今回は393分が多くなりました。
『神獣鏡』
「――――開発できない?」
「ええ、非常に申し訳ないのだけど」
二課本部、技術部にて。
了子に呼び出された未来は、首をかしげた。
「材料がない、とか・・・・?」
「いえ、要である神獣鏡の欠片は米国が所有しているし、要求すればいつでも取り寄せられるわ。その他のパーツも問題なく揃えられる」
「じゃあ、どうして・・・・」
未来の疑問に、了子はどこか苦い顔をしながら。
「神獣鏡が持ちえる、高レベルのステルス機能。国連が、どうもそれを危険視しているようでね」
『ウィザードリィステルス』とも呼ばれる、鏡に起因した神獣鏡の能力の一つ。
了子の語るところに寄れば、物体を不可視にするだけでなく、振動を始めとした一切のシグナルを遮断出来る。
まさに完璧な隠蔽機能を持っているというのだ。
国連もとい世界各国は、日本が、ひいては未来個人が。
それを用いてやましいことをするのではないかと、疑っているとのことだった。
「別に、率先して悪いことするわけじゃないのに・・・・」
「私達なら、未来ちゃんがそういうことしないって信頼できるわ。けど、友達の友達の友達、みたいな、関係が遠い第三者にとっては、そんな口約束気休めにしかならないもの」
だから分かりやすい制約で縛って、制限して。
そうやって安心を得ようということらしい。
「有事には開発できるよう、現在誠意交渉中ではあるけれど、しばらくはバックアップとして動いてもらうことになるわね」
「納得できないほど子どもじゃないつもりです、よろしくお願いします」
「お願いされました」
戦えない、響の隣に立てないというのに、何も思わないわけではない。
しかし、大人の事情が一切分からないような子どもでもない。
故に未来は素直に頭を下げて、託すことにした。
そんな彼女を見た了子もまた、一つ頷いて受け取ったのだった。
『照れ隠し』
「あ」
記者の女性からインタビューを受けた翌日。
団欒の中ふと思い出した響が、寝室へ足を運ぶ。
未来が首をかしげていると、ほどなく戻ってきて。
その手に小さな紙袋を持ってきた。
未来の記憶に新しいそれは、確か昨日の夜、ベッド脇に置いてあったはずだ。
「本当は昨日渡したかったんだけどね」
おおよそ予想通りの言葉で苦笑いする響と一緒に、あけてみた。
袋の底に、指輪が二つ。
シンプルに転がっている。
手に取り出してみてもやっぱり指輪で、中々センスのあるデザインなのが見て取れた。
「取材のお礼って、もらったの。あのおにーさんが作ったって」
片方を受け取った未来は、内心とても驚いていた。
だって、今この手の中にある指輪は。
あの日、露店で見つけたそのものだから。
知ってか知らずか、響は手にとって物珍しそうに眺めている。
・・・・・未来の脳裏。
小っ恥ずかしい考えが過ぎった。
「――――響、あの」
「んー?」
呼ばれた響が見てみれば、どこか赤い顔の未来。
一生懸命呼吸した彼女は、恐る恐る指輪を取って。
「これ、つけていい?左手、に」
そういいながら指したのは、左手の薬指で。
「――――」
その意味が何かなんて、どんなニブチン野郎でも理解できることだろう。
例に漏れなかった響もまた、顔を真っ赤にする。
始まる、気まずい雰囲気。
お互いの顔を見れないまま、時計の針が一周して。
「・・・・やっぱり、迷惑?」
「ッそんなわけないよ!」
若干涙目の未来へ、半ば掴みかかりながらネガティブな言葉を否定する響。
「そうじゃなくて、その、えっと、うれしい、けど・・・・・」
すぐに勢いをなくし、目を逸らしながらなおまごついて。
「・・・・あのね、みく」
「・・・・うん」
一呼吸置いた響は、意を決した顔。
「ロシアだと、右につけるらしいけど!?」
未来の右手をひったくりながら、そんなことをのたまった。
また沈黙が始まる。
時計の針が、一周、二週したと錯覚するほど、長く感じる。
「・・・・ふふっ」
先に破ったのは、未来。
顔をほころばせて、くすくす笑みを浮かべて。
手を差し出す。
「つけてくれる?」
「・・・・うん」
不安なんだか解せないんだか、微妙な表情をする響。
けれども、嫌な顔一つせず。
そっと、未来の手を取った。
『好きな理由』
「あのーさ、未来?」
「どうしたの?」
ある日のリディアン。
弁当をつついていた未来は、対面の弓美に話しかけられる。
「未来と響って、付き合ってるじゃん?」
「・・・・そう、だね」
弓美の確認に、頬を染めながら頷く。
交際は事実だし、響が大好きなのも事実。
だが、面と向かって『付き合っている』といわれると、未だ気恥ずかしさを感じた。
「でも、二人とも女の子じゃん?」
「うん、まだちょっと珍しいみたいだけど」
「一昔前よりはいいでしょ」
同性で恋人というのは、やはり物珍しいようで。
怪訝な目で見られていたという、親や祖父母世代に比べたらマシなのだろうが。
視線はそれなりに気になる未来だった。
だから弓美のフォローは、とてもありがたく感じる。
「けど、それがどうしたの?」
「いやぁ、ちょっと気になって・・・・」
未来が首をかしげると、弓美は少しバツの悪そうに一度目を逸らしてから。
「未来、響が男の子だったら付き合ってたのかなって」
普段の仲睦まじさを知っているからだろう。
『何となく』で生まれた疑問らしかった。
確かに、同性と付き合っていたのなら、異性になると受け付けられなくなるのか。
気になるところではあるだろう。
弓美に悪意などが無いことを分かっていたから、未来は少し考えて。
「・・・・・多分、男の子でも好きになってたと思う」
「そうなの?」
「うん」
問いかけに、確信を持って頷く未来。
「響が響でいてくれるのなら、どんな姿だって、きっと好きになれるから」
そして、清々しい満面の笑みで。
きっぱり言い切ったのだった。
言った後で、はしたないことを言ってしまったかと、顔を赤らめて恥らった。
しかし、言ったことは紛れも無い本心で事実なのだ。
何を恥ずかしがることがあると、俯いていた顔を上げると。
「えっ?」
がらん、と。
人気が極端に少なくなった教室が飛び込んできた。
昼休みが終わってしまったか、はたまた次は移動教室だったかと慌てながら時計を見ると。
まだ十分に時間はある。
ついでに、次の授業も移動ではなかった。
「えっと、みんなどこに行ったの?」
「・・・・未来、今の反則」
「ええ・・・・?」
困惑しながら弓美に問うと、頭を抱えた彼女からそんな返事が返ってきて。
未来のクエスチョンマークは増えるばかりだった。
――――リディアンの自販機の記録によれば。
その日、コーヒーの売り上げがやけに伸びていたということだ。