懺悔します。
「――――ッ」
大きく飛び跳ねて、一旦距離を取る。
パヴァリアの連中が、バルベルデでも見た戦艦に乗って現れたのが・・・・どのくらい前だったか。
一時間かもしれないし、二時間かもしれない。
少なくとも日が沈んでいないのは確か。
どっちにせよ。
戦闘が始まってからずっと。
めっちゃ忙しい・・・・!!!
でかいのに加えて、ずっとアルカノイズのおかわりが投入され続けてるもんだから。
さすがに疲労がやばい。
サンジェルマンさん達はりきりすぎじゃない?急にどうしたの?
疲れてる?おっぱい揉む?(錯乱)
・・・・なんて軽口を叩いたところで、状況が好転するわけでもなし。
とにかく、ほっとくわけにはいかないので、ノイズを倒すしかない。
というか、それしか出来ない。
汗を拭って、傾いた体を立て直す。
本丸のヒドラ(1/3)っぽいやつにはまだまだ遠いし、ここでへばっている様じゃこの後が心配だ。
とにかく今は、ノイズを食い止めることを考えないと。
いつだって人死にはシャレにならんのだよ・・・・!!
ささっと思考して結論出して、行動に移そうとした時だった。
「っと・・・・!」
足元が穿たれる。
見上げると、ビルの上にサンジェルマンさんがいた。
いつぞやの様に、ファウストローブを纏っている。
・・・・やっぱり、カーニバルに混ざってそうなデザインだよなぁ。
なんて、現実逃避はほどほどにして。
「お久しぶりです、お元気そうですね」
「・・・・ああ、そちらも息災の様だな」
軽口へ律儀に返事してくれるサンジェルマンを見ていて、ふと。
気になることがあった。
「そういえばサンジェルマンさん、事あるごとに戦う理由を聞いてきますよね。そういうご趣味なんです?」
「いや、違う」
疑問を口に出すと、割と早く来る応え。
「違うが・・・・お前には聞いておきたい」
どことなく既視感を感じる、強い眼差し。
茶化すことなんてできないから、黙って耳を傾けた。
◆ ◆ ◆
「何をぐずぐずしているのですッ!?」
――――彼女は、初めから優しいわけではなかった。
騎馬鞭片手に凄んでくる顔と、怒声。
『白い孤児院』に入れられたばかりの頃は、むしろその印象が強かった。
「フィーネの器に選ばれなかったあなた達は、実験体となることで組織に貢献するのですッ!!」
毛布とは名ばかりの布にくるまっては、鞭に打たれた肌をさすり。
『鬼ババ』だの『怒りんぼ魔女』だの、意味のない罵倒を頭でぐるぐるさせて眠るのが常の毎日。
だけど、年月を重ねて、知識と経験が積み重なってくると。
何となくわかるようになってきた。
「ごめんなさい・・・・また・・・・死なせてしまった・・・・!」
それが確信に変わったのは、ネフィリムの暴走事故で庇われてから。
包帯まみれで病床に伏せた彼女から、半ばうわ言の様な独白を聞いてからだった。
言いようのないもやもやを抱いたことを覚えている。
寝たきりから快復したものの、本調子ではない彼女が何となくほっとけなくて。
ちょくちょく手伝うようになっていくと。
より、彼女の人格についての理解が深まった。
調と切歌が懐き始めたのも、そのくらいだったか。
自分も同じくらいの時期から、『
いつしか、『研究者と実験動物』という上下の繋がりは。
『ちょっと変わった家族』という、信頼関係に変わった。
だから、もう一つのガングニールにも適合出来たし。
F.I.S.の解体と、それに伴う事後処理も、手伝いを申し出たのだ。
そして、執行者事変へと発展した、米国政府からの依頼も。
「――――LiNKERの秘密、ですか?」
「ええ、はっきり言ってF.I.S.で使っていたものより上質よ。本当に驚いているの」
ゆらりと、泡沫の様に蘇る別の記憶。
「何か、いわゆる『秘伝』のようなものがあるのかしら?」
問いかけに対して、うーんと唸った在りし日の彼は。
やがて、どこか得意げに口角を上げて。
「強いて言うなれば、『愛』ですかね?料理と似た感覚で・・・・って、何ですかその顔はッ!?」
「いえ、ごめんなさい。あなたの口から出ることはないと思った言葉が出てきたものだから・・・・」
「心ッ!外ッ!ですッ!!僕ほど愛にあふれた人間、めったにいるもんじゃないですよ!?」
「分かった!私が悪かったから!近い近い近い!!」
喧騒に飲まれて忘れてしまった、いつかの記憶が。
調と切歌に折檻される断末魔とともに、フェードアウトしていく。
「――――もう、分かってるんじゃないですか?」
揺蕩っていた意識が、引き揚げられた。
マリアが目を開けると、ウェルが佇む風景に戻っている。
「時に甘く、時に苦く、されども相手の糧となる、己が立つ理由となる・・・・その感情を、あなたもよく知っているはずだ」
「・・・・・・ええ、もちろん」
語りかけに、沈黙を保ってから答えるマリア。
海よりも深く、その幸福を心から願い。
だからこそ、時には傷つくような苛烈さを以て向けられる『感情』。
「マリアさん・・・・!」
「ええ、エルフナイン」
舞い降りた光を、左手で掴み取りながら。
マリアははるか上方を見上げた。
「戻るわよ、行くべきところへ」
◆ ◆ ◆
「あああッ!!」
未来の体が、地面を何度もバウンドしながら転がっていく。
装甲はひび割れ、擦りむいた肌とインナーごと切り付けられた個所は痛々しく出血している。
「・・・・」
「うぅ・・・・っく・・・・!」
それらを叩き込んだ張本人、イヨは、傷どころか煤一つ付かない有様で佇んでいる。
当然、倒れたままではやられてしまう。
壁に激突した痛みをなんとかこらえながら、必死に立ち上がる未来。
LiNKERを投与出来ないまま始まった戦いは、彼女の体を大いに蝕んでいた。
「・・・・ふ」
「・・・・ッ!!」
ひゅるり、と。
優雅に手が降られて、何度目かわからない錬成陣。
土で生み出された石礫が、風で速度が上げられて、発射される。
自ら地面を転がり、砂と砂利に塗れながら必死に回避する未来。
直撃は免れても、余波まではどうすることも出来ず。
再び倒れ伏してしまった。
「はあ・・・・ぜッ・・・・ハア・・・・うぅ・・・・!」
息も絶え絶えに、襲い来る痛みに悶える。
そんな未来を見下ろしたイヨは、布面の下で鼻を鳴らした。
「よくもまあ、その体たらくで・・・・」
かかとを鳴らして悠然と接近するイヨ。
まともに起き上がれない腕に、狙いを定められたのが分かった。
「並び立とう等と思えたもの、ね・・・・!」
「あ"あ"あ"あ"あ"ッ!!」
骨が砕けた、嫌な音。
鉄扇を握っていた右腕が踏み砕かれ、負傷は未来の心にまで及び始めた。
揺らぎそうになる戦意。
歯茎が痛むほど奥歯を嚙むことで、何とか意識を繋ぎとめる。
「づ・・・・ああああああッ!!!」
咆哮を上げ、脚部アーマーからシャトルを射出。
イヨを引きはがす。
未来は動かなくなった右腕をだらりと下げたまま、指先をまだ何とか動かせる左腕で鉄扇を握る。
対するイヨはシャトルを掴んだまま。
と思いきや、そのまま握りつぶしてしまった。
元気に回っていたプロペラが、一瞬で沈黙した様が痛ましい。
「は・・・・は・・・・は・・・・!」
暗に、『お前をこうしてやる』と宣告された気分だ。
荒く呼吸を繰り返しながら、イヨを見据える未来。
ズキズキと疼く痛みが、飛びそうになる意識を繋いでくれた。
「・・・・ここまでよ」
すらりと手を上げて、再び陣を展開するイヨ。
炎や氷の礫は、普段なら簡単によけられる攻撃だが。
すっかり弱っている今となっては、容易に命を刈り取れるものだ。
満身創痍ながらも、せめてもの抵抗に睨みつけて。
戦意の健在をアピールする。
些細な抵抗にイヨは苛立ちを隠さないまま、陣を発動させようとした。
その時、
「そこまでデーッス!!!」
「未来さんッ!!」
翡翠と桃色の斬撃が、雨あられと降り注ぐ。
陣を撃ち抜かれたイヨが後退するのに対し、未来を庇う様に降り立つ調と切歌。
その身には、ギアを纏っていた。
「調ちゃん、切歌ちゃん・・・・!!」
「未来さん、待たせてごめんなさい!」
「出来立てほやほやのLiNKER、お届けデース!!」
味方が駆け付けた安堵で全身の力が抜け、崩れ落ちそうになってしまうものの。
何とか立て直して踏ん張る未来。
「エルフナインちゃん、やったんだね・・・・!」
「マリアも頑張ったデスよ!」
「ひとまずこれを、負荷が軽くなるはずです」
調が未来の首元に投薬。
束の間は何もなかったものの、全身を水銀が流れまわっているような倦怠感が段々引いてきた。
これなら二人の足手まといにならないよう、逃げることが出来る。
・・・・さすがに、この怪我で戦い続けようとは考えない未来なのだった。
「逃がすとでも?」
「逃がします!」
「これ以上はさせないデス!!」
再び陣を展開して威嚇するイヨへ、各々武器を展開返すことで対抗する調と切歌。
先手必勝とばかりに切歌が突っ込み、調が丸鋸を無数に放って援護。
イヨの逃げ道を潰しにかかる。
手の平サイズの鏡を展開したイヨは、迫る丸鋸を捌きながら切歌の攻撃を身のこなしだけで避けていく。
ひらひらと動くその様は、敵ながら美しいの一言だった。
「ッ、怖いんデスか!?逃げてばっかりで、アタシらは倒せないデスよ!」
「威勢のいいこと、どうやって崩してやろうかしら」
切歌の挑発も何のその。
いっそ舌なめずりさえしていそうな口調で、涼し気に返す。
が、やはりどこか苛立った気配は隠せていない。
もう少しで未来を倒せそうだったところを邪魔されたのは、相当頭にきているようだった。
「崩せるもんなら・・・・!」
お気楽なりに落ち着いて対処していた切歌。
見抜いたイヨの隙に、大ぶりの攻撃をばっちり当ててやり。
体制を崩すことに成功する。
「崩してみろデスッ!!」
「・・・・ッ!」
にやりと笑って、一撃を与えた。
イヨは間一髪のところで飛びのいたものの、鎌の切っ先が引っかかって右袖が破ける。
――――その下に隠れていたものが、晒される。
「――――」
路地の薄暗い明りを受けて、鈍く輝くそれ。
破れたことで一層ひらめく袖の合間から見えたものに、未来は一瞬で呼吸の仕方を忘れた。
――――忘れない、忘れるはずがない。
そんなことは許されない。
あれは覚えていなければならないものだ。
小日向未来が、死ぬ一瞬まで記憶していなければならないものだ。
「――――どこで」
震える唇で、声を絞り出す。
限界までボロボロなのも忘れて、強く踏み鳴らしながら前に出る。
「――――何処でッ!!!!!手に入れたの!!!!!?」
自宅で『
血混じりの唾を散らしてしまいながら、怒鳴りつけた。
次回、明かされる衝撃の真実ゥ。