『一方その頃』
「――――動機はこんなところかしら」
二課の息がかかった医療施設の一つ、存在を秘匿された個室。
匿われていた了子は、見舞いに来た弦十郎へ。
永い物語を語ったところだった。
「ね?悪役らしい身勝手さでしょう」
「・・・・ああ、確かに身勝手だ」
一息置いた彼女は、口元を吊り上げて自嘲する。
対する弦十郎は、数瞬黙ってから口を開いた。
「だが、全部悪いとは思わないな」
しかし次の瞬間には、そんなことをのたまった。
がしがし頭をかきながら、一度目を伏せる。
「始めは私情だったろうが、それでも言語が破壊されたとき、君なりに人が繋がれる方法を模索したんだろう?そこは素直に賞賛すべきだと思う」
「・・・・・けど、人間達が争う原因になったわ」
糾弾されなかったことに動揺して、了子は目を逸らす。
実際、人間たちは与えた技術で殺すことを覚えた。
そこから無辜の人々が恩恵を受ける発明も生み出したものの、やはり了子にとっては苦い出来事として記憶されているらしい。
「技術も道具も、使う人次第だ」
そんな彼女へ、弦十郎はっはっきり断言する。
――――包丁がいい例だろう。
料理はもちろんのこと、『うさぎりんご』をはじめとした飾り切りも出来るが。
ひとたび刃を人間に向ければ、命を奪う凶器へ変貌する。
しかし殺しに使われたからと言って、製造者の罪まで問われるものなのか。
弦十郎はその事柄に対して、はっきり『否』を叩きつけたのだった。
「あなた、甘いってよく言われないかしら?」
「ああ!性分だからな!」
了子はせめてもの抵抗にねめつけるものの。
当の弦十郎はいつも通り快活に笑うだけで、特に気にした様子も無い。
しかしそんな気の抜けた表情も、すぐなりを潜める。
「とはいえ、イチイバルやネフシュタンの強奪を始めとした暗躍は、無視できないものが多い」
「・・・・なるほど、裁きは下すということね」
「ああ、そこでだ」
ここで彼は、あるファイルを了子に渡した。
首を傾げながら受け取った彼女は、早速中身に目を通す。
内容は、ここしばらく行われていた米国との交渉結果だったが。
次々読み進めていた了子は、怪訝な顔からどんどん目を見開き。
最終的には驚愕を全面に現す。
それから呆然と弦十郎を見て、恐る恐る口を開く。
「・・・・正気?」
「本気だぞ?」
にべもなく返ってきた返事に、今度は頭を抱えたくなった。
だがどれだけ唸ろうが、手元の結果は変えられない。
「優秀な頭脳を手放す理由はないし、こちらは君の弱みを握っている。有効活用するほかないだろう?」
「・・・・はは、確かにそうね」
了子は乾いた笑みを零す。
敵わないと思いながら。
この上司の下で動けることに、喜びながら。
『打ち上げ』
米国との交渉も一通り纏まり、『ルナアタック』に関する火消しもほぼ終了。
実に一ヶ月と言う時間がかかったものの、二課はやっと一息つける状況になれた。
「では、改めて紹介する!」
そんな中行われた打ち上げ。
前方に立つ弦十郎の隣に、照れくさそうな響と、恥ずかしげなクリスが並んでいた。
「ガングニールの装者、立花響くんと、イチイバルの装者、雪音クリスくんだ!」
「どーもー」
「よ、よろしく・・・・」
手馴れた様子で笑う響と、俯いたまま小さく一礼するクリス。
それぞれの反応に、大人達の温かい視線と拍手が送られる。
「特に響くんは、うちの正式な職員として迎えることになった。先輩になる連中は、しっかり面倒を見てやってくれ!」
――――本来なら学校に通っている響だったが。
ここではガングニールの侵食が進んでおり、発症した障害の数が夥しいことも相俟って。
通学はせずに、二課で職務につくという選択肢を取っていた。
「あったり前田のよしこさーん!」
「響ちゃんよろしくー!」
弦十郎の言葉に、ノリのいい若手達は威勢よく返事。
彼らの熱意に大いに満足しながら、次へ。
「それからもう一つ!入ってくれ!」
会場の入り口に向け、一声かければ。
ドアが開けられ、一人の人物が歩いてくる。
誰もが知っていて、だからこそ驚愕した彼らはざわつく。
「「・・・・ぎ」」
特に、雇われたり飼われていたりした響とクリスは。
わなわな震えながら、口をぱくぱくさせ。
「「ギャーッ!出たーッ!!」」
「・・・・言い返せないわね、言い返したいけど」
死んだとばかり思っていた彼女を見て、ひしと抱き合った。
「うちの技術主任『櫻井了子』くんが、本日付を以って勤務に復帰することになった」
白衣を揺らした了子は、視線をものともせず堂々と立っていた。
「――――まずは、今まで迷惑をかけてごめんなさい」
前に出て、まずは一礼。
「恥知らずにも、恩情でどうにか戻ってこれました。この恩に報いるため、精一杯努めて行きたいと思います。どうぞ、よろしくお願いします」
懐疑、警戒、困惑。
様々な感情を真正面から受け止めながら、最後にまた深々と一礼した。
「・・・・・思うところもあるやもしれない、だが、これまで培った時間が全て嘘のはずがない!そうだろう!?」
頼れる司令官の問いかけに、一人、また一人と。
同僚や先輩と見合いながら、控え目に頷きあう。
と、ここで音。
拍手だ。
皆が目をやると、翼が薄く笑いながら手を叩いている。
その姿を見た職員達も倣って、拍手。
始めこそまばらだった音は、会場中に満ちる。
「・・・・ありがとう」
喝采溢れる光景を目の当たりにした弦十郎が、了子を見やれば。
いつか自分にも見せた、『敵わない』と言いたげな笑みを浮かべているのが見えた。
『家に帰ったら』
旧リディアン周辺の閉鎖。
本来の物語より影響が少ないとはいえ、転居を余儀なくされた人々がいるのもまた事実。
立ち入り禁止区画に定められた円の中には、未来が住んでいたアパートも含まれてしまっていた。
これを受け、未来と、一緒に住むことになった響の住居は移転が決定。
弦十郎が後見人となり、リディアンの新校舎に近いマンションを借りることになった。
「おおぅ・・・・」
さて。
そんな新居へ、少ない荷物を持って到着した響。
思ったよりも広い部屋と小奇麗な内装に、思わず感嘆の声を上げる。
「なんか、ちょっと申し訳ない気分・・・・」
「あはは、分かる分かる」
同じく新居に圧倒されていた未来が、どこか不安げにこぼした呟きを。
響は苦笑いで肯定した。
「じゃあ、荷解きとか部屋割りとか、ぱぱっと終わらせちゃおう」
「そうだね・・・あ、その前に」
「んん?」
提案にこっくり頷いた未来だったが、ふと、何かを思いついたらしい。
どこか得意げな顔で響の前に回りこむと、両手を広げた。
「響、おかえりなさい!」
何事かと首をかしげる響へ、満面の笑みを向ける未来。
一方の響は少し驚いた顔をしていたが、一瞬泣きそうな顔になってから、穏やかに笑い返す。
「・・・・ん、ただいま」
抱きしめる。
相変わらず温もりは感じられなかったが。
愛しさが溢れているのは、紛れもない事実だった。
『料理』
ある日のこと。
未来は難しい顔でテーブルに座っていた。
恨めしく見つめる先には、真っ黒にこげた食材だったもの。
『響のためになるなら』と、苦手な料理に挑戦してみたものの。
結果は惨敗。
小火などのトラブルが起きなかっただけマシだが、それでも悔しいものは悔しい。
「・・・はぁ」
だが、いつまでもこうしているわけにはいかないと、ため息と共に立ち上がる。
今日も近くのスーパーで、弁当でも買おうと。
まずはこの『おこげ』を処分するべく、皿を手に取ったときだった。
「たっだいまー、何か臭うねー?」
「お、おかえりー!」
出先から帰ってきた響が、鼻をひくつかせながら入ってきた。
未来が隠す暇もなくリビングにたどり着いた彼女は、テーブルの上の皿を目ざとく見つける。
「――――何作ろうとしてたの?」
真っ黒な物体を見て、何をしたのか察したのだろう。
どこかあったかい目になった響が問いかける。
「・・・・に、にくじゃが・・・」
「ふぅん?」
一方の未来は、穴があったら入りたい気分で、俯きながら答えた。
響は特に責めるわけでもなく、ひょっこり皿を覗き込むと。
「ひ、響!?ダメ、焦げてるから!」
徐におこげを一つ摘み上げて、止める間もなく口の中へ。
あわあわする未来の前で、咀嚼してから飲み込んだ。
「うん、香ばしいね」
「そりゃそうでしょ・・・・って、また!?」
焦げているのだから、当たり前っちゃ当たり前の感想なのだが。
呆れる未来の前で、響はまた一つ摘んでいた。
「ダメダメ!!体に悪いし、おいしくないし!」
「人より頑丈だし、味も関係ないから大丈夫」
未来の心配も何のその。
あっという間におこげを平らげた響は、少しはしたなく指先を舐める。
「多少不味くたって平気だから、未来が納得できるまで付き合うよ」
「あう・・・・」
向けられた微笑みに、何も言えなくなってしまって。
未来は顔を真っ赤にして俯かせた。
なお、当然足りなかったので買い物には行ったそうな。