大分難産でした。
――――りんごはうかんだ おそらに
――――りんごはおっこちた じべたに
子ども達の無邪気な歌声に、エルフナインは目を覚ました。
体を起こして見渡せば、一面の花畑。
鮮やかな黄色が眩しいその中で、花冠を作って遊ぶ少女達がいる。
幼いながらも、見え隠れする面影はよく知っているものだった。
「・・・・マリアさんの脳領域に、上手く入り込めたようですね」
この先の人生で待っていることなど、まだ何も知らずに。
屈託のない笑みを浮かべているマリアは、まだ十にも満たないだろう。
隣にいるのは、今は亡き妹か。
「・・・・行かなければ」
胸に募った、言いようのないやるせなさをなだめすかして。
エルフナインは立ち上がった。
歩みに合わせて場面が変わっていくので、道に迷うことはなさそうだが。
油断は出来ない。
マリアの脳領域は、現在エルフナインという異物に侵入されている状態だ。
いつ命が脅かされてもおかしくないのだ。
「何かあるはず・・・・あの日、呪縛すら打ち破ったマリアさんの脳領域になら、きっと・・・・!」
一歩、一歩、確実に。
目的を目指して、ひたすら前進する。
◆ ◆ ◆
「落ち着いて!!でも急いでシェルターに入ってください!」
「シンフォギアがすでに出撃しています!慌てなくて大丈夫です!!」
人々が逃げ惑う街中。
S.O.N.G.本部へ向かっていた未来は、途中見つけたエージェント達に混じって避難誘導を行っていた。
シンフォギアの存在が公になっていることが功を奏し、一般人は比較的落ち着いて行動している。
「今ので最後?」
「だな、総員指定の位置まで下がれ!逃げ遅れなどの想定外に備えて、待機!」
「了解ッ!」
「未来ちゃんもありがとう、本部まで送るよ」
「ありがとうございます」
避難も粗方終わり、目立った怪我人がいないことにほっとする未来。
職員の一人に付き添われ、当初の目的地へ足を向けた。
「向こうに車があるから、それで行こう」
「はいッ!」
人がまばらになった中を駆け抜けていくが。
段々と大通りから離れているのに気付いた未来は、違和感を抱き始める。
気のせいかと考えもしたが、しかし。
それにしたって、薄暗い方へ薄暗い方へと向かっているこの現状に。
十代半ばの少女が、どうして臆せずにいられようか。
「ぁ、あの!」
「何でしょう?」
思わず足を止め、先導していた職員を呼び止めた。
声が上ずったのは、急停止したからだと何とか思い込む。
「わたし達、本部に向かっているんですよね?」
「ええ、そうですよ?」
「じ、じゃあ、どうして通りから離れて行っているんですか?車はどこに?本部にはいつ着くんですか!?」
確信めいた悪寒に従って、一歩一歩後ずさりながら問いかけをぶつければ。
なだめようともしてこなかった職員は、大きくため息。
笑いかけてくれていたはずの表情を、一変させて。
「――――存外、早く気付いたものね」
◆ ◆ ◆
歩めば歩むほど、進めば進むほど。
目まぐるしく変化していくマリアの脳領域、その景色。
まるで嵐の中心にいると錯覚するような、情報の濁流の中。
エルフナインは一歩一歩踏み進めて、手がかりにつながりそうなものを探していく。
幼い足取りで戦火から逃げる様子、
そして、妹との死別。
何度打ちひしがれながらも、時には奮起して、時には他にそうするしかなくて。
立ち上がって歩き出すマリアの姿に。
目的のものを見つけられない弱音を励まされながら、エルフナインは走っていた。
「時間はどのくらい経ったんだろう・・・・はやく手がかりを見つけないと、マリアさんにも負荷が・・・・!」
はやる心を宥めて、次へ進もうとした時だった。
――――突如として、吹き渡る風。
前触れなく現れた奔流が、空間を押し広げるようにうねり、駆け巡っていく。
警戒露わに足を止めたエルフナインの目の前で、瓦礫の街を作り終えると。
最後に人影を一つ添えたのだった。
エルフナインも良く知っている、その顔は。
「響さん・・・・!」
もちろん本人ではない。
ここがマリアの脳領域であることを考えるなら・・・・!
「うわぁッ!?」
案の定、襲い掛かって来た。
紙一重を転びながら避けて、砂を払わないまま立ち上がる。
「やはり、免疫反応・・・・侵入者であるボクを排除しようと・・・・!」
濃い敵意を放つ両目に、うっかり騙されそうになるが。
正当性があるのは、圧倒的にあちらの方だ。
いかなる障害をも排除するという意思は、確かにかつての響がぴったりだが。
今のエルフナインに、そんなことを考える余裕はない。
現れた『響』も当然、あらゆる雑念を捨てて『
背が低いエルフナインに合わせ、蹴りを中心に攻撃。
刃を放つのはもちろん、時には『手』を使って捕獲しようとしてきた。
(こんなところで、やられるわけには・・・・!)
まだ何の手がかりも掴めていない。
腕っぷしが絶望的なのは理解しているが、それでもやられるわけにはいかない。
「ボクは、まだッ・・・・マリアさん達の信頼に、応えていないッ!!」
あっという間に距離を詰め、足を天高く上げる『響』。
逃れられない速度のはずのそれが、ゆっくり迫って来るに見える中。
必死に頭を回転させて、活路を見出そうとした。
そんな時だ。
また、風が吹き抜けた。
白銀をきらめかせた『彼女』は、瞬く間に『響』とエルフナインの間に割って入り。
「――――はあぁッ!!!!」
『響』を、大きく叩き飛ばした。
いっそ桃色がかったストロベリーブロンドが、衝撃に靡いてきらきらと輝く。
呆然とするエルフナインの方へ、振り向いたその顔は。
「・・・・ま、マリアさん?」
「さっきぶりね、エルフナイン」
マリア・カデンツァヴナ・イヴ、その人だった。
「こ、これはボクの妄想?それとも脳領域の記憶・・・・?」
「あら、つれないこと・・・・一緒に戻ろうって約束したじゃない」
自信たっぷりの笑みで、容易く本物であると証明して見せたマリアは。
再び飛び掛かって来た『響』の攻撃に、難なく対応して見せる。
掴みかかって来た『手』すらも難なく切り裂いて、
「――――ッ!?」
「悪いけど、今
驚愕に目を見開く『響』を、あっという間に無力化してしまった。
「こっち!」
「あっ・・・・!」
そしてエルフナインの手を取って、颯爽と走り出す。
再びうねる空気。
目の前に現れたのはノイズの群れ。
「随分なじみ深い顔ねッ!」
もちろん、マリアが臆する理由などない。
立ち塞がる者は当然として、エルフナインを狙うものをも。
蛇腹状にした剣で両断していく。
「ここが私の中であるというのならッ!!」
もう一捻りして、第二陣も撃破。
「好き勝手させてもらうわッ!!」
「ふえぇ・・・・」
後続もまとめて吹き飛ばす様は、まさに獅子奮迅といったところか。
先ほどまでの緊張感が、感嘆とともに抜けていくのを感じながら。
エルフナインは未だ存在する瓦礫に躓きながらも、マリアの背中を必死に追いかけた。
「もうそろそろ、何か見えても・・・・ッ!?」
余裕が生まれたことで、見えるものかもしれないと。
わずかな希望を抱いた、その時だ。
「うわぁッ!?」
「エルフナインッ!?くっ・・・・!!」
足元が、ぐわんとうねって暴れだした。
産まれた奈落に危うく放り出されるところを、マリアが跳躍のちに確保する。
安全な足場を伝って直ちに退避を試みたものの、逃げ切る前にすべてが崩落してしまった。
こうなったなら、もう落ちる他ない。
「ッ、しっかりつかまっていなさい!!」
文字通りの底なしを前に怯んだエルフナインを、両腕でしっかり抱え直して。
マリアは眼前の暗闇に挑みかかって。
――――――意識を、飛ばす。
「・・・・・生き、ている?」
一体どれほどの時間が経っただろうか。
意識を取り戻したマリアがまず行ったのは、自らとエルフナインの安否確認だった。
寝起きの様なおぼつかない目を何とか動かすと、幸いすぐそばで力なく浮いているのを発見する。
生きていることにほっとしながら、確保と同時に周囲の観察に努めた。
立つべき地面はなく、黒やピンクなどがカラフルに蠢く空間は。
まるでサイケデリックなオーロラの中にいる様だ。
「――――お目覚めの様ですね」
ふいに、そんな声がかかった。
聞き覚えのある、そして二度と聞くことがないはずのそれに。
マリアが弾かれたように振り向けば。
「おやおや、ずいぶん面白い顔をしていらっしゃる」
やはり、よく知っている白衣が揺れた。
「な、何故お前がここに!?」
「何故だって?そんなの、決まっているじゃないですかッ!!」
素直に疑問をぶつければ、そいつは、ウェルは。
舞台俳優の様な所作で両手を広げて。
「あなた達が望むものを所有するッ!!僕こそが真実の人ッ!」
「ドクタアアアアアァァーッ!ウェルッ!!」
運動神経が鈍いと忘れそうなキレのある動きを見せたのだった。
次はもうちょっと早く上げられるはず・・・・!