チョイワルビッキーと一途な393   作:数多 命

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群れの主

素早い飛び掛かりを、攻撃を掠めながらも避けて。

雷撃もすれすれのところで、体を傾けて回避。

ぐらりと不安定になった姿勢に逆らわず、慣性のままにバク転して距離を取った。

と、思ったら、ハナちゃんの方にターゲットを変えて突撃していった。

刃を指に挟んで投擲。

ハナちゃんを援護するどさくさに紛れて、ノアの方にもぽいぽい。

でもやっぱり障壁に防がれてしまう。

うぜぇ・・・・。

 

「ふふっ、健気なものだね」

 

ノアもこっちの気持ちを分かっているのか、にやにや笑っていて。

むわあああああああ!癪に障るううううううう!

 

「努力を無為にするようでなんだが、この『タリスマン』の突破はやめておいた方が良い。それこそ神殺しでも持ち出さないように術を組んだから」

 

ご丁寧に説明までする余裕をかまして、クロへジャブを繰り出すハナちゃんを見ている。

 

「バチ当たり代表みたいなやつが神サマ頼りって、世も末じゃない?」

「なかなか便利なんだよ?『神聖なる力』というのは」

「便利アイテム扱いされるなんざ、さすがの神サマも気の毒、だッ!」

「肝心な時に限って使えないんだ、たまには役に立ってもらわないとね」

 

そりゃそうだけどさ!

実在してると言えど、そもそも起きてるかどうかすら分からない神様に頼るって、やっぱりどうよ!?

 

「ッとお!!」

 

鼻先すれすれを掠めていった爪に肝を冷やしながら、蹴り飛ばして反撃。

ついでに、脛(いや犬だから足の甲か)へダメ押しのキック。

良い手ごたえを感じた。

ハナちゃんを狙って帯の様に伸びてきた影を、翼さんリスペクトの回転蹴りで振り払い。

 

「ありがとう!」

「かまわんよー!」

 

再び叩きつけられた影を、散開して回避。

振ってくる雷を、何とかいなしながら再び突撃していく。

 

「すごい!わたしも雷なんとか出来るんだ!?」

「弾いていなすが精一杯だけどネー!」

 

大きく弾けば、明確な隙が出来た。

すかさずハナちゃんが突貫し、クロの目と鼻の先へ。

少し上の方を陣取れてるお陰で、噛みつきも気にしなくていい。

 

「せぇいッ!」

 

鼻先へ思いっきり踵落とし。

怯んだところへわたしも突っ込んで、突風を横薙ぎ。

クロを転倒させる。

そのまま気絶を狙って頭へアームハンマーを叩き込んだ。

クロをうまいこと伸して、今度は二人で障壁に飛び掛かる。

先んじて刃を飛ばす。

阻まれて制止したところを目印にしたと、ハナちゃんも気づいてくれた。

 

「ッぜやあああああああああああああああ!!!!」

「はああああああああああああああああッ!!!!」

 

タイミングを合わせて、一緒にドーン!

散発で敗れないなら、集中ならどうだ!?

杭を打ち込むように二人係で正拳一発。

 

「ッ、これは・・・・?」

 

今まで以上の手ごたえに、『行けるか?行けるな!』と油断しそうになるけれど。

そういう時に限って失敗するので、自分に喝を入れる。

だけど、どうやら一足遅かったようだ。

バチン!と、空気が破裂する音。

気が付けば、大きく吹き飛ばされている。

受け身が間に合わず、地面に強く叩きつけられた、いてぇ。

ド畜生・・・・腐っても神様印ってか・・・・!

 

「・・・・今のは」

 

何だか難しい顔をしているノアを見上げて、口元を拭う。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

『どうして出来ないの!』

 

 

『ぐずぐずすんな、さっさとしろ!』

 

 

『必要なことなんだよ?だってあなたが悪いんだもの』

 

 

『わがままを言わないの!どうして言うことを聞いてくれないの!』

 

 

『反省するまで家に入れないからな!』

 

 

『餓鬼の癖に減らず口を叩くなぁ!!ゴミ屑がぁ!!!』

 

 

『所有物の分際で大人に逆らうなんて、頭がイカレているんじゃないの?』

 

 

『子どもなんていらなかったのに、本当に邪魔だわ』

 

 

『道具の癖して生意気抜かしやがって、うざいんだよ』

 

 

『お前のせいで疑われたじゃねぇか!!クソが!!』

 

 

『この俺を不利に追い込むなんて、とんんだ親不孝者だな!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

暗くて、寒いところにいる。

空気の全てが針になったように、小さな虫に噛まれているように。

全身がちくちく刺されている。

僕のだけじゃない、みんなの痛みが襲ってくる。

多分、他のみんなも同じなんだろうなと。

理由もないのに、そう感じていた。

そんな僕達をさらに苦しめるのは、あったかい光。

 

『よく頑張ったなぁ、えらいぞ』

 

『上手上手!さっすが香子!』

 

『こっちにおいで、一緒に遊ぼう』

 

『お母さんには内緒ね?』

 

僕達が、全然手に入れられなかったものが。

キラキラと輝いて、体を焼いている。

・・・・欲しかった。

あったかいご飯も、撫でてくれる手も、褒めてくれる笑顔も。

欲しくて欲しくて、たまらなかった。

僕だって、お母さんのご飯を食べたかった。

僕だって、お父さんの大きな手で褒められたかった。

僕だって、友達と遊びたかった。

なのに。

欲しいと願えば願うほど、手を伸ばせば伸ばすほど。

光に焼かれて、痛くなる。

・・・・痛いのは、もう嫌なのに。

苦しいのは、もう嫌なのに。

楽になりたい、静かに寝たい。

なのに、それが許されない。

枯れても枯れても、次々溢れていく涙が。

何度諦めても無視しても尽きない、僕のわがままの様で。

それがひどく、惨めだった。

――――だけど。

だけど、これでいいのかもしれない。

だって、僕がちゃんと出来なかったのがいけないんだから。

ご飯を食べるのも、着替えるのも、お風呂に入るのも。

いつもいつも、ぐずぐずするなって、のろまって怒られていたから

僕がもっといい子なら、お父さんも、お母さんも。

優しいままでいてくれたはずなのに。

僕が、ダメな子だったばっかりに。

だから、これでいいんだ。

悪い子は、怒られなきゃ。

 

「・・・・ッ」

「・・・・!?」

 

思っていたら、急にあったかくなった。

びっくりして見ると、誰かにぎゅっとされている。

耳を澄ますと、泣いてるみたいだった。

・・・・しばらくの間、そのままべそべそしていたけど。

 

「・・・・ゎ、たしは」

 

耳の近くで、声がした。

泣いているせいか、がらがらだ。

 

「わたしは、お父さんにも、お母さんにも、優しくしてもらえて・・・・ッ、だ、から、何を、言っても。あなた達には、届けられないかもしれないけど・・・・!」

 

だけど、と。

何度も何度も声を引きつらせたその子は、ずっと抱きしめてくれていて。

 

「み、んな・・・・みんな、あんな目にあわなくてよかったんだよ・・・・!」

 

自分のためじゃなくて、僕の、僕達のために。

僕が濡れちゃうくらいに、ボロボロ泣いてくれていて。

 

「あんなことで叩かれなくてよかったし、あれくらいのことで怒られなくてもよかった・・・・!・・・・みんなが死ぬ必要なんて、これっぽっちも無かった・・・・!!」

 

・・・・流れ込んでくる、この子の記憶。

 

『お前のねーちゃん人殺し!』

 

『こっちくんな!死ね!』

 

『人殺しがうつるぞ!逃げろーッ!』

 

『やっつけてやる!覚悟しろ!』

 

石を投げられた、教科書を捨てられた、川に突き落とされた。

お父さんがいなくなって、お姉ちゃんもいなくなった。

・・・・だけど。

だけど、立ち上がった。

優しさを持ち続けて、手放さなかった。

記憶が進む、前に進む。

どうしようもできない怖い目にも遭って、それでも足を止めなくて。

 

「・・・・ぁ」

 

そして見えたのは、あの雨の日。

傷だらけで、蹲っていた僕を。

見つけてくれた、あの日。

・・・・ああ、そうか。

この子は知っていたんだ。

傷つけられる怖さも、傷つけてしまう恐ろしさも。

優しさがくれる、温かさも。

確かに、僕達とは違う。

お父さんとお母さんに愛してもらって、お姉ちゃんにかわいがられて、だから。

泣いてる人がいたら、迷わず手を差し出せる。

たくさんもらったから、誰かに手渡すことが出来るんだ。

そんな強さを持った・・・・すごい子だったんだ。

 

「・・・・ここは()なとこだね、やること全部に文句を言ってくる」

 

ふわふわと、いつもブラシしてくれる毛並みを撫でてくれながら。

 

「帰ろう、こんなとこいたら風邪ひいちゃう」

 

よっこいしょと、抱き上げてくれた。

撫でる手は、あったかいままだ。

・・・・いいの?

一緒に帰って、いいの?

 

「もちろん、君はとっくにうちの子だよ」

 

抱きしめて頬ずりされた感覚は。

ずっとずっと欲しかった、家族の温もりそのままで。

 

「・・・・くぅーん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・ッ!?」

 

睨み合って膠着状態になっていた時、それは起こった。

ふいに聞こえた雷鳴と、堅いものが割れる音。

ノアも予想外だったようで、がばっと後ろを振り向いている。

わたしとハナちゃんもそっちを見ると、後ろの棺桶が壊れているのが見えた。

そこからずるりと、香子が倒れ込んでくる。

意識はあるようで、どこか苦しそうに呻いていた。

 

「自力で術式を破った?バカな、精神世界からの脱出はともかく、装置から物理的に出てくるなんて・・・・!?」

「ッぅ雄おおおおおおおおおおお!!!」

 

ノアが何だか驚いてるけど、かまっていられない。

()()()()()()()()()()()()()、さっきの突撃個所へ再び食らいつく。

指を割り込ませて、全力を込める。

肩や腕がぶちぶち悲鳴を上げているけど、気にしない。

・・・・命がどれほど儚いか、分かっているつもりだったから。

だから、助けられる力と立ち位置にいるのなら。

諦めて、なるものかッッッッ!!!!!

 

「ッ、今度はタリスマンが突破されようとして!?ええい、次から次へと!!」

 

歯を剥くノアの目の前で、障壁を思い切り引き裂いてやる。

 

「――――今度こそ」

 

そのまま拳を、握りしめて。

 

「妹を、返してもらうぞッ!!!!」

「・・・・ッまさか、その聖遺物・・・・かみッ」

 

何か言いかけていた横っ面に、思いっきり叩きつけてやった。

装置にバウンドして、あっという間に気絶したノアは。

そのまま地面に倒れ込んでしまう。

・・・・さすがに気になったので脈と呼吸を確認。

よかった、生きてる。

 

「香子ちゃん!」

「・・・・お姉ちゃん?」

「ッ、わたしはこっちだよ。香子、具合はどう?」

「えへへ、ちょっとねむーい・・・・」

 

ハナちゃんに抱えられた香子は、大分弱っているようだったけど。

こっちに笑ってくれるくらいには、余裕がある様だった。

今度こそ、ほっと息をつく。

 

「ノアさんは?」

「頭叩いたから、しばらくは伸びてると思う。何か困ったことが起きても、多少はほっといて大丈夫」

 

いや、そんな事態になっても困るっちゃ困るんだけどね?

・・・・なんて、思ったのがいけなかったみたい。

 

『その困ったことが、今まさに起きたわよ!』

『アルカノイズが止まらない!このままでは、バビロニアの宝物庫が開いてッ・・・・!』

「そんな、ノアさんはもう動けないのに!!」

『それだけではありません!各地で装者と交戦していたブラックドッグ達が、まっすぐ響ちゃん達の下へ!』

 

うっそやん、こんな立て続けに厄介事来るの?

 

「・・・・ッ」

「そんな、クロ君・・・・!」

 

振り向けば、よろよろと立ち上がるクロの姿が。

ブラックドッグ達がこちらに向かってきているというのもあって、警戒を跳ね上げる。

その横で、だるい体を押して立ち上がった香子は。

あろうことか、クロのところへ歩き出した。

 

「香子!?」

「香子ちゃん、ダメだ!危ない!」

 

まさか、まだノアに好き勝手された影響が残っているんだろうか。

まだまだ病み上がりなのに、攻撃してくるかもしれない奴のところへ行かせられない!

・・・・なのに香子は、ゆっくりこちらを振り向いて。

 

「・・・・大丈夫」

 

ひどく、大人びた顔と声だった。

わたし達が呆けた隙に、クロの前にたどり着いてしまう香子。

一方のクロは、黙って見下ろしている。

対して見上げている香子は、そっと両手を差し出して。

 

「・・・・クロ、おいで」

「・・・・クゥー」

 

摺り寄せられた、クロの大きな顔を。

思いっきりハグしたのだった。

・・・・妹の思いがけない成長と、クロの変わりように呆気に取られていると。

遠くの方で、地鳴りの様な音。

見ると、アルカノイズが作った裂け目から、フレイムノイズがあふれ出しているのが見える。

クソッ、あの数捌ききれるか・・・・!?

 

「――――大丈夫だよ、お姉ちゃん」

「香子?」

 

緊張しているところへ、ただただ穏やかに声をかけてくる香子。

接近してきているブラックドッグの群れは、もう見える位置にまで迫っている。

だというのに、クロを撫でる手を止めない香子は。

自信たっぷりに、笑いかけてきて。

 

「――――『みんな』、味方だから」

 

オオーン、と。

クロが遠吠えを一つ。

それに続くように、後ろでいくつも連鎖していく。

――――巨大な群れが立ち止まり、一つの存在に膝をつくその光景は。

彼らにとって、香子がどんな存在になったかを。

ありありと語っていた。




ラストスパートです!

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