チョイワルビッキーと一途な393   作:数多 命

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短編の日間ランキング、および週間ランキングにずっといさせてもらいました。
皆々様の評価、大変うれしく、そしてありがたく思っています。
ひびみくが好きすぎる、そんな皆さんが大好きです(


OTONAとOHANASHI

弦十郎がまだ、公安に勤めていたころの話だ。

とある事件を捜査していた際、未成年の関与が明らかになった。

そこで少年課に応援を頼み、やってきたベテランの刑事と組んだのだが。

この刑事と言うのが、どうも子どもに庇護的な人だった。

『決して子どもだけの所為じゃない』と口癖のように呟く彼は、少年達の罪が少しでも軽くなるような証拠集めを心がけ。

さらに立件して逮捕した後も、彼らに対してフランクに接して寄り添い。

しっかり更正出来るように努めていた。

若き弦十郎とて、未成年の更正がいかに重要か理解していたし、必要なことであるとも認識していた。

だが、そのベテラン刑事のやり口は、当時の感覚からして『やりすぎ』な気がしていたのだ。

だから、問いかけた。

どうしてそこまで、子どもに寄り添うのかと。

すると彼は、得意げに笑って教えてくれた。

 

「いいか?子どもってのはな――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

過去にノイズが闊歩したことにより、無人となったマンション。

一件華やかな東京の街だが、所々にこういった廃墟があちこちにある。

その廊下をゆっくり進むのは、『風鳴弦十郎』。

翼の叔父であり、『特異災害対策機動部二課』の司令官でもある。

やがてとある一室に入った彼は、またゆっくり歩き出した。

この先にいるであろう彼女を刺激しないように、敵意を持つ者ではないと示すために。

余裕を持って、歩を進める。

すると現れた気配。

鋭く尖っている、闘気だ。

警戒されてるとか、しょうがないかとか思いながら、苦笑い。

 

「そう警戒しないでくれ」

「――――な」

 

ひょっこり室内を覗き込めば、迫る一閃。

相手の手首を軽く弾いて掴み取る。

上着の右袖の下。

上手く隠れている手甲から、刺突刃が伸びている。

 

「良く出来ているな、君が作ったのかい?」

「・・・・」

 

なるべくフランクに話しかけてみるものの、少女は絶句するばかりで。

押しても引いても離れない腕に困惑しているようだった。

 

「まあ、答えたくないならそれでいいさ」

 

ぱっと離してやれば、勢い良く後退した。

元気なことだと感心しながら、持っていたコンビニの袋を見せる。

 

「何も盛っちゃいない、俺は君と話がしたいんだ」

 

歩み寄って袋の中身を見せてやる。

あんぱんに牛乳と言う、弦十郎好みのラインナップだったが、成長期の青少女には効いたらしい。

くぅ、と気の抜けた音が聞こえた。

弾けるように我に返って身構える彼女を、思わず微笑ましく見つめながら。

その手を取って、袋を握らせる。

 

「俺の名前は風鳴弦十郎。半月と少し前、君と友達が接触した集団のリーダーだ」

「・・・・ひびき、です。立花響」

 

よろしくと笑いかければ、彼女は小さく顎を引いた。

響は入り口(逃げ道)の近くに陣取り、もすもすとパンを頬張っている。

少し離れた向かい側に座って観察していた弦十郎は、あまり動かない響の表情が心配になった。

 

「・・・・あんぱん、嫌だったか?」

「んぐ?・・・・ああ、いえ・・・・」

 

最後のひとかけらを飲み込んだ彼女は、牛乳に一口つけて呟いた。

 

「・・・・味、分からないんです」

「・・・・元から?」

 

ふるふると、首が横に振られる。

後天的。

ということは、一番考えられる原因は・・・・。

 

(ガングニール、か)

 

彼女が所有しているであろう無双の一振りを思い出し、弦十郎は顔をしかめる。

すぐに、『子どもの前でこんな顔は』と頭を振って切り換えた。

 

「君のことは、調べさせてもらった。二年前に友達と不法に出国・入国してから、ユーラシアを中心にあちこちで目撃されていたようだね」

 

別に止めることなく、響は牛乳をまた飲む。

 

「あちこちの裏組織、秘密結社などで用心棒として雇われていたが。その全てが全滅している」

 

あるいは現地の警察に拿捕されて、あるいは響自身の手で皆殺しにされて。

飲み終えた牛乳パックを潰して、ビニールに入れる響。

否定するつもりも、言い逃れるつもりも無いらしい。

弦十郎の言葉を、ただ聞き入っていた。

 

「・・・・日本を出て行った理由は、だいたい想像がつく。だが、どうして今になって戻ってきたんだ?」

 

二課も関わっていたツヴァイウィングのライブ。

政府が下手に情報を規制した結果混乱を招き、更に多くの人を犠牲にしてしまった。

忘れてはならない事件。

糾弾されるのを覚悟で、弦十郎は問いをぶつける。

響はしばらくの間、沈黙を保っていたが。

やがて、ゆっくり口を開いた。

 

「・・・・あのライブに関しては、誰も悪くないって思っています。強いて言うなら、間が悪かったんです」

 

とつとつ語る言葉を、今度は弦十郎が聞く。

 

「でも、あのまま家にいたらきっと、お母さんやおばあちゃんに迷惑をかけると思ったから・・・・実際、その所為でお父さんが出て行ったわけだし・・・・」

 

一度堰を切った言葉は、止まることを知らない。

そこそこの速さで、思いがあふれ出した。

 

「だから出てったんです。みんなが大好きだから、離れなきゃって思ったんです」

 

大好きな家族や、友人のために。

彼らが笑って暮らせるために。

自分から進んで、孤独になることを選んだ。

少女が抱くには痛ましすぎる決意に、弦十郎がまた顔をしかめている間にも。

『でも』と、言葉は続く。

 

「・・・・でも、そんな我が侭に、未来を巻き込んじゃいました。だから、帰してあげなきゃって思って・・・・それで、戻ってきたんです。大分、時間がかかっちゃいましたけど」

 

そんな『危険物』である自分を思ってくれる人がいた。

どれほど嬉しかっただろうか、どれほど救われただろうか。

響は笑った。

味方がいた嬉しさと、巻き込んだ自分への嘲りで。

 

「・・・・これからは、どうするつもりだ?」

「・・・・一番初めの予定通り、ひとりになれる場所を探そうかなって」

 

誰も傷つけない、誰にも傷つけられない。

どこにあるかも分からない新天地を求めて。

・・・・いや。

そんな大義名分を掲げて、独りぼっちになるために。

 

「それでいいのかい?君は」

「それで、みんなが笑ってくれるのなら」

 

傍にいられなくたっていい。

『みんな』が平穏に暮らせるのなら、それでもいい。

いっそ清々しいまでの笑顔を、どうしても『良い』と感じられなかった。

独りで構わないと笑う彼女。

だがその決意はあまりにも痛ましくて、悲しくて。

 

「――――俺達のところに、こないか」

 

だから弦十郎は歩み寄る、手を伸ばす。

拒むならそれで構わない、だがここで何もしないなんて出来ない。

そして願わくば、この手を取ってほしいと思った。

そんな暗くて寒い場所に、置き去りにしてはダメだからと。

『平気だ』と笑う顔を、どうしても信じられなかった。

 

「・・・・それは、戦力になれってことですか?」

 

一方の響は、少し困った顔をしている。

無理も無いだろう。

本人も自覚しているとおり、彼女は犯罪者だ。

その手にかかった命は数知れず。

例えその殆どが悪人であろうとも、命を奪う凶行に他ならないのだから。

 

「それもある。だが、君をほっとけないのも本音だ」

「・・・・きっと、色んなところから文句を言われますよ」

「構わない」

 

きっぱり言い切れば、響はぽかんと呆けた。

 

「言い方を変えよう。こちら側に来てくれ、君はそっちにいてはいけない人間だ」

 

弦十郎はその隙をついて、無防備になった手を取る。

 

「やったことは消えない、それはそうだ。だが君はまだ間に合う、まだやり直すことが出来る」

 

『手ごたえ』は、あった。

かすかな、神経を尖らせていなければ分からないほど僅かなもの。

だが、確かに感じた。

響が指先にわずかばかりの力をかけ、手を握り返したことを。

 

「俺達がその手伝いをしてやる、だから・・・・!」

 

ダメ押しにと強く握り返す。

思ったとおりだ。

この子は『子ども』で、救われるべきだ。

大層なことができるわけではないと自覚している。

それでも、この子が温かい日向に戻ってこれる手助けは惜しまない。

 

――――いいか?子どもってのはな

――――手を握ってやると、必ず握り返してくるんだ

 

蘇る、かつての言葉。

 

――――どんだけ心がぶっ壊れようが、どんだけ絶望に叩き落されようが

――――そうやって『生きてぇ』『助けてくれ』って思いを伝えて来るんだよ

――――そういう子どもってのは、大体腐った大人に好き勝手されて、散々傷つけられて

――――それでも他に頼るところがない連中だ

 

若き日の弦十郎の胸に深く響き、今では当たり前となった信念の原点。

 

――――だから俺達だけは裏切っちゃなんねぇ

――――救える立場の大人(おれたち)が、諦めちゃいけねぇんだ

 

目の前の響は、確かに手を握り返してきた。

『助けてくれ』と、控えめながらも訴えてきた。

この手を離してはいけない。

この子を孤独にしてはいけない。

この子の本心を、裏切ってはいけない・・・・!

 

「傍にいちゃいけないわけあるか。未来くんだって、きっと・・・・!」

「――――ッ」

 

だが、弦十郎はここで過ちを犯す。

響という少女を、よく知らなかった故の過ち。

『未来』の名前が出た瞬間、強い力で手を振りほどかれた。

飛びのいた彼女を見れば、表に出ていた感情を押し隠すしかめっ面。

 

「何を――――!?」

 

そして徐に刺突刃を振り上げて、

 

「――――未来に、伝えてください」

 

ざっくり、切りつけた。

 

「こうやっても痛みを感じない。痛みだけじゃなくて、味も、暑さ寒さも感じない・・・・!」

 

縦に刻まれた傷口から、痛々しく血が流れ出す。

 

「君の友達は人間じゃなくなった、だから一緒にいられないって!!」

 

言い切るなり、窓へ。

ガラスを突き破り、曇天へと身を躍らせた。

弦十郎が慌てて追いかけるが、その姿はコンクリートジャングルに紛れてもう見えない。

 

「くそ・・・・!」

 

ことを急ぎすぎたと、自身に悪態をつく。

脳裏に焼きつく、去り際の響。

一緒にいられないと断言した、その顔は。

 

(泣きそうな顔で、そんなこと言うんじゃない・・・・!)

 

募った悔しさをどうしようも出来なくなって。

近くの壁に、拳を叩きつけた。




マイペースにさくさく展開できたら、いいな・・・・!(

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