チョイワルビッキーと一途な393   作:数多 命

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AXZ編閑話です。
以前(仮)として上げたものの、再投稿となります。


閑話:小ネタ14

『はじめてのちゅう』

 

海辺の町の立花家。

リビングにて、ただごとではない雰囲気で向き合っている者がいる。

一方は最近新たに家族となり、ご近所さんからもマスコット認定されつつあるクロ。

もう一方は、飼い主である香子だ。

いつもお互いがお互いを大好きと言って(行動もして)憚らない二人が、何故剣呑な雰囲気になっているのか。

それは、香子の手にある空のプリンカップが原因だった。

一見普通の犬に見えるクロだが、正体は錬金術によって生み出された哲学兵装。

その身に帯びた神秘は、ノイズを退けるほど濃い。

なので、それを由来とした普通の犬との差異も多々ある。

例えば、そう。

人間の食べ物を、問題なく食べられるところとか。

 

「・・・・クロ」

 

永きに渡る睨み合いを制し、先ほど負けを認めて視線を逸らしたクロへ。

香子はたっぷり沈黙を保った後で、厳かに名前を呼んだ。

 

「わたしのプリン食べたでしょ」

 

びくん、と体を跳ね上げたのが運の尽き。

香子の頬が、みるみる膨らんでいく。

 

「楽しみにしてたのに・・・・ちょっとお高いとこのプリン」

 

父が職場でもらってきたプリン。

たまごと牛乳にこだわっているというプリン。

先に食べたらしい祖母が、『カラメルが香ばしい』とほころんでいたプリン。

宿題後の楽しみにしていた、有名店の絶対おいしいに違いなかったプリン・・・・!

 

「きゅ、きゅぅん・・・・」

 

今更平伏したところでもう遅い。

必死に許しを乞うてくるクロの目の前で、香子はあの腕輪がはまった右手を掲げて。

 

「さすがに、お仕置きです」

「きゃ、きゃい・・・・!」

 

逃げ出そうとするも、意味はなかった。

大きく息を吸い込んで。

 

「―――クロッ!()ッ!!」

 

クロの目に帯電する腕輪が映るのと、甲高い悲鳴が上がったのはほぼ同時。

――――食べ物の恨みは、いつだって恐ろしいものなのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『最初の贈り物』

 

「うおっ、なんだありゃ?」

「香子ちゃん?何してるんだろう・・・・」

「ワンちゃんまみれデース」

 

S.O.N.G.本部、シミュレーションルーム。

自主練に来たクリス達が見たのは、分厚い本を片手にうんうん唸っている香子の姿。

周囲を同じ見た目の子犬達が囲んでいる様は、どこかの絵画にありそうな光景である。

 

「えーっと・・・・じゃあ、君はみなみちゃん、そっちがななちゃん、あなたはともかず君で、それから・・・・」

 

どうやら子犬達には何らかの法則性があるようだ。

指を向けられて名前を呼ばれた者は、その集まりらしい一団に加わっていく。

 

「君はあおいちゃん」

「ばうっ」

「あれっ、男の子?じゃあ、あおい君でいい?」

「わんっ!」

 

時折ちょっとした抗議(?)を受けながらも、ぶつぶつ呟いている香子。

 

「うーん、どうしよう・・・・」

 

随分長い間、同じ姿勢で頭を悩ませていたようだ。

ぐっと伸ばした両手両足を投げ出して、ごろんと仰向けになってしまった。

 

「よっ」

「あ、クリスちゃん、調ちゃん、切歌ちゃん」

 

何にせよ、ひと段落したのは確かな様なので。

タイミングを見計らっていたクリス達は声をかけた。

 

「さん、だろ」

「何してるデスか?」

「辞書?」

 

最近、姉を真似してちゃん付けで呼び始めた香子を窘めつつ、クリスが手元をのぞき込んでみると。

『人名辞典』と書かれた分厚い本が、まだまだ小さな手に握られていた。

 

「えっと、クロ以外の子たちが、クロと合体しちゃったんですけど」

「ああー、了子がなんか言ってたな。あんときの連中みんなか?」

 

――――影狼事変の後、『フェンリル』と仮称をつけられたクロは、その後様々な検査と実験を経て。

己を核とし、あの日確認された76体全てのブラックドッグを内包していることが判明したのだ。

それに伴い、『あらしのよるに(ワイルドハント)』と名称がさらに変わっただけでなく。

週一でS.O.N.G.に通い、今後も検査や実験などに協力するのと引き換えに。

香子には『国連からの支援』という名目で、響達装者と同じように給料が支払われることとなった。

経験のない数字が並んだ通帳に、香子本人はもちろん両親や祖母も狼狽えたものの。

 

『70以上も怨霊解き放つのに比べたら、お財布痛めてでも抑えてもらう方がよっぽどいいって判断したんだろうね』

 

という姉の一声で何とか収まったのは、香子の記憶に新しい。

 

閑話休題(話を戻そう)

 

そんな事情を響が話していたと思い出しながら、クリスは改めて香子を見た。

 

「で、辞典片手に名前つけてるってか」

「うん、この子達、人間だったころの名前を持ってる子もいれば、持ってない子もいるから」

 

訳を話しつつ、手近にいた子の頭を撫でる香子。

 

「これから、みんなの親みたいなものになるんだし、ちゃんと名前を付けてあげたいなって」

「・・・・そっか」

 

クリスはもちろん、他の子達と遊び始めていた調や切歌も、納得の表情を浮かべる。

『彼ら』の生まれを、知るが故の反応だった。

 

「とはいえちょっとネタ切れ、みなさん手伝ってくれません?」

「はは、しょーがねーな」

 

辞書の補助があるとはいえ、さすがに頭を使いすぎて疲れたらしい。

だらしなく寝っ転がった香子を見下ろして、クリスは顔をほころばせたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『親世代以上の親戚が構ってくれるアレ』

 

「・・・・ん?」

 

いつものS.O.N.G.本部。

書類を受け取って技術班に戻って来た響は。

届け先である了子が、エルフナインや妹の香子と話し込んでいるのを見つけた。

 

「何してるんですー?御三方」

 

『香子と了子さんって、名前の雰囲気が似てるな』なんて思いながら、ひょっこりのぞき込んてみれば。

 

「――――とまあ、この仕組みはこんな感じかしら」

「へぇーッ!」

「さすが了子さん、分かりやすい・・・・」

 

ハンディサイズのホワイトボードを片手に、子供二人へ教鞭をとっていたらしい了子がいた。

しかもホワイトボードには、およそ小学校では習わない(少なくとも響は習った覚えがない)レベルの数式や化学式が書き込まれている。

 

「あ、お姉ちゃん。もうそんな時間か」

「ア、ぅ、ウン。香子はそろそろ上がりだけど・・・・え、何してたの?」

 

妹が高度な知識を前に平然としている動揺から抜け出せないまま、響が問いかけると。

香子はあっけらかんと答えたのだ。

 

「了子先生に、錬金術を教えてもらっていたの」

「ウッッッッッッソやん???????」

 

『アインシュタインに数学を教えてもらった』ばりの返答に、大きく目をむいた響。

珍しい反応が面白いのか、了子は声を上げて笑いながら訳を話してくれた。

最初は、香子とクロが受ける実験や検査の趣旨を説明するための工夫として、エルフナインが錬金術の解説を入れていたのが始まりらしい。

そこから興味を持った香子は、検査でなくてもちょくちょく質問をするようになった。

その様子を見つけた了子もまた、彼女らが躓くたびに助け舟を出すようになり。

やがて、自ら教鞭をとる今の状況が出来上がったということだった。

 

「『想い出』をエネルギー源にするのは全力で止められたから、今はそれ以外で扱う方法ないかなって考え中!」

「いわゆる『電源』を外付けにするって発想に自力で辿り着くあたり、将来が楽しみよこの子」

 

妹が褒められてうれしい半分、意外と遠いとこまで進んでると寂しい半分の中。

脱力していた響は。

 

「今のところ最有力候補は、概念を乗せやすい宝石や貴金属などですが。将来的には電池などのローコストなものに魔力をためることができれば・・・・!」

「――――えっ?」

 

エルフナインが放った言葉に、体を強張らせた。

『想い出』を消費しないために、バッテリーを外付けにする。

それはいい。

最適な素材を検討する。

それはいい。

しかし、ローコスト化。

しかも電池など、一般人でも気軽に手に入るものにするだって?

 

(それ、銃弾が簡単に手に入るようなものなんじゃ・・・・)

 

響の背中を、うすら寒いものが滑り落ちる。

弾丸を撃ち出す銃(れんきんじゅつし)さえいれば、後は銃弾(まりょく)をそろえればいいだなんて。

いや、もしかしたらすでにその発想に至っている者がいるかもしれない。

錬金術師は大抵が長生きだ。

ともすれば、香子達の様な発想に至っていても――――

 

「そのための私よ、早まらないの」

「あたっ!?」

 

額を指ではじかれて、我に返る響。

『考え丸見え』と笑った了子は、茶目っ気たっぷりのウインクを投げてきた。

 

「最悪を回避するためにも、子ども達を導くのは大人の役目・・・・中々うまくいかないことも多いけどね」

 

しみじみとした視線の先には、熱く議論を交わす少女達。

了子の目に、彼女達のどんな将来が見えていることだろうか。

 

「まあ、ここは任せて頂戴。人類史五千年の知識と経験は、伊達じゃないのよ」

 

こちらとかちあった金色の瞳が、柔く微笑んだのが見えた。

切り替えて、ヒートアップする香子とエルフナインをたしなめ始めた背中を見る響。

背負いそうになったものを、すっかりかっさらわれたものの。

不思議と悪い気はしない。

 

(いい大人に恵まれたもんだなぁ)

 

笑みを一つこぼして、輪の中に加わるのだった。


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