チョイワルビッキーと一途な393   作:数多 命

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実質のAXZ編閑話第一弾です。


閑話:小ネタ15

『だいたいそんな感じ』

 

――――かの女王が君臨したのは、現代より二千年ほど前のこと。

農業が浸透し、水の需要が増えたことを主な原因とした、戦乱の世に悩まされていた人々は。

武力による支配ではなく、託宣による導きを求めた。

そこで白羽の矢が立ったのが、年若い一人の娘。

中国の歴史書『魏志倭人伝』をして、『卑弥呼(ヒミコ)』と呼ばれた。

日本最古の女王である。

 

「・・・・ん?」

 

邪馬台国、ヒミコの宮殿。

この時代には最先端の、青銅の武器を携えた門番は。

複数の農民たちが近寄ってくるのに気が付いた。

 

「なんだ、お前達?」

 

矛を握る指先に力を込めながら、怪訝に問いかける。

 

「・・・・なあ、番兵さん。女王様は、大丈夫かね?」

「何?」

 

神妙な顔をしていた一人が、意を決して口を開き。

そんなことを問うてくる。

 

「例の『でいだらぼっち』は、何か悪さしてないだろうね?」

「・・・・ああ、そのことか」

 

彼らのいう『でいだらぼっち』とは。

少し(現代の感覚で一月ほど)前、供もつれずに散歩に出たヒミコが連れ帰ってきた。

『おそらく女性』のことだろう。

果たして生き物なのかと疑うような白い髪に、血の如き真っ赤な瞳。

そして、女どころか男すら凌ぐほどの背丈とくれば。

確かに同じ人間と認識することは出来まい。

 

「神様にお伺いを立ててくれるあの方がいたから、あたしらは苦しい戦から解放されたんだ!」

「そうだそうだ!もし何かあって、あの悍ましい日々が戻ってくるなんてことになったら・・・・!」

「まあ、待て待て、落ち着け」

 

矛の柄尻で地面を打ち、彼らを制する門番。

農民達も階級の高い彼に従い、ひとまずは口をつぐんだ。

 

「確かにあの女、見た目も身の上も悉く怪しいったらありゃしない。が!ヒミコ様に何か出来るかどうかというと、そうでもないと思うぞ」

「そ、そうなんですかい?」

「ああ、それどころか、あの方に随分可愛がられて、すっかり牙も毒も抜けたと見える」

 

まず、彼らの心配ごとに寄り添ったうえで、懸念は不要なものだと告げる門番。

虚を突かれて呆ける農民達へ、にまっと笑いかけて。

 

「さっきも女王様にあっという間に転がされて、膝に乗せられとったらしいぞ。最初こそ『起こしてくれ、起こしてくれ』と歯向かっとったが、結局大人しくしてたとか」

「へぇ・・・・」

「だ、だども・・・・!」

 

聞けば聞く程、幼子や犬に対するような扱い。

しかし、あの異様なイメージを完全に払拭出来たかと言えば、否だ。

農民の一人が、なお食って掛かろうとしたときだった。

 

「――――お、お待ちください!御師様!まだお勤めが残っているでしょう!?」

 

門の向こう、宮殿の敷地から二人組が走ってくる。

一人は、大陸からもたらされた青い羽織を着て。

もう一人は、血の様な赤い目を困らせて。

 

「占いはいつでも出来るけど、アケビは今しか食べられないのよ!急ぐわよ!イヨ!」

「あ、アケビは逃げませんから!」

「甘い甘い!動物達に食べられちゃうわ!」

 

賑やかに門までやってきた彼女達は。

 

「あ、ちょっと丘まで行ってくる!イヨもいるから安心してーッ!」

「この人達あなたがいないと安心出来ないんですよーッ!?」

 

あっという間に門を飛び出していってしまった。

 

「な?」

「・・・・確かに」

「さすがヒミコ様じゃ、『でいだらぼっち』を引き回しておったわ」

 

その様を目の当たりにしてしまっては、毒気も抜けようというもの。

とっくに砂粒となった二人の背中を見送りながら、農民達はすっかり肩の力を抜いていた。

――――過ぎ去る二人の、不思議な声の変化が。

『ドップラー効果』と名付けられるのは。

彼らから続く、遥か先の子孫の時代のことである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『Iam an apron girl...』

 

用意するのは鶏もも肉。

筋や骨の欠片を取り除き、血も洗って落とす。

水気をよく拭き取ったら、一口大にカット。

すりおろした生姜とにんにく、醤油、酒を、ジッパー付の袋に入れて漬け込む。

その間に米を炊き、野菜類を用意すれば頃合いだ。

取り出して調味料を切った鶏肉に、全卵一つを揉み込んで。

片栗粉と小麦粉を、一対一で混ぜた衣を纏わせたら。

160℃から180℃の油で、まずは一分半揚げる。

バットに取り出し、余熱で火を通したら再び揚げ。

中まで火が通ったら、仕上げに200℃の高温で3~40秒ほど揚げれば、完成だ。

 

「――――失礼します、サンジェルマン様。軽食をお持ちしました」

「ああ、ありがとう。そこに置いてちょうだい」

「はい」

 

日本、パヴァリア光明結社の根城。

幹部の執務室となっている部屋に入ったイヨは、持っていたお盆を指示通り置くなり。

一礼して去っていった。

 

「な・・・・な・・・・な・・・・ッ!」

 

イヨが入ってきてからずっと、目を丸くしていたカリオストロは。

テーブルに置かれた、輝かんばかりの『軽食』に一瞬言葉を失い。

 

「なにこれーッ!?」

 

素っ頓狂な声を上げた。

まず目を引くのは、蒸気に包まれ亜麻色に輝く『カラアゲ』。

次にピックに刺されたきゅうり、トマト、チーズの『ひとくちサラダ』とでも言うべき野菜類の彩が目を引き。

そして、ふっくらと握られた『オニギリ』のモノトーンが引き締めていた。

 

「うっま・・・・うんんまッ・・・・!」

「くっ、怪しさ満点の分際で滅茶苦茶美味いもの作るワケだ・・・・!」

 

さくさく、ぱりぱり、もひもひ。

悔しい悔しいと口にしながらも、次々手を伸ばして食べ物を口に入れていく。

 

「サンジェルマンも食べてみなって、びっくらこくわよ!」

「分かった、分かったから・・・・」

 

取り分けたものを差し出すどころか押し付けてくるカリオストロ。

そんな彼女を、まるで幼子のようだと思いながら。

サンジェルマンは皿を受け取って、一口。

カラアゲは噛むごとに肉汁が溢れ、オニギリは口に含んだ瞬間ほろりとほぐれる。

油と炭水化物で重くなった口内を、ひとくちサラダがリセットしてくれて。

 

(前から思っていたけれど、料理上手よね。イヨ・・・・)

 

サンジェルマンの下に来てからというもの、イヨはこうやって食事を振る舞ってくれる。

そのどれもが、研究や仕事の合間に摘まめて、かつ栄養や彩も考えられていて。

食べる相手を慮って作ってくれているのがよく分かった。

 

(・・・・もしかしたら、彼女にもいたのかもしれない)

 

手間をかけても惜しくないと思えるような、『おいしい』と綻ぶ顔に幸せを覚えられるような。

そんな存在が。

素性は不明、目的も定かではない。

しかし、確実に過去に何かがあったであろう新入りに思いを馳せながら。

サンジェルマンは、やや行儀悪くオニギリを頬張った。




弥生時代の平均身長は、男性が158cm~164cm、女性が148cm~150cm。
143は160後半のイメージなので、そりゃでかい図体(弥生時代基準)してる。

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