誠にありがとうございます。
筆が乗りました、いわゆる説明会です。
「――――そう、未来ちゃんが」
S.O.N.G.と提携している病院。
つい先日意識を取り戻した了子は、技術班の後輩からの報告を受け。
沈痛な面持ちを浮かべた。
「クリスちゃんに続いて、響ちゃんまでピリピリしちゃって。賢者の石対策もまだ目途が立ってないのに・・・・って、これ愚痴ってもしょうがないですよね」
「いいわよ、大変なときに抜けちゃったのは私だし」
「いや、それこそ了子さんが動いてなかったら、どうなってたことか」
――――どこかの世界では間に合っていた、マリアの救援は。
こちらではイヨが邪魔していたことで、決して叶わないものになっていた。
そんな状況でアダムの火球をくらっていたならば。
どうなるかなどど、考えるまでもないだろう。
「まあ、いいこともあったんですよね。LiNKERのレシピも分かって、マリアさん、調ちゃん、切歌ちゃんが気兼ねなく戦えるようになりましたし」
これからは、LiNKERが必要な彼女たちはもちろん。
連続出撃を強いられていた正規適合者の負担も、大きく減らせることになるだろう。
これは間違いなく、エルフナインの大手柄である。
「LiNKERの秘密は『愛』、みんな了子さんらしいって言ってましたよ」
「ふふふ、そうでしょう?」
「特に石川先輩なんか、『五千年初恋こじらせた人は違うなぁ』って!」
「うーん、正直でよろしい」
件の石川をどうしてくれようかと了子が考え始めた横で、後輩はまた暗い顔。
「でも、やっぱり未来ちゃんがやられちゃったのは痛いです。装者の中で、一番賢者の石の影響を受けないギアだったのに」
「使われた哲学兵装は『獣殺し』だったかしら。未来ちゃんの神獣鏡に描かれていたのは『饕餮』、『
――――『
中国にて語り継がれる妖怪の一種。
妖怪の中でも群を抜いて別格とされる四体、『四凶』の一つに数えられている。
羊の体に、人間の顔を持つとされるそいつの能力は、『暴食』。
何でも飲み込み、食べつくすという脅威は。
ほんの一時期だけ、『悪しきものも食べてくれる』と期待され、『聖獣』として信仰を集めていたこともある。
未来が纏う、皆神山で発見された神獣鏡は、そんな時期に作られたものであった。
善悪にかかわらず、聖遺物であるというのなら文字通り喰らい尽くす性質は。
そこから来ているのであろうと、
「でも、あの子が受けてる呪いってそれだけじゃないんですよ。『治癒布』を使っても傷の治りが遅いどころか、浸食してダメにしちゃう様な怪我、獣殺しだけじゃ説明がつきません」
『
負傷個所に貼るだけで、自然治癒を促進させる便利アイテムである。
市販の湿布に錬金術で文様を描けばできるので、コストも安い。
これまで怪我を負った装者達が、割と早く前線に復帰できていた理由である。
「・・・・・イヨの正体は、
「はい、司令達もそう結論付けてます。二十代半ばくらいの見た目と、ギアのアウフヴァッヘンが証拠です」
『それこそ本人じゃない限り、あんなにぴったり一致するなんてあり得ない』と。
後輩も同意ですとばかりに何度もうなづきながら力説した。
「そして目的が『自分殺し』となれば、未来ちゃんに叩き込まれた呪いにも影響は出ているでしょう」
「そういえば、どストレートに死ねって言ってました・・・・何が、あったんだろう」
そもそも、自分を殺したいだなんて考えることはあっても。
時間を遡ってまで実行に移すだなんて、よっぽどの何かが起こったとしか思えない。
了子と後輩は、奇しくも同時に思い出していた。
当時のモニターや、報告書の画像で見たイヨの姿。
すっかり色落ちしたまっさらな髪に、只人ではなくなった証の紅い目。
自分達が知る未来のそれとは、あまりにも遠くかけ離れてしまった姿。
体を追い込むほどの何かを経験したか、あるいは自ら施したか。
「未来ちゃんに関しては、根気強く治癒布を貼っていくしかないわね・・・・在庫は大丈夫?」
「消費は激しいですけど、エルフナインちゃんと香子ちゃんが頑張ってくれてますよ。わんこそばみたいな勢いで作り続けてます」
後輩の言葉に、『ハイッ!ハイッ!』と元気よく掛け声を上げる二人の教え子が思い浮かんで。
了子はくすりと笑みをこぼした。
「もちろん私達だって負けてられませんよ!賢者の石への対抗手段を、総力上げて捜索中です!」
「ふふふっ、その様子ならもうちょっと休んでてもよさそうね」
「うっぐ、いや、休んでてほしいのは事実ですけど、戻ってきてほしいのも本音・・・・うーん、うん!そうですね、ゆっくり休んでください!」
「あなたのそういうとこ好きよ」
きゃーっ!と照れる後輩を微笑まし気に見つめて、了子はこれからの動向に思いを馳せる。
◆ ◆ ◆
「ふぅん・・・・あんた、そんな顔をしていたの」
パヴァリア光明結社が、拠点としているホテル。
布面を取ったイヨが控えている。
カリオストロはそんな彼女の顎を寄せ、まじまじと観察していた。
「お気に召しませんか?」
「そおねぇ・・・・あんたの占い結果とやらの、信憑性は薄れるかも」
「同意なワケだ」
眼光鋭くねめつけるカリオストロを援護するように、プレラーティが頷く。
「お前が神獣鏡装者と同一人物であるというのであれば、ティキの居場所や風鳴機関の場所をピタピタ当てられたのも納得がいくというワケだ・・・・だが、それは同時に、我々の行く末も知っているということ」
並び立ち、膝をつくイヨを一緒に見下ろす。
「お前の行動次第では、例えサンジェルマンの意に沿わずとも殺す」
眼鏡の奥をギラリと輝かせて、宣言したのであった。
「――――そんなに身構えずとも、皆様の邪魔建てなど滅相もない」
そんな威圧を真っ向から受け止めたイヨは、一呼吸沈黙を保ってから。
ゆっくり口を開く。
「私は、
そして、己が抱く悲願の片鱗を見せてやった。
効果はあったようだ。
イヨの瞳と笑みに潜んだ、いっそ称賛すら抱くほどの一途な
目を見開いたり、逆に細めたりして。
ひとまず、S.O.N.G.側に着くことはなさそうだと結論付けた。
「それに、占いも嘘ではありませんよ」
雰囲気を元に戻しながら、二人の反応をくすくす微笑まし気に楽しむイヨ。
「平行世界の概念は、お二人もご存じでしょう?どこかで分岐が発生し、己の知る知識とかけ離れている場合も考慮しなければならないのですから・・・・制約は、むしろ多い方なのです」
最後に微笑みかけてやれば、二人は完全に毒気が抜かれたようだった。
それでも疑念が尽きていない様子なのは、無理からぬことだとイヨは一人納得する。
「ご安心下さい、私があちら側に着くなどと・・・・・神獣鏡が息をしている限り、世界が滅びようともあり得ないことですわ」
ダメ押しにそう告げてから。
イヨはまた、いつも通り占いを行うべく歩き出した。
◆ ◆ ◆
――――パヴァリア光明結社の再三の襲撃から、数日。
はっきり数えているわけじゃないけど、一週間も経っていないのは確かだ。
一向に好転しない状況に、誰もがはっきりと焦りを覚え始めているのが分かる。
かくいうわたしも、その一人。
「――――未来」
二課時代からS.O.N.G.と提携している病院。
ご厚意でちょっとだけ無理を通してもらって、きっちり決められた短い時間だけ面会を許してもらえている。
ひゅうひゅうと、か細い呼吸を繰り返す未来の手に。
そっと、これ以上傷つけないよう。
わたしの手を沿わせて、重ねる。
ひんやりとした表面ごしに、じんわりと脈打つ温もりは。
未来がまだ生きていることを教えてくれた。
――――あの日、イヨさんから受けたのは。
肺への直接攻撃だけじゃなかった。
神獣鏡を纏っていたところへの『獣殺し』の呪いに、シンプルな『死』の呪い。
その二つが、未来の傷の治癒を蝕んで、回復を阻害しているらしい。
例え治ったところで、装者どころか日常生活を送るのも厳しいだろうと。
主治医は診断していた。
「――――」
そんな資格はないのに、涙が零れる。
イヨさんが、
時間を超えてまで自分を殺そうとする理由。
きっと、わたしが関わっているんだろう。
・・・・あの時の。
『愛しているなら、死ね』の意味が分からないほど、鈍いつもりはない。
・・・・わたし、が。
わたしのせいで、未来が。
「・・・・ダメだ」
拭っても拭っても零れる涙を何とか抑え込んで。
改めて未来を見下ろす。
・・・・泣いてどうにかなるのなら、大声を上げて泣くし。
嘆いてどうにかなるのなら、鬱陶しがられるくらいに嘆く。
立ち止まってどうにかなるなら、てこでも動かない。
でも、そんなんで変わるわけがないから。
だから。
「・・・・もう、行かなきゃ」
面会時間が、もうすぐ終わる。
だけど、ほんの少し名残惜しさがあったから。
「またね、未来」
酸素マスク越しに、そっとキスを贈った。
Q.妹ちゃん、いつの間に錬金術を使えるようになったの?
A.クロと契約している関係でちょくちょく技術班に顔を出しているので。
自然と興味を持った彼女に、エルフナインちゃんが教え始めたのがきっかけです。
その後、頑張ってる二人を気にかけた了子さんがたまに教鞭を取るようになったとか、何とか・・・・。