チョイワルビッキーと一途な393   作:数多 命

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高揚のままに更新です。

追記:投稿直後に気づいて、楽曲コードを慌てて追加。
大変失礼しました。
あっぶねぇ……。


今わの際に

(胸のあれ、ラピス=フィロソフィカスに酷似しているけど・・・・まったくの別物か)

 

上空で追いかけながら、サンジェルマンは目を細める。

さきほど、地上で龍となったイヨ。

その胸元に、握りこぶし二つ分の巨大な宝玉が煌めいているのに気づいていた。

そしてそれこそが、彼女が扱う錬金術のエネルギー源であることも。

 

(世界一つを代償にしてなお錬金術を扱うなんて、一体どんなからくりを使ったのかと思ったけど、なるほど・・・・)

 

・・・・・『己の愛を貫くため』と言えば聞こえはいいが、その有様を詳しく知ってなお賞賛できる人間は。

一体どれほどいるのだろうか。

 

(少なくとも、あの子にとっての『立花響』とは。そうする価値があるということか)

 

考察している内に、追いつくことが出来た。

 

「珍しいじゃない、あなたが突っ走るなんて」

 

語り掛けながら顔に触れると、イヨは目だけを向ける。

人語を介する様子はない。

 

(この形態になると、言葉も失うのかしら・・・・・切り札であることは、見当ついていたけれど)

 

イヨが時折見つめていた指輪のペンダントが、何かしらの哲学兵装であることは見当がついていたサンジェルマン。

反応兵器が目視可能距離まで近づいてきたのは、その直後だった。

 

「・・・・雑談の時間は終いね」

 

呟きに、イヨは『くぅ』と喉を鳴らして同意した。

 

「ただ破壊しても、放射能汚染は避けられないでしょう・・・・でも、私の命と、ラピスを使えば、あるいは」

 

ちゃっかりイヨの背に乗ったサンジェルマンは、鬣をそっと撫でながら。

困ったように笑う。

 

「・・・・・貴女も、似たような手段を講じるために、飛び立ったのでしょう?」

 

語り掛ければ、まるで笛か猛禽類の様な一鳴きが返ってきた。

その声に、否定や反抗は見受けられない。

 

「行こう」

 

簡素な言葉に、イヨは再び喉を鳴らす。

それが、合図になった。

 

「――――解放の歌が 命を燃やす」

 

歌を、響かせる。

イヨも耳を傾けている中、反応兵器へまっすぐ進む。

迷いも、躊躇いも。

何もない。

 

(革命の為に駆け抜けた先がこれか・・・・存外、悪くない)

 

己の死期を悟り、腹を括っていたからこそ。

 

「――――漆黒の闇に 炎穿つために」

「――――解放の鐘が 終焉を奏でる」

 

聞こえた声に、目を見開いた。

驚愕のままに隣を見ると、サンジェルマン達と並んで飛行する人影。

カリオストロだった。

反対隣にはプレラーティもいる。

 

「「「自由に勝ち鬨を上げよ」」」

 

「「「曠劫たる未来を 死で灯せ」」」

 

動揺もあるが、時間は有限だ。

ひとまず歌いながら術式を組み上げ、迎撃態勢を整える。

 

《局長があんまりにもキナ臭すぎたから、ちょーっと一芝居打ってね?ここぞってところで、ぎゃふんと言わせてやろって。やられたふりして隠れてたのよ》

《わたし達が付いていこうと思ったのは、世界を広げてくれたお前なワケだ、サンジェルマン。あんな男のたくらみに、みすみす使い潰させるワケにはいかない》

 

『ところで』と。

歌う口は休めない一方で、カリオストロは視線をイヨに移す。

 

《イヨったら、こーんな隠し玉を持ってたのねー?随分イメチェンしちゃって、まあ》

 

覗き込んできたカリオストロに、鼻を鳴らして返事をするイヨ。

ニュアンスとしては、『反応に困るがとりあえず返事しておこう』といったものだろうか。

 

《感傷に浸るのはそこまでにするワケだ》

分かってる(わーってる)わよう・・・・行きましょ》

《ええ、ここを失敗するわけにはいかない》

 

同意するように、プレラーティは掲げた手で指を振る。。

取り出したのは一発の弾丸。

サンジェルマンは、投げ渡されたそれが只『物』ではないことを見ただけで読み取った。

それもそのはず。

間一髪のところでカリオストロに救助された後の潜伏期間に錬成した、プレラーティの最高傑作なのだ。

 

「否定せよ!」

「否定せよ!」

「真理こそ」

「絶対なのだ!」

 

頼もしく思いながら、受け取ったそれを装填。

イヨがぶわりと鰭なびかせ構える上で、狙いを定めて反応兵器を撃ち抜く。

放射能という、人の業に満ち満ちた『穢れ』で溢れた兵器に。

賢者の石の問答無用な浄化の力が、文字通り刺さる。

反応兵器がたまらず爆発してしまうタイミングで、イヨはすかさず鰭を物理的に大きく広げて。

爆発のエネルギーすら焼き尽くす極光を、すっぽり包み込んでしまう。

 

「ピリオドの杭を」

「虚偽に貫け!!」

 

錬金術師達がなおも歌い上げる中で、上空へ、上空へ。

余った鰭をなびかせて、天高く飛び上がっていく。

少しでも反応兵器の影響を最小限にする為、なるべく宇宙に近いところに遠ざけようということなのだろう。

飛んでいる間にも浄化は続く。

破壊の為だけに調整された放射能は、賢者の石を以てしても一筋縄ではいかないらしい。

長い歴史の中で、人間が生み出してしまった末恐ろしい兵器に少しばかり慄いてしまいながら。

それでも、サンジェルマン達が歌をやめることなはかった。

あるいは気に食わないやつの思い通りにさせないため、あるいは愛した人の未来を守るため。

あるいは、いずれ支配から解放される人類に、この先を託すため。

それぞれに、命を懸ける理由があった。

 

(・・・・ひびき)

 

天空から、イヨは視線を滑らせる。

少しだけ目を凝らさねばならなかったが、見えた。

響だ。

口元を閉じ切らず、目を見開いてこちらを見上げてきている。

・・・・・驚愕と、僅かばかりの絶望。

読み取れたその二つで頭を埋め尽くされ、キャパオーバーになっているのだろう。

それでも、緩慢とした動作ながら首を左右に振っているのは。

なお、引き止めようとしてくれているからだろう。

 

(・・・・・変わらないなぁ)

 

(・・・・・やさしい、なぁ)

 

目元が、綻ぶのが分かる。

――――ああ、そうだ。

世界が変わっても、命が尽き果てる一瞬でも。

ずっと、ずっと、ずっと。

優しくしてくれる人だった。

自分だって苦しいはずなのに、それでも誰かの為に尽くすことが出来る。

・・・・そんな響だったから、大好きだったし。

そんな響だったから、愛したんだ。

叶うなら、もう少しだけ触れていたかった。

叶うなら、もう少しだけ近くにいたかった。

叶うなら、もう一度だけ。

抱擁と唇を、交わしたかった。

・・・・・だけど。

響には、もう『未来』がいて。

それは、自分(わたし)じゃないことは分かり切っていて。

だけど、楽観視は出来ないのだ。

だって、もう。

絶望は確定してしまっているのだから。

 

(だから、せめて)

 

せめて、打てる一手を。

少しでも、望んだ未来を掴むための、抗いを。

 

(・・・・ひびき)

 

もう一度、響を見下ろす。

その姿を、目に焼き付ける。

 

(――――さようなら)

 

迸る極光の中。

鰭を、一際大きく羽ばたかせて。

 

 

 

天上へ。

 

 

天空へ。

 

 

 

星の海へ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

暴力的なまでに白い中。

ふと、目を開く。

誰かがいる。

 

(幻・・・・?・・・・誰?)

 

下から上へ。

ゆっくりゆっくり、視線をたどらせれば。

会いたくて、会いたくて、会いたくて。

たまらなかった人が、いて。

 

「・・・・ッ」

 

何故だか驚いた顔をしたその人は、堪えようとして、堪えられなかった涙を零して。

 

「やっと、届いた」

 

手が、差し出される。

・・・・震えながら、すっかり焼け爛れた手を差し出し返す。

 

「・・・・みく」

 

握れば、温かかった。

 

「・・・・頑張ったね」

 

引き寄せられる。

 

「・・・・ごめんね」

 

その胸に、収まる。

 

「ありがとう・・・・ありがとうッ・・・・!」

 

――――嗚呼。

 

「愛してる」

 

 

 

 

「ずっと、ずっと」

 

 

 

 

「このまま地獄に堕ちたって」

 

 

 

 

「君を、愛してる・・・・!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何て、幸せな。

 

 

 

 

 

 

 

 

死に際だろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ひびき」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

雲よりも遥か上で、光が瞬く。

仲間の耳元から、時折漏れ聞こえてくる通信によると。

放射能は、発生した傍から焼き尽くされている状態で。

地上への影響はないに等しいだろうということだった。

・・・・サンジェルマンさん達、錬金術師たちの反応も薄れて行っているらしい。

それは、光の中心にいるイヨさんも、言わずもがなだった。

 

「・・・・」

 

触れる。

イヨさんが、キスを送った唇に。

耳に意識を移せば、あの懇願が。

『生きて』という言葉が、リフレインする。

・・・・・・彼女が成したことは、悪だ。

七十億を犠牲にして、こちらに来てからも何人も手に懸けて。

たくさん、たくさん、傷つけて。

・・・・でも。

でも。

その原因が、わたしなのは間違いようもなくて。

・・・・どれほどの、絶望だったんだろう。

どれほどの絶望を、与えてしまったんだろう。

屍山血河を築くことを躊躇わないほどの絶望は、一体どれほどのものだったんだろう。

考えれば考えるほど、分からなくなってしまった。

 

「・・・・そういえば、『神の力』は?」

 

マリアさんが何かを言っている。

 

「――――宿らせたよ、左腕にね!!」

 

アダムが何かを言っている。

 

「ッ貴様!いつの間に!?」

「異次元に潜んでたってか!?」

 

皆の騒ぎ声に、上を見上げると。

今まさに巨大化しつつある腕が見えて。

 

「――――!!」

 

――――怒りで、頭がまっさらになった。

聖詠をちゃんと唱えたか分からないくらいに咆えながら、飛び出す。

 

「や、やめろォ!!」

 

何か言っている。

 

「よくないんだぞ!都合が!神殺しの力はァッ!!」

 

何か言っている。

 

「使えば背負う!!その身に呪いをォッ!!」

 

何か言っている。

 

「あdぁム!」

「ぐぁあ!貴様、ティキ!」

「アdmぅが抱キsめてkれないかRa、あtAしがdぁきしめtyうぅ!!」

「するなよ!邪魔を!木偶如きがぁッ!」

 

何か言っている。

全て無視して、目の前に迫った巨大な腕を。

思いっきり、殴り飛ばした。

 

「あ・・・・・あぁあ・・・・!・・・・ああああああああああ!!」

 

着地して、勢いのままに膝をつく。

漠然と、両手を見る。

 

「・・・・ッ」

 

――――わたしは。

わたし、だって。

未来が笑っていてくれるのなら、どんな選択だって出来るし。

その所為で死んでしまったって、後悔はないのに。

・・・・・・・なのに。

今のままだったら、どうなるかを。

まざまざ見せつけられて。

目の前が真っ暗になる感覚を覚えた。




143の錬金術のエネルギー源は、ずばり『響への愛』です。
汲めども汲めども尽きぬ愛が、文字通り原動力でした。

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