誠にありがとうございます。
特にご感想は、お返事出来ていませんがきちんと目を通しています。
『風鳴翼、惨劇のライブ再び』
『ライブ会場で大規模テロ、十万人死ぬ』
『十万死亡、警戒空しく』
惨劇の翌朝、自宅マンション。
どこのチャンネルも、まさに昨夜起こった惨劇に夢中だ。
・・・・それもそうだろう。
一般の生存者は両手の指で足りるかどうか。
そのわずかばかりの命達も、残らず致命傷により生死をさ迷っていると言う。
そんな大事件を、放っておくわけがない。
テレビを消して、未来はソファに深く倒れ込む。
クッションをきつく抱きしめて思うのは、ここにいない響のこと。
センセーショナルな現場にいた彼女は今、S.O.N.G.で治療を受けているはずだ。
幸い軽傷(S.O.N.G.基準)なので、今日にも帰ってくるそうだが。
未来が気にするのは、そこではなかった。
「・・・・響」
友里からの通信で聞かされた。
襲撃犯が、響を、『ファフニール』を恨んでいるらしいということ。
おそらくそいつらが徒党を組んでいるらしいということ。
『何か知っていることがあったら教えてほしい』と言われたので、未来は覚えている限りのことを答えた。
「・・・・・どうして」
かつて、文字通り死にたくなるほどに後悔した過去が。
容赦なく牙を剥いて襲い掛かってきている。
身を抉り、心を抉り、ボロボロになった様をあざ笑われる。
そんな記憶と常に向き合いながら戦わねばならない響を思い、考えることは一つ。
(どうして、わたしはそこにいないの?)
響が戦うと確信すると同時に、悔しさに奥歯を噛む。
あの旅路が原因であるのなら、響だけに押し付けてはいけないのに。
思うように動いてくれなくなったこの体は、隣に立つことを許されない。
・・・・傷つく響を、癒すことすらできない。
「ッごほ・・・・!」
咳き込む。
それだけならいつも通りだが、今日は喉の異物感が強い。
「げぇ、ほ・・・・!」
手に、濡れた感覚。
震えながら、目をやれば。
真っ赤な液体が、鉄のにおいを立ち上らせながらこびりついていた。
「・・・・なんで」
拭わないまま、握りしめて。
うずくまる。
「なんで、今なの」
響に試練が降りかかるのも、自分の命が削れるのも。
「なんで・・・・今なのよ・・・・!!」
握って絞られた血が、腕を伝ってソファに落ちる。
円形の赤いシミが出来てしまうが、構う余裕はない。
「ごめんなさい・・・・ごめんなさい・・・・!」
体を震わせながら、届かぬ謝罪を絞り出す。
「ひびき・・・・ひびき・・・・ひびき・・・・!!」
どうにも出来ない現実を目の前に。
少女は苦しみを吐露するだけ。
◆ ◆ ◆
惨劇から一晩、S.O.N.G.本部。
運び込まれたわたし達は治療を受けていた。
幸い身体はそんなに傷ついていない。
わたしは全身打撲、翼さんが背中に怪我を負ったくらいだけど。
治癒布を使ってしまえば一日も経たずに治っちゃうから、S.O.N.G.では『軽傷』の域に入る。
・・・・・だけど、心の方は割とやられている。
マリアさんは不測の事態に対応できなかったことを悔やんでいて、翼さんは四年前の焼き増しを止められなかったことを悔やんでいて。
そして、わたしは。
自分の自業自得が、無辜の人々を食い荒らしたことに。
浅はかにも心を乱していた。
「――――あの日会場に現れた『吸血鬼』は、ルーマニア系のマフィア『
泣いてしまわないように、声が震えてしまわないように。
感情を殺しつくして、あの日の下手人の情報を話す。
・・・・四年前の旅路が、中東に差し掛かった頃のことだ。
すっかり『ファフニール』の名前が定着して、恐れられていたわたしに。
人のよさそうな顔で話しかけてきたのがヴラゥムだった。
すっと耳に入ってくるような、少し不思議な声をしていたあいつは。
わたしの心をあっという間に懐柔して、組織に引き入れたんだ。
・・・・秘密裏に未来を殺して、あたかも誘拐されたかのように振る舞った後。
居もしない未来を捜索するという名目で、わたしを飼い殺すというマッチポンプを企てていたので。
期待通りもろともに潰してやったんだったか。
「・・・・喉を裂いたので、殺したと思っていたんですけどね」
向かい合う司令さんは、どこか泣きそうな顔をしつつ。
耳を傾けてくれている。
「多分、アメリカの戦艦を襲撃したのもその類ですよ。わたしをファフニールだなんて呼ぶのは、わたしを恨んでる連中ぐらいなもんで」
「・・・・そうか」
開いた古傷と、新たに出来た傷。
二つの痛みは、想像以上にわたしを蝕んでいるらしい。
司令さんの表情は、一向に明るくならなかった。
「情報提供感謝する、あとはゆっくり休んで次に備えてくれ」
それでも、やっぱり優しい人だから。
次の瞬間にはぱっと笑って、頭を撫でまわしてくれる。
「奴らに好き勝手させたくないなら、怪我したままより、完治してからの方がいいだろう?」
そして、納得しやすい言葉で落ち着かせてくれた。
「・・・・はい」
逆らう理由もないので、こっくり頷くと。
司令さんも同じく何度も頷きながら、休む決断を誉めてくれた。
それから、『まだやることがあるから』と病室を出ていく。
手を振ると、振り返してくれた。
◆ ◆ ◆
一瞬立ち止まってから、歩き出す。
歩みを進める毎に、表情は段々と険しくなっていって。
すっかり泣きそうな顔に変貌した。
(何故だ・・・・何故だ・・・・!!)
荒々しく踏み鳴らしながら、頭を掻き毟る。
(何故、あんな子供にばかり・・・・試練とは名ばかりの、地獄が与えられるんだ・・・・!!)
一度堰が切られてしまうと、止まらなくなる。
今年でやっと成人する者や、あるいは少し前に成人したばかりの。
まだまだその胸に、夢と、希望と、眩いばかりの光を抱いている年頃の少女達。
そうだ、まだたったの二十年前後しか生きていない。
若い美空の、子ども達なのだ。
だというのに、現状はどうだ。
響も、翼も、マリアも。
いや、他の適合者達も。
下手したら、弦十郎よりも重い因果を背負っている。
(・・・・いや)
ふと、足を止めて。
数瞬だけ表情をなくした弦十郎は、
(その片棒を担いでいる俺も、同罪か)
次の瞬間、自嘲に満ちた笑みを浮かべたのだった。
(・・・・せめて)
再び歩き出しながら、口元を引き締める。
(あの子達が、これ以上苦しむことが無いようにしなければ)
大人としての責任を、改めて覚悟しながら。
「マリア、大丈夫デスか?」
「無理はしないで」
「ありがとう二人とも、もうピンシャンよ」
そのまた翌日、S.O.N.G.。
怪我が完治した響、翼、マリアの三人も含めた装者達が勢ぞろいし、情報整理の場に並んでいる。
「・・・・先輩も、その、なんかあったら言ってくれよ」
「・・・・ああ」
「あ、もちろんバカもな!」
「・・・・うん、ありがと」
それぞれが、先の襲撃で傷ついた者たちを気遣う中。
ミーティングが始まろうとしたところで。
『――――果敢無き哉』
モニターに露得たご老公に、何人かは『うへぇ』と言いたげな顔をした。
『夷狄の思うがままにさせおって、装者を三人も動員しておきながらこの体たらく。防人の血を辱めるなといったはずだぞ』
「・・・・面目次第もございません」
弦十郎に異論はなく、ただ頭を低くする他ない。
現場にいた翼、マリア、響の三人も。
俯いたり、口元を噛み締めたり、眉間にしわを寄せたりと。
各々が自分の不甲斐なさを改めて痛感していた。
『翼』
「ッはい」
矛先は、翼へも向けられる。
『此度のことで、骨身に染みたことだろう。歌で守るなぞ、夢のまた夢であると』
「それは・・・・!」
心の主軸を、真っ向から否定する言葉。
翼が何か返そうとする前に、たたみかけられる。
『では何故十万も死んだ?何故十万程度守れなかった?』
「そ、れは・・・・私が、下手人の行動を、読めなかったから・・・・」
『違う、その体に流る血を軽んじたからだ』
訃堂が言葉を投げる度、冷酷に責め立てる度。
翼の視界が、ちかちかする。
赤く、赤く、明滅する。
『いい加減に現実を見よ、歌では何も守れぬと』
「・・・・ッ」
頭がぼうっとして、目の前が真っ赤になりかけて。
『――――お言葉ですが』
メインモニター。
刀身に北斗七星が描かれた剣と、天秤を掲げた家紋が。
訃堂を押しのける様に並ぶ。
『先のライブにおいて、警備責任は日本政府にあったはず。S.O.N.G.は装者三名を貸し出したに過ぎません』
『――――
訃堂の忌々し気な声に、画面が切り替わる。
現れた女性に、そこにいた誰もが声を上げた。
翼に年月と貫録を備えさせたような顔。
有体に言って、そっくりだったのである。
――――それもそうだろう。
『そも、風鳴翼が適合者として知られた時点で、この程度の事態は想定出来て当然です』
彼女の名前は、生剣
『だが、愚息共が対応出来なんだこともまた事実!!防人の血を継いでおきながら、この体たらくをなんとする!?』
『此度現れた賊は、己の血液を介して他者を操る能力を持っています。初見で十全に対応しろという方が、土台無理な話かと』
双方一歩も譲らず。
両者の間にある因縁を知っても知らずとも、剣呑な空気が濃く深くなっていくのが分かる。
『《歌では何も守れぬ》などと、釈迦に説法をする暇がございましたら。御下の警備体制を見直しては如何です?』
『・・・・ッ』
無機質な目に、再び忌々し気にした訃堂。
今度は舌打ちをして、通信を切った。
『――――無論』
そこで終わるかと思いきや、次は弦十郎が標的になる。
『貴方達も二度目はありませんよ。同じ失態を続けようものなら、《風鳴殺し》が黙っていないこと、努々忘れぬように』
翼の目と、温度のない視線で向き合いながら。
「・・・・ああ、分かっているよ。義姉さん」
弦十郎の視線に、鼻を鳴らした伴薙は。
そのまま実の娘へ何か言うでもなく、通信を終わらせたのだった。
「・・・・翼さん?」
「ッ、ぅ、あ・・・・ああ、案ずるな」
通信が途切れてもなお、モニターを見つめ続けていた翼に。
尋常ではない気配を感じた調が話しかけると。
翼は肩を跳ね上げて我に返り、笑顔を見せる。
・・・・明らかに、大丈夫ではない顔だったが。
それ以上追及してしまえば、更に傷つけてしまいそうで。
だから、調は何も言えなくなった。
(・・・・でも)
しかし、それで諦めるつもりはなかった。
だって、誓ったのだ。
かつて歌を重ねたあの日に。
一人にしないと、決意したのだ。
もちろん、マリアや響も気がかりだし。
切歌のことも蔑ろにするつもりはない。
しかし、それを踏まえても。
翼の様子は尋常ではなかった。
(私はもう、誰かに歩み寄るのは怖くない)
誰も見ていないところで、静かに口元を結んだ。
オリキャラ解説
ヴラゥム・ドラグリア
名前は『ブラム・ストーカー』と、ドラキュラの語源『
戦闘力はないが、人心掌握が得意だった。
作中で語られたように、マッチポンプで響を組織に定着させ。
ついでに己の地位も確率させようとしたが、見事に失敗した。
生剣
AXZ編で名前を出しそびれていた翼ママ。
翼さんを老け・・・・もとい、大人っぽくしたらこんな感じだろうなというビジュアル。
今のところ、元夫にも実の娘にも塩対応。
訃堂にも辛辣。
着物の小豆色はもちろん、菖蒲、柊、千鳥は全て厄払いのゲン担ぎ。
イメージCV久川綾。