チョイワルビッキーと一途な393   作:数多 命

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想定より長くなったので、分割しました。
前回までの、評価、閲覧、ご感想。
誠にありがとうございます。
次は割と早く上げられると思います。




ボソボソッ(未来さんの誕生日にこれを上げるのはどうかと思いましたが、キリもよいので・・・・)


アンドヴァリの指輪

きゅらきゅらと、力強くキャタピラを駆動させて。

陸上自衛隊の戦車部隊は、指定されたポイントに辿り着いた。

ビルとビルの間を見上げれば、生き物の様に釣り下がる巨大な物体。

『護国災害派遣法』により、攻撃を命令されたオブジェクトだった。

 

「シンフォギアに・・・・若い娘さん達に任せきりというのも、格好がつかないからな・・・・」

 

双眼鏡から目を離した指揮官は、しみじみと零した。

 

「・・・・よし、作戦開始時刻・・・・・総員ッッ!!戦闘用意!!」

 

――――彼らは、知らされていない。

その中に何があるかなど。

ただ、『核がある』としか聞かされていない彼らは。

 

「撃ぅちぃー方ぁー!始めェッ!!」

 

燃える使命のままに、砲撃を開始する。

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

――――響いた轟音に、S.O.N.G.の誰もが神経をとがらせた。

直ちにモニターを起動させれば、響が入っている繭に砲撃を続ける戦車部隊が。

 

「自衛隊、作戦開始・・・・!」

「彼らは、あそこに何が入っているか知らされていないのか!?」

 

次々砲弾を撃ち込まれる繭を見て、唖然としたり、奥歯を噛むオペレーターの面々。

響が、やっと17歳になる少女が。

兵器を向けられているという光景。

実に嘆かわしいことだが、いつまでも俯かないのが彼らである。

 

「アンチリンカーは!?」

「ばっちり!必要量用意出来てるわよぉー!!」

『私達が!!』

『作りました!!』

 

弦十郎の問いかけに、了子が親指を立てれば。

すかさずモニターに現れた技術班達が、ノリよくポーズを決める。

 

「よし!!総員直ちに配置につけ!!」

「りょオーかいィ!!」

 

オペレーター達は激しくキーボードを叩き、エージェント達はモニターの向こうで慌ただしく動き回って装備等の最終点検を行う。

 

「・・・・ッ」

 

各々が気合を入れる中。

作戦概要を聞くために、司令室を訪れていた彼女は。

未来は、車椅子に座していた。

サンジェルマンのおかげで、こうやって動けるだけの状態に快復したものの。

やはり、ガーゼやギプスなどの重傷箇所が目立つ。

何よりも目を引いたのは、髪だった。

年頃の少女らしく長かった髪は、見る影もなく。

イヨとの激戦により、首元までばっさりと切り落とされてしまっていた。

 

「――――」

 

声もないままに、響の名前を呼ぶ。

神獣鏡を失ってしまった今、駆けつけることすらもかなわない。

・・・・イヨとの決戦で、全力を尽くしたことに悔いはない。

 

(なかった、つもりだったのに)

 

それでも、こうやって何もできない状態に戻ると。

隣に立てていた頃が、責め立ててくる。

 

「――――」

「・・・・ッ!?」

 

今まさに頭の中にいたイヨに肩を叩かれたのは、そんな時だった。

手枷を外された彼女は、『しっかりしろ』とばかりに未来と目を合わせると。

その視線をモニターに戻す。

 

「・・・・・取り戻すわよ」

 

シンプルに告げられたそれは、彼女なりの激励か。

それとも別の何かか。

どちらにせよ、今にも崩れ落ちそうな未来の顔が引き締まったのは確かなことだった。

 

「響君を叩き起こしに行くぞ!!ド派手な誕生日パーティにしようじゃないかッッ!!!」

――――応ッッッ!!!

 

奪還作戦が、始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

なおも砲撃は続き、繭はいたる所に砲弾を受けている。

だが、表面には傷どころか焦げすらついていない。

超常の存在であることは理解していても、持てる手段が通用しないというのは焦りを産む。

 

「くそ、こんなの続けて意味があるのですか!?」

「分からんがやるしかない!攻撃は命中している!ノイズではないことは確かなんだ!!」

 

どれほど崇高な使命を抱いていても、どれほど人格者であっても。

こんな不毛な状況でも冷静でいられる人間が、果たしてどれほどいるであろうか。

心が揺らぎ始めた、その時だった。

 

「ッなんだ!?」

 

微動だにしなかった繭が、激しく発光し始めたのだ。

気を抜けば目を潰されてしまいそうな眩さに、思わず顔を庇う面々。

真っ暗な視界の向こう側で、何か巨大なものが降り立つ音と振動が轟く。

 

「一体、何が・・・・!?」

 

痛む目を必死に宥めながら腕をどけると。

そこにいた巨体に、絶句した。

全体的な色合いは、銀と赤。

体系こそは女性的だが、顔周りは人間のそれとは大きくかけ離れている。

見上げんばかりの井出達は、威圧感を放っていた。

 

――――G,rrrrrrrrrr

 

歯を食いしばった『そいつ』は、喉の奥から唸り声を上げると。

 

――――Wooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!!!!!

 

咆哮を轟かせた。

 

「ッ怯むな!!撃て撃て撃て!!」

 

即座に砲撃を叩き込む。

血税を無駄にしないために、これでもかと高めた命中率は。

この場においても健在であったが。

効果があるかどうかは、また別の問題だった。

 

――――oooooooooaaaaaaaaaaaa!!!

 

寝起きへの攻撃に怒りを覚えたのか、『そいつ』は口元にエネルギーを溜めて解き放つ。

 

「っ戦車が・・・・!」

 

放たれた光線は、戦車をいともたやすくひっくり返して破壊していく。

昔々の、昭和の頃の巨大ヒーローを彷彿とさせる姿とは裏腹に。

まるで怪獣のような有様だった。

 

「なるほど、殲滅を命じられるわけだ・・・・!」

 

苦い顔をする傍ら、状況はさらに続く。

 

「ッ後方より接近する車両!多数有り!」

「なんだと!?所属は分かるか!?」

「コード照合・・・・出ました、S.O.N.G.ですッ!!」

「ッ・・・・・・手こずりすぎたか・・・・!」

 

悔しさを隠さず、苦い顔をする指揮官。

そうこうしている内に、S.O.N.G.の部隊が集結してしまった。

 

「これは我々S.O.N.G.の案件です!自衛隊は直ちに撤収してください!!」

「断る!!我々も日本政府の命令で動いているのだ!国連の指令に従う理由はない!!」

 

代表して、翼が前に出て声を張り上げれば。

負けじと指揮官も言い返す。

事実、自衛隊にはまだ余力がある。

ここで退けば、来年にやっと成人を迎える彼女を筆頭に、子ども達が前線に出ることになる。

それだけは、避けたかったのだが。

 

「うわっ!?」

「な、なんだ!?」

 

突如響く、甲高い音。

肩を跳ね上げ振り向けば、各車両の砲塔や装甲が抉られたり切断されたりしている。

人的被害は有りそうにないものの、作戦の続行は不可能なのは一目瞭然だった。

 

「――――理由がなければ」

「くれてあげる」

 

下手人は、確か今回の『侵攻勢力』だと記憶している二人。

それぞれ、銃剣と袖口の暗器を携えて。

いつのまにか自衛隊よりも前の方に躍り出ていた。

 

「・・・・ここまでか」

 

装備がここまで損壊してしまえば、居座る理由は無くなってしまう。

粘ったところで、空しいだけだ。

 

「・・・・総員、撤退だ」

 

結局。

キャタピラをうならせて、無念と共に退くことになった。

入れ替わるようにして前に出たのは、S.O.N.G.の特殊車両達。

背負った砲塔には、アンチリンカーがたっぷり詰められていた。

 

「まったく、随分大きくなったものだな。立花響」

 

『そいつ』を、ディバインウェポンと化した響を見上げて。

サンジェルマンが苦笑い。

 

「笑ってる場合かよ、とっとと叩き起こすぞ」

「・・・・ああ、分かっている」

 

装者と並び立ち、決意に眉を潜めた。

 

「――――響」

 

――――その呟きには、どんな思いが込められているだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

炎が、燃えている。

 

蒼い炎が、燃えている。

 

何も温めず、一欠けらの安堵もなく。

 

ただただ恐怖だけを与える灯り。

 

初めて見るはずのそれを。

 

どうしてだか、知っている気がした。

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

「挨拶代わりのッ!!ガトリングだッッ!!!」

 

まずはクリスとサンジェルマンの弾幕で、『響』の気を引きつける。

その隙に車両が取り囲む形で展開した。

 

――――AAAAaaaaaaaaaaa!!!!!

 

苛立たし気に手を振り上げ、叩きつけてくる『響』。

その衝撃と振動に足を取られるも、各々はすぐに復帰して駆け出す。

 

――――OOOOOOOooooooooooooo!!!!

「・・・・ッ」

 

再び光線を放つ『響』。

射線上にいた特殊車両を庇い、イヨが錬金術を放つ。

光線と炎がぶつかり、閃光が迸った。

 

「ッ手伝って!!」

 

アガートラームのバリアを握ったマリアが声を張り上げると、即座に調と切歌が反応して駆け寄った。

まるで巨大な布かフィルムのようにバリアを伸ばして、『響』を拘束せんと試みる三人を見て。

残りの面々はすぐさまフォローの布陣を展開する。

 

「大人しく・・・・しろッ!!」

 

なおも咆える顔面に、サンジェルマンが派手な一撃。

『響』の体が大きくのけ反り、動きが鈍る。

そこが好機とばかりに、マリア達が走る速度を上げる。

翼とクリスも加わった疾走で、見事ぐるぐる巻きにされた『響』は。

煩わしそうに身じろぎをするのみとなった。

 

「今だぁッ!!」

 

翼の、怒声にも似た声を合図に。

特殊車両達が、一斉にアンチリンカーを叩き込んだ。

砲台ごと飛んで行ったアンカーは、『響』の腕や腹に胸元、太ももや尻にまで取り付くと。

中に貯めこんだアンチリンカーを、『響』に注入していく。

 

――――AAAAAA!!....Aaaaa.....uu....!!

 

始めこそ抵抗していた『響』だったが、砲台のアンチリンカーが減るにつれて動きが鈍り始めた。

終いには項垂れて、完全な静止状態になってしまう。

 

『未来ちゃん、今よ』

「――――はい」

 

少し離れた位置の車両。

そこに未来は待機していた。

了子の合図でスイッチを入れたマイクは、『響』の胸元に繋がっている。

何を話すかは決まっているので、どうやって話そうかと考えながら、ふと。

響とゆっくり喋るのは、久しぶりだというのを思い出した。

 

「――――響」

 

まずは、名前を呼ぶ。

 

「誕生日、おめでとう」

 

一つ、一つ。

丁寧に選びながら、言葉を紡いでいく。

 

「あなたは、もしかしたら。『自分が生まれてこなきゃよかった』ってまだ思っているかもしれないけれども」

 

時々見た、カレンダーを見る憂鬱そうな横顔。

自分の命を、疎んでいるかのような眼差し。

未来なんかじゃ到底思いつかないような、『逃げられない何か』を背負い続けている人へ。

 

「わたしは、あなたと出会えて。とても、とても、幸せです」

 

苦しくて、苦しくて、たまらないのに。

溢れんばかりの優しさと、たくさんの愛を注いでくれる人へ。

未来は、同じだけの愛を返すように、語り掛ける。

 

「ありがとう」

 

怖くて泣いていたところに、手を差し伸べてくれた。

苦しくてつらい場所から、連れ出してくれた。

決して見捨てないで、手を離さないでいてくれた。

 

「生まれてきてくれて、ありがとう」

 

「わたしと出会ってくれて、ありがとう」

 

大好きな人へ、ありのままの気持ちを伝える。

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

(声が、聞こえる)

 

(誕生日・・・・そっか、今日なんだ)

 

暗闇に漂いながら、覚醒する。

 

(・・・・ありがとう、か)

 

(お礼を言うのは、わたしの方なのにな)

 

聞こえてきた愛しい声に、耳を傾ける。

 

(・・・・・でも、そうだな)

 

(そろそろ、起きないとな)

 

指、手のひら、腕と。

感覚を取り戻す。

伸ばせば、指先が引っかかる。

 

(行かなきゃ)

 

指先に力を込めて、左右に引っ張れば。

ばりばりと、罅入っていく暗闇。

 

(帰らなきゃ)

 

だって、ここには。

 

(ここには、温もりがいない)

 

痛みも、罪も、何もかもを包み込んで。

抱きしめてくれる、優しい両手がない。

心から守りたいと願う、愛しい存在がいない・・・・!

 

(帰らなきゃ・・・・!)

 

罅の間から、光が漏れる。

あと少し、あと少し。

 

「待ってて、未来。わたしの陽だまり!!」

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

聞こえた。

響の声が、確かに聞こえた。

共にいる緒川や、S.O.N.G.のエージェントには聞こえていないようだが・・・・。

未来には確信があった。

それが当然の様に、手を差し出す。

彼女の視線からは、ちょうど手の間に『響』が収まって。

まるで受け止めているように見えた。

 

「おいで、響。わたしの太陽」

 

口をついて出たのは、そんな表現だった。

『太陽』。

そう、響は太陽だ。

時に優しく温めて、時に苛烈に焼き焦がす。

厳しさと優しさを兼ね備えた、強い人。

・・・・太陽が無ければ、何も生まれない。

命も、自然も、陽だまりも。

もはや小日向未来にとって、立花響は。

それほどなくてはならない存在なのである。

 

「響さんが!」

 

巨人の核が砕け散れば、そこから落ちてくる響。

脱出で体力を使い果たしてしまったのか、頭から落ちているというのに身じろぎ一つしない。

このままでは取り返しのつかない事態になりかねない。

 

「立花ッ!!」

 

いの一番に飛び出し、誰よりも早く駆けつけたのは、イヨだった。

跳躍のち、落下する響を受け止めて、綺麗に着地。

すぐ次に駆け付けた翼共々、最悪の事態の回避に一同はほっと息をつく。

 

「――――無事に、救出完了だな」

『ああ、こちらも無事に終わったよ』

 

本部にて、弦十郎もまたどっと椅子に座りこめば。

八紘が通信で語り掛けてくる。

 

『柴田事務次官が、蕎麦に習ったコシの強い交渉で。反応兵器の発射を食い止めてくれた』

「よかった・・・・」

 

心からの安堵を口にして、弦十郎は顔を綻ばせる。

 

「・・・・?」

 

響は、すぐに意識を取り戻した。

未だ微睡む頭を叱咤しながら、何とか目を開けて上を見上げると。

イヨと、目が合う。

未来と同じ顔で、未来と違う色の髪を揺らして。

未来と違う色の瞳で見下ろしている、その顔は。

まるで、捕食者に追い詰められた獲物の様な。

どこにも逃げ場がないような、愕然とした表情をしていた。

 

「・・・・ィヨ、さん?」

 

何とか声を絞り出して語り掛けると、びくりと、明らかな怯えを見せるイヨ。

それから束の間もなお、狼狽えていた彼女だったが。

やがて一度目を伏せると、諦めたような、何か重大な決断を下したような。

痛々しい笑みを向けてくる。

 

「・・・・未来?」

 

今にも崩れ落ちそうな様に、思わずそう呼んだ時だった。

 

「司令ッッ!東シナ海より飛翔する物体あり!!」

「映像、照合・・・・・ッ反応兵器です!!」

『撃ったのか!?』

 

一気に緊張が走り、通信を繋げたままの八紘も険しい顔になる。

 

「発射は取り下げられたはずだろ!?一体どこが!?」

 

弦十郎が頭を抱えて嘆き、

 

「~~~~~ッッ!!!!!!」

 

遠く離れた風鳴本家にて、訃堂が声もなく怒髪天を衝いていた頃。

 

「――――貴国は何を考えているのだ!?」

 

国連総会にて、各国から追及を受けていたのは。

日本の隣国、中国だった。

 

「仮称『ディバイン・ウェポン』は無事に無力化されたというのに、なぜ反応兵器を!?」

「い、今本国に確認をとっているところだ!!我々としても寝耳に水で、一体どういうことだか・・・・!」

 

それぞれに責め立てられ、冷や汗をかく中国の代表者。

柴田は混乱する会議場を冷静に見つめる一方で、『蕎麦が食いてぇ』と束の間だけ現実逃避をした。

 

「――――国連の決定など、関係ない」

 

件の決定を下した、今代の国家主席は。

執務室の椅子にゆったりと座り直しながら、役目を終えたスイッチを部下に手渡す。

 

「帝国時代の鬼子(グイズ)が生きている限り、かの国へ手心を加えるなど、あり得ない」

 

厳かに頬杖を突きながら、モニターにて顛末を見届ける。

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

怠い体を何とか起こしながら、空を見る。

通信を受けた翼さん達の話から、わたしを狙った核兵器が発射されてしまったということは理解できた。

・・・・心臓のあたりが、一気に冷えるのが分かる。

もう百年近く前になる大戦の末期に、日本で顕現した二つの『地獄』。

人類が長きに渡って背負うことになった、特大の『大罪』。

先人達が、『三度目』は起こすまいと必死に続けてきた努力を。

わたしが切欠で踏みにじる形になるなんて・・・・。

いや、だとしても。

まだ出来ることはあるはず。

・・・・最悪、犠牲覚悟で海に逸らすか?

でも昨今の反応兵器って、都市どころか県とか州を吹き飛ばせる威力らしいし。

・・・・どうすればいい?

どうすればいい・・・・!?

文字通り頭を抱えて、何とか迫りくる脅威に抗おうとする。

 

「――――響」

 

イヨさんが、名前を呼んできたのは。

そんな時だった。

我に返ると、未来と少し違う顔が近付いてきて。

・・・・触れるだけの、キスを送られた。

 

「・・・・どうか、どうか。死なないで」

 

こっちがびっくりするのもお構いなしに、両手を差し出して。

 

「見捨てるのがあなたであるなら、『未来(わたし)』は決して恨まないから。だから・・・・!」

 

宝物を抱える様な、抱擁。

 

「生きて」

 

耳元でささやかれたのは、そんな懇願。

 

「生きて・・・・どうか・・・・」

 

「わたしを、独りにしないで・・・・!」

 

・・・・・何も言えない内に、温もりが離れていく。

何をするのが正解なのか分からなくて、何を伝えるのが正解なのか分からなくて。

ただただ、ここで手放すことが間違いであるという確信だけはあって。

だけど、がむしゃらに伸ばした手は。

彼女が取り出したものに。

・・・・随分と古ぼけてしまった、未来に送った指輪に。

否応なく止められる。

 

「――――さようなら、大好きな人」

 

いっそのこと、見惚れてしまうような。

呼吸を忘れてしまうくらいに。

綺麗な、笑顔。

 

「あなたに貰った愛も、渡した愛も、全部全部」

 

「かけがえのない、大事な宝物でした」

 

そんな、この先一生忘れられないような表情で。

ペンダントチェーンから解き放った指輪を。

左手の薬指に、通した。

 

「ぅゎ・・・・!」

 

一拍だけ、何もかもが静まり返った後で。

溢れるエネルギーが、暴風となって吹き荒れる。

思わず顔を庇って、耐えきって。

腕を、どけると。

 

「――――」

 

龍が、いた。

きらきら透き通った鰭を、まるで羽衣みたいに揺らしながら。

悠然とそこに存在していた。

・・・・どんな馬鹿だって、分かるだろう。

目の前の、泣きたくなるくらいに綺麗な存在は。

イヨさんが変化したものなのだと。

 

「・・・・・ぁ」

 

息を呑んで、馬鹿みたいに呆けていると。

鰭をくゆらせて、イヨさんが近付いてくる。

瞳を閉じて額を寄せる姿は、まるで今生の別れを告げているようだった。

・・・・深く考えないで、ただそれが正しいと思って。

人間でいう鼻筋にあたる部分に、手を当てれば。

嬉しそうに、身じろぎをした。

 

「ま、待っ・・・・!?」

 

その次の瞬間には距離を取って、素早く体を翻すと。

高く、高く、高く。

手が届かないところまで、登っていく。

・・・・頭がぐちゃぐちゃで、情けなく手を伸ばしたままの体はロクに動いてくれなくて。

ぼんやりと、見送ることしかできなかった。

 

「・・・・・はぁ」

「ッ!?」

「ああ、いや・・・・お前に向けたものではないよ」

 

突然聞こえたため息に、思わず叱られたような気持になって振り向く。

視線が合ったサンジェルマンさんは苦笑いして、飛んでいくイヨさんを見る。

 

「・・・・部下の下へ、行ってくるわ。仮にも上司なのだから」

 

シンプルにそれだけを告げて、サンジェルマンさんも飛び立っていった。




哲学兵装『アンドヴァリの指輪』
イヨがペンダントにして持ち歩いていた。
安物だったんだろうなと分かる、だいぶ古ぼけた指輪。
かつて大好きな人に贈られて以降、大事に大事に取っていた。
左手の薬指にはめることで発動。
使用者を龍へ変貌させる。
イメージは、鰭が羽衣っぽく見える東洋龍。
後ろ足はなく、不思議パワーで常に浮遊している。

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