少し短めですが、下手に長くしても微妙になりそうだったので。
神は理不尽だ。
神は無慈悲だ。
神は残酷だ。
かつて、『たすけて』を無視した出来事に遭遇した。
救うべき人間を見捨てて、殺すべき人間を見逃した。
そんな神の理不尽に対峙した。
だが、神へ唾を吐く一方で、未だ信じている部分もあった。
そもそもこうやって怒りを抱く理由は、『神様が悪を裁いてくれる』と信じていたからだ。
神は、常に人を試しているという。
ならば、人も神を試しても良いではないか。
一体どれほどの悪行なら動いてくださるのか、どの程度なら悪と断じてくださるのか。
外道を以って試す、外道を以って問いかける。
直接の対話が不可能な以上、これしか確実な手段はないから。
「さあ、神よッ!聞こえているかッ!?見えているかッ!?」
だから、天へ咆える。
「
幼い友の『たすけて』を無視し、外道極まる悪童を放置した神へ。
「さもなくば、お前の怠惰を呪う者が、また増えることになるだろうッ!!」
まだ、信じさせてほしいと。
声を張り上げた。
◆ ◆ ◆
市街地の被害は軽微で済んだ。
先の騒ぎで発令された避難指示が、継続していたことも一つであるが。
何より、度重なる特異災害によって、住民たちの危機意識が高かったことも大きな要因だろう。
人的被害の多くも、装者到着までの時間を稼いでいた自衛隊員が占めていた。
だが、決して快勝というわけでもなかった。
まず、本拠地と目された廃墟にて、響を庇ったフウが負傷。
また、市街地に駆けつけた装者も、マリアが絶対安静を言い渡されるほどの大怪我を負った。
フレイムノイズの出現点を攻撃する際、マリア、調、切歌の三人で、アガートラームのベクトル操作を応用した『疑似S2CA』を発動。
その際の負荷は、マリアが全て一人で引き受けた。
お陰で調と切歌は無事だったものの、倒れたマリアが心配でたまらないといった様子である。
「元の世界に戻るのか?」
「ああ、報告がてらな」
並行世界のクリスこと、ユキの提案に、弦十郎は腕を組んで首を傾げた。
一つ頷いたユキは、説明を始める。
並行世界の翼こと、フウが手傷を負わされ、マリアも戦線から退かざるを得ないダメージを受けた。
別にユキは、こちら側の装者や銃後を侮っているわけでもない。
しかし、大幅に強化されたブラックドッグを目の当たりにした今は、なるべく不安要素をなくしておきたいとのことだった。
考えているプランとしては、並行世界のマリアと交代しようとしているようだ。
あちらの世界の残存戦力や、S2CAの発動要員というのもあるが、
「こっちサイドで、ここぞって時の判断を下せる人員が欲しい・・・・あたしとバカじゃあ、正しいかどうかで迷って、足踏みしちまいそうだからな」
そう、ユキは自嘲気味に肩をすくめた。
「なるほどな・・・・」
「無理だったとしても、あたしを含めて最低一人が来れるように頼んでみる。だからこっちのおっさんには、うちの装者が来れた場合、そいつが滞在する許可を出してほしい」
「・・・・わかった」
頼む、と頭を下げるユキ。
対する弦十郎は、束の間思案した後、力強く頷いた。
「理由も十分納得できるものだし、戦力の補填も純粋にありがたい。こちらこそ、頼んだぞ」
「ありがとう、任せてくれ」
首肯したユキは、善は急げと言わんばかりに踵を返す。
まず向かったのは、同じ世界出身の、ハナの下だ。
「――――っていうわけで、あたしはいったんあっちに戻るから」
「わかった、その間こっちは任せて!」
「悪いな、頼んだぞ」
元気も力こぶいっぱいに返事をしたハナだったが、そのすぐ後。
なんだか喉につっかえがあるような、困ったような顔をした。
「・・・・こっちのバカのことか?」
「うん、大丈夫かなって」
ハナの言葉に、ユキは思い出す。
撤退してから本部に着くまでの間。
ずっとフウの傷口に布を当て、塞ぎ続けていた響の姿と。
今にも死にそうな真っ青な顔を。
(思い切りがいい分、ヘタレやすいみたいだな)
ユキは、ため息と共に内心で判断した。
「でも、きっとなんとかなるよ!こっちにはみんなだけじゃなくて、了子さんもいるんだもん!」
「・・・・そうだな、まあ、知ってるフィーネより丸くなってんのは驚いたけど。あれなら何とかしてくれそうだし」
・・・・過去のこともあり、複雑にならざるを得ない感情を抱いていた
だが、ここできびきび働く姿を見ては、警戒も多少は薄れるというものだ。
「っと、そろそろいかねーと」
「そっか、ごめんね引き留めちゃって」
「気にすんな」
片手をひらりと振り、ユキは今度こそ踵を返す。
◆ ◆ ◆
――――いたい。
それが、最初の記憶だった。
何度も何度も怒鳴られて、機嫌次第で振られる拳。
やり返すなんて考えはそもそもなくて、ただただ叩かれるだけだった。
そんなある日、多分捨てられたんだと思う。
初めて出た外で空を見上げて、あれが星空なんだと思ったのを覚えている。
痛くて、寒くて、お腹が減って。
だけど、それから解放されるんだとも思っていた。
救われるんだと、思っていた。
でも、世界は優しくなかった。
気付けば子犬の姿で、歩いていた。
頭痛の様に響く、『選べ』という言葉が苦しくて。
結局、どこまで行っても救われないんだと、諦めてしまって。
――――つめたかった。
長い間雨に晒されて、何とかもぐりこんだ場所でも風が吹きつけた。
つめたくて、つめたくて、たまらなかった。
お腹も空いて、一歩も動けなくて。
「大丈夫?生きてる?」
そんなところへ、声をかけてくれたのが。
あったかい君だった。
「怪我もしてる・・・・ッ神主さーん!」
毛並みを濡らす雫を拭って、優しく扱ってくれた。
お医者さんに連れて行ってくれただけじゃなくて、帰る場所になってくれた。
おいしいご飯も、名前も、めいいっぱいの優しさも。
人間だった頃には考えられないほどのものを、抱えられないくらいに、返せないくらいに。
たくさん、たくさん、たくさん。
――――まだまだ響く、『選べ』という声。
何のことなのか、よく分からないままだったけど。
一緒にいるなら、君がよかった。
願うなら、犬として死ぬ瞬間まで。
君の傍にいたかった。
ただ、それだけだったんだ。
梅雨の再来みたいな雨の日。
よく寄り道する神社で見つけたのが、あの子との出会いだったんだ。