チョイワルビッキーと一途な393   作:数多 命

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思ったより長くなりそうだったので、分割しました。
パソコンを新調したので、普段と違う書式になってたり、誤字脱字が多かったりするかもしれません。


うさぎやうさぎ、どうやって跳ねる

言うだけあって、神主さんのキッシュはめっちゃおいしかった。

いやぁ、ごちそうさまでした。

 

「・・・・お前、あんまり食ってなかったのか」

 

息抜きも兼ねているからか、そのままお泊りすることになった夜。

お布団を敷いていると、クリスちゃんが話しかけてきた。

 

「なんで?」

「いやなんでって、お前・・・・めちゃくちゃがっついてたじゃねぇか」

「確かに、いっぱい食べるにしても今日は段違いだったデス」

 

ああー・・・・。

久しぶりの独りじゃないごはんだったとはいえ、人様の家で無遠慮だったなぁ。

 

「・・・・ったく、しっかりしろよな」

「いやぁ、あはは。お恥ずかしい・・・・」

 

こっちの事情を察してくれたのか、それ以上は言ってこなかった。

・・・・おなかも満たされたから、今夜はぐっすり眠れそうだ。

お布団をかぶって、目をつむる。

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

しばらく見ない間に。

ずいぶん大きくなっていたのだなと。

見当違いなことを考える。

熱気に炙られ急激に乾いていく目を、細めることで庇いながら。

 

「ぐ・・・・う・・・・!」

 

目の前で倒れ伏す彼女を見下ろした。

 

「・・・・・な、んで」

 

精も根も尽き果てて、もはや気力だけで動いた彼女は。

片手でこと切れた相棒を、もう片手で愛用の杖を搔き抱きながら。

対照的にこちらを見上げる。

 

「・・・・どおして・・・・未来ちゃんッ・・・・!!」

 

問いかける声と顔は、悲痛を隠しきれていない。

 

「どうしてッ、全部焼却しようだなんてッ!?」

 

慟哭が、灼熱の中を響き渡る。

茹だる様な中、一呼吸分質問の意味を考えて。

出てきた答えは、『なんだ、そんなことか』という拍子抜けだった。

いや、この子の疑問ももっともではある。

ずっと彼女の姉(さいあいのひと)の隣にいて、その生き様を最期まで見届けた私が。

どうしてこんな、鏖殺を超えた鏖殺をやらかすのかだなんて。

信じられないのだろう。

 

「――――だって」

 

だから、伝えた。

ありのままの感情を。

 

「この世界には、響がいないもの」

 

目が、見開かれていくのが見える。

構わず続ける。

 

「何度世界が救われたって、何度巨悪が打ち倒されたって。そのあとの平和な時間には、全部響がいないから」

 

そうだ。

あの人を追い込んで、あの人を散々汚して、終いには死なせまでして。

そうしてあさましく生き続けている下女が自分だ。

『あなたを許す』と嘯きながら、呑気に全てを背負わせて。

そして自分の罪に気付くのは、何もかも間に合わなくなった後なのだ。

だから、取り戻そうとした。

S.O.N.G.には資料が揃っており、信用の積み重ねが幸いして閲覧も容易だった。

錬金術を始めとした、土台となる知識は。

あっという間に備えられた。

まずは死霊術に手を出した、響の魂は応えてくれなかった。

次にホムンクルスを使った蘇生を試みた、出来たのは生物ですらない『肉』だった。

死後の世界に渡って、直接連れ戻そうとした。

実行する直前に、S.O.N.G.(かつての仲間達)に感づかれて失敗した。

――――もはや。

残された方法は、一つだけだった。

 

「だから全部薪にするの、全部やりなおすの」

 

過去に戻る。

あの子に起こった辛いことを、全てなかったことにするために。

 

「・・・・そ、んな」

 

よろよろと、首が横に振られる。

 

「それ、は・・・・『それ』、が・・・・何を意味するのか、分かっているの?どういうことか、分かってやっているの・・・・!?」

「分かっているよ」

 

そうだ、分かっている。

これがどれほど道を外れたことで、これがどれほど最低な選択肢なのか。

分かっている。

分かったうえで、やっている。

それは、ひとえに。

 

「全部、響のためだから。だから、躊躇わない」

「――――違う!!!!!」

 

死に体のどこから、そんな大声が出たのか。

業火を振り払うような一喝が、轟く。

 

「違う、違う、違う!!お姉ちゃんはッ、そんなことの為に死んだんじゃない!そんなことの為に、命を懸けたんじゃない!」

 

感情昂るあの子の、杖を握る手元が震える。

 

「未来ちゃんに、こんなことやらせる為に救ったんじゃないッッ!!!」

 

ぎらつく目元が、まっすぐ射貫いてくる。

 

「なのにッ!その未来ちゃんがこんなことしてちゃッ・・・・お姉ちゃんは・・・・何のために死んだのさァッ!!?」

 

その根底にあるものは、願いだ。

やめてくれ、止まってくれ。

そんな、眩いまでの、星のような輝きが。

確かに存在を主張していて。

――――だけど。

 

「それでも」

 

もう、引き返さない。

こっちにだって、譲れないものがある。

 

「響がいない世界なんて、なんの価値もないもの」

 

叫びを見て、『声』を聴き続けて。

救われるべきだった響が、報われるべきだった響が。

あの子が望んだ陽だまりの中で、ただただ穏やかに笑っていられる世界。

これは、そのための一歩。

ずっとずっとずっと、苦しんだまま死んでしまったあの子への。

私が出来る、たった一つの贖罪。

強く、強く。

信じたところで。

 

「贖罪?」

 

――――声がする。

 

「自己満足の間違いでしょ?」

 

頭が、真っ白になった中で。

あの子が、杖を支えに立ち上がったのが分かる。

多分、初めて見る。

激情に満ちた面立ちで。

音叉の様な切っ先を向けて。

 

「このッ・・・・!」(「この」)

 

声が、重なる。

 

「裏切者ッッッ!!!!!!」(「うらぎりもの」)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はッ・・・・はッ・・・・はッ・・・・はッ・・・・!」

 

――――あまりにも。

あまりにも、質が悪すぎる。

夢の様で、その実夢ではないと、根拠のない確信を持ち始めた光景を見始めてから。

一番最悪な目覚めだった。

何とも言えぬ不安に駆り立てられるがまま、周囲をきょろきょろしていると。

日中受け取ったマスコットが目に入った。

 

「――――ッ!」

 

半ばひっつかむように手にして、抱きしめれば。

徐々に呼吸が落ち着いてくる。

 

「はあ・・・・はあ・・・・はあッ・・・・!」

 

それでも振り払えない恐怖は、胸を侵し続けて。

 

「・・・・・響・・・・キョウちゃん・・・・」

 

あの光景に、関わりのある二人の名前が。

弱々しく零れ落ちた。

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

「――――」

 

夜更け、調神社。

中々眠れずにいた調は、布団から起き上がると。

眠っている他の面々を背に、部屋を出る。

廊下に立つと、まだまだ夏の気配が残る空気が漂っていた。

月明かりの下、出てみた境内で星空を見上げる。

考えるのは、やはり『絆のユニゾン』について。

先日の出撃では、ついにマリアとクリスが見事成功し。

カリオストロを撃退するという戦果を挙げた。

代償として、反動汚染により後方待機を余儀なくされたものの。

確かな結果を残したのは大きい。

それにくらべて、自分はどうだろうか。

マリアどころか、切歌も順調にユニゾンを成功させていっているのに。

自分だけが思うような成果を出せない。

・・・・理由は分かっている。

二人にあって、自分にないもの。

それは、人と打ち解けようとする意志。

他人に歩み寄り、分かりあおうとする心。

 

(マリアは社交的だし、切ちゃんは人懐っこい・・・・だけどわたしは、誰かと分かり合うのが怖い)

 

このままではダメだと、頭では分かっている。

自分は立ち止まっている状態だと、頭では分かっている。

しかし、足掻けば足搔くほど、もがけばもがくほど。

前進するどころか、むしろ悪くなる一方だ。

特に先日なんか、緒川が忍者でなければ大変な事故になっているところだった。

 

「どうして、上手くいかないんだろう・・・・」

 

こぼした言葉が、暗闇に溶け込み消えていく。

調の顔が、夜に負けないくらい陰った時だった。

 

「眠れませんか?」

 

話しかけてきたのは、神主だ。

昼間と変わらぬ、穏やかな笑みをたたえて。

彼はゆっくりと歩み寄ってきた。

 

「私の娘も、眠れないがあるときはそうしていたものです。今のあなたのように」

「・・・・神社ジョークですか?」

「お、よく分かりましたね。そうです、神社ジョークです」

 

茶目っ気たっぷりに笑う神主につられて、調も思わず笑みがこぼれる。

 

「何かお悩みですか?」

「・・・・はい」

 

こっくり頷いた調を見つめる彼は、なお息女のことを思い出しているのだろうか。

まなざしは、心地よい温もりを含んでいる。

 

「お仲間のみなさんにも、話せないことなのでしょうか」

「・・・・多分、自分で答えを見つけなきゃいけないと思います。でも」

 

でも、中々見えてこない。

平時ならいざ知らず、今は有事。

こんなことで時間を潰している場合ではないのに。

なのに。

口をつぐんで、考え込む調。

 

「でしたら」

 

そんな彼女の横顔へ、神主は指を立てて提案する。

 

「神様に打ち明けてみるのはいかがでしょう?」

「・・・・かみ、さま?」

 

思いがけない提案に、きょとんとオウム返しする。

調の表情が面白かったのか、神主はくすりと笑みをこぼして。

手のひらで、ちょうど見えていた拝殿を指し示す。

 

「神社とは、必ずしも頼み事をする場所ではないんです」

「そうなんですか?」

 

目を見開く調を静かに導きながら、神主は解説を始める。

――――そも、神社とは。

願望を託すだけの場所にあらず。

常日ごろから見守ってくださることへ、感謝を捧げるのはもちろん。

悩み事を打ち明け、『精進します』と宣言する場でもあるという。

遥か高位の存在に見られているのだという意識を持つことで。

己の行動を戒め、少しでもよりよい方へ向かおうと努力するための。

『心の足掛かり』にする為の場所なのだ。

 

「簡単に答えを求めるのではなく、己の力で光を見つけようとする。素晴らしいことです」

 

まずは調の心構えをそう肯定して、神主が続ける。

 

「ですが、時には誰かに打ち明けることで糸口が見えてくることも、往々にしてあるのですよ」

 

目の前には賽銭箱と、大きな鈴がついた縄。

海外暮らしが長い調もよく知っている、スタンダードな神社の拝殿だ。

 

「どうでしょう?今宵はこの爺の甘言に乗せられて、一つお参りしてみませんか?」

 

ここまで誘導されて微笑まれてしまえば、しないわけにはいかないだろう。

作法を口頭と実践で教えてもらって、調もやってみる。

まずは二度頭を下げ、続けて二拍手。

束の間、相談事を胸中で告げてから、もう一度二礼した。

 

「・・・・お参りの、ご感想は?」

「・・・・少し、面倒くさい。本当にこれで解決できるかどうかも怪しい」

「ふふふ、素直な反応。結構です」

 

正直すぎる感想だったが、それすらも大らかに受け止める神主。

余裕ある有様は、さすが老年というところか。

 

「でも、ただ鈴を鳴らすだけじゃないんですね」

「もちろんです。人間同士だって、始めは『初めまして』という挨拶からでしょう?前置きが長すぎるのも考え物ですが、だからと言って省くのも問題です。初対面同士であるのなら、特に」

 

なるほど、確かに。

調だって、初対面の人に『じゃあこれやっといてね』なんて雑に依頼された日には、むっとなる自信がある。

せめて『初めまして』から、何かしらの概要くらいは説明してほしいものである。

つまりこの面倒くさい所作は、神様への『初めまして』を表しているのだ。

納得した調の隣で、神主は拝殿を見つめている。

 

(・・・・願いをかなえるんじゃなくて、見守ってくれる場所)

 

倣って拝殿を見上げた調は、小さく息を吐く。

 

(ちゃんと見守ってもらえるのかな・・・・そんな価値、わたしにあるのかな)

 

お参りする前の心持に、戻りかけたときだった。

 

「――――月読、ここにいたか!」

「おや、どうかなさいましたか?」

 

駆け寄ってきたのは、慌てた様子の翼。

元からよく似合っていた和装も、心なしかくたびれているように見える。

 

「パヴァリア光明結社が動いた」

「・・・・ッ!」

 

ぎゅ、と。

思考が引き締まるのを感じる。

 

「まずは私とお前で行くぞ。相手は高速で移動している、機動力に長けた我々が適任だ」

「は、はいッ!」

 

神主と、それから拝殿にもなんとなく一礼して。

調は翼と飛び出していく。

その二人の背中を、神主はのんびり手を振って見送った。

 




ネカフェばんじゃい!(独り言)

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