チョイワルビッキーと一途な393   作:数多 命

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届かない声へ

響が去った後の館。

フィーネは自室で思考にふける。

起動したデュランダル、完成した『天穿つ塔』。

欲を言うのなら、響をもう少し手元に置いておきたかったが。

『計画』の要が二つもそろっている今は、これで満足しようと自戒した。

区切りをつけたところで、もう一度響のことを考える。

体に天羽奏のガングニールを宿した、貴重な融合症例。

内に秘めた力と可能性はフィーネの想像以上であり、侵食の度合いもまた、愕然とするほど進行していた。

本人の弁に寄れば、既に痛覚、味覚と言った五感の一部と、寒暖の感覚がなくなっているとのこと。

引き換えに、鋭敏になった視覚と聴覚、そして異常なまでの自己再生能力を手に入れていた。

それもこれも、全てはただ一人の親友のためにやったという話だ。

・・・・よくぞここまでと思うし、ここまでやるのかとも思う。

歪んだ正義による制裁と、油断すれば骨ごとしゃぶり尽される環境と言う前後があるとはいえ。

たった一人のためにここまで己を削れるのかと。

彼女にしては珍しい『哀れみ』を覚えると同時に、響の『強さ』にますます興味を抱く。

そもそも、人間と言うのはややこしい存在だ。

ただ見たもの・聞いたものを鵜呑みにし、それこそが真実だと自分で考えない愚か者がいると思えば。

ゆずれぬたった一つのために奮起し、いくつもの壁を乗り越え、世界へ多大な貢献をする英雄が現れる。

幾百、幾千の時を重ねたフィーネが、未だ人間を見限きれない理由の一つだ。

 

(アレのようなものこそが、無辜の者が謳歌する『幸福』を手に入れるべきだろうに)

 

『己ではなく、他者を慮る者こそ善である』。

そう唱える者達が、頭ごなしにいたいけな少女を責め立てるなど、世も末である。

 

(それもこれも・・・・)

 

忌々しく、空を。

正確には、青空に浮く月を睨む。

・・・・計画は最終段階へ向かいつつある。

相互理解を実現させるためにも、慎重かつ迅速にことを進めねばならない。

次の一手を考察しようとしたところで、端末に通信。

 

「はいはーい?」

『了子くんッ!今どこにいるッ!?』

「い、今?自宅だけど・・・・?」

 

『了子』に切り替え出てみれば、弦十郎の切羽詰った声。

 

『市街地にて、響くんが武装集団と戦っているという通報が相次いでいるッ!!』

「ッなんですって!?」

 

その報せは、彼女にとって寝耳に水だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

うぇーい!

本日は晴れときどき鉛玉が降り注ぐでしょーっと!!

地面すれすれを駆け抜けて、おじさんの首によじ登る。

そのままコキャッっと圧し折ってから、蹴り飛ばして次。

銃弾を左腕で受けると、とっておいた右腕を突き出して胸を一突き。

そういえば『ゲイボルグ』ってそういう技術の名前だってする説もあるらしいね?

なんてことを思い出しつつついでに体を引き裂いて、確実に仕留める。

 

「――――ッ!?」

 

コレで終わりかなっと思ったら、別方向から銃声が聞こえて。

頭を掠める。

そのまま腕を交差すれば、横殴りに雨あられとばら撒かれる。

何発か当たったり掠めたりしたけど、へーきへーき。

右腕は仕込みが幸いして、そこまでダメージがない。

なお、左はお察し。

どっちにせよ仕留めるけどね。

撃っていいのは撃たれる覚悟がある奴だけなんだよー?

 

「ッMonster !!」

「・・・・ははっ」

 

化け物、バケモノ、ばけもの。

――――上等だ。

 

「いえーい、あーいむもんすたー!」

「アガッ・・・・!!」

 

着地と同時に飛び上がって、腕を振るう。

すぱっと心地いい音がして、血が吹き出た。

刺突刃の血を払って、収める。

うへぇ、返り血とか怪我とかで体中大変なことになってるよ。

でもビデオの巻き戻しみたいに治ってるし、直に五体満足になるだろうし。

 

「ま、マジで死んでる・・・・!?」

「やばいって、ケーサツケーサツ!!」

「いやあれ警察でどうにかできんの!?」

 

人通りの少ない場所でよかったけど、暴れすぎた所為で野次馬が集まってきてるね。

あー、めんどい。

うん、このままエスケープしよ。

壁を蹴って飛び立てば、声が上がる。

見下ろすと、こちらを指差す有象無象。

・・・・本当に、めんどい。

どこまで行っても他人事の癖に、当事者面するんだから。

んむああぁー、ダメダメ。

頭が危ない方にいってる。

それもこれも『さあ日本脱出だ』ってときに横槍入れてきたおっちゃん達が悪いんだ。

顔の形とか喋ってた言葉からして、多分アメちゃんの手先。

巫女より先にどうのとか言ってたから、フィーネさんは関係ないっぽい?

下手したら冤罪かけられるよ、災難ですねー。

わたし知ーらないっ。

パトカーらしき音を見送りつつ、ビルとビルの間をぴょーんぴょーん。

気分としては『イエエエガアアアア∠(°Д°)/』なアレ。

ワイヤーなんて上等なものはないんですけどね。

いい感じな路地裏を見つけたので、配水管を伝って着地。

 

「・・・・ッ?」

 

したら、体から力が抜ける。

顔から突っ込んで、何も出来ないまま倒れて。

腕が動かない、足が動かない。

全身に錘を付けられたみたいに重たくなって、身動きが取れない。

・・・・これはあれかな、血を流しすぎたかな。

あ、目の前が暗くなってきた。

やばい、割とガチでやばい。

ああ、これが『詰み』ってやつか。

ぶちっと音を立ててブラックアウトする視界。

なのに耳だけはやけに鋭くなっていて、遠くではパトカーが未だに騒いでいるのが分かる。

・・・・・『年貢の納め時』ってこういうのを言うんだろうか。

もう見た目からしてアウトだし、こんなんで誰かに見つかったら即行通報ですわな。

さっきの有象無象の中にはスマホ構えてる人もいたから、SNSとかにも上げられてるだろうし。

目覚めたらおまわりさんがいるとか・・・・・ありえる。

やっぱりムショ行きかなぁ、だろうなぁ。

街中で血祭りやらかしたし、見逃してもらえるわけないだろうし。

・・・・まあ、それもいいかもなぁ。

ああ、眠くて頭が回らない。

 

・・・・・・いいや。

 

なんか、もう、眠い。

 

考えるのも疲れてきたし、っていうか眠い。

 

眠い。

 

むっちゃ眠い。

 

 

疲れた、もう眠い。

 

 

 

寝たい。

 

 

 

 

・・・・寝るか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――あたたかい。

 

 

 

 

 

ああ、これは多分夢だ。

 

 

だって、わたしはもう温もりを感じないから。

 

だから、これは夢に間違いない。

目の前が明るくなる。

ぼんやりしている中に、何かが見える。

顔だ。

上から覗き込むように、顔がある。

未来だった。

・・・・ああ、わたしってば。

よっぽど未練があるんだな。

我ながら女々しいにもほどがある。

でも、だけどさ。

やっぱり、忘れられないんだ。

一番一緒にいたから、一番信頼している人だから。

大切で、大好きで、愛しくて。

そうだよ、家族に負けないくらい傍にいたんだもん。

守りたくて当たり前じゃないか。

本当は傍にいたい、一緒にいたい。

だけど、わたしが傍にいたんじゃ、みんなが怖い目に合うから。

何だか世界中の『悪いこと』がわたしに集まっているみたいに、嫌なことばかりが起こるから。

だから、離れた。

台風と一緒だ、離れたら被害は治まる。

わたしは嫌なこと・辛いことに付きまとわれて大変だろうけど、でも。

それでみんなから怖いことが離れて、みんなが守られて、それでみんなが笑っていられるのなら。

わたしは喜んで孤独を選ぶ。

助けてくれるヒーローなんて、現実にはいないんだ。

助けてくれる優しい人も、残念ながら都合よくいるわけがない。

だから、自分でどうにかするしかない。

・・・・・だけど、さ。

やっぱりわたしは、どこまで行っても矮小な(ただの)人間で。

そんな聖人みたいな所業を、さらっとこなせないわけでして。

胸を締め付ける、痛み。

空洞になった体を、冷たい隙間風が吹き抜ける感じ。

・・・・ああ、もう、本当に。

寂しいのは、どうしようも出来ないな。

一緒においしいものを食べたい。

でも、味覚がないから叶わない。

痛いよって泣いているなら、傷口を労わってあげたい。

でも、痛みを感じないから、どれだけ辛いか分かり合えない。

寒いときは思いっきりハグしあって、温かくなりたい。

でも、もう温もりを感じないから、君が寒がっていることすら気付かない。

全部捨てた、全部自分で捨てた。

何もかも、自分で決めて、自分でやったことなのに。

――――つらい、こわい、さみしい。

なんでわたしばっかりって、思わないわけじゃない。

むしろ、常日頃からうっすらと思っている。

だけど、だけど、だけど。

やっぱり、どうしようもないんだ。

誰も、助けてくれないから。

独りで、やるしかないから。

 

「――――未来」

 

――――でも、これが夢なら。

現実でないのなら、言っても構わないかな。

少しくらい、わがまま言ってもいいかな。

 

「ここにいたいよ」

 

未来の瞳が、揺れた気がする。

手を伸ばせば、握ってくれた。

 

「ずっと一緒にいたい」

 

ああ、あたたかい。

現実じゃ叶わないことが出来るのが、夢のいいところだよね。

・・・・・それじゃあ、もう少し。

このまどろみを、堪能するとしましょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ぱたり、ぱたり。

雫が落ちる。

血の気を失い、力なく呼吸を繰り返す頬へ。

静かに、涙が落ちて行く。

 

「・・・・・だ、ぇか・・・・」

 

夢うつつに、幸せそうに眠る顔が。

どうしようもなく悲しくて。

 

「だれか、たすけて・・・・・」

 

堪えきれなくなった嗚咽が漏れた。

飲み込まざるを得なかった願いが、口をついて出た。

 

「だれか、ひびきを、たすけてぇ・・・・・!」

 

唱えたそれが、叶わないと分かっているから。

涙を止められない。

 

「なんで・・・・なんでぇ・・・・・なんでこんなああぁ・・・・・!」

 

響が何をしたの。

響が誰を殺したって言うの。

みんながそうやって、ありもしないことで責めるから。

この子は本当に人殺しになってしまったじゃないか・・・・!

鬼だっていい、悪魔だっていい。

それらを軽く凌駕するような、恐ろしい存在だって構わない。

要求するなら、お金も純潔も、命だって差し出す。

だから、どうか。

ねえ、聞いて。

 

「たすけて・・・・だれか、たすけて・・・・・!」

 

――――それは、切なる願いだった。

もう引き返せないところまで追い込まれて、追い詰められて。

それでもまだ陽だまりにいたいと、生きていたいと叫ぶ。

頼りない子どもの、癇癪の様な慟哭。

普通の人なら、怪訝な顔で睨んで素通りするこの願いを。

 

「――――ああ、もちろんだとも」

 

彼は、決して見捨てない。


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