精進せねば・・・・。
「こんにちはー」
S.O.N.G.技術班オフィス。
トートバッグをガサガサ鳴らしながら、香子はひょっこりと顔を出した。
――――パヴァリア光明結社との攻防が本格化したことで、恒例であったクロの検査どころではなくなり。
戦力に数えられていない香子が、必然と本部を訪ねることは出来なくなったが。
治癒布の制作要因として、束の間だけ駆り出されていた。
制作者にして医療の要も担う了子や、つい先日出撃していた未来が負傷したことが重なったことが原因である。
「こんにちは香子さん、こっちです!」
「はーい、今日もたくさん持ってきたよ」
「協力、派手に感謝する」
「ほんとーにありがとう香子ちゃん、めっちゃ助かってる!」
袋の中身は、買い込んだ市販の湿布達。
レイアにレシートを渡す横で、職員がお茶を持ってきてくれた
「作ったやつ、全部未来ちゃんの治療に使うんですよね?小学生に頼らなきゃいけないほどやばい怪我ってのは、なんとなく察してますから」
と、香子は湿布とは別のレジ袋を差し出して。
「こっちは差し入れです。おやつ程度で申し訳ないですけど」
「そのおやつがありがたいのよー!もー、うちにおいでー!」
「ばっかお前、そんなこと言うとお姉ちゃん飛んでくるぞ」
「一片の悔いはないよ!」
感極まった女性職員が、思いっきり香子をハグ。
響に睨まれかねないと言われてもなんのそのと返すあたり、どれほど可愛がっているかがよく分かる。
「ほらほら、その辺にしとけー。香子ちゃんだって遊びに来てるんじゃないんだからなー」
「はぁーい。香子ちゃん、また後でねー!」
「はい、また後で・・・・あっ」
職員に手を振り返していた香子だったが、相手の背後で別の職員が横切ろうとしているのに気が付いた。
『危ない』と声を上げる間もなく、両者の距離は近づいて。
「うわっ!」
「あたーっ!」
案の定、ぶつかってしまった。
腕いっぱいに積まれていた紙の資料が散らばり、床に散乱する。
見てはいけないものではないかと一瞬ためらった香子だったが、結局手伝うことに。
「どうぞ」
「ごめんな、ありがとう」
文面を凝視しないように、手当たり次第に回収して職員へ手渡していく。
職員達も気遣いをくみ取り、手早く受け取って香子の目に入らないところへ持って行った。
「何やってんだよ・・・・ん?」
そんな中、ふと書面を見下ろした職員がいた。
彼の手にあるのは、響の融合症例時代の資料。
カルテも兼ねたそこに、響自身がかつて『耳垢見てる気分』と称した。
鉱物状の生成物の画像が添付されている。
確か現在は、国連と日本政府の共同監視下に置かれているはずだが、と考えたところで。
「・・・・待てよ」
頭の回転が、始まる。
そもそも、今回味方の頭を悩ませている
錬成にはレイラインを用いられたと考えられ。
世界の生命そのものから生み出されたそれは、文字通り『全』の属性を帯びていると見ていいだろう。
そしてここに、手元の資料にあるのは。
個の、一つの生命体から生み出された(暫定)鉱物。
「・・・・・・これだあああああああああああッ!!!!!」
雄たけびが、轟いた。
◆ ◆ ◆
サンジェルマンさん達への対抗手段が見つかったかもしれないと。
団子になって技術班のみんなが駆け込んできたのが、一昨日の話。
砲弾をガトリングでぶっ放すがごとく、専門用語マシマシでまくし立てられたので。
話の半分どころか1%も理解出来なかったけれど。
要するに、騒音対策でよくある『消したいものと反対の波長のものをぶつけて、無効化しようぜ』という理論らしい。
なるほど。
で、その反対の波長の素になると期待されているのが。
「いやぁ、あの時の『耳垢』がこうなるとは・・・・」
「耳垢って、言い方・・・・」
すっかり懐かしくなりつつある執行者事変の頃。
ネフィリムにむしゃむしゃされて再生したわたしから出てきた、『耳垢』的な鉱物。
生物と聖遺物の融合の結果の、貴重な資料だからと。
あのヤントラサルヴァスパと同じく、深淵の竜宮に保管されてたって話だけど・・・・。
「まさか、クリスちゃんが派手にやった区画にあったとは・・・・」
「こら、わざとじゃないんだから」
「そこは重々承知の助ですよー」
マリアさん運転する潜水艇の中で、計器を読んだりして作業を手伝っている。
相方は翼さんだ。
潜水艇で吸い上げた海底の泥を、海上の作業場で漁る。
地味で根気のいる作業だけど、やっとパヴァリアの連中への対抗策が見えてきたんだ。
やるっきゃないでしょ。
「あ、ポンプの空気圧。依然正常です」
「水圧計も変化無しだ、気兼ねなく続行してくれ」
「了解」
レバーを巧みに傾けて、バキュームの吸い込み口を両手の様に動かしていくマリアさん。
前に『運転は割と得意』って言ってただけのことはある。
・・・・いや、一般車両に留まらず、ヘリやお船の免許まで持ってる人に向かって『下手』なんて言えんがな。
「あとは連中にバレなきゃ万々歳――――」
「立花そこまでだ。そういう平穏を願う類の発言は、厄介ごとの引き金になると相場が決まっている」
「翼の言う通りよ。寝ている犬を起こしたくなかったら、口を施錠しておくことね」
「うっす」
うっかりフラグを立てるところだった・・・・。
言われた通り口を結んで、しばらく黙っていようとした時だった。
「うん!?」
「おっと」
「何っ!?」
ごん、と鈍い音。
続けて波打つような衝撃が上からやってくる。
「本部!!何が起こっているの!?」
『パヴァリア光明結社の襲撃だッ!!今すぐバキュームを停止させろ、イヨが吐き出し口を凍らせたッ!!』
「なんですって!?」
・・・・・・。
「・・・・これ、わたしの所為です?」
「いや、パヴァリア光明結社の所為だ」
「いっそ鮮やかな伏線の回収ね」
お、お二人のフォローが染みる・・・・!
◆ ◆ ◆
(くそっ、やられた・・・・!)
海上に設けられた作業場。
カリオストロ、プレラーティ、イヨの三人によって襲撃されたそこは。
マリア達が乗る潜水艇につながるパイプを、錬金術で凍らされるところから始まった。
「なーにをこそこそしているの?あーし達も混ぜなさいなー!」
「あなた達には関係ないッ!!」
「年増はお呼びじゃないデス!!」
「おこちゃまがつれないことを抜かすワケだ」
調と切歌が、それぞれの相手と対峙する横で。
クリスもまた、ファウストローブを纏ったイヨと向き合っている。
彼女が佇んでいるのは、唯一の逃げ道だった。
「ったく、ずいぶん嫌な手を使いやがる・・・・」
「敵の嫌がることを進んで行う、戦いの基本ですよ」
「あー、そーかい!!」
まだ避難できていない非戦闘員達から引き離すべく、クリスは目の前のイヨに飛び掛かる。
左右それぞれの手のひらで拳銃を回転させながら構えて、接近戦を仕掛けるクリス。
対するイヨも手ごろなサイズの鏡を変形させ、オメガ記号の様な見た目の武器『蛇圏』を握る。
互いの手の内でそれぞれの得物を躍らせながら、広がる水面に金属音を響かせる二人。
足払いを踏ん張りでとどめたクリスは、銃口を鋭く向けて引き金を引く。
髪を掠めて避けたイヨは、受け止められた足を軸に回転。
お返しとばかりに斬撃を叩き込む。
一歩飛びのいて、回避ついでに距離を取ったクリス。
得物を拳銃からマシンガンに変えて、ありったけの鉛玉を浴びせかける。
鏡を盾に変えて防御したイヨは、続けざまにほかの鏡も展開。
レーザーを打ち出し反射させ、弾幕を放った。
(こいつは前にも見せたって言う・・・・!)
複数の攻撃が、複数の方向から。
同時に襲い掛かってくる。
クリスは努めて冷静に体をひねって回避。
その間に得物を拳銃に戻して、逆立ちから流れるように回転。
ブレイクダンスの動きで乱射すれば、そのほとんどが鏡に命中した。
「・・・・ッ」
策を難なく突破されたイヨは、即座に戦術を変える。
再び鏡を展開し、生き残ったものと共に周囲に配置させると。
倒れこむようにして、背後の鏡に『飛び込んだ』。
「・・・・クソッ」
それが聞き及んでいた『鏡面移動』だと気づいたからこそ、クリスは悪態を一つ。
咄嗟に腰のアーマーから結晶をばらまくと、フォニックゲインに反応させる。
マゼンダ色に輝き始めた結晶達は、クリスのもう一つの『目』となって。
「そこだッ!!」
「――――ッ!?」
反応があった方へ、ためらいなく発砲。
手ごたえこそなかったものの、そこには確かにイヨがいた。
再び鏡の中に消え、頭上の死角から襲い来るイヨ。
クリスはこれにも反応し、弾丸を放つ。
銃撃を眉間に受けたイヨの姿をした『それ』は一瞬でひび割れてばらばらに砕け散った。
気を抜かずに後ろを振り向けば、苦い顔をしたイヨがいた。
「よォ、驚いたか?」
「・・・・ええ、油断なりません」
笑いかければ、硬い声で帰ってくる。
銃口を再び向け、イヨを牽制するクリス。
背後の非戦闘員達に意識を向ければ、攻防のさ中に隙を見つけたらしい。
悲鳴を上げながらも、アルカノイズや戦闘の余波を避けて。
主に海を泳いで退避している様だった。
(逃げてくれてるんなら上々、念のためダメ押しでもしておくか)
「お前、なんであの子を狙う?どうして殺そうとするんだ!?」
問いかけに、一度目を見開いたイヨは。
しかし、決意した硬い表情を浮かべて。
「・・・・そうすることでしか、救えないから」
言うまでもなく、響のことだろう。
クリスから見たイヨの顔は、どこか泣いているようにも思えた。
「時間がないの。あの人だけじゃない、世界の為にも、アレはここで死んで然るべきよ」
「ッそれが本当にバカの為になるってのか!?あの子を、過去のお前を殺しちまったら、お前が消えるかもしれないんだぞッ!?」
身を乗り出して言葉を重ねるクリス。
一方のイヨは、己が未来と同一人物であると知られていても。
特に気にしていない様子だったが。
「お前の、
その咆哮には、明らかな反応を見せた。
強風を受けたが如き呆然から、徐々に徐々に、己への嘲笑へと変わって。
「・・・・もう、独りよ。わたし、独り」
まるで、帰る場所を失った迷子の様で。
「あまりにも奪いすぎた、あまりにも傷つけすぎた、だから今度は私の番・・・・それだけ、ただそれだけのことなの」
痛々しい気配に、今度はクリスが呑まれる番だった。
一瞬気を取られていたが、すぐに持ち直して睨むクリス。
イヨもまた元の雰囲気に戻り、改めて構えなおす。
「・・・・バカが、そんなこと望んでないとしてもか?」
「無論、全て承知の上」
・・・・・もう、言葉は届かない。
少なくとも自分には無理そうだと、クリスは小さく歯を嚙み締めた。
刹那、背後で二つの水柱。
一つはプレラーティが叩き落されたらしいもの。
もう一つは、ギアを纏った響が飛び出してきたもの。
「大丈夫?」
「ああ、こっちは何ともなしだ」
クリスの一歩手前に降り立った響は、視線をイヨにぶち当てる。
少し驚いた様子だったイヨは、しかし。
プレラーティが手負いとなったことで、引き時だと判断した様だ。
足元に陣を展開、周囲の気温を思いっきり下げたところに。
火の玉を一つ、放り込んで。
濃い水蒸気を発生させたのだった。
「・・・・ッ」
視界が真っ白に染められる中、熱にひるみながらも目を開けていた響。
同じくこちらに目を向けていたイヨと、視線がかち合って。
――――まるで、彼女が。
自分の姿を焼き付けているように感じた。
カリオストロ&プレラーティ戦は、裏で原作通りに進んだということで・・・・。