一番の推しはグリム親分です。
「三人とも無事!?」
「ええ!私も藤尭君も無事!レイアもただのバッテリー切れよ!!」
「間に合ってよかったデス!」
動かなくなったレイアを引きずりながら後退する二人を見て、喫緊の怪我は追っていないと確認したマリア。
牽制する調と切歌と並び立ち、頭上を陣取る錬金術師達を見上げる。
一人、銀糸の様な髪を夜闇に靡かせる、男装の麗人。
一人、腿や胸元など、露出の高い服装をしたエキゾチックな美女。
一人、ベレー帽にメガネ、そして抱いたカエルのぬいぐるみが目を引く少女。
当然、見た目通りの人間ではないことくらい分かっていた。
「あーらあら、勢ぞろい」
「どうするワケだ?サンジェルマン」
美女がからかうように前かがみになれば、少女は麗人を『サンジェルマン』と呼んで一瞥する。
麗人ことサンジェルマンは、冷静にマリア達を見下ろして。
「ちょうどこいつの成果を確かめたかった所だ、是非お相手願おうじゃないか」
不敵に笑ったと思ったら。
上がった手を号令に、あの蛇の様なバケモノが鎌首をもたげて控えた。
「ッ来るわよ!調と切歌は、藤尭さん達を!それまで私が抑えるッ!!」
ダガーを取り廻して構えたマリア。
それを合図に、『蛇』が突っ込んでくる。
噛みつきを散開して避けると、調と切歌は後方へ。
マリアは前方へ飛び出す。
永く大きい体を存分にくねらせて迫る『蛇』に臆さず、まずは飛び上がって上空へ。
手始めにダガーの雨を振らせて牽制。
咥えて着地と同時に腹を鋭く切り付け、意識をこちらへ向けさせる。
しなり迫る胴体を回避して、再び一閃。
飛び散る小石すらも足場に、縦横無尽に駆け巡る。
「はああああああッ!!」
腰のブースターを吹かし、横っ面へ蹴りを叩き込めば。
『蛇』は頭から波打つように地面に倒れ込むが、撃破には中々遠い。
だが、マリアにはそれで十分だった。
顎に追撃を叩き込んで距離を取ると、今度は頭上にダガーを展開。
激しく旋回させれば、竜巻が発生する。
暴風を纏ったマリアがそのまま突撃すれば。
噛み砕こうとして失敗した『蛇』が、大きく引き裂かれた。
身を翻して着地したマリアは、油断なく『蛇』が倒れる様を見届けようとして。
「――――ッ!?」
瞬間、『蛇』の異変に体を硬直させた。
まるでフィルムが広がるように、錬金術の陣が並んだと思えば。
瞬きの間に無傷となった『蛇』が、こちらを睨んでいた。
(自己治癒!?いや、再生か!?どっちにしたって、回復が速すぎるッ!!)
驚愕に目を見開いたものの、再びうねり迫る巨体を前に。
苦い顔をして回避する。
「マリア、一旦交代デス!」
「友里さん達は、物陰に退避させてる!」
「ッええ!」
調と切歌に『蛇』の相手を任せ、一抹の望みをかけて錬金術師達へ。
神速を以って駆け抜けると、牽制のダガーを雨あられと放つ。
美女が不敵に笑いながら前に出て、障壁を展開。
防ぎにかかるが、マリアの攻撃が一つ上手だったようで。
「ッやだ、顔に傷」
わずかに欠けた障壁の隙間を、刃が一つすり抜ければ。
美女の頬を掠めて怯ませた。
好機と取ったマリアは、更に攻め込もうとしたが。
「デースッ!?」
「なっ、くぅ・・・・!?」
『蛇』に弾き飛ばされた、切歌達に衝突してしまった。
痛みに怯んでいる間に、麗人が手を上げて『蛇』がマリア達を見下ろす。
決定打が見当たらない中で、いかにして生き残るか。
マリアが奥歯を噛み締めた時だった。
『お前達!今より五秒後にそこから飛び降りろッ!!活路はそこにあるッ!』
聞こえたのは、本部の通信。
疑問を浮かべた耳に、汽笛がかすかに聞こえてからは速かった。
「はああぁッ!!!」
砲身に変形させた左腕から、極太の極光を発射。
十分な目くらましを仕掛けてから、踵を返す。
「失礼するデスッ!!」
「うわわッ!?」
切歌が藤尭、調が友里、そしてマリアがレイアを担ぎ。
なおも必死で走る先には、ぱっくりと口を開けた断崖絶壁。
「ま、まさか・・・・!?」
「しゃべっていると、舌を噛むッ!」
それぞれのブースターを、思いっきり吹かした跳躍。
藤尭の情けない悲鳴をBGMに、うまく着地したのは貨物列車だ。
一気に距離が離れていく中、見下ろしてくる錬金術師達を見返しながら。
マリアは固唾を吞む。
油断したつもりはなかった、だが、奴らの策に後れを取ってしまった。
(いや、後ろに未来を控えさせているからと、気が緩んだのでしょうね)
自嘲を含んだため息をつきながら、錬金術師達が見えなくなるまで視線をそらさないマリアだった。
◆ ◆ ◆
わたしが投げた刃よりも早く。
クリスちゃんのボウガンが、ステファン君のノイズに捕らわれた足を打ち抜き切断した。
ちなみにわたしの刃は、打ち抜かれたステファン君がうまく傾いたことで。
背後にいたノイズを切り裂くだけに終わった。
もうとっくにノイズを片づけ切った現在、もちろんステファン君に応急処置は施しているんだけど。
「・・・・こうでもしなきゃ、ステファンが助からなかったのは。分かっている・・・・だけどッ・・・・!!」
絞り出すような声を出したのは。
応急処置で足を縛り上げている間も、片時も離れようとしなかった。
ステファン君のお姉さん。
ソーニャさんと言うらしいその人は、涙を散らしながら。
迷いなく切ろうとしたわたしと、切ってしまったクリスちゃんを睨みつけて。
「あなた達が、ステファンの足をッ!」
・・・・遠巻きに同じく睨んでくる村人のひそひそ話から。
ステファン君はサッカーが大好きで、将来は選手を目指しているんだと知った。
ボールを工場長にクリーンヒットさせたことから見ても、素質は十分にあったんだろう。
そんな彼にとって、足が命であることは。
容易に想像が出来た。
「分かっている!・・・・言い訳はしねぇ、けどこいつは、響はまだ実行はしてなかっただろ」
クリスちゃんは少しばかりの罪悪感を見え隠れさせながら、口を開く。
「やったのはあたし一人だ、言い訳はしない」
ソーニャさんの睨みつける視線を、真っ向から見返して。
わたしを庇ってくれた。
・・・・ああ。
庇われてしまったわたしが、もう少し早く動いていれば。
そもそも、ステファン君や、人質にされていた女の子をもっと気にかけていれば。
こんなことにはならなかったはずなのに。
「・・・・ッ!?」
ネガティブになっているところへ、頭に衝撃。
視界に星が弾けて、思わずよろけてしまう。
一番熱を持った、段々痛いと感じ始めた場所を触ると。
指が、赤く濡れていた。
飛んできた方を見れば、ソーニャさんと同い年くらいの男の人が。
腕を振り下ろした姿勢で、ものすごい顔をしている。
・・・・『お前らさえ来なければ』か。
その通りだよ。
「や、やめて!」
それを皮切りに、爆発しそうになった村人達を引き留めたのは。
人質になっていた女の子だった。
「この人達、村のみんなを連れて行って、返してくれなかった嫌な人を、捕まえに来てくれたじゃない!!ノイズから一生懸命、守ってくれたじゃない!」
小さい体をめいいっぱい広げて、必死に語り掛けている。
「それにッ、ステファンの怪我だって!!わたしが、わたしが人質にさえならなければぁッ・・・・!!」
ステファン君のことで、責任を感じていたのか。
とうとう泣き出してしまえば。
その涙を見た、元々悪人じゃなかったらしい村人達は。
バツの悪そうに互いを見たり、俯いたりしていた。
石を投げつけてきたおにーさんは、顔を蒼くして口をぱくぱくさせていたので。
『お気になさらずー』という意味を込めて、薄く笑い返しておく。
「・・・・とにかく、彼を病院へ連れて行くぞ。人質解放の功労者、みすみす死なせるわけにはいかん」
確かに。
言っちゃ悪いが、ここは衛生状況が良いと言えない。
感染症などの心配が拭えない以上、きちんとした病院で診せるべきだ。
翼さんの言葉に、ひとまず頷いて。
乗ってきたトラックに乗り、今度は翼さんの運転で都市部を目指すことにした。
その前に、
「こちらに来い立花、お前も立派な怪我人だ」
「はーい」
ステファン君を荷台に乗せる横で、翼さんに手招きされて。
大人しく手当てを受けることにした。
後のことはS.O.N.G.のエージェントさん達に任せて、今度こそ出発する。
◆ ◆ ◆
「皆さん、おかえりなさい」
本部に帰還したマリア達を、未来が医療スタッフと共に出迎えた。
先んじて戻っていたエージェント達の、応急処置を手伝っていたらしい未来は。
そのまま友里達の手当てをてきぱきこなす。
幸いにして全員が軽傷であったため、医療スタッフが大仰な検査も不要だろうと判断していた。
レイアも、充電すればまた動けるらしい。
「留守をありがとう、おかげで気兼ねなく戦えた」
「いえ、出来ることをやっているだけですから」
マリアの感謝の言葉に、微笑んで答える未来。
装者達はそのまま連れ立って、司令室へ向かった。
「みんな、ご苦労だった」
まず出迎えた弦十郎は、真っ先に労いを口にする。
「オペラハウスへの潜入任務、収穫があったようだな」
「はい、命賭けた甲斐がありましたよ」
対する藤尭は、ノートパソコンを軽く掲げて得意顔。
口元が若干引きつっているのはご愛敬である。
「パヴァリア光明結社の構成員と思しき人物も、肉眼で確認できました。やはり、活動を本格化させたようですね」
「四百年もあれば、立て直しもできているか・・・・」
友里の口頭報告にぼやいたのは了子。
月の破壊に意欲的だった頃、異端技術の独占を狙って大ダメージを与えたのだと。
出発直前のミーティングで語られていた。
「とにかく、奴らの姿も確認したのだし、情報を共有したいわ。響達は今どこに?」
マリアが、問いかけた途端。
しん、と静まり返ってしまう司令室。
未来も、沈痛な面持ちで俯いてしまっている。
「・・・・何かあったの?」
尋常ではない様子に、問いを重ねた時だった。
「ッ!?」
「ノイズのアラート!場所は!?」
直ちに定位置に飛びついた友里と藤尭が、素早くキーボードを操作する。
「位置出ましたッ!!バルベルデ国際空港です!!」
「監視カメラからの映像、来ます!」
そして大画面に映し出されたのは。
滑走路を我が物顔で所狭しと闊歩するアルカノイズ達。
「ッ、戻って早々にすまない。今度は未来君も出てくれ!!」
「はい!」
「合点デース!」
切歌の元気な声を号令に、それぞれが飛び出していく。
◆ ◆ ◆
揺らめく炎を見つめる。
樒を振り、炙る亀甲の亀裂を確かめる。
・・・・己の知る未来と当てはめながら、結果を吟味して。
「・・・・」
黙したまま、立ち上がった。
別に義務ではないけれど、うまっていないとなんか落ち着かない。
それが『あとがき』というものだと思うの。