「――――リブラは逝ったか」
「おう。打ち負かされたが、復讐はきっちり果たしてた」
どことも知れぬ暗所。
椅子につく人物へ、岩国を襲った青年が話しかける。
「順番どおりなら次は俺ってことになるけど・・・・おめーはいいのかよ?」
問いの真意は、『先に想いを遂げていいのか』。
リブラも含め、同じ痛みを知る同士だからこそだった。
それに対し、首が横に振られる。
「構わない・・・・お前達に比べて、俺は少々欲を張ってしまった。だから順番くらい譲るさ」
「・・・・そうかい」
ふと、笑い声が響く。
悪意に満ちたものでも、自嘲交じりでもない。
穏やかで、どこにでもあるような友人同士の笑いあい。
ぽつんと開いた空席をはさんで、しばらく止むことはなかった。
◆ ◆ ◆
リブラが首都圏の都市を蹂躙して、既に三日。
日に日に更新されていく死亡者数には気が滅入るばかりだけど、だからって俯く暇はない。
一つでも、一人でも多くの人命を救い上げるために。
自衛隊と二課は協力して、災害救助にいそしんでいた。
ちなみに翼さんとクリスちゃんは、怪我はもちろんのこと。
学業やらネフィリムの起動実験やら、もろもろの事情が重なった所為で一旦二課に戻ることになってしまった。
日常がある二人は、そっちを疎かに出来ないもんね。
「252ィーッ!252、発見ぇーん!!」
「・・・・ッ」
瓦礫が散乱する中を走り回っていたら、その声が聞こえた。
急ブレーキをかけて方向転換。
一直線に駆けつけてみれば、崩れた住宅に自衛隊が何人も集まっているのが見える。
「どうしたんですか!?」
「ああ、よかった。生存者が下敷きになっているんです!今手持ちの機材では、救出が難しく・・・・!」
苦い顔の自衛官と一緒に見てみれば、お母さんと娘さんの親子が、肩から上だけ出している状態でいるのが分かった。
「お願いします!この子だけでも!今朝から意識がないんです!」
お母さんの懇願する声が痛々しくて、だからこそ助けると決意を固める。
「こじあけましょう。立花響、手伝って!」
「はい!」
わたしとタッチの差で駆けつけたマリアさんが、アームドギアを展開しながら提案。
即行で頷いて、手ごろな瓦礫を支点に利用する。
マリアさんはガングニールの切っ先を、わたしはその辺で見つけた鉄骨を。
住宅と地面の間に上手く割り込ませて、そのまま一気に力を込めた。
一瞬微動だにしなかった住宅だけど、すぐに重々しい音を立てて持ち上がり始める。
「はや、く。抜き取って・・・・!」
「あ、ああ!」
目の前で女子どもが怪力発揮してるのに驚いてたみたいだけど、切り替えの早さはさすが。
隙間が開いてるうちに、自衛官さん達はさっと親子を瓦礫の外へ。
『そこからだと、第三避難所が一番近くです』
『医療設備も整っている、お子さんを早く連れて行ってやれ!』
「はいっ!」
オペレーターさんと弦十郎さんの通信に頷きながら、子どもを抱えてひとっ飛び。
障害物だらけの中を一気に駆け抜けて、目的地へ。
ちょっと着地が派手になってしまったけれど、近くにいた医療スタッフが即座に飛んでくる。
「倒れた家の下敷きになっていました、今朝から意識がないそうです!」
「分かりました、後は任せてください!」
子どもを預ければ、とりあえず一安心。
後は彼らに任せるとしますか。
『親御さんには、マリアさんが伝えました。直にそちらへ運び込まれるそうです』
「了解っ」
ちょっとした気がかりもなくなったので、さっさと現場へとんぼ返り。
・・・・まだまだ救助を求めている人がいる。
のんびりしている暇はないんだ。
「今のは・・・・響?」
「――――あの」
「はい?」
瓦礫をひっくり返して、救助者運んで。
避難所と現場を何往復したか、数えるのが億劫になってきた頃。
避難所に詰めていたらしい、女性の自衛官さんに話しかけられた。
「そろそろお休みになられてはいかがでしょう?司令部より、我々だけで対応できる分の装備は届きました。それにみなさん、明け方からずっと動きっぱなしじゃないですか」
「それは自衛隊も同じですよ、わたし達だけ何ていうのは・・・・」
気持ちも優しさも嬉しいけど、今は有事。
もうちょっと位の無理はしたいところだった。
だった、けど。
「いいから、ここは休みなさい」
横合いからやってきたのは、友里さん。
後ろには調ちゃんと切歌ちゃんもいて、二人の手にはおいしそうなお味噌汁とおにぎりが乗っている。
「勤続10時間超え。一息くらい入れないと、後が持たないわ」
友里さんを援護するように、自衛官さんは何度も頷いている。
・・・・・ここは素直に従うが吉、か。
「・・・・分かりました」
ギアを解除して、頭のスイッチをオンとオフの真ん中に切り替える。
真ん中なのは、不測の事態に備えてのことだ。
避難所の一角に集まって座る。
途中マリアさんも合流してきたので、そっちにも食べ物を配って。
早速、お味噌汁を一口。
「――――ふわああぁ~」
自分で思っているより、よっぽど疲れていたらしい。
味噌汁を飲み込んだ瞬間、そんな気の抜けた声が出てしまった。
っていうかコレ、お味噌汁じゃなくてけんちん汁だ。
どーりで具沢山だと思った。
・・・・
なんか、こう。
いいなぁ、あったまる。
いや、あったかさは感じないんだけども。
「これは、ゴボウ?初めて食べるわね・・・・」
「味気が無い分、食感が楽しい」
「シャキシャキしてるデース」
そういえば、わたし除いたみんなはアメリカに住んでたんだっけ。
そりゃ、けんちん汁しらなくて当然か。
ゴボウは思ったよりウケてるみたいだけど。
「
「けんちん汁っていうんですよ。元はお坊さんが食べてた精進料理で、具材やお出汁に肉・魚を使わないお料理ですねー」
「・・・・変わった名前」
「それは発祥の地である『建長寺』っていうお寺の名前が訛ったからだよ」
「何で知ってるデスか・・・・」
「なんでもは知らないよー」
感心した様子でまたけんちん汁を飲むマリアさん達に、ほっこり。
味は感じなくとも、匂いやらで料理は楽しめる。
・・・・この後も、どうにか頑張れそうだ。
おにぎりも一緒に頬張りながら、舌鼓を打っていると。
「響ちゃん、ちょっといいかしら?」
「ふい?」
何だか戸惑った様子の友里さんが話しかけてくる。
「あなたに話があるって人がいるんだけど・・・・」
「話?」
はて、誰だろう?
この辺に知り合いなんていなかったはずだけど。
首を傾げながらおにぎりを飲み込んだとき、友里さんに付いてきてたらしい人が前に出てくる。
・・・・・忘れもしない、その顔は。
「――――お父さん」
「・・・・やあ、元気そうだな」
空になったお椀をひっくり返しながら立ち上がれば、記憶どおりの気の抜けた笑顔を見せてくれた。
・・・・・ここで話すのは憚られたから、場所を移動する。
「・・・・少し前、ライブ会場に変な子が出てきて、ノイズと一緒に暴れたってのがあったろ?」
人気の無い場所、口火を切ったのはお父さん。
とりあえずこっくり頷いておく。
「そこで、歌姫マリアと一緒に戦っていた子が、お前に似ている気がしてさ。ネットにもたくさん画像が上がって、それでそうじゃないかって思い始めて」
そういえばそうだった。
ネット以前に、わたし全国生中継されているんだった。
「今日、ここにはボランティアで来ていたんだけど。怪我人や被災者を次々運び込んでる子達がいるって聞いて、見に行ってみたらお前がいた」
・・・・・そっか。
だからお父さんはここにいるんだ。
納得していると、お父さんは急に黙り込んでしまう。
わたしを凝視したり、俯いて目を反らしたり。
けど、
「・・・・・口にしたら、安っぽくなってしまうけど」
まごついた後には、ちゃんと真っ直ぐ目を向けてきて。
「あの日、出て行ったことを後悔しなかった日はない。お前までいなくなったって聞いたら、いてもたってもいられなくなって」
だけど、どこか泣き出しそうな情けない顔で。
「母さん達にはこっぴどく怒られたさ。けど、お前が安心して帰れる場所に戻したいって説得して、どうにか一緒に暮らしてる」
「・・・・みんなは、元気?」
「ああ、元気さ」
話を遮る形になった疑問にも、ちゃんと答えてくれた。
「仕事も、まだ派遣だけど上手くやっているし。それに最近、友人と一緒にNPOも立ち上げてさ。お前や、今のこの街みたいな、傷ついた人達の手助けもやってる」
『今日のボランティアも、うちの連中なんだぞ?』と、どこか自慢げに笑うお父さん。
「・・・・響」
来る、と思った。
お父さんが一番言いたいことが。
わたしに伝えたいだろうことが。
「響、ごめんな。逃げたばっかりに、お前まで逃げるような状況にして・・・・・ほん、とうに・・・・」
零れる。
俯いた顔から、我慢出来なかった涙が。
だけどまだ言い終えていないからか、どこか乱暴に顔を拭って。
「こんな俺だけどさ、まだお前の親父やってたいんだ。だから」
手が、差し出される。
「――――戻っておいで。やり直そう、家族に戻ろう」
記憶より、少し皺が増えた手。
良く見ると、肉刺の痕が見える。
苦労を重ねてきたのは、決して嘘ではないらしい。
・・・・・戻りたい。
ああ、そうだ。
例え前世の記憶があったって、今の家族はこの人達だ。
手を取りたい、帰りたい。
多分、今が最大のチャンスだ。
あの暖かい場所へ戻れる、逃したら次がいつか分からない絶好の機会。
分かっている、分かっている。
「・・・・・ッ」
分かって、いるけれど。
「・・・・・ごめん、今はまだ無理」
首を横に振る。
前を見れば、残念そうに眉を顰めるお父さん。
「・・・・・お父さんが逃げたことは、もう責めるつもりは無いんだ」
そう告げると、意外そうな顔をした。
・・・・まあ、普通なら罵倒されるようなことだもんね。
「あの状況は、逃げたってしょうがなかった。それに、お父さんはちゃんと戻ってきた。家族のために、駆けつけた」
そうだ。
お父さんは確かに逃げた。
だけどそれは、家族の無事を否定されるような。
普通の人なら死ぬことを選んでしまうような、耐え難い環境に浸かっていたからで。
その後すぐ、とんぼ返りして、みんなを支え続けた。
「それにくらべてわたしは、逃げたまんま、ほっといたまんまだったから・・・・・だから」
「・・・・そっか」
負い目からか、それとも察してくれたからか。
お父さんはそれ以上何も言ってこなかった。
・・・・沈黙が痛い。
こういうとき、咄嗟に上手いことをいえない自分が恨めしい。
嗚呼、どれだけ命を救おうが、誰かを守ろうが。
結局それは、赤の他人だ。
一番守りたい人達を、大切な人達を。
笑顔に出来ない、わたしなんて。
◆ ◆ ◆
「――――嘆かわしい、それでも風鳴の血を引く防人か」
「力及ばず、申し訳ありません」
鎌倉、風鳴宗家。
事を重く受け止めた現当主『風鳴訃堂』は、弦十郎を呼びつけていた。
息子である自身に浴びせられる厳しい言葉に、彼はただ平伏するしかない。
目の前の老人は、老いているからこそ重々しい気配を圧力を放つ人物だった。
「パニッシャーズの目的を見る限り、今後もこのような襲撃が起こることは明白。現存の戦力で対抗するプランを――――」
解決策を述べている最中に盛大にため息をつき、横槍を入れる訃堂。
「現在の戦力でこの状況なのだろうが」
「しかし、ノイズが使われることを考えるに・・・・」
「だからお前は阿呆なのだ、たわけめ」
『鈍い』息子へ、鋭く睨みを利かせる。
「――――何のためのリディアンだ」
ちょっとフライングですが、パッパ登場でした。
あと、マリアさんって難民生活で根っことか食べてそうですよね(偏見