あ、ちゃんと治ったので、お気になさらず。
「未来って響が好きなの?」
「へっ?」
ある日の昼休み。
一緒に昼食を取っていた弓美にそう言われ、未来は間抜けな声を出す。
「いや、だから」
呆ける未来へ身を乗り出した弓美は、顔を寄せて声を潜める。
「未来って響が好きなの?」
「え、あっ!『Like』のほう!?」
「『Love』に決まってんじゃん」
突然の質問にすっかり混乱した未来は、名案だとばかりに指を立てるも。
呆れ顔の弓美にあえなく両断された。
「ど、どうして?」
「どうしてって・・・・」
おにぎりを頬張った弓美は、唸りながら咀嚼。
キチンと飲み込んでから口を開く。
「何か、響について話してるときすっごい生き生きしてるっていうか、こう、『乙女ー』なオーラが出てるっていうか」
・・・・確かに響のことを話すときは、自分でもテンションが上がっている自覚はあったものの。
まさかそんなになっているとは思わなかった。
「そんなに?」
「そんなに」
しっかり首肯されて、未来は頬が熱くなるのを感じた。
「・・・・もしかして無自覚だった?」
きょとんとした弓美に問いかけられ、今度はこっちがしっかり首肯する。
すると弓美は、なんだか申し訳なさそうに『あー』と呟いた。
「まあ、ほら。そう見えるってだけで、あたしの勘違いかもしれないから!本当にそうだったとしても、最近そういうカップルとか夫婦とか増えてるわけだし!」
だから大丈夫ッ!
親指を立てて笑う弓美に、未来は恥ずかしさが混じった曖昧な笑みで答えた。
(――――なんで、今。思い出すのかな)
響の顔を覗きこみながら、未来はぼんやり考えていた。
どういうわけだか、響を押し倒す形で横たわっている。
・・・・いや、本当は分かっているのだが。
何気ない会話の中で、響が急にくすぐってくるもんだから。
反撃だといわんばかりに押し倒したら、その琥珀の瞳から、目が離せなくなってしまって。
時に優しく、時に鋭くなる目。
見れば見るほど、綺麗だと思う。
――――未来って響が好きなの?
「――――ッ」
もう一度。
弓美に言われたことが頭で反芻され、昼以来落ち着いていた頬がまた熱くなった。
「未来?」
その口元が、戸惑いながらも名前を紡いでくれる。
大好きな声で、呼んでくれて。
(――――あ)
本当に、本当に唐突だった。
背筋が震えて、脳が痺れた。
――――喜んでいる。
響に名前を呼ばれることを、こんなに幸せに感じている。
自覚すれば、次々実感してくる。
温かい手のひらも、抱きしめてくれる腕も、ちょっと危なげな優しさも。
全部響の一部で、いいところで、愛しくてたまらない。
もちろんそれは未来だけじゃなくて、家族に対してもそうなのだけど。
でも、もし。
もし、許されるのなら。
その優しさ、ほんの一部だけでも独占させてくれたらなぁ。
なんて。
「未来ー?」
また名前を呼ばれて、我に返る。
――――今わたし、何を考えてた?
いや、誰かを好きになること自体は別に悪いことじゃないんだけれど。
何だかこう、大胆なことをたくらんでいた気がしてならない。
「どしたの?顔赤いよ?」
「あ、えと・・・・だ、大丈夫!」
瞳に全てを見透かされそうな気がして、そっぽを向く。
真面目に心配してくれる響には申し訳ないが、こんな胸中知られたら恥ずかしさで死ぬ自信がある。
(ごめん、響・・・・)
それでもこの罪悪感はどうしようもなくて。
せめてこっそり謝ることで発散させようとした時。
ふと我に返ると、響の顔が近づいていて。
「・・・・やっぱり、分からないや」
「――――ッ!?」
すぐ目の前。
困ったような苦笑が浮かんでいた。
「ごめん未来。わたしがもうちょっとまともだったら、何か気付けるかもしれないけど」
額を指で撫でながら、言葉通り申し訳なさそうに笑う響。
・・・・違う、違う。
お願い、そんな寂しい顔しないで。
あなたはこれから先、ずっと笑っていていいんだから。
幸せになって、いいんだから。
・・・・それとも、足りないの?
辛い思いをした分、何もかも諦めてきた分。
持ち合わせが少ないの?
――――だったら、
「み、未来?」
だったら、わたしのをあげる。
あなたが身を削って守ってくれた分があるから、あなたに分けるくらい何ともないから。
だから、ねぇ。
もっと笑ってよ、響。
「あの、未来さん?」
困惑した声が聞こえるが、あえて無視を決め込む。
心なしか強くなった握る力も気にしない振り。
今更怖くなって目を閉じたけれど、動き出した体は止まらない。
見えなくなったから、色んな音が聞こえる。
特に自分の心臓はうるさいくらいにフル稼働していて、耳元に移動してきたんじゃないかって錯覚するくらい。
そんな中でもかすかに分かる、響の困惑した様子。
・・・・困らせてごめんなさい。
だけど、もう止まらないの。
止められないの。
気付けば、響の温もりはもう目の前。
自分でもびっくりするくらい躊躇わず、最後の距離は少し早めに近づけて。
唇同士が、触れ合った。
直に感じる温かさに、何ともいえない幸福と満足感を覚える。
ああ、いっそこのまま一つになれたらいいのになんて考えながら。
もう少し強く、唇を重ねようとしたときだった。
「・・・・~~ッ!!」
鳴り響く警報。
ノイズが出現したのだろう。
けたたましい音で我に返った響に、突き飛ばされた。
抵抗はままならず、やや乱暴に背もたれにぶつかる。
「ぁ、ぇと、その・・・・!ご、ごめん!そういうわけだから、ホントにごめんッ!」
なおわたわたとした響は、次の瞬間勢い良く立ち上がり。
「帰り道!気をつけて!」
そう言い残しながら、脱兎の如く走り去っていった。
その背中を見送った未来は、束の間呆然と虚空を見つめて、
「――――ッ!!!」
やがて一気に赤面し、ソファを思いっきり叩いたのだった。