チョイワルビッキーと一途な393   作:数多 命

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長く続いたAXZ編。
これにておしまいになります!


根付いた絶望

『――――やはり、各国は及び腰か』

「はい」

 

国連本部、とある一室。

人目を忍ぶべくこの部屋を選んだ男性は、一通りの報告を終えた。

画面の向こうで難しい顔をするのは、髪がすっかり白みきった老人。

 

「反応兵器の使用に遺憾こそ示していますが、それ以上の追及はありません」

『・・・・神の力、その暴威を目の当たりにしたからか』

「そう判断してよろしいかと」

 

――――生剣(いするぎ)家現当主、『生剣劒厳(けんげん)』。

国連本部に身を置くのは、息子にして嫡男の『正誓(まさちか)』。

それぞれ、()()()()()()()()()()()()()

 

「加えて、あの立花響という少女の・・・・」

『アレ、か』

 

顎髭を撫でながら、顔が更に険しくなった。

国連でも、各国現地でも。

話題にこそ上がらぬものの、誰もが認識している。

恐怖の権化とも言うべき、あの一振り。

 

「・・・・あのご老公は」

『あの力が魅力的に見えておることだろう、手に入れんと動くだろうな』

 

思い出した畏怖に呑まれぬように、すぐに話を切り替える。

二人の脳裏に浮かぶは、同じ人物。

 

『如何なる手段も躊躇わず、確実に』

 

国土を守るためならば、血を分けた身内すら犠牲にすることも厭わない。

――――敗戦から百年余り。

軍隊()をもがれて、力を失った日本の。

文化と、尊厳と、権利を守り続けたことを差し引いても。

まさしく『外道』と呼ぶほかない、『怪物』。

 

『お前も心せよ正誓。最悪、我らの《役目》を果たさねばならぬ』

「父上、それは・・・・!!」

 

生剣の役目。

『もしもの時は、風鳴(さきもり)を殺す』という、役目。

 

「・・・・・姉上は、どうなさるでしょうか」

『・・・・』

 

正誓の問いかけに、目を閉じてしばし口をつぐむ劒厳。

やがて、ゆっくり瞼を開けて。

 

『・・・・あれに降りかかった危難について、お前が責を負う必要はない、婿殿もよくやってくれていた』

 

まずは、そう断言する。

今もなお、忌々しい出来事。

風鳴と生剣。

すわ、両家が事を構えるかと、誰もが緊張した。

その火消しを行ったのは、娘婿。

己も同じくらい傷ついていただろうに、国防が揺らがぬよう骨身を砕いて駆け回っていた。

生剣が刃を収めたのは、その姿を目の当たりにしたからに他ならない。

 

『ましてや、ただ産まれただけの子に罪を問うなどと』

 

そして。

そんな出自でも、命火を守る守護者として大成してくれた。

風鳴翼(孫/姪)の存在。

手心を加えるには、十分な理由だ。

 

『落ち度があるならば、それは儂である。訃堂が魍魎であることを失念していた、この儂一人にな』

「・・・・父上」

 

画面の向こうから、老いてもなお衰えぬ視線が見据えてくる。

 

『もちろん、全て仮定に過ぎぬ。杞憂に終わる可能性もある』

 

しかし、敵対を前提に話をしなければならないほど。

近年の訃堂は、不穏な動きを見せていた。

 

『――――とはいえ、難しいものだの』

 

次の瞬間、参ったなと言いたげに目尻を下げた。

 

『今の風鳴には、失うに惜しい者達が揃っておる。もし事を構えるならば、彼らが死ぬことないように努めねばな』

「・・・・・その時は当然、この正誓もお供いたします」

 

胸に拳を当てて、名にある通り誓いを立てる息子を。

劒厳はどこか微笑ましそうに見つめてから、顔を引き締める。

 

『ひとまず、今しばらくは各国の動向を注視せよ。彼奴が乱心する一番の要因は、外つ国の干渉である』

「はっ」

 

通信が終わり、緊張が解けた正誓は。

ほう、と息を吐く。

続いて思いを馳せるは、己の実姉。

 

(姉上、どうか早まることのないように・・・・)

 

・・・・母が、我が子を手に懸ける。

その最悪の未来だけは、回避しなければならないのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あったかいもの、どうぞ」

「ん?ああ、あったかいもの、どうも」

 

S.O.N.G.、技術班オフィス。

一人残っていた了子の脇から、コーヒーが差し出される。

見上げると、弦十郎が見下ろしてきていた。

 

「エルフナイン君は?」

「今日はもう上がらせたわ、なんたって素敵な日なんだから」

 

不思議そうにオフィスを見渡した弦十郎に、了子がカレンダーを指し示せば。

納得した顔で頷いた。

 

「とはいえ、君も根を詰めすぎるなよ」

「ええ・・・・でも、どうしても気になるのよ」

 

キーボードを叩く手を止めないまま、了子が神妙な顔をすれば。

 

「響ちゃんに、どうして神の力が宿ったのか・・・・・『アレ』のこともあるから、どうしてもはっきりさせておきたくて」

「ああ」

 

理由を聞いた弦十郎もまた、同じ表情になった。

 

「バラルの呪詛により、生まれながらに原罪を背負っている・・・・有体に言えば、穢れている。だから人類は神の力を宿すことは出来ない」

 

データを開いては閉じ、閉じては開き。

草むらをかき分ける様に、瞬時に情報を取得していく。

やがて、一つの画像に辿り着いた。

一年前の執行者事変。

黒い竜に噛みつかれている未来の姿。

 

「――――まさか」

「何か分かったのか?」

 

了子の手が止まったことで、何かがあったと確信した弦十郎が、身を乗り出してくる。

少し沈黙してから、『仮説の段階を抜けない』と前置きして。

了子は、件の画像を指さして。

 

「多分、ここで浄化されてしまったんじゃないかしら」

「と、言うと?」

 

素直に続きを促してくる弦十郎を見上げて、了子は続ける。

 

「知っての通り、この頃の神獣鏡はいっそ暴力的なまでの浄化の力を誇っていたわ。その光を大量に浴びたことで、響ちゃんの呪詛が解かれてしまったとしたら・・・・」

「・・・・なるほど。確かに、現状その体験をしているのは響君だけ・・・・」

 

顎に親指を当てて、納得に頷く弦十郎。

だが、すぐに思い出した。

 

「待て、了子君。その理屈で行くとッ・・・・!?」

「・・・・ええ」

 

了子は金色の瞳を細めて、画面を見つめる。

 

「あの時、光を浴びたのは・・・・響ちゃんだけじゃない」

 

荒ぶる竜を、身を挺して鎮めようとする未来。

浮上した可能性に、憂いを禁じ得ない。

そして、

 

(――――もう、一つ)

 

もう一つ。

了子には、懸念がある。

思い返すだけでも悍ましい、あの気配。

響が顕現させた、逆らい難い恐怖。

 

(――――何を、お考えなのですか)

 

足元の遥か奥底。

そこに座す存在に、返事を期待できない問いを投げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

絡めとって、そっと引く。

指の間を、黒い絹の様な髪が通り抜けて。

想定よりもずっと早くに抜けきってしまった。

 

「・・・・なぁに?」

「ん・・・・短いのも似合うなって」

「ふふふ、そうでしょう?」

 

――――昨日は、一週間遅れた誕生日パーティーだった。

装者のみんなや、香子、弓美ちゃん達も来てくれて。

ご近所迷惑に気が回らないくらい、ものすごく賑やかだったと思う。

・・・・・いや、例えだよ?

みんなちゃんと節度は守ってたよ?

調ちゃんの料理に舌鼓うったり、翼さんの片付けスキルの成長に感動したり。

エルフナインちゃんにガセネタ吹き込もうとして、クリスちゃんにしばかれたり・・・・。

スピード、七並べ、ババ抜きと言ったトランプも存分に楽しんだ。

なんか、人生で一番充実した誕生日じゃなかろうか。

 

「ッけほ・・・・」

 

考えていると、未来が咳き込んだのが聞こえた。

すかさず背中に手をまわして、ゆっくりさする。

幸い、すぐに止まる大したことのない咳だった。

・・・・癒えない傷を、長い間肺に抱えていた未来の体は。

すっかり弱り切ってしまっていた。

慢性的に咳は出るし、微熱に伏せることもある。

香子が、そんな未来を気遣って、クリスちゃん家に泊まりに行くくらいには。

痛々しい様だった。

 

「――――来年も」

 

また咳き込まないよう、慎重に声を出した未来が。

明るく、幸せそうにはにかんで来る。

 

「来年も、楽しい誕生日になるといいね」

「・・・・うん、そうだね」

 

まるで、お母さんみたいに語り掛けてきた笑顔を。

そっと、抱きしめる。

 

「来年も、再来年も、今度の未来の誕生日だって」

 

――――愛しいこの温もりが。

生きて、この腕の中にいる。

 

「きっと、きっと、楽しい誕生日になるよ」

 

これに勝る幸福が、果たしてどこにあるのだろうか。




また例のごとく小話を更新したら。
いざ、XV・・・・!

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