チョイワルビッキーと一途な393   作:数多 命

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交わす言葉、交わす拳

時間を少し遡る。

マリアとジャッジマンのぶつかり合いにより、ネフィリムが暴走を始めてしまった直後。

二課の通信を聞いていたナスターシャは、何か考え込むように目を伏せた。

しばしの間沈黙を保った彼女は、やがて、ゆっくり目を開く。

 

「・・・・響」

「なんでしょ?」

 

呟くように名前を呼ばれ、響はあえて軽い調子で返事した。

 

「私のことは、もう構いません。マリアのところへ、行ってください」

「・・・・今のわたしは生身ですよ?それに、マリアさんにあなたを頼まれています」

「そこをどうか、おねが――――」

 

怪訝な顔で反論を告げれば、ナスターシャが何か言いかけて。

激しく咳き込む。

すかさず駆け寄った響が、背中をさする。

落ち着いたナスターシャが、口から手を離せば、真っ赤に汚れていた。

そしてそれは、背後に控えていた響にも見えて、

 

「・・・・・お願い、できますね?」

 

どこか諭すような笑みで振り向くナスターシャ。

口元もしっかり『赤』に汚れている。

 

「・・・・そういうの、ズルいですよ。ナスターシャ教授」

 

響は、ため息で白旗を表現した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『世界滅べ』なんて大きくでたじゃん?力尽くなんて、反発も大きいのに」

「・・・・人間はそれほど、救いようがないだろう。お前だって先の臨海公園で、イヤと言うほど思い出したはずだ」

「あはは、違いない」

 

麻痺で動けないマリアを庇うように立つ響。

ジャッジマンの意見を、乾いた笑みで肯定した。

 

「目先の情報に踊らされて、なんでもない人傷つけて、そのくせ今をのうのうと生きている」

 

笑っていても、笑っていない。

 

「同じくそこにいられたはずなのにって、何度も思ったよ」

 

零れる声には、どこか圧が篭っていた。

 

「だけど、暴れたところで何になるのさ、痛い目に遭わせて何になるのさ。どうしようもない奴は、どこまでいってもどうしようもない。『なんで自分がこんな目に』って喚いて騒いで、終わりだよ」

 

一理あると思ったのだろう。

黙して聞いていたジャッジマンは、問いかける。

 

「・・・・・ならば、何とする?」

「ほっとく、どうせそのうち自滅するし」

 

打てば響くように、答えが返ってきた。

 

「自滅?」

「そうだよ、そもそも連中の行動理念は何だ?『犠牲者の無念を晴らす』っていう大義名分だ、もっと突き詰めれば良心だ」

「随分歪んだものだがな」

「否定はしない」

 

苦く笑いながらも、話は続く。

 

「だけど、その行動が間違っていたとしたら?『よかれ』と思ってやったことが、実はとんでもない大罪だったとしたら?残るものなんて、一つだけだろう」

「・・・・・なるほど、罪悪感、あるいは自責か」

 

『助長』という話がある。

ある農夫が作物の成長具合を心配し、畑中の作物を引っ張って、成長を促そうとした。

しかし物理的に引っ張られた作物は、地面から大きく引き抜かれる形となり。

一つ残らず枯れてしまったという。

また、『蛇足』という話も有名だ。

三人の絵描きが、酒を巡って口論となり、蛇の絵を早く描いたものが呑めることになった。

一番早く描き終えた絵描きが、『こうやって蛇に足を描くこともできるぞ』と、二人に余裕であることをアピールしたが。

二番目に終えた絵描きに、酒を掻っ攫われてしまう。

一番目の絵描きが文句を言うと、『蛇に足は生えていない、だからお前の描いたそれは蛇じゃない』と反論されてしまった。

『助長』も『蛇足』も、よかれと思ったばかりに、余計なことをしたばかりに。

良くない結果を招いてしまったという教訓を教えている。

 

「だからわたしは手を下さない。殺しもしないし、死なせもしない」

 

ドスを利かせた声で、宣言する。

 

「息絶えるその時まで、苦しみ続ければいい。強いて言うのなら、それがわたしの復讐だ」

 

重々しく吐き出された言葉の、込められた感情を察してか。

ジャッジマンはそれっきり、何も返さなかった。

ところが、

 

「っていうのは、ぶっちゃけ建前。いや、長々語っておいてなんだけどね?」

「何だと?」

 

打って変わって、(二課の面々にとってはいつもの)軽い調子で両手を広げる響。

怪訝な顔のジャッジマンに臆することなく、凛と見据えて、

 

「笑って欲しい人がいる、守りたい人がいる。世界全部を敵に回してでも、一緒にいたい人がいる」

 

いっそ清々しいまでの笑顔で、言い切った。

 

「わたしが戦う理由なんて、後にも先にもこれだけだよ」

 

そんな響を凝視するジャッジマンは、沈黙を保つ。

向けられた目には、呆れや失望が渦巻いていた。

 

「・・・・そうか」

「そーだよ」

 

前触れなく、構える。

紫電を、闘志を、滾らせる。

言葉は不要。

これまでの対話で、もはや口で解決できないのは明白。

だから、ぶつかる。

燃え盛る憎悪のままに、譲れないもののために。

ほぼ同時に拳を握った両者は、ほぼ同時に駆け出して。

 

「――――ッ!!」

「――――ッ」

 

激突。

衝撃で大気が爆ぜる。

一瞬迫り合った拳は、互いを弾き飛ばす。

正拳一閃、防がれる。

蹴撃一閃、避けられる。

細やかに突き出される殴打。

豪快に払われる蹴打。

攻める風音、防ぐ破裂音。

一定な様でいて、不規則な攻防が繰り広げられる。

眼光が尾を引く、マフラーがはためく。

筋肉は動くたびに撓り、呼吸は限界までテンポが上がる。

かっ開かれた互いの眼球は、相手しか見えていない。

拳を振るう、蹴りを放つ。

顔を掠め、鼻先を掠め、腹を掠め。

攻撃の一つ一つに込められているのは、『お前を倒す』というただそれのみ。

思考を高速で回転させ、ひたすら体を動かし続け。

どちらも、一切退かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

(―――――このままか)

 

未だ地に伏すマリア。

めまぐるしく移動する二人を目玉で追いかけながら、考える。

 

(無様に伏したままか)

 

ぎり、と。

奥歯を噛み締めた。

ここまで来た。

自らの歌で、世界を救えると。

大切な人達を、明日に繋げれると。

高揚していた。

だが現状はどうだ。

現れた敵の攻撃にあっさりやられ、あの子が命がけで戦っているのを傍観するのみ。

このままでいいのか、こんな情けない終わり方でいいのか。

 

(――――よくないに、決まってるッッッ!!!!)

 

胸元、熱を感じる。

何とか手を動かし、懐に指を這わせて引っ張れば。

亀裂の入った、シンフォギアのマイクユニット。

この日本に発つ際、ナスターシャが持たせてくれた。

勇気を与えてくれるお守り。

かつて妹が纏っていた、シンフォギア。

 

(セレナ、お願い。今だけ、力をッ・・・・!!)

 

息を、吸い込む。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

攻防は格闘から異端のものへ。

半身引いたジャッジマンが拳を握れば、紫電が迸る。

それを見た響もまた、手甲から刺突刃を展開する。

紫電が地面に叩きつけられ、襲い掛かる。

向かってくる稲妻を前に強く踏み込み、礫で相殺していく。

その横合いから烈風。

振り向けばカマイタチが迫ってくる。

一つは切り裂き、もう一つはいなし。

飛び込んできた相手を、真っ向から迎え撃つ。

破裂音。

腕を剣のように交差して迫り合い、束の間互いを睨みつける。

直後弾きあい、距離を取った。

 

「手品師かな?ベガスにでも行ったらどう?当たるよ?」

「お前こそ、単純な格闘技のみでここまで・・・・バケモノか」

 

『失礼な』と響が吐き捨てて、再開。

ジャッジマンが手を叩きつけ、氷柱が迫る。

響は拳で砕きながら前進、足を振り上げ、叩きつけようとする。

ジャッジマンは咄嗟にガード、引っつかんで放り投げた。

続けざまに両手に風を起こす。

空気と塵の摩擦熱がこもり、発火する。

燃え滾る炎を携え、まだ立ち直っていない響に叩き込んだ。

打撃と熱気に、初めて苦い顔をする響。

そのまま殴り飛ばされ、瓦礫に埋もれた。

均衡が崩れ始める。

迫ったジャッジマンが、追い討ちの拳を何度も叩きつける。

響は地面を転がって避け、何とか立ち上がった。

後方に飛びのき、構える。

すぐにつっかえて動けなくなった。

足元を見やれば、忍び寄った冷気が両足を固定している。

はっとなって前を見直せば、氷の剣を振り上げたジャッジマン。

文字通り冷たい刃が、唸りを上げて襲い掛かり。

 

 

 

 

―――――響は徐に、笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――seilien coffin airget-lamh tron」

「――――はあぁッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

割り込む二閃。

目を見開いたジャッジマンが飛びのけば、翼が切っ先を突きつける。

その隣では、マリアが白銀のシンフォギアをまとっていた。

自分の変化に驚いているのか、両手と体を見下ろしている。

 

「マリア!!大丈夫デスか!?」

「そのギア、まさかセレナの・・・・!?」

 

駆け寄った調と切歌もまた、それぞれ驚愕を露にしていた。

 

「ほれ」

「ありがと」

 

響の足を拘束していた氷は、クリスが打ち抜いて砕いた。

自由になった響は、すっくと立ち上がって。

仲間達と、並び立つ。

その様を目の当たりにした彼は、何かを堪えるように俯いた。

きつく握られる拳。

指の間が真っ白になっているのが見える。

 

「―――――味方を捨ててきた俺に」

 

やがて、搾り出すように口を開いた。

素早く腰に手を回し、取り出したのはソロモンの杖。

それだけで装者達は闘志を尖らせる。

 

「味方を以って挑むかッ!!立花響ッ!!」

 

応、と轟く咆哮とともに。

その切っ先を、自らの胴体へ。




二章完結も見えてきました。

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