これにておしまいになります!
『――――やはり、各国は及び腰か』
「はい」
国連本部、とある一室。
人目を忍ぶべくこの部屋を選んだ男性は、一通りの報告を終えた。
画面の向こうで難しい顔をするのは、髪がすっかり白みきった老人。
「反応兵器の使用に遺憾こそ示していますが、それ以上の追及はありません」
『・・・・神の力、その暴威を目の当たりにしたからか』
「そう判断してよろしいかと」
――――
国連本部に身を置くのは、息子にして嫡男の『
それぞれ、
「加えて、あの立花響という少女の・・・・」
『アレ、か』
顎髭を撫でながら、顔が更に険しくなった。
国連でも、各国現地でも。
話題にこそ上がらぬものの、誰もが認識している。
恐怖の権化とも言うべき、あの一振り。
「・・・・あのご老公は」
『あの力が魅力的に見えておることだろう、手に入れんと動くだろうな』
思い出した畏怖に呑まれぬように、すぐに話を切り替える。
二人の脳裏に浮かぶは、同じ人物。
『如何なる手段も躊躇わず、確実に』
国土を守るためならば、血を分けた身内すら犠牲にすることも厭わない。
――――敗戦から百年余り。
文化と、尊厳と、権利を守り続けたことを差し引いても。
まさしく『外道』と呼ぶほかない、『怪物』。
『お前も心せよ正誓。最悪、我らの《役目》を果たさねばならぬ』
「父上、それは・・・・!!」
生剣の役目。
『もしもの時は、
「・・・・・姉上は、どうなさるでしょうか」
『・・・・』
正誓の問いかけに、目を閉じてしばし口をつぐむ劒厳。
やがて、ゆっくり瞼を開けて。
『・・・・あれに降りかかった危難について、お前が責を負う必要はない、婿殿もよくやってくれていた』
まずは、そう断言する。
今もなお、忌々しい出来事。
風鳴と生剣。
すわ、両家が事を構えるかと、誰もが緊張した。
その火消しを行ったのは、娘婿。
己も同じくらい傷ついていただろうに、国防が揺らがぬよう骨身を砕いて駆け回っていた。
生剣が刃を収めたのは、その姿を目の当たりにしたからに他ならない。
『ましてや、ただ産まれただけの子に罪を問うなどと』
そして。
そんな出自でも、命火を守る守護者として大成してくれた。
手心を加えるには、十分な理由だ。
『落ち度があるならば、それは儂である。訃堂が魍魎であることを失念していた、この儂一人にな』
「・・・・父上」
画面の向こうから、老いてもなお衰えぬ視線が見据えてくる。
『もちろん、全て仮定に過ぎぬ。杞憂に終わる可能性もある』
しかし、敵対を前提に話をしなければならないほど。
近年の訃堂は、不穏な動きを見せていた。
『――――とはいえ、難しいものだの』
次の瞬間、参ったなと言いたげに目尻を下げた。
『今の風鳴には、失うに惜しい者達が揃っておる。もし事を構えるならば、彼らが死ぬことないように努めねばな』
「・・・・・その時は当然、この正誓もお供いたします」
胸に拳を当てて、名にある通り誓いを立てる息子を。
劒厳はどこか微笑ましそうに見つめてから、顔を引き締める。
『ひとまず、今しばらくは各国の動向を注視せよ。彼奴が乱心する一番の要因は、外つ国の干渉である』
「はっ」
通信が終わり、緊張が解けた正誓は。
ほう、と息を吐く。
続いて思いを馳せるは、己の実姉。
(姉上、どうか早まることのないように・・・・)
・・・・母が、我が子を手に懸ける。
その最悪の未来だけは、回避しなければならないのである。
◆ ◆ ◆
「あったかいもの、どうぞ」
「ん?ああ、あったかいもの、どうも」
S.O.N.G.、技術班オフィス。
一人残っていた了子の脇から、コーヒーが差し出される。
見上げると、弦十郎が見下ろしてきていた。
「エルフナイン君は?」
「今日はもう上がらせたわ、なんたって素敵な日なんだから」
不思議そうにオフィスを見渡した弦十郎に、了子がカレンダーを指し示せば。
納得した顔で頷いた。
「とはいえ、君も根を詰めすぎるなよ」
「ええ・・・・でも、どうしても気になるのよ」
キーボードを叩く手を止めないまま、了子が神妙な顔をすれば。
「響ちゃんに、どうして神の力が宿ったのか・・・・・『アレ』のこともあるから、どうしてもはっきりさせておきたくて」
「ああ」
理由を聞いた弦十郎もまた、同じ表情になった。
「バラルの呪詛により、生まれながらに原罪を背負っている・・・・有体に言えば、穢れている。だから人類は神の力を宿すことは出来ない」
データを開いては閉じ、閉じては開き。
草むらをかき分ける様に、瞬時に情報を取得していく。
やがて、一つの画像に辿り着いた。
一年前の執行者事変。
黒い竜に噛みつかれている未来の姿。
「――――まさか」
「何か分かったのか?」
了子の手が止まったことで、何かがあったと確信した弦十郎が、身を乗り出してくる。
少し沈黙してから、『仮説の段階を抜けない』と前置きして。
了子は、件の画像を指さして。
「多分、ここで浄化されてしまったんじゃないかしら」
「と、言うと?」
素直に続きを促してくる弦十郎を見上げて、了子は続ける。
「知っての通り、この頃の神獣鏡はいっそ暴力的なまでの浄化の力を誇っていたわ。その光を大量に浴びたことで、響ちゃんの呪詛が解かれてしまったとしたら・・・・」
「・・・・なるほど。確かに、現状その体験をしているのは響君だけ・・・・」
顎に親指を当てて、納得に頷く弦十郎。
だが、すぐに思い出した。
「待て、了子君。その理屈で行くとッ・・・・!?」
「・・・・ええ」
了子は金色の瞳を細めて、画面を見つめる。
「あの時、光を浴びたのは・・・・響ちゃんだけじゃない」
荒ぶる竜を、身を挺して鎮めようとする未来。
浮上した可能性に、憂いを禁じ得ない。
そして、
(――――もう、一つ)
もう一つ。
了子には、懸念がある。
思い返すだけでも悍ましい、あの気配。
響が顕現させた、逆らい難い恐怖。
(――――何を、お考えなのですか)
足元の遥か奥底。
そこに座す存在に、返事を期待できない問いを投げた。
◆ ◆ ◆
絡めとって、そっと引く。
指の間を、黒い絹の様な髪が通り抜けて。
想定よりもずっと早くに抜けきってしまった。
「・・・・なぁに?」
「ん・・・・短いのも似合うなって」
「ふふふ、そうでしょう?」
――――昨日は、一週間遅れた誕生日パーティーだった。
装者のみんなや、香子、弓美ちゃん達も来てくれて。
ご近所迷惑に気が回らないくらい、ものすごく賑やかだったと思う。
・・・・・いや、例えだよ?
みんなちゃんと節度は守ってたよ?
調ちゃんの料理に舌鼓うったり、翼さんの片付けスキルの成長に感動したり。
エルフナインちゃんにガセネタ吹き込もうとして、クリスちゃんにしばかれたり・・・・。
スピード、七並べ、ババ抜きと言ったトランプも存分に楽しんだ。
なんか、人生で一番充実した誕生日じゃなかろうか。
「ッけほ・・・・」
考えていると、未来が咳き込んだのが聞こえた。
すかさず背中に手をまわして、ゆっくりさする。
幸い、すぐに止まる大したことのない咳だった。
・・・・癒えない傷を、長い間肺に抱えていた未来の体は。
すっかり弱り切ってしまっていた。
慢性的に咳は出るし、微熱に伏せることもある。
香子が、そんな未来を気遣って、クリスちゃん家に泊まりに行くくらいには。
痛々しい様だった。
「――――来年も」
また咳き込まないよう、慎重に声を出した未来が。
明るく、幸せそうにはにかんで来る。
「来年も、楽しい誕生日になるといいね」
「・・・・うん、そうだね」
まるで、お母さんみたいに語り掛けてきた笑顔を。
そっと、抱きしめる。
「来年も、再来年も、今度の未来の誕生日だって」
――――愛しいこの温もりが。
生きて、この腕の中にいる。
「きっと、きっと、楽しい誕生日になるよ」
これに勝る幸福が、果たしてどこにあるのだろうか。
また例のごとく小話を更新したら。
いざ、XV・・・・!