誠にありがとうございます。
時間を少し遡る。
マリアとジャッジマンのぶつかり合いにより、ネフィリムが暴走を始めてしまった直後。
二課の通信を聞いていたナスターシャは、何か考え込むように目を伏せた。
しばしの間沈黙を保った彼女は、やがて、ゆっくり目を開く。
「・・・・響」
「なんでしょ?」
呟くように名前を呼ばれ、響はあえて軽い調子で返事した。
「私のことは、もう構いません。マリアのところへ、行ってください」
「・・・・今のわたしは生身ですよ?それに、マリアさんにあなたを頼まれています」
「そこをどうか、おねが――――」
怪訝な顔で反論を告げれば、ナスターシャが何か言いかけて。
激しく咳き込む。
すかさず駆け寄った響が、背中をさする。
落ち着いたナスターシャが、口から手を離せば、真っ赤に汚れていた。
そしてそれは、背後に控えていた響にも見えて、
「・・・・・お願い、できますね?」
どこか諭すような笑みで振り向くナスターシャ。
口元もしっかり『赤』に汚れている。
「・・・・そういうの、ズルいですよ。ナスターシャ教授」
響は、ため息で白旗を表現した。
「『世界滅べ』なんて大きくでたじゃん?力尽くなんて、反発も大きいのに」
「・・・・人間はそれほど、救いようがないだろう。お前だって先の臨海公園で、イヤと言うほど思い出したはずだ」
「あはは、違いない」
麻痺で動けないマリアを庇うように立つ響。
ジャッジマンの意見を、乾いた笑みで肯定した。
「目先の情報に踊らされて、なんでもない人傷つけて、そのくせ今をのうのうと生きている」
笑っていても、笑っていない。
「同じくそこにいられたはずなのにって、何度も思ったよ」
零れる声には、どこか圧が篭っていた。
「だけど、暴れたところで何になるのさ、痛い目に遭わせて何になるのさ。どうしようもない奴は、どこまでいってもどうしようもない。『なんで自分がこんな目に』って喚いて騒いで、終わりだよ」
一理あると思ったのだろう。
黙して聞いていたジャッジマンは、問いかける。
「・・・・・ならば、何とする?」
「ほっとく、どうせそのうち自滅するし」
打てば響くように、答えが返ってきた。
「自滅?」
「そうだよ、そもそも連中の行動理念は何だ?『犠牲者の無念を晴らす』っていう大義名分だ、もっと突き詰めれば良心だ」
「随分歪んだものだがな」
「否定はしない」
苦く笑いながらも、話は続く。
「だけど、その行動が間違っていたとしたら?『よかれ』と思ってやったことが、実はとんでもない大罪だったとしたら?残るものなんて、一つだけだろう」
「・・・・・なるほど、罪悪感、あるいは自責か」
『助長』という話がある。
ある農夫が作物の成長具合を心配し、畑中の作物を引っ張って、成長を促そうとした。
しかし物理的に引っ張られた作物は、地面から大きく引き抜かれる形となり。
一つ残らず枯れてしまったという。
また、『蛇足』という話も有名だ。
三人の絵描きが、酒を巡って口論となり、蛇の絵を早く描いたものが呑めることになった。
一番早く描き終えた絵描きが、『こうやって蛇に足を描くこともできるぞ』と、二人に余裕であることをアピールしたが。
二番目に終えた絵描きに、酒を掻っ攫われてしまう。
一番目の絵描きが文句を言うと、『蛇に足は生えていない、だからお前の描いたそれは蛇じゃない』と反論されてしまった。
『助長』も『蛇足』も、よかれと思ったばかりに、余計なことをしたばかりに。
良くない結果を招いてしまったという教訓を教えている。
「だからわたしは手を下さない。殺しもしないし、死なせもしない」
ドスを利かせた声で、宣言する。
「息絶えるその時まで、苦しみ続ければいい。強いて言うのなら、それがわたしの復讐だ」
重々しく吐き出された言葉の、込められた感情を察してか。
ジャッジマンはそれっきり、何も返さなかった。
ところが、
「っていうのは、ぶっちゃけ建前。いや、長々語っておいてなんだけどね?」
「何だと?」
打って変わって、(二課の面々にとってはいつもの)軽い調子で両手を広げる響。
怪訝な顔のジャッジマンに臆することなく、凛と見据えて、
「笑って欲しい人がいる、守りたい人がいる。世界全部を敵に回してでも、一緒にいたい人がいる」
いっそ清々しいまでの笑顔で、言い切った。
「わたしが戦う理由なんて、後にも先にもこれだけだよ」
そんな響を凝視するジャッジマンは、沈黙を保つ。
向けられた目には、呆れや失望が渦巻いていた。
「・・・・そうか」
「そーだよ」
前触れなく、構える。
紫電を、闘志を、滾らせる。
言葉は不要。
これまでの対話で、もはや口で解決できないのは明白。
だから、ぶつかる。
燃え盛る憎悪のままに、譲れないもののために。
ほぼ同時に拳を握った両者は、ほぼ同時に駆け出して。
「――――ッ!!」
「――――ッ」
激突。
衝撃で大気が爆ぜる。
一瞬迫り合った拳は、互いを弾き飛ばす。
正拳一閃、防がれる。
蹴撃一閃、避けられる。
細やかに突き出される殴打。
豪快に払われる蹴打。
攻める風音、防ぐ破裂音。
一定な様でいて、不規則な攻防が繰り広げられる。
眼光が尾を引く、マフラーがはためく。
筋肉は動くたびに撓り、呼吸は限界までテンポが上がる。
かっ開かれた互いの眼球は、相手しか見えていない。
拳を振るう、蹴りを放つ。
顔を掠め、鼻先を掠め、腹を掠め。
攻撃の一つ一つに込められているのは、『お前を倒す』というただそれのみ。
思考を高速で回転させ、ひたすら体を動かし続け。
どちらも、一切退かなかった。
◆ ◆ ◆
(―――――このままか)
未だ地に伏すマリア。
めまぐるしく移動する二人を目玉で追いかけながら、考える。
(無様に伏したままか)
ぎり、と。
奥歯を噛み締めた。
ここまで来た。
自らの歌で、世界を救えると。
大切な人達を、明日に繋げれると。
高揚していた。
だが現状はどうだ。
現れた敵の攻撃にあっさりやられ、あの子が命がけで戦っているのを傍観するのみ。
このままでいいのか、こんな情けない終わり方でいいのか。
(――――よくないに、決まってるッッッ!!!!)
胸元、熱を感じる。
何とか手を動かし、懐に指を這わせて引っ張れば。
亀裂の入った、シンフォギアのマイクユニット。
この日本に発つ際、ナスターシャが持たせてくれた。
勇気を与えてくれるお守り。
かつて妹が纏っていた、シンフォギア。
(セレナ、お願い。今だけ、力をッ・・・・!!)
息を、吸い込む。
◆ ◆ ◆
攻防は格闘から異端のものへ。
半身引いたジャッジマンが拳を握れば、紫電が迸る。
それを見た響もまた、手甲から刺突刃を展開する。
紫電が地面に叩きつけられ、襲い掛かる。
向かってくる稲妻を前に強く踏み込み、礫で相殺していく。
その横合いから烈風。
振り向けばカマイタチが迫ってくる。
一つは切り裂き、もう一つはいなし。
飛び込んできた相手を、真っ向から迎え撃つ。
破裂音。
腕を剣のように交差して迫り合い、束の間互いを睨みつける。
直後弾きあい、距離を取った。
「手品師かな?ベガスにでも行ったらどう?当たるよ?」
「お前こそ、単純な格闘技のみでここまで・・・・バケモノか」
『失礼な』と響が吐き捨てて、再開。
ジャッジマンが手を叩きつけ、氷柱が迫る。
響は拳で砕きながら前進、足を振り上げ、叩きつけようとする。
ジャッジマンは咄嗟にガード、引っつかんで放り投げた。
続けざまに両手に風を起こす。
空気と塵の摩擦熱がこもり、発火する。
燃え滾る炎を携え、まだ立ち直っていない響に叩き込んだ。
打撃と熱気に、初めて苦い顔をする響。
そのまま殴り飛ばされ、瓦礫に埋もれた。
均衡が崩れ始める。
迫ったジャッジマンが、追い討ちの拳を何度も叩きつける。
響は地面を転がって避け、何とか立ち上がった。
後方に飛びのき、構える。
すぐにつっかえて動けなくなった。
足元を見やれば、忍び寄った冷気が両足を固定している。
はっとなって前を見直せば、氷の剣を振り上げたジャッジマン。
文字通り冷たい刃が、唸りを上げて襲い掛かり。
―――――響は徐に、笑みを浮かべた。
「――――seilien coffin airget-lamh tron」
「――――はあぁッ!!」
割り込む二閃。
目を見開いたジャッジマンが飛びのけば、翼が切っ先を突きつける。
その隣では、マリアが白銀のシンフォギアをまとっていた。
自分の変化に驚いているのか、両手と体を見下ろしている。
「マリア!!大丈夫デスか!?」
「そのギア、まさかセレナの・・・・!?」
駆け寄った調と切歌もまた、それぞれ驚愕を露にしていた。
「ほれ」
「ありがと」
響の足を拘束していた氷は、クリスが打ち抜いて砕いた。
自由になった響は、すっくと立ち上がって。
仲間達と、並び立つ。
その様を目の当たりにした彼は、何かを堪えるように俯いた。
きつく握られる拳。
指の間が真っ白になっているのが見える。
「―――――味方を捨ててきた俺に」
やがて、搾り出すように口を開いた。
素早く腰に手を回し、取り出したのはソロモンの杖。
それだけで装者達は闘志を尖らせる。
「味方を以って挑むかッ!!立花響ッ!!」
応、と轟く咆哮とともに。
その切っ先を、自らの胴体へ。
二章完結も見えてきました。