『贈られたもの』
「名前を、贈ろうと思うの」
――――望んだ場所に辿り着けなくて。
取り返しのつかなさに、呆然としていたところを拾ってもらった日。
米やどんぐり等の穀物を煮込んだ粥を、舐める様にゆっくり食べているところへ。
かがり火に照らされたその人は、そんなことを言ってきた。
「な、まえ」
「ええ」
教科書よりも幼い姿の彼女は、頷く。
「あなたの目的も、あなたの願いも
だけど、と。
己の目元に、そっと触れて。
「あなたが深手を負っているのもまた、
目が向けられる。
彼女を女王たらしめる、森羅万象を見通す視線が。
そっと、気遣うようにこちらを捉えた。
「だから、ここに留まりなさい。留まって、いろいろな知識を吸収なさい」
朗々と語る声は、不思議と耳に入り。
その言葉は、胸と心に鎮座する。
「・・・・・そうすることで、少しでもよい結果を掴めるはずだから」
まるで。
賢人が訪ねてきて、どっしりと居座るような感覚だ。
「・・・・・私の、目的を・・・・知ったうえで言っているの?」
「ええ」
「・・・・酔狂ね」
「そう思うわ」
困ったような笑みに、国の長たる威厳はなく。
あたたかい顔は、どこか懐かしいものを彷彿とさせた。
「・・・・・それで」
とはいえ、他に道はなさそうだ。
まだ『日本』という名前すらない、まさに黎明期。
仮にうまく断れて集落の外に出たところで、なんの手も入っていない厳しい自然環境が牙を剥いてくるだろう。
野垂れ死ぬのがオチだ。
「どんな名前になるのかしら」
やや温くなった粥を見つめてから、その人に目を移す。
すると、おもむろに立ち上がった彼女は、積まれていた木簡をあさり始めた。
「えっと・・・・これ・・・・ぃゃ、違う・・・・少し・・・・」
ぶつぶつ呟きながら流し読むこと、数分。
「――――
粥を食べ終えた頃に、納得のいく結果を得たらしい。
満足げに笑みを浮かべて、二つの木簡を持ってきた。
「大陸の呪い師の、
『文字はこれよ』と、広げたそれぞれを指さして。
伝えてくれる。
「こっちが与える、誰かに譲ったり、施したりという意味だそうよ」
『そういえばこの時代には紙がないのだった』と思い出している横。
きらきらと、明るい顔で。
彼女は言うのだ。
「一番愛したが故に、一番傷ついてきた貴女が・・・・・一番欲したものを、与えられますように」
・・・・・いいのだろうか。
与えられても、いいのだろうか。
殺めて、奪って、壊して。
そうまでしてとんでもない失態を犯してしまった自分が。
ずっと、ずっと、切望したものを。
与えられて、いいのだろうか。
「いいのよ」
そんな心を見透かされたのか、頬が両手に包まれる。
「与えられて、いいのよ」
病に伏せた我が子へ、母親がするように。
額同士をくっつけあう。
「大好きだったのよね、大切だったのよね。だからここに来たのだものね」
穏やかに語り掛けてくる声は、生まれた闇を掃ってくれた。
「だから、いいじゃない。少しくらい報われたって・・・・いいじゃない」
そっと、抱き寄せられる。
・・・・・例え千年前であろうとも、変わらない。
人の温もりと、聞いているだけで落ち着く鼓動に。
音もなく降りるフクロウのように、目蓋を降ろした。
『そんな遭遇』
――――サンジェルマンが彼女と出会ったのは。
結社に属しながら、他所の組織に情報を渡した裏切り者の始末に動いていた時だった。
戦闘力こそ大したことはないものの、隠れることに関しては頭一つ飛び出た集団だった。
だからこそ、アダムも重宝していたのだが・・・・。
挙句、逃げ足も速いと来た。
既にサンジェルマンは、これまで四回も逃げられている。
「――――こんばんは」
五度目の正直とばかりに、彼らを追いかけていた頃。
いい加減、この追いかけっこにもうんざりしてきた時だった。
「・・・・あなたは?」
「イヨ、と申します」
月明かりに照らされて、白い衣装を暗闇に映えさせたそいつは。
探し回っていた集団の構成員を一人、踏みつけた状態で捕獲していた。
「これは、あなたが?」
「ええ」
『イヨ』と名乗った彼女は足を退けると、構成員の首根っこを引っ掴んで。
サンジェルマンへ投げて渡す。
地面に転がった構成員は、低く苦悶の声を上げた。
「・・・・何が目的?」
「率直に申しますと、傘下に加わりたく」
そして、怪訝な目を向けたサンジェルマンへ。
恭しく膝をついて一礼したのだった。
・・・・少なくとも、攻撃の意思は感じられない。
だが、同時に意図も分からない。
豹変する可能性も捨てきれないが、判断材料がない。
「・・・・結社に入りたいと?」
「その通りです」
サンジェルマンは見据える。
大きな目玉が描かれた布面が、静かに揺れる様を。
「・・・・あなたを引き入れたとして、こちらに見返りはあるのかしら」
「そうですね、占いや呪いは得意中の得意です」
相手を測るべく問いを投げれば、人差し指を立ててすらすらと答えるイヨ。
「差し当たって、今貴女が追っている集団を見つけることが出来ますが、如何なさいます?」
まるでオススメを紹介する商人のように、両手を合わせて声を弾ませる。
サンジェルマンは、しばし沈黙した。
はっきり言って、まだまだ信用に足らない。
だが、やはり敵と断じるにも情報が足らない。
(・・・・手をこまねくくらいなら、いっそ採用してみるのも有り、かしら)
結論付けたサンジェルマンは、手を顎から離して。
イヨを見やる。
「・・・・・いいでしょう。そこまで豪語するのなら、ひとまず腕前を見せてもらおうかしら」
「まあ」
「ただし」
一見糠喜びを装うイヨへ、語気を強めて。
「こちらが使えないと判断した場合、採用の話はそれまでとさせてもらうわ。構わないわね?」
「ええ、ええ。一向に構いませんとも、力量を見ていただけるならば、それでも」
大きな目玉が描かれた布面が、ころころと心底嬉しそうに笑う様は。
ある種のシュルレアリスムさを醸し出しながらも、どこか可憐で。
(また、個性的な奴が現れたものね)
既に幹部として活躍している、カリオストロとプレラーティを思い出しながら。
サンジェルマンは、ひっそり息を吐いたのだった。
AXZ編オリキャラ
イヨ
パヴァリア光明結社の手先として現れた錬金術師。
その正体は、並行世界の
AXZ事変後も続いた激しい戦いの末に、命に等しく大事だった響を失い。
結果として、響に甘え尽くしだった過去の自分を激しく憎悪するようになる。
自分が消えても構わない、ただ、響が生きてくれるなら。
他は何もいらなかった。
その愛の深さと重さの一旦は、『想い出』ではなく『愛』の焼却で錬金術を行使していたことから伺える。
なお、計画通りに
『風鳴本家』の半径数百キロを徹底的に焼き尽くす計画だったようだ。
『あいつぜってぇ逃がさねぇ』という決意を感じる。
ヒミコ
言わずと知れた日本最古の女王様、教科書ほどふっくらしていない。
もはや『魔眼』とも呼べる凄まじい性能を持った『千里眼』の持ち主であり、その双眸に見透かせぬものはない。
それを用いた占いによる政治で、争いの絶えなかった八島に平穏をもたらした。
本人の性格はいたって温厚。
年頃の少女らしい愛らしさもある一方で、慈愛に溢れ、民や臣下を思いやる優しい心根の持ち主だった。
戦闘力は皆無であるものの、イヨが唯一勝てない人物である。