誠にありがとうございます。
多分(?)誰もが(?)待っていた(?)
あの対決です。
『マリアVS響~傷だらけの思い出~』
「そういや・・・・」
二課本部、訓練室の一角。
差し入れを持ってきた未来も含めて、装者達が談笑していると。
思い出したらしいクリスが、マリアを見る。
「どうしたの?」
「前に、バカとあんたがぶつかったときはどうだったかなって、気になってさ」
直後、騒いでいた装者達が、ぴたっと静かになった。
「いや、野暮なのは自覚してっから、言いたくないなら言いたくないでいいんだけどよ・・・・」
クリスはしまったと自責しつつ、口を回してどうにか持ち直そうとした。
「上手に焼かれたねー、腕を」
が、軽い調子でのたまったのは響だった。
ぎょっと向けられる視線もなんのその。
鼻歌交じりに飲み物を口にする余裕すら見せている。
「・・・・言うじゃない、そっちこそ腕を圧し折ってきたくせに」
その様子に対抗心を燃やしたのか、マリアが身を乗り出す。
「なんですかー、こっちだってあちこち斬られて大変だったんですからね」
「私だって胸をぶち抜かれたわよ」
「先に胴体かっさばいたのは誰でしたっけー!?」
「何よ」
「何ですかー」
じわじわ溢れてくる剣呑な空気。
響とマリアは互いにガンを飛ばしながら睨み合う。
心なしか、唸るような声が聞こえてきそうだ。
「そこまでだ、二人とも」
「何よ!?」
「何ですか!?」
そんな空気に待ったをかけたのは、翼だった。
割り込みをかけられた二人は、噛み付きそうな勢いで振り向く。
威圧に怯むことなく、翼は腕を組んだまま呆れた顔をして。
「いいからそこまでだ、流れ弾が甚大な被害を生んでいる」
親指を向けた先。
「腕・・・・黒っ・・・・」
「血がぁ、血がぁ・・・・!」
「マリアァ・・・・!」
未来、調、切歌の三人が、プルプル小刻みに震えながら。
同じように呆れた顔をしたクリスに、ひしとしがみついていた。
「「あっ・・・・」」
いがみ合っていた二人も、さすがにその様を見せられては。
大人しく引き下がるしかなかった。
『マリアVS響~その日、サンフランシスコ~』
――――ふぅ、と息を吐けば、白くなった。
夜の帳はすっかり落ちきり、繁華街の喧騒が遠くに聞こえる。
・・・・クリスマスが近くなったこのごろ。
本場アメリカ国内であるここでは、騒ぎっぷりが日本よりも顕著に思えた。
「・・・・さむ」
意味無く呟いてコートを着込みなおし、響は歩を早める。
誰かの笑っている声が、幸せそうな顔が。
昔を思い出させて、胸がムカムカする。
こんな日は、早いとこ戻るに限る。
今日は未来が、日本の土産を貰ったと聞いた。
久方ぶりの故郷の食べ物。
味は感じなくとも、楽しみであることに違いない。
ああ、いっそ走って帰ろうかなんて思いついて。
体を傾けたとき。
「――――こんばんは」
後ろから、声。
振り向けば人影が見える。
「・・・・ええ、こんばんは」
薄く笑みを浮かべて返事。
表面こそ笑っているが、内心は研ぎ澄まされている。
「いい夜ね」
「あなたみたいな痴女に会わなきゃ、最高でしたよ」
「言ってくれる」
冷たい夜風に、マントが靡く。
月光の下現れたのは、『前世の記憶』にある顔。
『マリア・カデンツァヴナ・イヴ』が、そこにいた。
故に何故を考えかけて、そういえばと思い出す。
確か一週間ほど前、ノイズが現れたとき。
未来や、世話になっているマフィア達を助けるため、とうとうシンフォギアを使用したことを。
大方、彼女の組織に反応を捕まれたのだろうと、内心でため息をつく。
「出来れば、大人しく同行してほしいのだけど」
「知らない人にはついていきません」
「そう・・・・」
きっぱり返事すれば、彼女もまたため息。
しかし次の瞬間、両手の装甲を合体させ、一振りの突撃槍を携えた。
「なら、気絶させてでも連れて行く」
「どうぞご自由に?出来るもんならね」
身構えた響もまた、聖詠を唱えてギアを纏う。
両者共に臨戦態勢、話し合いなどもはや期待できなかった。
人気の無い路地裏に、ぴりりと張り詰めた空気が充満して。
「――――ふ」
先に踏み込んだのは、マリア。
響の眼前、烈槍の切っ先が迫って。
甲高い金属音。
左手を振り払って刃を弾き飛ばすと、刀身に手を置いて身を翻す。
そのまま体を捻って、鋭い蹴りをマリアの首元へ。
一方のマリアは響が乗っている烈槍を振るって、払いのける。
投げ出された響は壁の配水管に掴まって、マリアを見下ろした。
「・・・・それで優位に立ったつもりなら」
束の間、沈黙を保ったマリアは。
烈槍を掲げて、
「――――図に乗るな」
大きく薙ぎ払う。
斬撃の暴風が吹き荒れ、それは響がいる位置にまで及ぶ。
咄嗟に飛びのいた響の視界、暴風の中心に、マリアのぎらついた目が見えた。
戦意がたっぷり籠められたそれへの怯みを、引きつった笑みで誤魔化しながら着地。
低い姿勢で暴風を避けながら、マリアへ肉薄する。
正拳一閃、受け止められる、想定内。
もう一撃加えながらかかと落としを繰り出せば、防御が崩れる。
そこから流れるようにアッパーを発射。
間一髪の所で避けられ、顎を掠るに留まったが。
相手のメンタルに揺さぶりはかけることは出来た。
さらに拳を引き絞って放てば、胴体を穿つことに成功する。
響はよろめいた姿を好機と取り、意識を絶とうと飛び掛る。
殴打を繰り出すと、思ったよりも固い感触。
「――――舐めるな、と言ったはずよ」
盾代わりのマントの下から、睨みを利かせたマリアは。
響を思いっきり弾き飛ばして、烈槍を突きつける。
がぱりと開いた刀身から、極光があふれ出すのが見えて。
響に出来たことは、咄嗟に身を捩ることだけ。
「――――あああああああああああああああッッ!!!」
体を打ち付けた衝撃、腕を侵食する痛み。
のた打ち回りながら見てみれば、綺麗に炭化した左腕が。
冷たい空気が刺す様に触れて、痛みにいらぬアクセントを加えていた。
「・・・・最終警告よ」
マリアが、悠々と歩み寄ってくる。
項垂れる響へ、烈槍を突きつける。
「私と来なさい、これ以上苦しみたくないのなら」
その声には、どこか懇願するような雰囲気が籠められていた。
吹き抜ける風に混じって、響の荒い呼吸が聞こえる。
やがて、呼吸が落ち着いて、
「――――は」
叩き込まれる、左腕。
表面の炭がはがれ、所々から血が噴き出す。
烈槍で難なく受け取めたマリアは、ため息一つ。
「・・・・そう」
手首を捻り、響の体勢を崩す。
がら空きになる胴体。
響の視界に、烈槍を振りかざすマリアが見えて。
切っ先が、刃が、深く深く、食い込む。
響の体に、大きな溝が掘られて。
刹那、鮮血が噴水のように湧き出た。
「――――」
瞳から光を失いながら、どう、と仰向けに倒れる響。
呼吸はまだ続いているようだが、どう見ても虫の息だった。
「・・・・・は」
また一つ、息をついて。
マリアはどこか、悔いるような目で見下ろす。
・・・・下された指令は、『対象の拿捕』だが。
例え息絶えたとしても、サンプルとしての価値は十分にあるとも言われていた。
それでも、殺生には未だ慣れないし、慣れてはいけないと思う。
再三、ため息。
近くに待機している仲間へ、通信を繋げようとして――――
「―――――ゃだ」
あるはずの無い、声。
弾かれたように振り向けば、巨大な『手』が迫っていて。
「ぐぁ・・・・!」
防御は出来たものの、吹き飛ばされる。
烈槍を突き立てて勢いを殺して、前を見ると。
ゆらっと、幽鬼のように佇んでいる響。
「・・・・いやだ、いやだ、いやだ」
口元からぶつぶつと、うわごとが漏れてくる。
「いやだ、みくをまもるんだ、かえすんだ、かえるんだ・・・・・だから、だから、だから」
目が、ぎらりと。
獣のような光を、燈して。
「じゃま、させない」
がっくり、前のめりに。
傾いたと、思ったら。
目の前、至近距離まで肉薄してきた響。
眼前には、またあの『手』が迫っている。
防御も、回避も、不可能。
「ああっ!?」
乱暴に引っつかまれたマリアは、そのまま大きく持ち上げられて。
「があああッ!?」
地面に亀裂が走るほどの力で、叩きつけられる。
全身を揺さぶられ、意識を手放しそうになるマリア。
何とか繋ぎとめて目を開ければ、刺突刃が唸りを上げている。
間一髪、地面を転がって回避。
首元にかかと落としを叩き込むが、響は特に効いた様子もなく反撃。
烈槍を弾き飛ばす。
得物を失ったマリアだが、ここでやられるほど柔ではない。
すぐに従手に切り替え、格闘で応戦。
しかし、咄嗟に突き出した拳は、いつの間にか背中に抱え込まれていた。
響の両腕が、マリアの右腕をがっしり捉えて。
力を、加える。
「ああああああああああああああああああッ!!」
ぼぎん、嫌な音。
直後に殴り飛ばされ、マリアは地面をきりもみしていく。
あらぬ方向に反れた右腕は、赤黒く腫れているだろうことが容易に想像がついた。
壁を伝いながら、立ち上がる。
敵はまだ健在、背は向けられない。
腕が動かない右側を、自在に動くマントでカバー。
響の猛攻を何とか凌ぎ続ける。
相手は既に死に体、何とか粘りきれれば、こちらの勝ち。
・・・・なのに。
「がああああああああああッ!!」
まるで痛みなど感じていないと言わんばかりに、攻撃は激しさを増すばかり。
何十、何百もの切り傷を刻まれて、全身を血で真っ赤に染めて、なお。
響は抵抗を続ける。
一進一退の攻防、先に音を上げたのは。
「ぐあああッ!」
「っづう・・・・!」
マリアだった。
体当たりをもろに受け、後ろに倒れかけるマリア。
彼女の視界、さきほどの『手』が、遠くに突き刺さった烈槍を回収するのが見えた。
その切っ先が、こちらに狙いを向けたのも。
出来事は、颯のように駆け抜けて。
「―――――」
音が消えた。
そう錯覚した。
喉元、熱く鉄臭いものが込み上げてくる。
「ご、ぶ・・・・!」
耐え切れずに吐き出す。
地面に、大量の血反吐が零れ落ちた。
突き刺さったまま、振り回され、放り投げられる。
瓦礫の中に体を半分埋めたマリアは、やがてぴくりとも動かなくなった。
「・・・・はっ・・・・は・・・・は・・・・はぁっ・・・・!」
控えめになっていた響の呼吸が、足りない酸素を求めて荒くなる。
敵の沈黙を認めたところで、また大きく息を吐いて。
「――――マリアッ!」
「マリアアァッ!!」
降ってきた大声に、身構える。
見れば、新たな脅威が二人。
マリアの傍に着地したところだった。
彼らが暗がりにいた所為で、初めこそ何者か見えなかったものの。
すぐに目がなれて、見えるようになる。
『前世の記憶』で、マリアの家族として覚えている。
『月読調』と『暁切歌』だった。
慌てて瓦礫を掻き分け、マリアを回収した二人は。
一度、燃えるような視線でこちらを一瞥してから。
大きく跳躍して、去っていった。
・・・・どうやら、連戦はなかったらしい。
正直受けたダメージは半端無いので、響としてはありがたい限りだったが。
安堵したところで、はたと気付く。
(――――痛くない)
両手を、そして全身を見下ろす。
どうみても重傷なのに、不思議と痛みを感じなかった。
感覚が痺れた、という割には、意識もしっかりしている。
心当たりのある現象に、響はため息を一つ漏らした。
「・・・・ッ」
力を籠める、現れる『手』。
味覚や音感など、これまでにも感覚と引き換えに力の上昇は感じていたものの。
ここまで明確な変化は初めてだった。
ありがたいと思うと同時に、気が滅入る。
――――先ほど追い込まれた時。
『足枷になるくらいなら、痛みなどいらぬ』と、強く思った。
自分にはまだ、未来を日本に帰すという使命があるのだから。
だから、ここで倒れるなど許されないと。
ガングニールが応えてくれたのはいいし、とってもありがたい。
しかし、また一歩人間から遠ざかった自分を自覚して、再び気を滅入らせるのだった。
と、
「――――ぁ」
体が傾く、うつ伏せに倒れる。
指が一本も動かせない。
ああ、これはやばいなと、他人事のように感じながら。
「――――響ッ!」
大切な人の声を遠くに、目を閉じた。
だいたいこんな感じだったんだよという戦いでした。