「すまなかったな、駆けつけてやれなくて」
数日後のS.O.N.G.、休憩スペース。
報告のために帰国していた翼は、鉢合わせたマリアにそう切り出した。
「いいわよ、そっちこそロケを隠れ蓑にした捜査。お疲れ様」
「ああ、ありがとう」
そう、それが翼が不在だった理由である。
キャロルを支援していたとされる地下組織。
その傘下の組織がイギリスに潜伏しているとの情報を受け、翼の漁船ロケを隠れ蓑に捜査が行われたのだった。
危険が伴うため、テレビ局には渋られると思いきや。
予想に反して、大分ノリノリで承諾をもらえたらしい。
「とはいえ、捜査自体はエージェント達がやってくれたのだがな・・・・特にレイアが、それはもう派手に活躍したと」
「ああ・・・・」
『私に地味は似合わなーいッ!』なんて高笑いしながら、イキイキと敵をなぎ倒していく姿が容易に想像できて。
マリアは乾いた笑みを浮かべる。
「そちらはどうだった?確か、錬金術師が現れたと聞いたが・・・・」
「ええ、けれど、こちらも無事に解決出来たから」
「それも聞いている。立花やマリア達に、怪我がなくてよかった」
「ふふふっ」
ほっと安堵の息を吐く翼に、マリアは顔をほころばせる。
そして、持っていたアイスティーを一口飲んでから。
「まあ、優秀な探偵さんが味方してくれたから」
「探偵・・・・?」
首を傾げてオウム返しする翼を見て、マリアはまた微笑んだ。
◆ ◆ ◆
『アレクサンドリア号事件』と名付けられた事件から、一週間くらい。
犯人には逃げられてしまったので、協力していた滝本さんが警察に逮捕された。
でも、動機に情状酌量の余地があるということで、割と早く解放されるかもという話だ。
『遠慮なく帰ってこい、また船を作ろう』という龍臣社長と、『俺達は待っているからな、あつおじちゃん』という乾船長の言葉に。
大粒の涙を零していたらしい。
で、元凶とも言うべき卜部さんはというと。
当時未成年だったということと、時効はとっくに過ぎていること。
それを加味しても、今回のような大事件の発端になった以上、無視は出来ないということで。
対照的に、こってりと搾り上げられたそうな。
かくいうわたしも連行案件のはずなんだけども。
事件解決に貢献したことや、S.O.N.G.で真面目に仕事をやっていると認めてもらえて。
お咎めなしになった、よかった・・・・。
そんでもって、肝心の展覧会。
会場で事件があっただけじゃなく、アンティキティラの歯車も盗まれたもんだから。
中止になるかと危ぶまれたけど。
あの毛利小五郎が異端技術の犯罪者と出くわしたってことで話題となり、むしろ連日満員御礼状態らしい。
『怪我の功名とはこのことじゃわい!!!』と、鈴木相談役が毎日高笑いしていることを、園子ちゃんが教えてくれた。
で、コナン君はというと。
「ふあぁ、太陽電池なんですか」
「そうなんじゃ、バッテリー付きだから、昼間しっかり充電しておけば夜も走れるぞい」
「すごいです・・・・!」
阿笠博士の自宅兼研究所。
エルフナインちゃんが、あのスケボーを見せてもらいながら目をキラッキラさせている。
かわいい(確信)
阿笠博士もそんなエルフナインちゃんの反応が楽しいのか、すごく生き生きと解説している。
明るいおじいちゃんって見てるだけで癒されるよねぇ・・・・。
「博士が水を得た魚の様に・・・・」
「ダイエットもあれくらいやる気になってくれたらいいのだけど」
「あはは」
エルフナインちゃんの保護者としてついてきてたわたしは、コナン君や哀ちゃんと一緒にその様子を見守っていた。
「まあ、わたしからすれば、それを使いこなす君も相当だと思うんだよね
――――工藤君」
「バーロー、褒めてもなんもでねぇぞ」
誉め言葉が不意打ちだったのか、コナン君改め工藤君は、照れくさそうにそっぽを向いた。
――――あの後、わたし達と一緒にいた
長い間呪いの中にいたので、除染はもちろん、後遺症のチェックやその他もろもろでしばらく本部にいたんだけど。
まあ、バレないわけがなかった。
『すわ未知の敵の策略か』、『よもや例の連中の・・・・?』なんてピリィッとした司令達の威圧に負けて。
ことの経緯をポロリしてしまったそうな。
ひとまず、今追っている連中とは関係がなさそうだとほっとした司令達に。
彼自身も安堵したとか、何とか・・・・。
で、同い年だと分かったわたしも。
二人きり、ないし訳知りしかいないときは、『工藤君』と呼ぶようになった次第である。
「そういえば、思い出したんだけど」
「ん?」
ことの経緯をおさらいしていたところで、思い出したことがあったので聞いてみることに。
「よかったの?司令の申し出断っちゃって」
「ああ、協力してくれるってやつか・・・・あの人にも言ったけど、ただの犯罪に異端技術の専門家の手を借りるなんて、恐れ多いよ」
船とその周辺を呪いで満たしたシャンファさんや、都庁を吹っ飛ばしたキャロルちゃん一味みたいな。
異端技術の犯罪者による事件と、その被害の規模を目の当たりにしたのもあるんだろう。
子ども、しかも体が小学生に縮んでしまった工藤君を、当然の様に心配した司令の申し出を断った理由に。
納得を覚えた。
「まあ、『江戸川コナン』の戸籍とパスポートを作ってくれた借りはあるからな。立花も、なんか困ったことがあったら遠慮なく言ってくれ」
「うん、そんときは頼らせてもらうよ。『名探偵』♪」
口説くようにそう言うと、また『バーロー』と言われてしまった。
今度のは、相棒に対するようなものだったけど。
「むっ、君もこの形に落ち着いたのか?」
「は、はい!酸素ボンベとなると、どうしても『経口』は外せませんから。でも、博士とアイデアがかぶってしまうなんて・・・・」
「いやいや、何の接点もない君が同じ結論に至ったということは、儂の理論が間違っていないことの証明でもある。こちらとしては、むしろ感謝したいくらいじゃよ」
「博士・・・・!」
何だか感銘を受けているエルフナインちゃんを見守っていると。
ふと、工藤君の目が細められたことに気付いた。
わたしに向けていた表情は、なんだか悩んでいるようなもの。
『どうしたの?』という意味を込めて、首を傾げながら見つめ返していると。
意を決したように、工藤君は口を開いた。
「立花は、自分の罪をどう思っている?」
・・・・多分、彼が一番知りたがっていることなんだろう。
向こうで盛り上がっている二人に聞こえないようで、一方で哀ちゃんにぎょっとさせてしまう大きさの声で。
そんな問いをぶつけてきた。
「俺は、犯罪を許せない。誰かの大切な人やものを奪って、そうやって悲しみを増やす犯罪者達が許せない・・・・だけど、死ねばいいって思っているわけじゃない」
・・・・そういえば。
なんか、過去にそんな人がいたんだっけ?
原作の中で、ただ一人の死亡した犯人。
その人のことが、ずっとひっかかっているとか、なんとか・・・・。
うろ覚えで申し訳ないけど。
「アレクサンドリア号や、S.O.N.G.本部で見た反応を見る限り、立花はいつも、自分を顧みない行動を取っているんだろう?」
「まあ、自分か仲間達かって選択肢を迫られたら、迷わないかな」
「・・・・正直、危ないと思っている。せっかく・・・・せっかく償いに前向きなのに、やり直そうと、一生懸命なのに・・・・そこを、誰かに付け込まれるんじゃないかって」
ああ、そこを気にしてくれていたのか。
わたしを見つめる工藤君の目は、とても真剣だ。
本気で心配してくれているのが伝わる。
「・・・・優しいね、工藤君は」
思わず、そう零してしまった。
「でも、そうだね。今まさに付け込もうと考えて準備してる人はいるのかも。だけど、そうホイホイ思い通りになってやるつもりはない」
まずはそう断言してから。
「こう見えて理想の死に方があるから、その為の努力は惜しまないつもりだよ」
思ったことを、言葉を選びながらゆっくり吐き出していく。
「もちろん、自分の罪から逃げるつもりはない。今のお仕事だって、それが一番償いになりそうだなって思ってやっているわけだし」
『それにね』と。
口調がゆっくりになってしまっても、耳を傾けてくれる工藤君に。
出来る限りの、自信たっぷりな笑みを浮かべて。
「取り返しのつかないほど、命を奪ってしまったわたしでも・・・・生きていることを、喜んでくれる人達がいるんだもん。その人達といる間は、なんとか死なないように頑張ってみるつもり」
そう、わたしなりの考えを。
日本に戻ってから遭遇した三つの事件と、ずっと支えてくれた未来の顔を思い浮かべながら話せば。
工藤君は、なんだかほっとした顔をして。
いつの間にか乗り出していた体を、ソファに沈めた。
「納得した?」
「・・・・ああ、一応は」
「それはよかった」
何とか伝えられたことに、わたしもほっとしながら。
乾いた口を紅茶で湿らせてると。
右手の指輪がちょうど日の光を受けて、一瞬だけ煌めいたのが見えた。
それが何だか、未来に励ましてもらったように感じてしまって。
口を拭う振りをして、そっとキスを送った。
――――工藤君にはばっちり見られて、哀ちゃんには『ごちそうさま』と言われた。
はずかちぃ・・・・。
◆ ◆ ◆
(少し、早まってしまったかしら)
夜の帳の一角。
さらに深い闇の中へ身を隠していた彼女は、そんなことを想う。
一方で、主目的がやってきたのだから無理もないことだと。
自身をなんとか宥めていた。
そこへ、足音が三つ響いて近づいてくる。
「――――ずいぶん大騒ぎを起こしてくれたワケだ」
「ホント、あーし達のことがバレたら、どうするつもりだったの?」
「ッ申し訳ありません」
彼女は咄嗟に膝をついた。
それはすなわち、彼らの方が高い位であることを表している。
「待ちなさい」
彼女を責める二つの声。
両者を諫めたのは、真ん中の凛とした声だった。
「確かに内密にという言いつけは破ったが、それを相殺できるほどの成果を上げている」
「それでは、『例の者』は・・・・?」
「ええ、あなたの占い通りよ。歯車ももちろん手に入れたのでしょう?」
「はい、こちらに」
彼女はそう言って、布にくるんでいた歯車を露わにして差し出す。
受け取ったそいつは、手をかざして何かを読み取ると。
満足げに頷いた。
「確かに受け取った・・・・それでも気にかかるというのなら、これからの働きに期待すればいいだけの話だ」
「・・・・ま、そろそろ動き出す予定ではあったしね」
「奴らの手が、痛いところまで届かないというワケだ」
説得されれば、ほかの二人も納得したようだった。
・・・・銀色の上着をひるがえして、男装の麗人は歩き出す。
「さあ、行きましょう。カリオストロ、プレラーティ・・・・そして、イヨ」
褐色の肌の女性、カエルの人形を抱えた少女。
そして、跪いていた彼女が立ち上がる。
「アヌンナキへの、反撃を始めましょう」
月明りに照らされて。
鋭い眼光が夜闇を射抜いた。
・・・・その後ろ。
彼女は胸元をまさぐって、ペンダントを手繰り寄せる。
紐につながれたのは、古ぼけた安っぽい指輪。
「――――もうすぐだよ、『 』」
――――愛しく、まるで口にすること自体が幸せであるかのように呟いて。
そっと、口付けを落とした。
ということで、別名『まさかまさかのコナンクロス編』完結です。
突然のトンキチにも関わらず楽しんでくれた皆々様には、心から感謝感謝でございます・・・・!
また例の如く小ネタをぽろっとしたら、いつものチョイワル時空が戻ってきますので。
クロスオーバー苦手な皆々様は、もうしばしお待ちください・・・・!