チョイワルビッキーと一途な393   作:数多 命

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皆さんが気になっていてほしい、小日向さんちの事情です。


閑話:小日向さん家の事情

「――――響ちゃん」

 

ある日のこと。

いつもより早めに帰ってこれた響を待っていたのは、忘れもしない女性だった。

 

「・・・・おば、さん」

 

未来の母親は、懐かしそうな、それでいてどこか泣き出しそうな顔で頷いた。

ひとまず立たせたままというわけにも行かず、部屋に招き入れる。

テーブルにつかせ、茶を出したまではいいものの。

いざ対面すると、何を話せばいいか分からなくなってしまった。

 

「・・・・未来は?」

「あ、えっと、まだ学校かと・・・・」

 

それでも何か話題をと考えていたところ、小日向夫人に先手を打たれた。

緊張を残しながら、響はたどたどしく答える。

 

「響ちゃんも一緒の高校?」

「ぃ、いえ、わたしはそもそも行ってなくて・・・・ぁ」

 

正直に答えてしまってから、やっちまったと我に返る。

前を見れば、眉をひそめた、どこか心配げな小日向夫人。

 

「あ、でも何にもやってないとかそうじゃなくて!仕事!仕事やってます!ああ、でもでも、後ろ暗いことじゃなくて、真っ当なやつっていうか!人助け・・・・そう!ざっくり言うと人助けやってて、それで・・・・ぁ、あはははは・・・・はは・・・・」

 

まくし立てるように言い分を連ねてみたものの、自分でも何を言っているのか分からなくなり。

最終的に愛想笑いで誤魔化すしか出来なかった。

このときばかりは、不器用な自分を恨めしく思う響。

話題が無くなり、妙な沈黙が降りる。

――――本当は分かっている。

怖がるよりも前に、つくろうよりも前に。

言うべき事があるのを分かっている。

 

「――――ぁ、あの!」

 

だから響は背筋を正して、目の前の彼女に向き合って。

 

「未来、さんのこと、すみませんでした!わたしの我が侭につき合わせて、あっちこっち連れ回して!本当にごめんなさいッ!!」

 

罵声も拳も浴びる覚悟で立ち上がり、頭を下げる。

響にとって、自身の行いは誘拐同然だった。

もちろんそんな気はなかったけれど、目の前の母親から子供を奪ったのは揺ぎ無い事実。

だからせめてもの誠意として、出来る限りのしっかりした謝罪を行った。

胸中に渦巻くのは不安。

ちゃんと伝えられているか、何か無作法をしていないか。

知らないうちに目を瞑り、じっと待とうとして。

 

「・・・・いいのよ」

 

あまり間を置かず、夫人は首を横に振った。

 

「いいのよ・・・・私達にも悪いところはあったんだから」

 

『だから、いいの』。

変わらない真っ直ぐさを持っている、娘の友人へ。

そういいながら、肩に手を置いて。

 

「――――ぇ」

「・・・・ッ!」

 

今度は、そのぞっとするほどの冷たさに目を見開く。

触れられたことに気付いた響は咄嗟に身を引いたが、時既に遅し。

明らかに人間の温度ではないものに触れた手を呆然と見つめ、夫人はどういうことか問いかけようとして。

 

「――――何しているの?」

 

かかる第三者の声。

振り向けば、今帰ってきたらしい未来が突っ立っている。

自身を庇う響と、その前に立つ実の母親。

どういう状況なのか、容易に想像してしまった未来は。

次の瞬間、室内にもかかわらず駆け出し、響と母親の間に割って入った。

 

「響に、何をしたの?」

「み、みく・・・・」

 

必死に響を庇うその顔は、実母に向けていいものではない敵意に満ちていて。

それを目の当たりにした小日向夫人は、少し前を想起する。

あれは春先。

『未来が見つかった』と、とある政府組織から連絡があった時。

夫婦そろって駆けつけてみれば、二年ぶりに会った娘はこうやって敵意をぶつけてきた。

 

『響が戻ってくるまで、待ち続ける』

『あの時味方してくれなかったあなた達を、許したくない』

 

そんな三行半紛いの文言を叩きつけられ、それっきりだったのだ。

 

「未来、大丈夫だよ。おばさんは何もしてないから」

「でも・・・・!」

「未来を連れてっちゃったのは事実だし、わたしにも非がある」

 

どこか興奮気味の未来を、何度も首を横に振りながら宥める響。

 

「家族だから心配して当たり前。急にいなくなったりしたら、なおさらだよ」

 

少し強く、それでいて穏やかに言い切れば。

未来はようやく押し黙った。

 

「・・・・だったら」

 

だが、それも長くは続かない。

 

「だったら、わたしのじゃなくて、響のお母さんが来るべきじゃない・・・・!」

「・・・・連絡してないから、しょうがない。それに、今会ったって、どうしようもない」

 

肩を震わせた未来は、どこか泣き出しそうに呟いて。

響はまた、静かに首を横に振っていた。

 

「・・・・それって、冷たいのと関係があるの?」

 

夫人が問いかけたとき、また敵意。

唇を噛み締めた未来が、鋭い目を向けている。

 

「――――未来、ダメだよ」

 

そしてまた、響に宥められた。

 

「わたしはもう、この結果を飲んでいる。痛みも不便も、納得している・・・・だから、いいんだ」

 

何故か。

最後の言葉が、文面とは別の意味を帯びているように思えた。

まるで、未来へ赦しを告げている様に聞こえた。

 

「・・・・ッ」

 

そう感じたからこそ、夫人は息を呑む。

・・・・こうやって、二人支えあっていたのだろうか。

右も左も分からない土地を歩いて、体に異常が起きるほど苦労して。

それでも相手を思いやりながら、味方が一切いない中を。

たった二人で、死に物狂いで。

今日と言う日まで、生き延びて。

 

「ぉ、お母さん?」

 

はっとなったときには、涙が一粒零れていた。

さすがの未来も戸惑っているようだったが、今は構う余裕がない。

悲しくて、悔しくて、情けなくて。

罪悪感はあれど、娘のためだと思っていた。

これが最善なんだと思っていた。

あの時の自分たちの決断が、こんな結果を生み出すなんて。

こんなにやりきれない光景を生み出すなんて。

 

「あの、おばさん?大丈夫?」

 

響が手を伸ばしてくる。

冷たい自身を気にしてか、遠慮がちだったものの。

わき目も振らずに泣いている、情けない大の大人を気遣ってくれて。

もう、限界だった。

 

「わわ!?」

「ちょっ・・・・!?」

 

二人いっぺんに抱き寄せる。

響の冷たさと、未来の温もりを直に感じて、また涙が溢れる。

どれほど怖い目にあったのか、どれほど辛い目にあったのか。

想像すればするほど、心が罪悪感で満たされる。

 

「・・・・じょうぶ・・・・・だいじょうぶ・・・・」

 

『ごめんね』じゃ、安っぽくなってしまう気がして。

だから『大丈夫』を繰り返す。

 

「大丈夫、もう大丈夫だから・・・・!」

 

例え突き放されたって手放さないよう、強く強く抱きしめる。

 

「今度はちゃんと味方になるから、怖かったり辛かったりしたら頼っていいからぁ・・・・!」

「・・・・おばさん」

 

控えめに抱き返してくる腕。

冷たい、響だ。

温もりを分けるように抱きしめ続ける。

これで響の温もりが戻るか分からないけど、奪ってしまったのは他でもない自分達だから。

 

「だから、もういいの。もう二人だけで頑張らなくていいの・・・・助けを求めて、いいのよ」

 

最後に笑いかける。

暗がりにいたであろうこの子達の、命綱になれるように。

今度こそ、日向へと戻る道しるべになるために。

罪人を自称する少女と、家族を敵視してしまった愛娘へ。

涙で情けなくなったなりの、精一杯の笑顔を浮かべて。

 

「・・・・」

 

未来は、少し驚いているようだった。

大方、連れ戻されるとでも思っていたのだろう。

困惑した様子で、響を見やる。

一方の響は、始めこそ同じように戸惑っていたが。

第三者だからか、何かを察したようで。

ただ笑みを浮かべるだけだった。

未来は困惑したまま、肩口でしゃくりあげる母親を見下ろす。

渋い顔をしたり、悲痛な面持ちになったり、口元を結んだり。

そうやってしばらくの間、百面相をしていた。

 

「――――ふうぅ」

 

やがて観念したように、ゆっくりゆっくり息を吐く。

いくら敵視しているとは言え、親の涙には勝てなかったらしい。

 

「・・・・じゃあ、一個だけ」

「うん、なぁに?」

 

おざなりに涙を拭いながら、微笑みかける母へ。

未来はどこか照れくさそうに目を逸らしながら、続けた。

 

「今度でいいから・・・・料理教えて、ください」

「・・・・ええ、いつでも」

 

早速頼ってくれた娘を、母は優しく抱きしめて。

響は一歩離れた位置から、どこか眩しそうに見守っていた。


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