チョイワルビッキーと一途な393   作:数多 命

70 / 199
お待たせしました。
二章エピローグです。


それからのこと、これからのこと

『執行者団』との決着がついた、数週間後のこと。

クリスは、同居人兼保護者である了子の着替えをオフィスに持ってきた。

装者達の謹慎もとっくに解け、元の生活に戻ったり、『日常』に慣れようと努力したり。

思い思いの時間を取り戻してきた一方で、オペレーターを始めとしたバックアップ陣はやることが山積み。

その例に漏れない了子もまた、泊りがけでデスクワークをこなしているのだった。

 

「了子ー、着替え持ってきたぞー」

 

くたびれた職員達と挨拶を交わしつつ、了子のデスクをひょっこり覗いてみれば、もぬけの殻。

辺りを見回すと、応接用のソファにだらしなく横になっているのが見えた。

目元に当てられた腕が、彼女の疲労を如実に表している。

その傍には、この数日で溜め込んだ洗濯物が袋に纏められていた。

やれやれ、とため息を零したクリス。

洗濯物はまとめてくれているので、それ以上は突っ込まないことにする。

回収して新しい服が入った紙袋を置いて、書置きでもした方がいいかと思い立った。

メモ帳を拝借しようと、了子のデスクを覗き込んだところで。

乱雑に置かれた資料の中に、ソロモンの杖の画像を見つけた。

 

「・・・・」

 

思わず手に取るクリス。

思えば、事の発端の一つは、このソロモンの杖が奪われたことにあった。

岩国基地への移送任務の際に現れた、アヴェンジャーに奪われて。

命を刈り取ることに使われて。

・・・・・・いや。

そもそもクリス自身が、杖を目覚めさせなかったら。

少しでも被害を抑えられたのではないかと、考えてしまう。

 

(分かっている・・・・分かっている・・・・!)

 

これまでは、忙しさを理由に目を背けがちだったが。

これからはもう違う。

自分のやらかしたことに、きっちり向き合って――――

 

「こら」

「あって!」

 

頭を小突かれる。

振り向くと、了子が気だるげに見下ろしていた。

 

「覗き見ないの、あんまり見せちゃいけないものもあるんだから」

「わ、悪い・・・・」

 

そもそも片付けない了子が悪いような気もするが、それを突っ込んだら収拾がつかなくなりそうだったし。

何より覗き見ていたのは事実だったので、大人しく引き下がる。

 

「・・・・・・コレを起こすように命じたのは、私よ」

 

去り際、背中に話しかけられて、クリスは思わず振り向く。

 

「口車に騙されたあなたは、素直に実行しただけ・・・・・だから、あなた一人が責任を負わなくていい」

 

こちらには一切目を向けず、パソコンの陰に隠れて表情は伺えなかったが。

了子なりの気遣いは、十分に感じ取られた。

 

「・・・・・ああ」

 

だから、また素直に頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――『執行者団』(パニッシャーズ)との決着がついてから。

やっぱり後始末でてんやわんやすることになった。

しかも(ネフィリムが現れた直後までとはいえ)全世界生中継なんてされちゃったから、各国の追及が激しかったの何の。

 

『詳細クレメンス!』

『技術クレメンス!』

『というか実物(ほんにん)クレメンス!』

 

と、昼夜問わず熱烈ラブコールが届いていた。

その間二課がどうなっていたかといえば、対応に追われるみんなの顔がものすごく怖かったとだけ。

とくに弦十郎さんや了子さんは・・・・・いや、何も語るまい(白目)

日本政府やアメリカ政府の助力も受けながら、各国を宥めつつ話し合った結果。

 

・シンフォギアシステムの根幹である、『櫻井理論』の提示

・ネフィリムと融合したウェル博士の、国連への身柄引き渡し

・特機部二の国連移籍

 

以上の三つを約束させられてしまった。

まあ、シンフォギア自体とんでも装備なわけだし、日本が独占しちゃったら反発来るもんね。

『過剰戦力だー!』っつって。

なお、身柄を持ってかれることになったウェル博士はというと。

 

「すばらしいッ!!英雄に相応しい試練だッ!!」

 

と、むしろスキップしそうな勢いで了承してたので、大丈夫だと思う。

楽しそうで何よりです。

マリアさんもしばらくの間、国連所属のエージェントとして、チャリティ活動の為にあちこち回る予定だとか。

調ちゃんと切歌ちゃんの自由を守るためならって、こっちもこっちで大分前向きだった。

 

 

それからもう一つ。

多分誰もが気になっていた、翼さんについてなんだけど。

 

 

わたしは終わってから聞いたんだけど。

あの時の生中継には、翼さんもばっちり映ってしまっていたらしい。

そこから芋づる式にシンフォギア装者であることがバレてしまった。

普通ならとんでもなく慌てる事態なんだけど、翼さんは意外にも動じることはせず。

記者の質問攻めにも毅然と受け答えして、改めて二年前の惨劇について謝罪を公言した。

謝罪自体は、二年前の時点で既に済ませていたのだけど。

シンフォギア装者としての責任も踏まえたものは、当然今回が初。

普通なら、バッシングが大量に来るものと身構えるものだけど。

世間の反応はと言うと、意外と好感触だった。

というのも、戦いの様子が中継されていたということは。

わたしと武永のやりとりも、がっつり映っていたと言う事でもあって。

ある種『被害者』であるわたし達の声が、『加害者』達の胸に、こう、グッサリ来たらしくて。

むしろ、

 

『たった一人、ないし二人で一万以上守れとか、ムリゲーですよね』

『むしろあんだけ生き残らせたのがすごいっす』

『命がけで守りきった奏さんに(-人-)』

『例え戦士だろうと、翼ちゃんのファンやめません』

 

と言った、温かい言葉が見受けられた。

なお、イギリスへのオファーは取り消されることはないらしい。

『QUEEN of MUSIC』の生中継やネットの動画で、翼さんのファンになった現地の人達が。

 

『ヤダヤダー!!翼ちゃん来なきゃヤダーッ!!』

 

と、猛抗議。

その辺を考慮した結果らしい。

今後はイギリスを拠点にして、マリアさんと同じくチャリティ活動をすることになるそうだ。

翼さんの夢が途絶える心配がなくなったので、緒川さんもほっとしていた。

 

海外も海外で、影響は起こっているようで。

 

そもそもこの事変は、『迫害された側の人間』が起こしたもの。

今回は日本が中心だったけど、差別や迫害なんかは、むしろ覚えのある国しかない。

そんな彼らの目に止まったこともあり、若干ながらも歩み寄りの姿勢が見られるようになったとか、何とか・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何はともあれ、世界は動いていく。

ゆっくりながらも変わっていく。

ある人は傷を癒し、またある人は自分を見つめなおして、またある人は行動を起こして。

そんな中、わたしは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――今でも、ふとした拍子に思うことがあるんです」

 

目の前のカフェオレを見つめて、口を開く。

コーヒーと混ざったミルクが、ゆっくり滞留しているのが見えた。

 

「何で責められたんだろう、何がいけなかったんだろう、何をしてしまったんだろうって」

 

頭の中にあるのは、あの時。

鈍い痛みを覚えながら、一つ一つ零していく。

 

「死ぬべきだったって、生きてちゃダメだって言われ続けて・・・・・自分自身が、本当にそういう恐ろしいものなんじゃないかって、思うときがあって」

 

向かいに座っている人は、黙って頷きながら聞いてくれて。

時折、手元のペンを動かしているのが見えた。

 

「でもやっぱり、反発もあったんです・・・・・死ぬべきだって言いやがって、何様の、つもり、だって」

 

喉が詰まる。

喋りにくくなって、慌てて息を整える。

相手は急かすことなく、待っててくれた。

だから、落ち着いて持ち直すことが出来て。

 

「―――――死んでたら偉いのかって、生きている方が卑しいのかって。違うだろ、そうじゃないだろって」

「・・・・なるほど」

 

搾り出した言葉に思うところがあったのか。

相手はまた手元のメモに書き付けてから、口を開いた。

 

「じゃあ、最後の質問。少し、いじわるを言うようだけど」

 

気遣うように、どこか困った顔をしながら。

 

「今、『加害者』達に、『ごめんなさい』って言われたら、どう思う?」

 

・・・・・言葉の意味を、考える。

今、謝られたら。

 

「・・・・・その、もうどうでもいいというか、気にしていないというか・・・・気にかける価値も無いというか」

 

枯れていく心を潤おすように、カフェオレを一口。

もちろん意味は無い。

 

「でも、そうですね・・・・・多分、冷静でいられないと思います・・・・ひどいこといっぱい言って、叩いたりもしちゃうかも」

「けど、それはかつて貴女が言われたり、されたりしたことじゃない?」

「自分の嫌がることはしちゃダメって言うじゃないですか、幼稚園児でも出来ることですよ」

「あはは、確かに」

 

零した冗談で少し空気を持ち直してから、続ける。

 

「でも、結局許さないと思います」

「そうなの?」

「ええ」

 

ああ、分かる。

悔しいのと、イライラと、悲しいので。

胸にぽっかり、穴が開く。

 

「何でわたしが許さなきゃいけないの?それでわたしの時間は戻ってくるの?」

 

言葉が、止まらない。

 

「あなた達が楽になりたいだけなんじゃないの?罪悪感から逃げたいだけなんじゃないの?」

 

相手は、どこか痛そうな顔をしてるけど。

それでも、顔を逸らすことはせず。

 

「わたしはこんなに苦しんだのに、お前達の情けない姿はなんだよ。逃げんな、捨てるな、一生抱えて生きて、同等以上に苦しめ」

 

最後までしっかり、耳を傾けてくれた。

・・・・・いつの間にか、息が上がっていたらしい。

呼吸を整える。

カフェオレにもう一度口をつける。

ちょうどよくなった温もりが、冷え切った『穴』を埋めてくれた。

ほっと、息を吐き出して。

 

「何もしないなら、こっちも何もしない・・・・・だからもう関わらないでっていうのが、今の気持ちです」

「・・・・・そっか」

 

下手な慰めを言わないでくれた相手は、何度も頷いていた。

それから手元のメモを確認して、もう一度頷く。

聞きたかったことは、大方聞けたらしい。

 

「それじゃあ、インタビューはこれでおしまいにさせてもらうわ。貴重なお話、どうもありがとうございました」

「いえ、こちらこそ、何だか愚痴みたいになっちゃって・・・・」

「貴女にとっては愚痴でも、私にとっては価値のある意見よ」

 

カフェテリアの一角。

女性記者さんと頭を下げ合えば、重たい空気が霧散していった。

――――とある大手新聞社からの取材依頼。

本当ならガン無視決め込む案件なんだけど、この人の場合は違った。

というのも、武永がジャッジマンとして襲撃してきたあの時。

一緒にいた露天商のおにーさんの、彼女さんらしいのだ。

『あの時は気絶しちゃってゴメン!無事でよかった!』という伝言と一緒に、証拠として写真を見せてもらったこともあり。

弦十郎さんにきちんと許可をもらって、匿名でという条件付の下。

こうして取材に応じていた。

いやぁ、やっぱり緊張するね・・・・!

わたし、変なこと口走ってなかったかしら・・・・!?

翼さんもマリアさんもこういうのは日常茶飯事だろうし、すごいよなぁ・・・・。

 

「――――元はと言えば」

 

店員さんに飲み物のお代わりを頼む傍ら、お姉さんがぽつりと零す。

 

「私達報道する側の不手際で起こったようなものだもの、自分の尻拭いは、自分でやらなきゃね」

「だから今回のインタビューを?」

 

聞くと、お姉さんはこっくり頷く。

 

「みんなに情報を発信する立場だからこそ、誰よりも物事を見極める必要がある・・・・個人の意見だけども、間違っているつもりはないわ。事件や事故を取り扱う新聞やニュース番組なら、なおさらよ」

 

組んだ手に口元を置いて語るお姉さん。

目は、真剣そのもので。

 

「だから、貴女の話を是非聞きたいと思ったの。虐げられてなお、『守る』ことを選んだ貴女の話を」

 

そうすれば、『二年前の迫害』や、それに付随した今の世の中を、変えられるんじゃないか。

・・・・・お姉さんからは、そんな信念が感じられた。

 

「改めて、今回は本当にありがとう。聞かせてもらったお話は、責任を持っていい記事に仕上げて見せます」

「・・・・お願いします」

 

頭を下げたお姉さんへ、わたしも頭を下げ返す。

何だか仰々しいような気がして、思わず笑ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

事件も無事解決。

後始末で忙しいけれども、穏やかな日々を取り戻し始めたこの頃。

風呂でさっぱりした頭で課題を片付けた未来が、寝室に行くと。

響は既に夢の中だった。

待っていてくれたことを、申し訳程度にかけられた布団が物語っていて。

自分だって、今日の取材で沢山疲れただろうに。

健気さがうれしくなって、未来は笑みを零す。

眠っている横に座って見下ろせば、意外とあどけない寝顔。

引き締めて立ち向かったり、いたずらっぽく笑ったりする普段からは、想像もつかないほど無垢な顔だった。

そっと髪に触れれば、ふわふわした感触が面白い。

しばらく触っていると、響が唸り始めた。

起こしてしまったかと焦ったが、すぐ寝息が聞こえ始めたので違うと判断。

ひっそり安堵の息をついて、また寝顔を観察する。

だが、またしばらくすると、

 

「・・・・・っ・・・・・んー・・・・」

 

今度は、どこか難しい顔。

かと思うと、苦悶の声が漏れ始めた。

何か痛みを耐えるように、苦しみを飲み込むように。

眉をひそめて、体を縮こまらせて。

悪い意味で、魘され始める。

困惑を覚えた未来だったが、幸いすぐに閃いた。

自身も横になって布団をかぶり、そっと、響を抱き寄せる。

そして、囁くように子守唄を歌いながら、頭を撫で続けた。

効果は抜群だったようで、次第に薄れた苦悶の声は、寝息に掏り替っていた。

また安堵の息をつきながら、頭を撫で続ける未来、

ふと、かつて想った願いが過ぎる。

 

(――――神様に、なりたい)

 

ただ一人だけを、響だけを、めいっぱい祝福できる神様。

そうすれば、いつも自分をいじめてばかりのこの人が、少しは自分を好きになれるんじゃないか。

そしたら、もう傷つくこともなくなるんじゃないか。

そんな、子ども特有の、浅はか過ぎる願い。

当然叶うことは無かったし、仮にそんな方法があったとしても。

それで響を独りぼっちにしてしまうようなら本末転倒だから、イヤだなと思う。

その後も、『何度も』じゃ利かないくらいの無力を味わいまくったので、とっくに冷めた願いではあるが。

しかし、響に幸せになってほしいのは紛れもない本心だ。

痛みを抱えて、痛みで苦しんで、痛みに悲しんで。

それでもなお、手を差し出す勇気があるこの人が、報われてほしいと。

誰も傷つけなくていい、傷つけられなくていい場所で。

穏やかに、穏やかに過ごしてほしいと。

 

「・・・・響」

 

温もりを取り戻した、愛しい人を抱きしめる。

起こさないように気をつけながら、名前を呼ぶ。

更に抱き寄せる。

 

「幸せになって、いいんだよ」

 

この人が願わないなら、この人の分まで。

 

「笑ってて、いいんだよ」

 

自分が願うだけだ。

 

「生きてて、いいんだよ」

 

効果があるか、分からない。

いや、そもそもこの人に伝えるためじゃない。

神様でもない。

自分自身が、叶える為に。

響が失くしてきた、取りこぼしてきた幸せを。

少しでも、取り戻す為に。

だから、

 

「・・・・・いっぱい、幸せになろうね」

 

・・・・・眠気がやってきた。

あくびを一つ零して、未来は額を寄せる。

ちょうど鼻の位置にある響の頭から、いい匂い。

心の底から落ち着くことの出来る、安心するものだった。

睡魔に逆らわず、目蓋を閉じる。

ああ、願わくば、この人も。

良い夢を見られますように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

地位は要らない。

 

名誉は要らない。

 

富も、誇りも。

 

何もかも欲しくない。

 

ただ一つ、たった一つ。

 

世界で一番、大好きな君の傍で。

 

ただただ穏やかに、眠れたのなら。




これにて二章完結です。
この後はまた閑話をちょくちょく出していくことになります。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。