本当は、昨日の夜中のうちに見つけていたということなんだけど。
敵地の通信妨害が大分高性能で苦戦したとかで、捉えた途端に気絶してしまったらしい。
糸電話の要領で聞いた敵の情報を、誰かに伝える間もなかったというのだから。
どれほどの抵抗を受けたのかよく分かった。
で、今。
装者みんなだとさすがに多いので、ヘリに分かれて乗って。
急行している次第だ。
・・・・香子。
どうか無事で・・・・!
「見えた!」
未来の声に顔を上げれば、森の中にそびえる『いかにも』な廃墟が。
なんでも、かつてはテーマパークだったとか、なんとか。
上空に差し掛かったところで、飛び降りつつ変身。
着地すれば、出迎えたのはフレイムノイズの群れ。
「邪魔すんな!!群れ雀共オォッ!!」
「あたしら様のお通ぉーりだアァッ!!」
クリスちゃんとユキちゃんが開いてくれた道を駆け抜けて、一番反応があるという管理棟を目指す。
「活路を切り開くッ!!」
「負けずに突貫しますッ!!」
ハナちゃんがちぎっては投げする横で、わたしも、刃を投擲してばら撒き。
それから両手をジャマダハルに変形させて、せまるノイズを叩き斬っていく。
そうして露払いしたところへ、未来が大きな一撃をお見舞い。
清々しいほどに目の前が開けた。
「香子ちゃぁーんッ!!」
「助けに来たデスよーッ!!」
「どこにいるの!?返事をちょうだい!!」
ハナちゃんに続いて、声を張り上げる調ちゃんと切歌ちゃん。
だけど、答える者は誰もいない。
・・・・外れてほしかった、予想通りだ。
自分でも、余裕がなくなっていくのが分かる。
目の前の一体をがむしゃらにサマーソルト。
同時に放った刃で次々片づけていく。
夢中になっている内に、管理棟はもう目の前だ。
「ッ香子オオオオオォォォ―――!!!」
もうこらえきれなくなって、ありったけに叫びながら扉を蹴破ろうとして。
「響ッ!!ダメ、右ッ!!」
「――――ッ!?」
横合いから、雷撃に吹き飛ばされた。
「ぐ・・・・!」
派手に転がる中で見えたのは、案の定ハウリング。
だけど、なんだか様子がおかしいというか。
纏っている気配が、尋常じゃない・・・・!
「――――おやおや、ずいぶん大勢な」
さすがに飛び出し過ぎたことを反省しながら、体勢を立て直してると。
覚えのない声が聞こえる。
顔を上げると、蹴破ろうとした扉から誰かが出てきている。
「来るとは思っていたが、存外遅かったね。昨日の時点で、こちらを捕捉していただろうに」
歩くたびに揺れる白いローブ。
ウェーブのかかった薄い赤毛は、マリアさんのものよりも赤が濃い。
そして片手には金属製の何かを握っている。
「まあ、せっかく来てもらったんだ。悪役らしく口上でも述べさせてもらおうか」
現れたその人は、髪へ気だるげに手櫛をかけてから。
改めてこっちを見た。
「私はノア、この騒動の主犯だよ」
・・・・あんまりにもあっさりした自白に。
うっかり呆けてしまったのはしょうがないと思う。
「あっさり白状するんだな」
「今のところ、隠れる気はさらさらないからね」
ユキちゃんの睨みもどこ吹く風な主犯こと『ノア』は、肩をすくめた。
この余裕な感じ・・・・自分の手札に、よっぽど自信があると見た。
「・・・・貴様の企み『ブラックドッグ』については、こちらも把握している」
そんな中で口を開いたのは、翼さん。
「犬の遺体に、子どもの魂・・・・斯様な外法を用いて、一体何をするつもりだッ・・・・!!?」
「別にいいよ?教えてあげよう」
・・・・ブラックドッグ。
了子さんの『糸電話』で判明した、ノアの手札の一つ。
こらえきれない怒りを滲ませて、怒髪天を衝く翼さんの様子に対しても。
ノアは怯む素振りすら見せなかった。
「善悪の基準を、知りたいのさ」
「善悪の、基準・・・・?」
片手を広げながら告げられた言葉を、ハナちゃんがオウム返しする。
「君達日本人にも、『天罰』という言葉はなじみ深いはずだ。その通り、法や人道に背く『悪』は、必ず裁かれなければならない・・・・だというのに」
変わった、と感じた。
ノアの目つきが、剣呑な気配を纏った。
「世の中を見てみろ、のうのうと大手を振る連中がどれほどいる?裁きを卑しく逃れてのさばっている?」
・・・・いかん。
ぐっさり来た。
心当たりしかない言葉に怯んでしまっていると、隣の未来が手を握ってくれた。
「『基準』があるはずだ、裁きを下すための可否の基準が。そうでなければ、バカな人間に救いがないじゃないか」
「随分不遜な言葉ね、己が高位だとでも言いたいの?」
「ああ、高位だとも。私は人より頭がいい、錬金術や呪術にも精通している」
マリアさんが睨みつけながらの問いにも、どこ吹く風。
「だからこそ知るべき、知らせるべきなんだよ。それこそが、高位である私の責務だ」
「・・・・人間をバカだと言い切った割には、随分世話を焼くんですね」
思ったことが、口をついて出てしまった。
「頭がいいと言っただろう?見ていて好感を持てる『良いバカ』と、直ちに死んで社会貢献すべき『救いようのないバカ』の違いくらいわかるとも。もちろん、前者を圧倒的に庇護すべきことも、後者を徹底的に処分すべきこともね」
そこで言いたいことを言い終えたのか、ノアはいったん話を区切った。
「さて、目的に関してはここまでとしよう・・・・お嬢さんを救出に来た君達にとっても、その方が良いだろう?」
やっとか・・・・。
妙な雰囲気のブラックドッグが無視できなくて、結局耳を傾けてしまったんだよね・・・・。
「香子を、妹をどこへやった?」
まあ、向こうが話題を振ってくれたので。
こっちも遠慮なく追及できるってもんよ。
「ああ、やっぱりご兄弟だったか、いやはや、よく似ているね」
「御託はいいから」
「随分せっかちだなぁ」
ぐぬぬ、挑発なのは分かってるんだけど。
クスクス笑う声に、イライラせざるを得ない・・・・!
「安心してくれ、丁重に扱っているよ。こちらとしても死なれては困るからね」
『死んではいない』。
まだチャンスはあるということ。
一瞬気が緩みそうになるのを、慌てて持ち直す。
「君も彼女を大分可愛がっていた様じゃないか・・・・おかげで、こちらも大助かりだ」
「・・・・どういうこと?キョウちゃんに何をしたの!?」
未来の怒鳴るような問いかけ。
それすらも、ノアは笑って返して。
「ご存知の通り、ブラックドッグは、愛されなかった犬の体と、同じく愛されなかった子供の魂で作られている・・・・そこへ、溢れんばかりの愛を受け取った記憶を注げば、どうなると思う?」
・・・・・・・・・・・・・・ま、さか。
まさか。
「自身と他者の、境遇の違い、立ち位置の違い。その認識の差が生み出す感情は、『虚無』と『苦痛』、そして『嫉妬』だ」
頭が、理解を拒む。
だけど、現実は否応なく迫ってくる。
「そのエネルギーは、ブラックドッグを強くする」
「ゥウ、オオオオオオオオオオオオオオ!!!」
開戦の合図は、唐突だった。
ノアが語った通り、今までとは比べ物にならないプレッシャーを放つブラックドッグ。
一見高ぶるように首を振る様が、今となっては苦しんでいるようにも見えて。
「そして私の下にいるのは、この一体だけじゃない・・・・先日と同じように、市街地に放てば・・・・さて、どうなるかな?」
なんて言っているけど、反応する余裕なんてもうなくなっている。
爪や牙、巨体による突進のみならず。
雷撃はもちろんのこと、実体化させた影による攻撃も多彩で・・・・!
「ッ左様なことをさせるわけにはいかん!」
「その通りだ!まずはこの窮地を・・・・!」
花の細い花弁の様に広がった影が、わたし達をまとめて叩き潰そうとしてくる中。
翼さんとフウさんが張り上げた声に、その通りだと返事したり、頷いたりしていると。
「んんん?大分のんびりした対応だね?」
どこか揶揄うような声で、ノアが話しかけてきた。
「いや、頼もしい限りでいいことなんだけど。これはカートゥーンでもフィクションでもない現実なんだよ?・・・・ところで」
徐に、耳元を指さして。
「随分静かじゃないか、君達の銃後は」
「――――ッ!?」
驚愕で思わず振り向いた目の前で、ノアが指を鳴らした刹那。
『返事をしてくれ!お前達ィッ!!』
司令さんの、切実な大声が聞こえた。
「司令!?」
『よかった!繋がりました!』
『聞こえているな!?市街地に多数のブラックドッグとフレイムノイズが出現した!』
「何だって!?」
・・・・やられた。
やられた!
やられた!!
完全にしてやられた!!!!
市街地の方が本命だったんだ!!
「早く戻らないと!」
「おやぁ?妹さんはいいのかい?」
「ならば隊を分けるのみ!調と切歌、翼とクリスは、私と!!残りはノアの拿捕を!!」
そう言って、マリアさんはみんなを引き連れて踵を返す。
ノアは特に追いかけることをせず、ただにやにやとわたし達の攻防を見ていた。
くっそ、余裕ぶっこきやがって・・・・!
前足での叩きつけを散開して回避する中、ハナちゃんが連撃の一つを受け止める。
そのまま投げ飛ばそうとしたみたいだけど、横合いから鞭のような音に襲い掛かられる。
見ると、細く長く伸びた影が、弾き飛ばしたのが見えた。
影はそのまま蛇のように鎌首をもたげると、突っ込もうとしていたわたしと、翼さんを打ち据える。
ちらっと見た地面が、大きくひび割れているのが分かった。
もしかしなくても、当たったらひとたまりもない。
「ッ邪魔すんなァ!犬っころオォ!!」
ユキちゃんが咆えたと思ったら、大きなミサイルを二つ背負った。
なるほど、爆発の煙幕に紛れてノアをひっ捕らえる寸法か・・・・。
確認のため、目線で目的地を指してみると案の定。
ハナちゃんやフウさん、そして未来も気付いた様で。
それぞれの動きが変わった。
「寝んねしなッ!!」
コンマのやり取りの後で、叩き込まれるミサイル。
狙い通り、当たりが煙幕に包まれる。
これなら・・・・!
ノアの位置は把握済み。
「ぅおおおおおおおおおおおおおお!」
何も見えない煙の中を、一気に駆け抜けて、飛び出して。
「香子をッ!!
ノアに拳をぶつける、刹那。
奴が、にやりと笑ったのが見えた。
「――――こうも予想通りだと、一周回ってつまらないね」
瞬間、体が止まる。
手足が動かせなくなる。
何事かと見てみれば、四方八方から鎖が伸びていた。
これは、錬金術か・・・・!
「まあ、ここまで届いた褒美に、教えてあげよう」
抜け出そうと藻掻いている間に、ノアの体がブラウン管のテレビ画面みたいにぶれる。
「私も、妹さんも、始めからここにはいないんだよ」
「ッま、待て!」
「それから」
怒鳴りつけるも、消えていくのを止められない。
それでも、怒鳴りつけずにいられない。
「今まで散々殺した分際で、今更『家族に手を出すな』?随分虫のいい話をするじゃないか、『ファフニール』」
・・・・結局、止められないまま。
ノアは姿を消してしまった。
「――――」
・・・・だ、けど。
だけど、それどころじゃない。
胸に渦巻くのは、自責と、自蔑と、後悔で。
体が一気に重くなって。
だから、
「響ッ!!!」
未来の、悲鳴のような声。
振り向くと、ブラックドッグが大口をかっぴらいて迫ってきていて。
だけど。
牙が突き刺さる瞬間、割り込んできたのは。
「翼さぁんッ!!!!」