素早い飛び掛かりを、攻撃を掠めながらも避けて。
雷撃もすれすれのところで、体を傾けて回避。
ぐらりと不安定になった姿勢に逆らわず、慣性のままにバク転して距離を取った。
と、思ったら、ハナちゃんの方にターゲットを変えて突撃していった。
刃を指に挟んで投擲。
ハナちゃんを援護するどさくさに紛れて、ノアの方にもぽいぽい。
でもやっぱり障壁に防がれてしまう。
うぜぇ・・・・。
「ふふっ、健気なものだね」
ノアもこっちの気持ちを分かっているのか、にやにや笑っていて。
むわあああああああ!癪に障るううううううう!
「努力を無為にするようでなんだが、この『タリスマン』の突破はやめておいた方が良い。それこそ神殺しでも持ち出さないように術を組んだから」
ご丁寧に説明までする余裕をかまして、クロへジャブを繰り出すハナちゃんを見ている。
「バチ当たり代表みたいなやつが神サマ頼りって、世も末じゃない?」
「なかなか便利なんだよ?『神聖なる力』というのは」
「便利アイテム扱いされるなんざ、さすがの神サマも気の毒、だッ!」
「肝心な時に限って使えないんだ、たまには役に立ってもらわないとね」
そりゃそうだけどさ!
実在してると言えど、そもそも起きてるかどうかすら分からない神様に頼るって、やっぱりどうよ!?
「ッとお!!」
鼻先すれすれを掠めていった爪に肝を冷やしながら、蹴り飛ばして反撃。
ついでに、脛(いや犬だから足の甲か)へダメ押しのキック。
良い手ごたえを感じた。
ハナちゃんを狙って帯の様に伸びてきた影を、翼さんリスペクトの回転蹴りで振り払い。
「ありがとう!」
「かまわんよー!」
再び叩きつけられた影を、散開して回避。
振ってくる雷を、何とかいなしながら再び突撃していく。
「すごい!わたしも雷なんとか出来るんだ!?」
「弾いていなすが精一杯だけどネー!」
大きく弾けば、明確な隙が出来た。
すかさずハナちゃんが突貫し、クロの目と鼻の先へ。
少し上の方を陣取れてるお陰で、噛みつきも気にしなくていい。
「せぇいッ!」
鼻先へ思いっきり踵落とし。
怯んだところへわたしも突っ込んで、突風を横薙ぎ。
クロを転倒させる。
そのまま気絶を狙って頭へアームハンマーを叩き込んだ。
クロをうまいこと伸して、今度は二人で障壁に飛び掛かる。
先んじて刃を飛ばす。
阻まれて制止したところを目印にしたと、ハナちゃんも気づいてくれた。
「ッぜやあああああああああああああああ!!!!」
「はああああああああああああああああッ!!!!」
タイミングを合わせて、一緒にドーン!
散発で敗れないなら、集中ならどうだ!?
杭を打ち込むように二人係で正拳一発。
「ッ、これは・・・・?」
今まで以上の手ごたえに、『行けるか?行けるな!』と油断しそうになるけれど。
そういう時に限って失敗するので、自分に喝を入れる。
だけど、どうやら一足遅かったようだ。
バチン!と、空気が破裂する音。
気が付けば、大きく吹き飛ばされている。
受け身が間に合わず、地面に強く叩きつけられた、いてぇ。
ド畜生・・・・腐っても神様印ってか・・・・!
「・・・・今のは」
何だか難しい顔をしているノアを見上げて、口元を拭う。
◆ ◆ ◆
『どうして出来ないの!』
『ぐずぐずすんな、さっさとしろ!』
『必要なことなんだよ?だってあなたが悪いんだもの』
『わがままを言わないの!どうして言うことを聞いてくれないの!』
『反省するまで家に入れないからな!』
『餓鬼の癖に減らず口を叩くなぁ!!ゴミ屑がぁ!!!』
『所有物の分際で大人に逆らうなんて、頭がイカレているんじゃないの?』
『子どもなんていらなかったのに、本当に邪魔だわ』
『道具の癖して生意気抜かしやがって、うざいんだよ』
『お前のせいで疑われたじゃねぇか!!クソが!!』
『この俺を不利に追い込むなんて、とんんだ親不孝者だな!!』
暗くて、寒いところにいる。
空気の全てが針になったように、小さな虫に噛まれているように。
全身がちくちく刺されている。
僕のだけじゃない、みんなの痛みが襲ってくる。
多分、他のみんなも同じなんだろうなと。
理由もないのに、そう感じていた。
そんな僕達をさらに苦しめるのは、あったかい光。
『よく頑張ったなぁ、えらいぞ』
『上手上手!さっすが香子!』
『こっちにおいで、一緒に遊ぼう』
『お母さんには内緒ね?』
僕達が、全然手に入れられなかったものが。
キラキラと輝いて、体を焼いている。
・・・・欲しかった。
あったかいご飯も、撫でてくれる手も、褒めてくれる笑顔も。
欲しくて欲しくて、たまらなかった。
僕だって、お母さんのご飯を食べたかった。
僕だって、お父さんの大きな手で褒められたかった。
僕だって、友達と遊びたかった。
なのに。
欲しいと願えば願うほど、手を伸ばせば伸ばすほど。
光に焼かれて、痛くなる。
・・・・痛いのは、もう嫌なのに。
苦しいのは、もう嫌なのに。
楽になりたい、静かに寝たい。
なのに、それが許されない。
枯れても枯れても、次々溢れていく涙が。
何度諦めても無視しても尽きない、僕のわがままの様で。
それがひどく、惨めだった。
――――だけど。
だけど、これでいいのかもしれない。
だって、僕がちゃんと出来なかったのがいけないんだから。
ご飯を食べるのも、着替えるのも、お風呂に入るのも。
いつもいつも、ぐずぐずするなって、のろまって怒られていたから
僕がもっといい子なら、お父さんも、お母さんも。
優しいままでいてくれたはずなのに。
僕が、ダメな子だったばっかりに。
だから、これでいいんだ。
悪い子は、怒られなきゃ。
「・・・・ッ」
「・・・・!?」
思っていたら、急にあったかくなった。
びっくりして見ると、誰かにぎゅっとされている。
耳を澄ますと、泣いてるみたいだった。
・・・・しばらくの間、そのままべそべそしていたけど。
「・・・・ゎ、たしは」
耳の近くで、声がした。
泣いているせいか、がらがらだ。
「わたしは、お父さんにも、お母さんにも、優しくしてもらえて・・・・ッ、だ、から、何を、言っても。あなた達には、届けられないかもしれないけど・・・・!」
だけど、と。
何度も何度も声を引きつらせたその子は、ずっと抱きしめてくれていて。
「み、んな・・・・みんな、あんな目にあわなくてよかったんだよ・・・・!」
自分のためじゃなくて、僕の、僕達のために。
僕が濡れちゃうくらいに、ボロボロ泣いてくれていて。
「あんなことで叩かれなくてよかったし、あれくらいのことで怒られなくてもよかった・・・・!・・・・みんなが死ぬ必要なんて、これっぽっちも無かった・・・・!!」
・・・・流れ込んでくる、この子の記憶。
『お前のねーちゃん人殺し!』
『こっちくんな!死ね!』
『人殺しがうつるぞ!逃げろーッ!』
『やっつけてやる!覚悟しろ!』
石を投げられた、教科書を捨てられた、川に突き落とされた。
お父さんがいなくなって、お姉ちゃんもいなくなった。
・・・・だけど。
だけど、立ち上がった。
優しさを持ち続けて、手放さなかった。
記憶が進む、前に進む。
どうしようもできない怖い目にも遭って、それでも足を止めなくて。
「・・・・ぁ」
そして見えたのは、あの雨の日。
傷だらけで、蹲っていた僕を。
見つけてくれた、あの日。
・・・・ああ、そうか。
この子は知っていたんだ。
傷つけられる怖さも、傷つけてしまう恐ろしさも。
優しさがくれる、温かさも。
確かに、僕達とは違う。
お父さんとお母さんに愛してもらって、お姉ちゃんにかわいがられて、だから。
泣いてる人がいたら、迷わず手を差し出せる。
たくさんもらったから、誰かに手渡すことが出来るんだ。
そんな強さを持った・・・・すごい子だったんだ。
「・・・・ここは
ふわふわと、いつもブラシしてくれる毛並みを撫でてくれながら。
「帰ろう、こんなとこいたら風邪ひいちゃう」
よっこいしょと、抱き上げてくれた。
撫でる手は、あったかいままだ。
・・・・いいの?
一緒に帰って、いいの?
「もちろん、君はとっくにうちの子だよ」
抱きしめて頬ずりされた感覚は。
ずっとずっと欲しかった、家族の温もりそのままで。
「・・・・くぅーん」
◆ ◆ ◆
「・・・・ッ!?」
睨み合って膠着状態になっていた時、それは起こった。
ふいに聞こえた雷鳴と、堅いものが割れる音。
ノアも予想外だったようで、がばっと後ろを振り向いている。
わたしとハナちゃんもそっちを見ると、後ろの棺桶が壊れているのが見えた。
そこからずるりと、香子が倒れ込んでくる。
意識はあるようで、どこか苦しそうに呻いていた。
「自力で術式を破った?バカな、精神世界からの脱出はともかく、装置から物理的に出てくるなんて・・・・!?」
「ッぅ雄おおおおおおおおおおお!!!」
ノアが何だか驚いてるけど、かまっていられない。
指を割り込ませて、全力を込める。
肩や腕がぶちぶち悲鳴を上げているけど、気にしない。
・・・・命がどれほど儚いか、分かっているつもりだったから。
だから、助けられる力と立ち位置にいるのなら。
諦めて、なるものかッッッッ!!!!!
「ッ、今度はタリスマンが突破されようとして!?ええい、次から次へと!!」
歯を剥くノアの目の前で、障壁を思い切り引き裂いてやる。
「――――今度こそ」
そのまま拳を、握りしめて。
「妹を、返してもらうぞッ!!!!」
「・・・・ッまさか、その聖遺物・・・・かみッ」
何か言いかけていた横っ面に、思いっきり叩きつけてやった。
装置にバウンドして、あっという間に気絶したノアは。
そのまま地面に倒れ込んでしまう。
・・・・さすがに気になったので脈と呼吸を確認。
よかった、生きてる。
「香子ちゃん!」
「・・・・お姉ちゃん?」
「ッ、わたしはこっちだよ。香子、具合はどう?」
「えへへ、ちょっとねむーい・・・・」
ハナちゃんに抱えられた香子は、大分弱っているようだったけど。
こっちに笑ってくれるくらいには、余裕がある様だった。
今度こそ、ほっと息をつく。
「ノアさんは?」
「頭叩いたから、しばらくは伸びてると思う。何か困ったことが起きても、多少はほっといて大丈夫」
いや、そんな事態になっても困るっちゃ困るんだけどね?
・・・・なんて、思ったのがいけなかったみたい。
『その困ったことが、今まさに起きたわよ!』
『アルカノイズが止まらない!このままでは、バビロニアの宝物庫が開いてッ・・・・!』
「そんな、ノアさんはもう動けないのに!!」
『それだけではありません!各地で装者と交戦していたブラックドッグ達が、まっすぐ響ちゃん達の下へ!』
うっそやん、こんな立て続けに厄介事来るの?
「・・・・ッ」
「そんな、クロ君・・・・!」
振り向けば、よろよろと立ち上がるクロの姿が。
ブラックドッグ達がこちらに向かってきているというのもあって、警戒を跳ね上げる。
その横で、だるい体を押して立ち上がった香子は。
あろうことか、クロのところへ歩き出した。
「香子!?」
「香子ちゃん、ダメだ!危ない!」
まさか、まだノアに好き勝手された影響が残っているんだろうか。
まだまだ病み上がりなのに、攻撃してくるかもしれない奴のところへ行かせられない!
・・・・なのに香子は、ゆっくりこちらを振り向いて。
「・・・・大丈夫」
ひどく、大人びた顔と声だった。
わたし達が呆けた隙に、クロの前にたどり着いてしまう香子。
一方のクロは、黙って見下ろしている。
対して見上げている香子は、そっと両手を差し出して。
「・・・・クロ、おいで」
「・・・・クゥー」
摺り寄せられた、クロの大きな顔を。
思いっきりハグしたのだった。
・・・・妹の思いがけない成長と、クロの変わりように呆気に取られていると。
遠くの方で、地鳴りの様な音。
見ると、アルカノイズが作った裂け目から、フレイムノイズがあふれ出しているのが見える。
クソッ、あの数捌ききれるか・・・・!?
「――――大丈夫だよ、お姉ちゃん」
「香子?」
緊張しているところへ、ただただ穏やかに声をかけてくる香子。
接近してきているブラックドッグの群れは、もう見える位置にまで迫っている。
だというのに、クロを撫でる手を止めない香子は。
自信たっぷりに、笑いかけてきて。
「――――『みんな』、味方だから」
オオーン、と。
クロが遠吠えを一つ。
それに続くように、後ろでいくつも連鎖していく。
――――巨大な群れが立ち止まり、一つの存在に膝をつくその光景は。
彼らにとって、香子がどんな存在になったかを。
ありありと語っていた。
ラストスパートです!