『だいたいそんな感じ』
――――かの女王が君臨したのは、現代より二千年ほど前のこと。
農業が浸透し、水の需要が増えたことを主な原因とした、戦乱の世に悩まされていた人々は。
武力による支配ではなく、託宣による導きを求めた。
そこで白羽の矢が立ったのが、年若い一人の娘。
中国の歴史書『魏志倭人伝』をして、『
日本最古の女王である。
「・・・・ん?」
邪馬台国、ヒミコの宮殿。
この時代には最先端の、青銅の武器を携えた門番は。
複数の農民たちが近寄ってくるのに気が付いた。
「なんだ、お前達?」
矛を握る指先に力を込めながら、怪訝に問いかける。
「・・・・なあ、番兵さん。女王様は、大丈夫かね?」
「何?」
神妙な顔をしていた一人が、意を決して口を開き。
そんなことを問うてくる。
「例の『でいだらぼっち』は、何か悪さしてないだろうね?」
「・・・・ああ、そのことか」
彼らのいう『でいだらぼっち』とは。
少し(現代の感覚で一月ほど)前、供もつれずに散歩に出たヒミコが連れ帰ってきた。
『おそらく女性』のことだろう。
果たして生き物なのかと疑うような白い髪に、血の如き真っ赤な瞳。
そして、女どころか男すら凌ぐほどの背丈とくれば。
確かに同じ人間と認識することは出来まい。
「神様にお伺いを立ててくれるあの方がいたから、あたしらは苦しい戦から解放されたんだ!」
「そうだそうだ!もし何かあって、あの悍ましい日々が戻ってくるなんてことになったら・・・・!」
「まあ、待て待て、落ち着け」
矛の柄尻で地面を打ち、彼らを制する門番。
農民達も階級の高い彼に従い、ひとまずは口をつぐんだ。
「確かにあの女、見た目も身の上も悉く怪しいったらありゃしない。が!ヒミコ様に何か出来るかどうかというと、そうでもないと思うぞ」
「そ、そうなんですかい?」
「ああ、それどころか、あの方に随分可愛がられて、すっかり牙も毒も抜けたと見える」
まず、彼らの心配ごとに寄り添ったうえで、懸念は不要なものだと告げる門番。
虚を突かれて呆ける農民達へ、にまっと笑いかけて。
「さっきも女王様にあっという間に転がされて、膝に乗せられとったらしいぞ。最初こそ『起こしてくれ、起こしてくれ』と歯向かっとったが、結局大人しくしてたとか」
「へぇ・・・・」
「だ、だども・・・・!」
聞けば聞く程、幼子や犬に対するような扱い。
しかし、あの異様なイメージを完全に払拭出来たかと言えば、否だ。
農民の一人が、なお食って掛かろうとしたときだった。
「――――お、お待ちください!御師様!まだお勤めが残っているでしょう!?」
門の向こう、宮殿の敷地から二人組が走ってくる。
一人は、大陸からもたらされた青い羽織を着て。
もう一人は、血の様な赤い目を困らせて。
「占いはいつでも出来るけど、アケビは今しか食べられないのよ!急ぐわよ!イヨ!」
「あ、アケビは逃げませんから!」
「甘い甘い!動物達に食べられちゃうわ!」
賑やかに門までやってきた彼女達は。
「あ、ちょっと丘まで行ってくる!イヨもいるから安心してーッ!」
「この人達あなたがいないと安心出来ないんですよーッ!?」
あっという間に門を飛び出していってしまった。
「な?」
「・・・・確かに」
「さすがヒミコ様じゃ、『でいだらぼっち』を引き回しておったわ」
その様を目の当たりにしてしまっては、毒気も抜けようというもの。
とっくに砂粒となった二人の背中を見送りながら、農民達はすっかり肩の力を抜いていた。
――――過ぎ去る二人の、不思議な声の変化が。
『ドップラー効果』と名付けられるのは。
彼らから続く、遥か先の子孫の時代のことである。
『Iam an apron girl...』
用意するのは鶏もも肉。
筋や骨の欠片を取り除き、血も洗って落とす。
水気をよく拭き取ったら、一口大にカット。
すりおろした生姜とにんにく、醤油、酒を、ジッパー付の袋に入れて漬け込む。
その間に米を炊き、野菜類を用意すれば頃合いだ。
取り出して調味料を切った鶏肉に、全卵一つを揉み込んで。
片栗粉と小麦粉を、一対一で混ぜた衣を纏わせたら。
160℃から180℃の油で、まずは一分半揚げる。
バットに取り出し、余熱で火を通したら再び揚げ。
中まで火が通ったら、仕上げに200℃の高温で3~40秒ほど揚げれば、完成だ。
「――――失礼します、サンジェルマン様。軽食をお持ちしました」
「ああ、ありがとう。そこに置いてちょうだい」
「はい」
日本、パヴァリア光明結社の根城。
幹部の執務室となっている部屋に入ったイヨは、持っていたお盆を指示通り置くなり。
一礼して去っていった。
「な・・・・な・・・・な・・・・ッ!」
イヨが入ってきてからずっと、目を丸くしていたカリオストロは。
テーブルに置かれた、輝かんばかりの『軽食』に一瞬言葉を失い。
「なにこれーッ!?」
素っ頓狂な声を上げた。
まず目を引くのは、蒸気に包まれ亜麻色に輝く『カラアゲ』。
次にピックに刺されたきゅうり、トマト、チーズの『ひとくちサラダ』とでも言うべき野菜類の彩が目を引き。
そして、ふっくらと握られた『オニギリ』のモノトーンが引き締めていた。
「うっま・・・・うんんまッ・・・・!」
「くっ、怪しさ満点の分際で滅茶苦茶美味いもの作るワケだ・・・・!」
さくさく、ぱりぱり、もひもひ。
悔しい悔しいと口にしながらも、次々手を伸ばして食べ物を口に入れていく。
「サンジェルマンも食べてみなって、びっくらこくわよ!」
「分かった、分かったから・・・・」
取り分けたものを差し出すどころか押し付けてくるカリオストロ。
そんな彼女を、まるで幼子のようだと思いながら。
サンジェルマンは皿を受け取って、一口。
カラアゲは噛むごとに肉汁が溢れ、オニギリは口に含んだ瞬間ほろりとほぐれる。
油と炭水化物で重くなった口内を、ひとくちサラダがリセットしてくれて。
(前から思っていたけれど、料理上手よね。イヨ・・・・)
サンジェルマンの下に来てからというもの、イヨはこうやって食事を振る舞ってくれる。
そのどれもが、研究や仕事の合間に摘まめて、かつ栄養や彩も考えられていて。
食べる相手を慮って作ってくれているのがよく分かった。
(・・・・もしかしたら、彼女にもいたのかもしれない)
手間をかけても惜しくないと思えるような、『おいしい』と綻ぶ顔に幸せを覚えられるような。
そんな存在が。
素性は不明、目的も定かではない。
しかし、確実に過去に何かがあったであろう新入りに思いを馳せながら。
サンジェルマンは、やや行儀悪くオニギリを頬張った。
弥生時代の平均身長は、男性が158cm~164cm、女性が148cm~150cm。
143は160後半のイメージなので、そりゃでかい図体(弥生時代基準)してる。