チョイワルビッキーと一途な393   作:数多 命

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同じ星空の下

――――ギアを纏った瞬間から、逃れようのない重みが体にのしかかる。

折れそうになった膝を慌てて立て直して、眼前のイヨと向き合う。

鉄扇を握りしめて構えるのと、相手が陣を展開するのは同時だった。

 

「・・・・ッ」

 

横っ飛びで放たれたかまいたちを回避。

痛む肺で呼吸しながら、緒川に習った無理のない体捌きを必死に思い出して動く。

ばねの様に跳ね上がり、イヨを飛び越える。

口角を喀血で濡らしながら、レーザーを撃った。

羽虫のように弾かれるのは想定内。

続けざまに剣の形を取った氷が、未来を貫かんと迫ってくる。

鉄扇をがむしゃらに振って防ぐ間に、イヨが肉薄。

未来がそれに気付くのと、イヨが胴体に拳を突き刺すのは同時だった。

 

「あ"、がッ!!」

 

インパクトが内臓を揺さぶり、猛烈な不快感と吐き気が襲い掛かってくる。

ふらついた横っ面を蹴り飛ばされ、視界に星が舞った。

ギアを纏った負担と、激しく動き回った反動に。

喉がふいごの様に鳴っている。

戦いが始まってまだ五分と経っていないのに、すでに体は限界を迎えつつあった。

以前よりもずっと役立たずに成り下がってしまった己に嫌気がさしながら、未来は顔を上げた。

 

「あ」

 

見えた靴底に反応できない。

視界に再び星を飛ばしながら、自身も宙を舞った。

地面を何度も跳ねながら転げていく。

肩や膝、あばらがヒビ入る感触を覚えながら。

事切れた護衛にぶつかって飛び越えたところで、やっと止まった。

 

「う"う"ぅ"・・・・ぇぐっ!?」

 

肘を支えに何とか起き上がろうとすると、首を掴み上げられる。

圧迫された骨から、メリメリと嫌な音。

『まずい、死ぬ』。

そんな言葉が頭を過ぎった頃、地面に叩きつけられた。

 

「が、ぁ・・・・!!」

 

呼吸がままならない。

痛みのあまり、息をやめそうになる。

止めたところで、苦しくなって空気を求める。

終わらない。

苦痛が終わらない。

 

「ごほっ、ごっほ・・・・ごほごほごほ・・・・!」

 

攻撃は一旦止んでくれたが、これで終わるわけがない。

ぐゎんぐゎん揺れる頭を押さえながら、きしむ首を動かして顔を上げると。

こちらを無機質に見下ろすイヨと目が合った。

――――心臓を鷲掴まれた気分になる。

挫けそうになる心を何とか叱咤するも、なかなか立ち直ってくれない。

無理も、ないことだった。

だって彼女は、シンフォギアだとか、ファフニールの旅路に付き合ったとか以前に。

一人の、か弱い未成年なのだから。

明確に、はっきりと見えてきた死の気配に、どうして怖気づかずにいられようか。

 

「ぐ・・・・かふっ・・・・・」

 

肺の傷口から、再びせり上がってきた血を吐き出して。

未来は再びイヨを見上げた。

 

「・・・・・何度も、何度も。思ったでしょう」

 

見下ろしながら、イヨが口を開く。

 

「『わたしさえいなければ』って」

 

吐き捨てられたのは、覚えのある後悔。

 

「その通りよ」

 

まるで、体中に凶器が突き刺さっているような声が絞り出される。

 

「わたしさえいなければ、響は死ななかった」

 

一歩。

 

「わたしさえいなければ、響は苦しまなかった」

 

一歩。

 

「わたしさえ、いなければ」

 

憎しみを籠めて踏みしめながら、未来へ迫る。

 

「響が、あのライブを理由にッ・・・・責められることはなかった・・・・!!」

 

頭が掴み上げられる。

万力で圧迫され、脳が警鐘を鳴らすも。

未来には、どうすることもできない。

 

「響は、あんな目に遭わなければならなかったの?あんな重いものを背負わなければならなかったの?それほどのことをやったと言うの?」

 

「――――違うでしょッッッッ!!!」

 

放り投げられる。

口に砂利が入っても、吐き出す力すら残っていない。

あの日叩き込まれた呪いは、未来が思う以上に体を蝕んでいた。

 

「なんて、なんて恥知らずなのかしら。わたしもッ!!あなたもッ!!」

 

顔を両手で覆うイヨ。

指の間から見える瞳には、怒り、狂気、絶望、後悔。

とにかく様々な負の感情がないまぜになって、濃く、鈍く。

爛々と光っていた。

 

「追い詰めた分際で、陥れた分際で!!!!何が『大丈夫』よ!!『気にしないで』よ!!『大好きよ』よ!!挙句の果てには『愛している』!?面の皮が厚いにも程がある!!!」

 

右手、指にスナップが利く。

『獣殺し』が刃を露にする。

 

「人に罪を背負わせてッ、逃れられぬ苦しみを押し付けてッ!!その癖のうのうと善人面をするッ!!」

 

イヨの激情に呼応して、『獣殺し』が禍々しい輝きを帯びて。

 

「醜悪で、自分勝手な、矮小な下女がッ!!!」

 

「己の正体とッ!!!知りなさいッッッッ!!!!!!」

 

振るわれる刃。

逃れることは叶わず。

大きく袈裟切りを受け、噴水の様に出血する未来の体は。

どう、と。

四肢を投げ出して倒れ伏した。

断たれた血管はしゅうしゅうと音を立てて、なお血を流し続ける。

 

(何も、言い返せなかったな)

 

意識が遠のく中で、未来はイヨの言葉に同意している自分に気付いた。

 

(そうよね、だって合っているものね)

 

都会の光に照らされても、負けじと輝く星を見上げながら。

 

(ああ、わたし。死んじゃうんだ)

 

諦める様に、意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――埼玉県のビル街に埋もれて、ひっそり佇む神社。

サンジェルマンさん達が動き出したのは、夜中のことだった。

どうやら味方にすら内緒で、S.O.N.G.のエージェント達を配備していたようで。

わたし達が連絡を受けた時には、すでに交戦しているという話だった。

さらに神社本庁との連携で、レイラインを遮断するなんて離れ業もやってのけちゃうし。

なるほど、これもまたOTONAの戦い方・・・・!

代わりにわたし達も閉じ込められちゃったけど、それはそれ。

『敵を騙すには、まず味方から』の真髄、見せていただきました・・・・!

 

「――――さて」

 

さて。

わたしと切歌ちゃんの目の前には、ちょっと控え目なお社と。

そこで『仕上げ』を行っていたらしいサンジェルマンさん。

その傍らには、見覚えのないオートスコアラーがいる。

大方、あれが『神の力』を降ろす先なんだろう。

サンジェルマンさんは、一糸纏わない肢体で恥じることなくこちらと向き合っている。

・・・・『神の力』を降臨させようってだけあって、儀式も負担がかかるんだろうか。

心なしか、覇気がないように見えた。

それにしてもお肌キレイっすね。

 

「・・・・何度目だろうな、こうやって対峙するのは」

「あなた達が悪さする限り、何度だって。こっちだってお仕事なので」

「責務に忠実でよろしいことだ」

「やりがいのある楽しい職場ですよー」

 

おててをひらひらさせつつ、切歌ちゃん共々警戒を解かない。

っていうか、わたしとサンジェルマンさんってそんなしみじみするほど会って無くないか・・・・?

い、いや。

過ごした時間は割と濃密だったから・・・・。

・・・・気を取り直して。

 

「やめろって言っても、やめてくれないデスよね」

「当たり前だろう」

 

切歌ちゃんに即答するサンジェルマンさん。

 

「全人類を、バラルによる支配から解放する。統一言語による相互理解を取り戻すことで、人が人を虐げる歪んだ理を正すッ!!」

「・・・・例え、救いたい命を奪っても、ですか」

「そうだ」

 

『それでいいのか』って問いかけは、多分野暮だ。

わたしも自分のエゴで殺したからっていうのもあるけど。

それ以上に、何度も何度も自問自答してきたであろうことは、予想するまでもなく分かるから。

その段階を乗り越えたから、あの人はここに立っているんだ。

 

「・・・・もはや、言葉は不要だな」

 

目の前で、ファウストローブが纏われた。

わたしも切歌ちゃんも、足元に力がこもる。

場の空気が、研ぎ澄まされていく。

風が通り過ぎて、靡いた髪が落ち着いた頃。

切歌ちゃんと、飛び出した。

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

「「イグナイトモジュールッ!抜剣ッ!!」」

 

イグナイトを起動させ、突っ込んでいく響と切歌。

高らかに歌い上げるは、この日まで磨き続けたユニゾンだ。

一段どころか三段飛ばしでフォニックゲインを上昇させながら迫りくる彼女らへ、サンジェルマンは慌てず銃口を向け、引き金を引いた。

歌うような音、ラピス=フィロソフィカスの浄化が行使された証。

一歩前に踊り出た響が、取り出した『刃』を幅広く変形させて。

見せつける様に構えた。

弾丸が当たる。

『刃』は砕けたが、イグナイトを纏った響が倒れることはなかった。

 

「・・・・ッ!?」

 

サンジェルマンがそれに驚いている間に、接近しきった切歌が斬撃を見舞う。

強風のような攻撃を飛びのいて回避したサンジェルマンは、怯まず機銃の如き反撃を撃ち出した。

防御が間に合わなかった切歌を、響がフォローする。

 

(ラピスが効かない・・・・これが、カリオストロとプレラーティを討った、S.O.N.G.の一手か)

 

やはり、イグナイトが剥がれない彼女達を見てサンジェルマンは目を細めた。

 

(加えて、ザババのような神話的繋がりのない聖遺物同士でのユニゾン。厄介ではある・・・・)

 

だが、と。

スペルキャスターの引き金に指をかけ、顎を引く。

 

(だからとて、彼女達自身の身体能力はこれまでのデータと大差は見られない。勝機を求めるなら、そこだ)

 

油断なく、二人を睨みつけた。

 

(――――次は逃がさない)

 

一方の響も、拳を構えなおしながらサンジェルマンを見据えた。

 

(多分、今ので大体の実力は把握されたと思うべき。ならば、取るべき一手は)

「切歌ちゃん」

「合点」

 

一声かけると、頼もしい返事。

サンジェルマンが、今度は錬成陣を展開して攻撃準備に入る。

・・・・未来のところに、イヨが襲撃しているらしいことは。

すでに響の耳に届いていた。

過保護だの、侮るだの以前に。

未だ死に体の未来が戦うなんて、無謀にもほどがある。

手遅れになる前に、助けに行くためにも。

速攻での無力化を目指すことにした。

 

「デーッス!!!!」

 

切歌と一緒に、刃の弾幕を放つ。

サンジェルマンはもちろん、傍に控えてい入る錬成陣(砲台)も損傷、あるいは破壊するつもりで。

やる気満々ぶりを察知したのか。

響と切歌に加えて、刃にまで意識を割いて対処しだすサンジェルマン。

狙い通り、と口元を締めた響は。

サンジェルマンの意識が離れたコンマ数秒。

まさにまばたきの間に死角へ潜り込む。

 

「なっ・・・・!」

 

気が付かれたが、もう遅い。

胸部のど真ん中目掛けて、拳がうなりを上げる。

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」

「――――ッ」

 

杭を打つように、内側へ直接インパクトを叩き込んだ。

息が詰まるような、文字に書き起こすにはいささか難しい、短い苦悶を零して。

サンジェルマンが吹き飛んでいく。

派手な土煙を上げて突っ込んだのは、拝殿の賽銭箱。

 

「おのれ・・・・・!」

 

もちろんこの程度で怯まないサンジェルマン。

すぐに立ち上がり、体勢を立て直そうとしたが。

 

「ブン守ろうッ!」

 

切歌の推進力も借りた響が、突っ込んできて。

 

「今日をおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」

「な、ぐぶッ・・・・!!」

 

その整った横っ面を、殴り飛ばしたのだった。

再び土煙を上げて倒れるサンジェルマン。

もうもうと立ち上っている場所を、油断なく見据えていた響達だったが。

やがて煙幕も薄まり、相手が伸びていると分かると。

まだ警戒を続ける切歌とは対照的に、響は焦りから早々に踵を返す。

・・・・すっかり弱ってしまっている恋人が、死にかけている現状で。

冷静でいられるほど、大人ではなかったのだ。

それは当然、大きな隙になって。

 

「ッ響さん!」

 

銃口が向けられる。

気付いた響が、間に合わない防御をするよりも早く。

切歌が飛び出した。




「『うおおおおおお!』って勢いだけで書き上げたのは否めないけど、早く更新したかった」、などと供述しており・・・・。

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