チョイワルビッキーと一途な393   作:数多 命

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143エピソード第二弾です。


閑話:小ネタ16

『贈られたもの』

 

「名前を、贈ろうと思うの」

 

――――望んだ場所に辿り着けなくて。

取り返しのつかなさに、呆然としていたところを拾ってもらった日。

米やどんぐり等の穀物を煮込んだ粥を、舐める様にゆっくり食べているところへ。

かがり火に照らされたその人は、そんなことを言ってきた。

 

「な、まえ」

「ええ」

 

教科書よりも幼い姿の彼女は、頷く。

 

「あなたの目的も、あなたの願いも『見/観/視』()えている。止めたところで、突き進むのをやめないでしょう」

 

だけど、と。

己の目元に、そっと触れて。

 

「あなたが深手を負っているのもまた、『見/観/視』()えているの。身も、心もね」

 

目が向けられる。

彼女を女王たらしめる、森羅万象を見通す視線が。

そっと、気遣うようにこちらを捉えた。

 

「だから、ここに留まりなさい。留まって、いろいろな知識を吸収なさい」

 

朗々と語る声は、不思議と耳に入り。

その言葉は、胸と心に鎮座する。

 

「・・・・・そうすることで、少しでもよい結果を掴めるはずだから」

 

まるで。

賢人が訪ねてきて、どっしりと居座るような感覚だ。

 

「・・・・・私の、目的を・・・・知ったうえで言っているの?」

「ええ」

「・・・・酔狂ね」

「そう思うわ」

 

困ったような笑みに、国の長たる威厳はなく。

あたたかい顔は、どこか懐かしいものを彷彿とさせた。

 

「・・・・・それで」

 

とはいえ、他に道はなさそうだ。

まだ『日本』という名前すらない、まさに黎明期。

仮にうまく断れて集落の外に出たところで、なんの手も入っていない厳しい自然環境が牙を剥いてくるだろう。

野垂れ死ぬのがオチだ。

 

「どんな名前になるのかしら」

 

やや温くなった粥を見つめてから、その人に目を移す。

すると、おもむろに立ち上がった彼女は、積まれていた木簡をあさり始めた。

 

「えっと・・・・これ・・・・ぃゃ、違う・・・・少し・・・・」

 

ぶつぶつ呟きながら流し読むこと、数分。

 

「――――壱与(イヨ)、はどう?」

 

粥を食べ終えた頃に、納得のいく結果を得たらしい。

満足げに笑みを浮かべて、二つの木簡を持ってきた。

 

「大陸の呪い師の、笛音(ディーイン)様に教えていただいたの。これが、一番・・・・最初とか、とても良いという意味で」

 

『文字はこれよ』と、広げたそれぞれを指さして。

伝えてくれる。

 

「こっちが与える、誰かに譲ったり、施したりという意味だそうよ」

 

『そういえばこの時代には紙がないのだった』と思い出している横。

きらきらと、明るい顔で。

彼女は言うのだ。

 

「一番愛したが故に、一番傷ついてきた貴女が・・・・・一番欲したものを、与えられますように」

 

・・・・・いいのだろうか。

与えられても、いいのだろうか。

殺めて、奪って、壊して。

そうまでしてとんでもない失態を犯してしまった自分が。

ずっと、ずっと、切望したものを。

与えられて、いいのだろうか。

 

「いいのよ」

 

そんな心を見透かされたのか、頬が両手に包まれる。

 

「与えられて、いいのよ」

 

病に伏せた我が子へ、母親がするように。

額同士をくっつけあう。

 

「大好きだったのよね、大切だったのよね。だからここに来たのだものね」

 

穏やかに語り掛けてくる声は、生まれた闇を掃ってくれた。

 

「だから、いいじゃない。少しくらい報われたって・・・・いいじゃない」

 

そっと、抱き寄せられる。

・・・・・例え千年前であろうとも、変わらない。

人の温もりと、聞いているだけで落ち着く鼓動に。

音もなく降りるフクロウのように、目蓋を降ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『そんな遭遇』

 

――――サンジェルマンが彼女と出会ったのは。

結社に属しながら、他所の組織に情報を渡した裏切り者の始末に動いていた時だった。

戦闘力こそ大したことはないものの、隠れることに関しては頭一つ飛び出た集団だった。

だからこそ、アダムも重宝していたのだが・・・・。

挙句、逃げ足も速いと来た。

既にサンジェルマンは、これまで四回も逃げられている。

 

「――――こんばんは」

 

五度目の正直とばかりに、彼らを追いかけていた頃。

いい加減、この追いかけっこにもうんざりしてきた時だった。

 

「・・・・あなたは?」

「イヨ、と申します」

 

月明かりに照らされて、白い衣装を暗闇に映えさせたそいつは。

探し回っていた集団の構成員を一人、踏みつけた状態で捕獲していた。

 

「これは、あなたが?」

「ええ」

 

『イヨ』と名乗った彼女は足を退けると、構成員の首根っこを引っ掴んで。

サンジェルマンへ投げて渡す。

地面に転がった構成員は、低く苦悶の声を上げた。

 

「・・・・何が目的?」

「率直に申しますと、傘下に加わりたく」

 

そして、怪訝な目を向けたサンジェルマンへ。

恭しく膝をついて一礼したのだった。

・・・・少なくとも、攻撃の意思は感じられない。

だが、同時に意図も分からない。

豹変する可能性も捨てきれないが、判断材料がない。

 

「・・・・結社に入りたいと?」

「その通りです」

 

サンジェルマンは見据える。

大きな目玉が描かれた布面が、静かに揺れる様を。

 

「・・・・あなたを引き入れたとして、こちらに見返りはあるのかしら」

「そうですね、占いや呪いは得意中の得意です」

 

相手を測るべく問いを投げれば、人差し指を立ててすらすらと答えるイヨ。

 

「差し当たって、今貴女が追っている集団を見つけることが出来ますが、如何なさいます?」

 

まるでオススメを紹介する商人のように、両手を合わせて声を弾ませる。

サンジェルマンは、しばし沈黙した。

はっきり言って、まだまだ信用に足らない。

だが、やはり敵と断じるにも情報が足らない。

 

(・・・・手をこまねくくらいなら、いっそ採用してみるのも有り、かしら)

 

結論付けたサンジェルマンは、手を顎から離して。

イヨを見やる。

 

「・・・・・いいでしょう。そこまで豪語するのなら、ひとまず腕前を見せてもらおうかしら」

「まあ」

「ただし」

 

一見糠喜びを装うイヨへ、語気を強めて。

 

「こちらが使えないと判断した場合、採用の話はそれまでとさせてもらうわ。構わないわね?」

「ええ、ええ。一向に構いませんとも、力量を見ていただけるならば、それでも」

 

大きな目玉が描かれた布面が、ころころと心底嬉しそうに笑う様は。

ある種のシュルレアリスムさを醸し出しながらも、どこか可憐で。

 

(また、個性的な奴が現れたものね)

 

既に幹部として活躍している、カリオストロとプレラーティを思い出しながら。

サンジェルマンは、ひっそり息を吐いたのだった。




AXZ編オリキャラ

イヨ
パヴァリア光明結社の手先として現れた錬金術師。
その正体は、並行世界の未来(みらい)から来た『小日向未来』その人である。
AXZ事変後も続いた激しい戦いの末に、命に等しく大事だった響を失い。
結果として、響に甘え尽くしだった過去の自分を激しく憎悪するようになる。
自分が消えても構わない、ただ、響が生きてくれるなら。
他は何もいらなかった。
その愛の深さと重さの一旦は、『想い出』ではなく『愛』の焼却で錬金術を行使していたことから伺える。
なお、計画通りに未来(みく)を殺せていたら、次のターゲットは『鎌倉』だった。
『風鳴本家』の半径数百キロを徹底的に焼き尽くす計画だったようだ。
『あいつぜってぇ逃がさねぇ』という決意を感じる。



ヒミコ
言わずと知れた日本最古の女王様、教科書ほどふっくらしていない。
もはや『魔眼』とも呼べる凄まじい性能を持った『千里眼』の持ち主であり、その双眸に見透かせぬものはない。
それを用いた占いによる政治で、争いの絶えなかった八島に平穏をもたらした。
本人の性格はいたって温厚。
年頃の少女らしい愛らしさもある一方で、慈愛に溢れ、民や臣下を思いやる優しい心根の持ち主だった。
戦闘力は皆無であるものの、イヨが唯一勝てない人物である。

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