、それにしたって今回は度が過ぎているように思えた。

 

「ほら、つけるよー」

「せめて言ってからつけ、に"ゃああああッ!」

 

ふしゅー、と、何度目か分からない消毒液を吹き付ければ。

より大きな悲鳴が上がった。

終わる頃にはほうほうの体でぐったりしている響を見て、少し手荒だったかと省みる未来。

 

(・・・・もう少し優しくしてもよかったかも)

 

なんて考えていると、

 

「・・・・あー、えへへ」

「・・・・どうしたの?」

 

ベッドに横たわっていた響が、気の抜けた笑みを浮かべる。

あれだけのことがあった後のため、不審に思った未来は聞いてみた。

 

「痛いなって」

 

それに対して響は、包帯や絆創膏まみれの自身の手を見て、

 

「――――生きてるなって」

 

しみじみ、黄昏るように呟いた。

・・・・長い間、感覚を失っていた彼女にとって。

こんな痛みですら、生きている実感に。

存在の証明に成り得るのだろう。

当事者ではない未来も、分からないわけではなかった。

 

「・・・・・誰が何て言ったって、響はここにいて、生きてるよ」

 

しかし、それとこれとは話は別だ。

憤りを隠しきれない口調で詰め寄り、抱きしめる。

 

「お願いだから、怪我しないで・・・・本当に、怖いんだから」

「・・・・うん、ごめんね」

 

密着したことで、未来の震えに感づいた響。

そっと抱き返して、肩に顔を埋めた。

 

 

 

 

 

『温』

 

重ねる。

熱を、吐息を、唇を。

抱きすくめ、しがみつき、容易く離れないようにして。

何度も何度も、キスをする。

十や二十では利かない数をはみ合い。

互いの唇が離れる度、銀の糸を紡ぎ、絡めとった。

 

(・・・・あれ)

 

愛しい人を抱きしめたまま、響はぼんやり考える。

 

(何でこんなことになってるんだっけ)

 

啄ばむのをやめないまま、記憶を探る。

と言っても、今日は特に変わったことはなかったはずだ。

少なくとも二課の方は、いつもどおり業務を進めて。

変わったことと言えば、二課から『S.O.N.G.』へ移籍するための手続きが終わったくらいだったが。

それも響のやることといったら、必要な書類に名前と住所と印鑑をしたためる程度だった。

となると、何かあったと考えるのは未来の方だろう。

このキスの応酬だって、発端は未来に押し倒されたことなのだから。

 

(学校で、何かあったのかな)

 

いつも気遣ってくれる未来だが、その分抱えた不安や悩みを仕舞い込みがちだ。

自分なんかでは解決なんて出来ないだろうが、それでも受け皿程度ならなんとかこなせる。

糸口である、『どうしたの?』を口にしようとして、

 

「――――んむぅ」

「は、ふっ・・・・」

 

より強く、押し付けるような口付け。

我に返って見れば、どこか不満げな目。

『私だけを見て』ということらしい。

そもそも滅多にない、未来の貴重な『甘え』。

ひとまず思考はおいといて、発散させてやるのが先だと結論付けた。

・・・・考えるのが億劫になったとも言うが。

 

「んっ・・・・」

「む・・・・ちゅっ・・・・」

 

身を起こして、そのままの勢いで押し倒す。

体勢は逆転し、今度は響が多いかぶさる形に。

新たに舌を絡めながら、めいっぱい構ってやる。

重ねるたび、触れ合うたび。

じんわり灯る、幸福と温もり。

 

「・・・・ぷはっ」

 

やがて、一際強く唇を重ねれば。

未来はやっと落ち着いたようだった。

再び紡がれた銀の糸が、荒い呼吸で落ちていくのを見送りながら。

束の間黙して、互いを凝視して。

 

「ぉ、と・・・・」

 

徐に、未来が縋り寄ってきた。

背中に手を回し、肩に顔を埋め、ぎゅうと抱きしめられる。

 

「・・・・どうしたの?」

 

響が恐る恐る問いかければ、未来はもう一呼吸沈黙を保って。

 

「・・・・あったかい」

 

ただそれだけを、呟いた。

それっきり、また黙りこくる未来。

 

「・・・・うん、あったかいね」

 

響もまた、愛しい人を抱きしめて。

そっと囁いた。


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