チョイワルビッキーと一途な393   作:数多 命

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長くなりそうなので、また分割しました。
おそらく本年度最後の更新です。

今年もたくさんの方々に温かい声援やファンアートを頂き、大変支えてもらった一年でありました。
一時は長く間が空いてしまったAXZ編も、もうすぐ完結致します。
来年もどうぞ、『チョイワルビッキーと一途な393』をお見守りくださいますよう。
よろしくお願い申し上げます。


植えられた絶望

「――――」

 

S.O.N.G.の特殊車両の中で。

未来は言葉を失ったまま、口を開くことは出来なかった。

・・・・・響とイヨの会話は、聞こえていた。

だから、イヨがキスを落としたことは、割とすんなり納得していた。

だが、その後は。

 

(なんて、ことを)

 

その後のことは、到底許されるものではなかった。

 

(なんてことを、してくれたの)

 

まだ背負わせようというのか。

おぶった業で押しつぶされそうになっていた響に、自分の命まで背負わせようというのか。

怒りで、腹どころか全身が煮えくり返るのが分かる。

知らぬわけではあるまいに、忘れたわけではあるまいに。

響が、奪った命の幻影に未だ苦しんでいることを・・・・!!

だというのに、よりにもよって未来(おまえ)が新たに背負わせようというのか。

未来(おまえ)まで、響を苦しめにかかるのか!!!!??

 

(・・・・せっかく、笑ってくれるようになったのに)

 

せっかく、自分を許せそうだったのに。

せっかく、これからに希望を持てていたのに。

また、暗闇へ引き戻そうというのか。

 

(・・・・・戦えないなんて、言っていられない)

 

ギアは失われ、体は弱り切ってしっまった。

だけど、響が傷ついているというのなら。

暗闇に囚われようとしているのなら。

小日向未来は、寄り添わなければならない。

 

(だって、覚えている。思い出せる)

 

もう三年前になりつつある、あの旅路。

命を奪い、尊厳を踏み躙り、その罪悪感に身悶えていたあの姿。

あの頃一番苦しんでいたのは響だった。

一番傷ついていたのは響だった。

一番悲しかったのは、響だった。

 

(知っているのは、わたしだけ。覚えているのも、わたしだけ)

 

だから、隣に立ち続けなければ。

優しいあの人が、心から笑えるようになるまで。

響が、また自分を好きになってもいいと思えるまで。

繋ぎ留め続けなければならない。

 

「・・・・・響」

 

痛みを耐える表情で、顔を覆う彼女を見て。

未来は、同じ顔で名前を呼んだ。

 

「――――があああああああああああああああああああああッッッ!!!!!」

 

別の誰かの、腹立たしくて腹立たしくてたまらないという咆哮が聞こえる。

アダムだ。

ティキの残骸を無情にも踏みつぶした彼は、頭を乱暴に掻きむしっている。

 

「どこまでも!!どこまでも!!どこまでもおォッ!!!」

 

憤怒のままに、響を見下ろせば。

対する響もまた、重い眼差しを向けた。

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

「いなければッ!お前さえぇッ!!」

 

指を鳴らし、サッカーボール程度の火球を放つアダム。

響は横に跳ねて回避の後、いつもの拳を叩き込む。

インパクトが胴体に撃ち込まれるも、踏みとどまったアダムは。

片手でのアームハンマーを振り下ろした。

手甲に掠めながら、今度はバックステップで回避してみせた響。

反撃にハイキックを放ち、アダムを吹き飛ばす。

 

「くれよッ!消えてねェッ!!」

 

再び手を掲げて、今度は複数の火球を打ち出してくるアダム。

同じく回避に専念する響だが、火球の爆発は予想以上に大きく広い。

 

「立花ッ!!」

 

段々追い込まれていく彼女に手を貸したのは、翼だった。

業火を飛び越えて駆けつけた翼は、響の首根っこを掴むと再度跳躍。

響共々灼熱から離脱し、仲間たちの下へ舞い戻る。

 

「先走るな、怒りを抱いているのはお前だけではないんだぞ」

「その通り、あなた独りの戦いと思わないことね」

「・・・・・ッ」

 

年長者二人に諫められた響。

一度目を伏せ、深く一呼吸すれば。

その両目から、重みが消えて失せた。

 

「いないな、分かって。揃いも揃って・・・・!!」

 

アダムはなお火球を展開しながら、目の前の戦姫達を睨みつける。

 

「近いんだッ!降臨がッ!アヌンナキのッ!!」

『――――なんですって』

 

『アヌンナキ』。

誰もが首をかしげる単語に、唯一反応したのは了子だった。

尋常ではないその様子に、弦十郎達は固唾を呑んでしまう。

 

「していたんだよ!備えを!こっちはッ!!違うからね!巫女とは!色恋に狂ったようなッ!!」

『・・・・・言ってくれるじゃない』

「だっていうのにッッ!!」

 

アダムの、野性的なまでにぎらついた瞳が。

響を捉えて、視線で射貫く。

 

「神殺し!!なんでそんな都合よく現れるんだ!?」

 

まるで、喚き散らすような声。

 

「人類は支配される!アヌンナキが降臨すれば!!だから束ねるのさ!ボクが!!もとよりその為に生み出されたのだから!ボクはッッ!!」

『・・・・まさか、貴方』

 

遠回しに『色ボケ』と言われて険しい雰囲気を放っていた了子は、アダムの言葉に思い当たることがあったようだった。

 

『かつて、アヌンナキと、神々と人類とを繋げるための要として創造されたという生命体・・・・結局、計画は白紙に戻ったと聞いたけれど』

「そうだとも!あらゆる劣等を克服した!完全なる生命体!完璧な生命体!だがされたのさ!破棄を!『完璧すぎる』、それだけでねぇッ!!」

 

・・・・完全であるというのは、一見して良いことの様に思えるが。

それは同時に、これ以上の改善や進化を望めない。

『停滞』を意味する。

アダムはそれ故に破棄されたのだ。

 

「やったというのにッ!産まれてッ!望んだとおりにッッ!!だが捨てたんだ!!奴らはッ!!挙句、後釜に置いたんだ!!不完全な人間をッッッ!!」

 

・・・・それは、彼にとって。

耐えがたい屈辱であったのだろう。

完璧であれ、完全であれと生れ落ちて。

ほどなくして捨てられるという扱いは。

挙句、後釜に据えられたのは。

自らが支配するはずだった。

劣りに劣っているはずの、不完全な人間。

彼が、抱いた憎悪の程は。

果たして、想像の範疇に収まるだろうか。

 

「だから君臨するのさッ!!ボクはッ!!降した後でね!!アヌンナキどもをッッ!!」

「いや、せっかくしんみりしてたのに台無し」

 

それはそうと、独裁で散々痛い目を見てきた人類としては。

それが容易に想像できる支配は、遠慮なく拒否するのであった。

ギャグ漫画の様な展開に、調と切歌は一瞬姿勢を崩してしまう。

――――その瞬きのうちに、動き出したものがいる。

 

「――――ッ」

 

響だった。

一度は引き止められたとしても、怒りは収まっていなかったのだろう。

辛抱溜まらんとばかりにアダムに飛び掛かると、下から抉るような一撃を叩き込む。

 

「――――は」

「――――ッ!?」

 

叩きこもうとして、防がれる。

嘲笑を零したアダムが使ったのは、

 

(左腕!?)

 

響が破壊したはずの左腕で引っ掴み、地面に叩きつけたうえで投げ飛ばす。

 

「ッ立花!!」

 

終始受け身を取り続けたので、致命傷は避けたものの。

痛みがないわけではない。

駆け寄った翼が見たのは、食いしばって痛みを耐える響の姿だった。

 

「あ、あれ!」

 

響も心配だったが、アダムから視線を逸らすことはしなかった仲間達。

調の声に倣って視線を見せると、今まさに変化が起きているところだった。

 

「――――そうなのさ、ボクは」

 

盛り上がり、肥大していく体。

 

「保っていられないのさ、ボクは」

 

筋肉をはちきれんばかりに膨らませた彼は、まばたきの合間にみるみる大きくなっていく。

 

「ボクの完成された美形をおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッッ!!!!!」

 

そうして見上げるまでに変化を遂げたその体は、もはや人のそれではなかった。

 

「ここまで計画をおじゃんにされちゃ出すしかないじゃないかもう!!」

 

鳥の様にも見える顔の上には、水牛もかくやという立派な角。

・・・・いっそ駄々ともとれるやけを起こしたアダムの喚き声を聞きながら。

『獣における角とは、冠である』という解釈を、響はぼんやりと思い出した。

 

「本気と!!!全力をね!!!!」

 

二つの剛腕が振り上げられたことで、思考が一気に研ぎ澄まされる。

叩きつけで乗用車大の瓦礫が吹き飛ぶ中、ひらりと体を翻す装者達。

着地するなり、それぞれの飛び道具を放って牽制する。

アダムが巨腕を存分に駆使して露払いするが、本命ではないので大して焦らない。

弾丸や剣が降り注ぐ中、やはり飛び出したのは突破力のある響。

己など簡単に潰せそうな拳と、果敢にぶつかり合う。

束の間競り合う両者。

そうやってアダムが動きを止めているところへ、翼とマリアが接近。

まずは斬撃、次に砲撃が叩き込まれた。

体から煙を立てて下がるアダム。

六対一という状況にありながら、しかしこちらも余裕を崩す様子はない。

 

「調!アタシ達も行くデス!」

 

調と切歌が、マリア達年長者組に続こうとしたとき。

背後からけたたましい音。

 

「何!?」

「電話!?なんでこんなところに・・・・!?」

 

殺伐とした場所に不釣り合い、しかも数十年前にありそうな古めかしいデザインに。

思わずたたらを踏んでしまう二人。

その一瞬の隙に、剛腕が横薙ぎされた。

 

「ッ悪辣さも健在デース!」

「なんて厄介な・・・・!」

 

歯を剥き睨む先で、アダムはマリアを叩き飛ばす。

危うく地面に激突するところを、クリスが受け止めたものの。

追撃を狙うアダムが目の前に。

マリアを抱えているため、防御は不可能。

回避も間に合わない。

腹を決めた顔をしたクリスは、マリアをホールドしたまま攻撃をもろに受けてしまった。

 

「ッおおおおおおおおおおお!!」

 

攻撃直後を狙い、響が突貫。

手甲と連動させてドリルの様に変形した『手』を、アダムの背後から抉り穿とうとする。

 

「――――舐められたものだね」

 

しかし、振り返ることなく突き付けた後ろ手で受け止められてしまった。

タコかイカの足の様に広げた指が『手』を包み込んだことで、しっかりホールドされてしまう。

 

「勝てるなどと、エクスドライブも無しに!!」

「ッぁ、わああああああ!!」

 

そのまま振り回して放り投げられる響は、地面を何度もバウンドしながら転がっていった。

 

「――――ッ」

 

痛みに顔を歪めながら、起き上がる。

経験と感覚から、骨が何本か折れていると直感した。

少し先の方では、仲間達が未だ戦っている。

たかが骨折程度で、怯んでいる場合ではない。

 

(だけど・・・・!)

 

しかしアダムが煽った通り、決定打がないのも事実。

あの形態が時限式である保証も全くない。

このままでは、敗北は確実だ。

 

(何か・・・・何か手立ては・・・・!!)

 

奥歯を噛んで、険しい顔になった。

その時だった。

 

「・・・・?」

 

――――何か、呼ばれた気がして。

表情から力が抜ける。

気のせい、と断ずるにはあまりに存在感のある『声』。

直感のままに視線を滑らせると。

そこには、罅だらけになったサンジェルマンのスペルキャスターが。

 

――――立花響!!

「――――ッ」

 

今度こそ、誘う声がはっきり聞こえて。

衝動に従い、響は駆け出した。

手にしたところで、どうするかなどとは考えていない。

ただ、手にした方がいい。

それだけは確信していた。

 

「――――どうするつもりだい?」

 

――――だが。

あと少しというところで、横やりが入る。

嘲笑し、見せつける様にスペルキャスターを拾い上げたアダムは。

ばぎりと握りつぶして、エネルギーを解き放ち。

 

「使えもしない、こんな玩具で!!」

 

容赦なく、響へ向けた。

制御を失ったラピス=フィロソフィカスの浄化の力が、牙を剥き襲い掛かってくる。

対して、臆せず足を踏みしめて構える響。

迫るエネルギーの濁流を、あろうことか両腕を突き出して受け止めた。

当然尋常ではない負荷が両腕にかかり、骨や筋が軋みと悲鳴を上げる。

 

「っああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」

 

少しでも気を抜くと肘が曲がってしまいそうな中、雄たけびを上げることで何とか体勢を維持しようとする響。

踏ん張った足が一ミリ、一センチと押し込まれ、ギアの靴底が削れていく。

ほぼほぼ考え無しの行動、何の根拠もない行い。

変化は、響が押し込まれそうになった時だった。

 

「立花ッ!」

「響ッ!」

 

両脇から支えられる。

それぞれに視線を向ければ、翼とマリアが見えた。

 

「今度はなぁーに企んでやがんだぁ!?」

「あたし達もかーたらーせてー!デス!」

「私達も、協力します!」

 

背後にも仲間達が続々と駆け付けるのが分かる。

 

「まったく!どういてこうも無茶をするのかしらね!?」

「そういうな!数字で語れぬ思い付きに賭ける価値はあると、マリアとて踏んだのだろう!」

「当然!」

 

響を挟んで不敵な会話が飛び交い、士気が上がっていく。

高まる鼓動のままに、紡いだのは。

 

「――――Gatrandis babel ziggurat edenal」

 

絶唱。

 

「Emustolonzen fine el baral zizzl」

 

始めに響、続いてマリアと翼。

奔流に押し流されぬもうひと踏ん張りに、命の絶唱(うた)が奏でられる。

 

「――――確かに絶唱なら、でも」

「このままでは」

「ええ、ギアも装者も無事じゃ済まない・・・・!」

「だったら!」

 

S.O.N.G.本部、艦橋(ブリッジ)

固唾を呑んで見守る中で、動いたのはエルフナインだった。

 

「ダインスレイフに焼却させて、肩代わりさせましょう!」

「確かに、このエネルギー量なら焼却してしまうが吉ね。やるわよ!」

 

了子も頷き、二人でキーボードを叩いて処理を始める。

 

(――――負けて、たまるか)

 

奔流に晒されている中、響は目を開ける。

視線の先には、未だエネルギーを放ち続けるアダム。

 

(あんなやつに、負けてたまるか)

 

怒りが、再び燃え上がる。

想起するのは、泣きそうな笑顔。

もう二度と見ることはないだろう、綺麗な表情。

・・・・・己の行いで、後戻り出来ないほど壊してしまった。

大切な、人。

 

未来(みく)のためにも、未来(みらい)のためにも)

 

目元が、視線が。

 

(――――まずはこいつを、倒すッッ!!!!!)

 

研ぎ澄まされる。

 

『本部のバックアップによるコンバートシステム、確率ッ!!』

『響ちゃん!!』

 

口が、自然と動いた。

 

「――――バリアコーティングッ・・・・リリイィースッ!!!!!」

 

取り払われる。

ダインスレイフの闇が、装者達を蝕まぬよう設けられていた。

最後の壁が。

 

「ぐううううううううううううううううう・・・・!!」

 

苦悶の声と共に、あっという間に漆黒に染まる戦姫六人。

 

「あああ■■■■ああああ■■■■■■あああ■■あああ■■■あああ■■あああッ!!!!!」

 

それがただの暴走ではないことなど、アダムにも分かった。

 

「何を、しようと・・・・!?」

 

答える様に、暴走を抑え込んで。

咆哮した。

 

 

「――――抜剣」

 

 

「ラストイグニッション!!!!!!」

 

 

闇が、罅割れる。

それぞれの輝きが、産まれ出でようとする。

 

「――――ッ」

 

――――癪だった。

不完全の分際で、完全たる己に未だ歯向かおうとする彼女達が。

甚だ癪だった。

だから彼は、火球を掲げる。

 

「ほどがあるッ、悪あがきにもッ!!」

 

松代のそれには遠く及ばず。

しかして、一帯を焼き払うのは十分な火力。

 

「受け入れろ完全をッッ!!!」

 

怒りのままに、解き放てば。

想定通りに上がる火柱。

 

「響・・・・!」

 

未だ走り続ける特殊車両の中。

紅蓮を噴き上げる現場を目の当たりにした未来は、固く両手を組んで。

思わず祈りをささげる。

 

「――――補ってきた、錬金術で」

 

――――アダムだって、分かっていた。

それ以上の成長など見込めない己の方こそ劣っていると、薄々分かっていた。

だからとて、到底受け入れられるものではない。

支配者として、統治者として生まれてきたのだ。

 

「いつか完全に届くために、超えるために・・・・!」

 

全ては、自分を捨てた神々を、アヌンナキ達を。

見返すために・・・・!!

そうだ。

そうでなければ、いけすかない巫女が生み出した児戯(れんきんじゅつ)など誰が頼るものか。

自尊心を踏み越えてでも、手に取りたい悲願があるのだ!!!

 

「――――ぅおああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

 

産声にも聞こえる雄叫びが、業火を突き破る。

アダムが呆然と見上げる先で、ミサイルに乗った装者達が空に踊る。

 

「・・・・ッ」

 

怒りと憎悪に歪んだ敵の目を、響は真っ向から見つめ返した。




※場合によっては本年度中に終わるかもです☆

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