チョイワルビッキーと一途な393   作:数多 命

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お待たせしました、


違和感

「おじゃましまーす」

「あ、お姉ちゃんだ」

 

S.O.N.G.と提携している病院、その一室。

響が顔を覗かせると、先客で賑わっていた。

 

「お母さん!香子に、おばさんまで!」

「こんにちは、響ちゃん」

 

響の母に香子、さらに未来の母まで。

ベッドに横たわった未来の周囲は、だいぶ大所帯になっている。

 

「仕事は?」

「ちょっと抜けてきたんだ、上司にはちゃんと許可貰ってるし、すぐに戻るよ」

 

香子の問いかけに答えながら、ベッド脇に座る響。

――――喀血するほど重症化した未来。

検査の結果、実際は咳のし過ぎによる気管の損傷と診断された。

狼男(シュバルツ)の襲撃という横やりが入りはしたものの、適切な処置を施されたことにより。

何とか快復しつつある。

 

「あ、これ技術班のみんなから」

「ありがとう、皆さんにもお礼言わないと」

「伝えとくよ」

 

りんごの盛り合わせをやり取りして、クスクスと笑い合う響と未来を見て。

未来の母はほっと安堵のため息をつく。

重症だと聞いていた我が子が、大好きな人と一緒に笑い合っている。

何でもない風景は、とても尊いものだった。

 

「響ちゃん、いつもありがとうね」

「いえいえ、娘さんお預かりしてますし、やりたくてやってますし」

 

感謝を述べると、のほほんと手を振る響。

そんな娘の様子を見た響の母もまた、一息つく。

 

「・・・・未成年だけで暮らしてるって、正直心配してたけど。ちゃんとやれてるようね」

「そりゃあ、ね。頼れる大人もいるし、身の程は弁えてるつもりだよ」

「ちゃんと身の程弁えてる子は大怪我こさえてこないの」

「うぐっ・・・・」

 

指先で頭を小突かれて、苦い顔をする響。

一見年相応の表情を見せる娘に、ほんの少しだけ目を細める。

 

「ところで、時間は大丈夫?」

「おっと、そろそろ戻らないと。またね、未来!おばさんもごきげんよー!」

「うん、また明日」

「またね、響ちゃん」

 

指摘されるなり、腕時計を見て立ち上がった響。

未来とその母に手を振って、病室から出ていくのだった。

 

「お姉ちゃん、元気そうだったね」

「そうねぇ」

 

香子のつぶやきに、未来の母は同意するが。

響の母はというと、難しい顔をしている。

 

「どうだか・・・・」

律香(りか)ちゃん?」

 

呆れた声の彼女は、未来の母にいぶかし気な目を向けられると。

肩をすくめて、響が去っていった方を見る。

 

「あの子、見たことないくらいピリピリしてた」

「ええっ?」

「そうですね、すごく気を張っていました」

 

全く予想外だったのか、驚いた声を上げる未来の母。

だが、負けないくらい一緒にいる未来にも言われて、本当なのだと納得する。

 

「・・・・・今度こそ、あの子を守れるといいけれど」

 

物憂げにつぶやく響の母の横顔を、未来の母は心配そうに見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

「――――そォすると起動すんのか?」

 

首都郊外、まだまだ自然が残る(うち捨てられた)工場跡地。

風鳴お抱えの、異端技術の技術者の手元を覗き込みながら。

シュバルツは興味深そうに質問する。

 

「ええ、これもまた聖遺物ですから。他と同じくフォニックゲインを注ぎ込めば十分に」

「へぇ?でも、カミサマクラスとなりゃぁ、大喰らいなんじゃないのか?」

 

タイピングを止めないまま、『その通りです』と技術者は続ける。

そのまま説明を続けようとしたところに、新たな足音がして。

 

すばぅつ(シュバルツ)ぶあぅむ(ヴラゥム)

「おー、来たのか」

「出迎えご苦労、ヴィクター。そして」

 

『フランケンシュタイン』こと、『ヴィクター・カーロフ』の大きな図体の後ろから。

付き人を伴った訃堂が現れた。

 

「ようこそお越しくださいました。雇い主殿」

「――――御託は良い」

 

コートを翻して恭しく頭を下げるヴラゥムを一蹴し、訃堂は簒奪した『シェム・ハの腕輪』を見やる。

 

「守備は?」

「順調そうだぜ?カラクリはよう分からんが・・・・」

 

シュバルツもヴラゥムも、同じ位置まで下がって事の成り行きを見守ることにした。

 

「――――先ほど、起動の為のフォニックゲインをどこから調達するのかという話をしていましたね?」

「あー、そんな話してたな」

「簡単です、フォニックゲインが集まりやすい場所から、少しずつ失敬していけばいい」

 

『始めます』と、エンターキーを押して。

腕輪への注入を開始しながら、技術者は続ける。

 

「一度に採取出来る量は微々たるものですが、この国だけでもどれほどのミュージックライブが開催されていると思います?」

「ああー、なるほど、年間でも相当量だよな。もしかして年数かけてやってたりするんか?」

「もちろん、なんなら先日の翼様のライブからも少々頂きました」

「ヒュゥ。いいねェ、古き良き『モッタイナイ』というやつか」

 

ケラケラ笑ったシュバルツだったが、訃堂のねめつける視線を受けて肩をすくめる。

その表情は、微塵も悪いと思っている様子が見受けられなかった。

 

「フォニックゲイン充填、そろそろ終了・・・・ッ!?」

 

そんなやり取りを背後に、技術者が淡々と作業を行っていた時だった。

これまでなんでもなかった数値が、いきなり危険域まで跳ね上がる。

荒れ狂うエネルギーに、ずっと平坦だった技術者の顔に初めて『焦り』が浮かんだ。

 

「これは、『腕輪』の力がセーフティを上回って・・・・!?いかん、『ディーシュピネ』が破れる!!」

 

バルベルデより持ち帰った異端技術の一つ、あのオペラハウスを守っていた絶対守護の結界が。

耐え切れずに、破れ散る。

 

「ぐああッ!!」

 

轟音、衝撃、極光。

三様の暴力に見舞われて、技術者は木の葉の様に吹き飛んだ。

 

「『ディーシュピネ』が破れたってことは・・・・」

「ああ、彼女達が感づくだろうな」

 

転がった技術者を、ヴィクターがつついているのを横目に。

冷静に状況を確認するヴラゥムとシュバルツ。

事実として、今しがたのエネルギー反応はS.O.N.G.に捕捉されていた。

歌女どもも、時期にここへ来るだろう。

 

「っつーわけだ、じいさんはここでお暇しとけ」

「『シェム・ハの腕輪』も、お忘れなきよう・・・・ひとまず今は、『おめでとうございます』とお喜びを申し上げます」

「ふん、言われずとも」

 

怪物たちの進言に、訃堂は鼻を鳴らして。

部下たちを伴って踵を返す。

 

「『客人』は私がもてなそう、その方が彼女達も冷静さを欠くだろうから、時間稼ぎになるはずだ」

「俺も出る。じいさん達は任せたぜ、ヴィクター」

「あいあい」

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

――――郊外の山林地帯に、アウフヴァッヘンと思しき高エネルギー反応が観測された。

元より放置できないのは当然として、ロスアラモスから奪われた腕輪の可能性も否定できないので。

出撃することに。

ヘリから飛び降りてみれば、案の定なノイズの群れと。

 

「これはこれは、こんなところまでご足労頂くとは」

「ヨーオ!こないだぶりだなァ!?」

 

ヴラゥム、シュバルツの、因縁ありまくりな二人が待ち構えていた。

片や優雅にマントを靡かせて、片や牙を剥いてにんまり嘲笑して。

明らかにこっちを煽ってきていた。

この野郎・・・・。

 

「逃げられると思うなよ」

 

自分でもびっくりするほどドスの利いた声が喉から出て、それが開戦の合図になった。

飛び出して、シュバルツの拳と撃ち合う。

殴打とは思えない、硬く重たい音が響いている中で。

翼さんはヴラゥムと斬り結んでいた。

ライブのこともあるから、少し心配していたけれど。

マリアさんとミラアルクちゃんが連携を取ることで、何とか理性を保っている様だった。

でもやっぱり顔がやばいよ・・・・。

目なんかだいぶ血走ってるように見えるし・・・・。

 

「よそ見たぁいい御身分じゃねぇか!!」

「・・・・ッ」

 

シュバルツの『みだれひっかき』を避けたり受け止めたりして。

わたしも戦闘に集中する。

叩きつけを殴り上げて、ガラ空きの胴体に一発。

続けざまにもう一発ぶち込めば、さすがのシュバルツも体をよろめかせる。

 

「逃がさないッ!!」

「オラァッ!!」

 

その隙を見逃さず、クリスちゃんとヴァネッサさんが一斉掃射。

奴は素早い動きで逃れたけど、ペースを崩し続けることは出来ている。

ちなみに、調ちゃんと切歌ちゃんは、ヴィクターを追跡中だ。

エルザちゃんがばっちり臭いを覚えていて、『臭いはするのに姿が見えない』ってんで。

一緒に追いかけている次第。

いやぁ、優秀!!

 

「せやッ!!」

 

足払いで大きく傾いたところへ、ダメ押しの蹴り飛ばし。

シュバルツは俊敏な動きで回避しつつ立て直すけど、その直後へヴァネッサさんが肉弾戦をしかける。

まずは鼻っ柱に一発。

右の薙ぎ払いを受け止めると、胴体に叩き込む。

 

「ぐえ、ッこの・・・・!」

「ッああ!」

 

一瞬えづいたシュバルツだけど、すぐに反撃のストレートを繰り出す。

もろにくらって吹っ飛んだヴァネッサさんを、クリスちゃんがキャッチするのを横目に。

またわたしが突っ込む。

相手がサマーソルトを放ってきたので、一度踏みとどまってから。

スカしたところへ一発。

だけど、受け止められてお返しとばかりに拳が来る。

 

「づッ・・・・!」

 

クソッ、一撃が重い・・・・!

バケモノに改造されてるだけあって、膂力が半端なくなってる・・・・!

何とか後ろに飛んで勢いを殺したけど、こりゃ痣になってるな。

いってぇ・・・・!

 

「ハッハァッ!いい気味だな!!あのファフニールが屁でもねぇや!!」

 

這いつくばるわたしを見て、ゲラゲラ笑うシュバルツ。

覚えてろよクソ犬がよ・・・・!!

 

「ぐあッ・・・・!」

「翼ッ!!」

 

必死に立ち上がろうとしている横に、翼さんが転がってくる。

ヴラゥムの方を見ると、自分の血液を羽衣の様に漂わせている姿が見えた。

なるほど、ああやって循環させて貧血防いでるのか。

いや、感心してる場合じゃねぇ!!

 

「ッおのれ・・・・!!」

 

――――あのライブ以来、翼さんはどうもメンタルがガタついてる節がある。

本調子じゃないのが、素人目でも手に取る様に分かる。

普段なら、あんな奴鎧袖一触なのに・・・・!!

・・・・・いや。

 

(ちょっと、待て)

 

おかしくないか?

そりゃ、目の前で助けられなかった悔しさは痛いほどに分かるし。

ショックをしばらく引きずるのも分かる。

でも、ここまでなるか?

ここまで、調子が崩れる人だったか?

 

「・・・・・ッ」

 

凝視していたからか、翼さんと目が合う。

その瞳は相変わらず充血・・・・・いや、違う。

染まっている?

 

「――――翼さん?」

 

思わず、問いかけた時だった。

 

「よそ見たぁ随分余裕じゃねェーか!!ファフニール!!」

「ッ、しまっ――――」

 

シュバルツが、爪を存分に奮って斬撃を飛ばしてくる。

わたしは避けられる、でも翼さんが直撃コースだ・・・・!

 

「おのれ・・・・!」

 

翼さんは迎撃する気満々だけど、まともに起き上がれる様子はない。

・・・・しかたない!

 

「翼さん!!」

「立花!?」

 

『突き飛ばす』と結論付けるまで、コンマ数秒。

『弱っていて』『自分よりも強い人』を、少しでも庇うために。

自分の体を、盾にする。

 

「ッ立花アァ!!!」

 

一瞬、暗転。

体が燃える様に熱くなって、すぐに冷えてくる。

背中もちょっと痛い、地面に撃ったなこりゃ・・・・。

 

「立花、気を確かに!しっかりしろ!」

 

泣きそうになってる翼さんが、顔をぺしぺししながら声をかけてくる。

ああ、すみません。

大変な時に、こんなことになっちゃって。

 

「――――む」

「ヴィクターか?」

「ああ、『無事に退避完了』、だそうだ」

 

・・・・・奴らの会話が聞こえた。

まずい、逃げるつもりだ。

 

「あ、ぐ・・・・!」

「立花!立花!」

 

ダメだ、口も声も思い通りにならない・・・・!

 

「逃げるつもりか!?」

「ッさせるものですか!!」

 

クリスちゃんとヴァネッサさんの声。

逃亡に気付いたか・・・・よかった・・・・。

 

「響!聞こえる!?眠ってはダメ!起きて!起きろ!寝るな!!」

 

マリアさんの容赦ないバシバシに、何とか意識を繋ごうとしたけれど。

やっぱり無理だった・・・・。

 

「・・・・ッ」

 

薄れる意識の中、もう一度翼さんを伺い見てみる。

必死にわたしを起こそうとしているその瞳は、やっぱり赤かった。




XVを象徴するアレは、多分次回くらいですかね・・・・。

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