――――響から一通りの推理を聞いたっきり、黙り込んでしまった。
コナンと平次の様子を見て、一抹の不安を覚えてくる響。
浮かべた笑みが、ひきつりそうになって来た頃。
コナンの口が、ゆっくり動いた。
「――――まず言うと、驚いてる」
「せやな、大分突飛やし、『そんなん有りかい!』って気分やし」
「だよねぇ・・・・」
「だけど」
一度肩を落とした響を、コナンはまっすぐに見つめて。
「悔しいけど、その考えなら筋が通るんだ。バラバラだったピースが、びっくりするほどきれいに纏まった」
『悔しい』、というのは。
探偵を名乗ってからの今まで、魔法のようなトリックを暴いてきた自信が。
あっさりと覆されてしまったから。
しかしその上で、納得がいった旨を述べる。
「確かに、本物のオカルトなんて出されちゃ、トリックだのなんだのはもはや考えようも証明の仕様もなくなる。でも、響さんの言うその『一点』に目を当てれば、ちゃんと立ち向かえる」
現に、響はそれをやってのけた。
受け入れた上で、清々しく笑いながら宣言する。
「さすがは本職、といったところだね。今回ばかりは、完敗だ」
「いやいや、それは言い過ぎじゃぁ・・・・」
あんまりの称賛っぷりにいたたまれなくなった響は、せめてもの抵抗にやんわり突っ込みを入れようとしたが。
「それこそ『いやいや』や」
コナンと響の間に、割って入るように乗り出した平次が。
『冗談はおよし』と首を振る。
「危うく迷宮入りになるとこやったんを、あんたは見事にひっくり返した。そこは胸張ってくれへんと、謎解きやっとる身としちゃあ辛いもんあるで」
・・・・現役の高校生探偵に、そこまで言わせてしまっては。
さすがに無下にできないと考えたようだ。
響は、やや観念した笑みで『ありがとう』を告げた。
「そうと決まれば、目暮警部達にも話さなきゃ」
「櫻井センセにも言うてみるんもありやな、もっと詳しゅう教えてくれるかもしれん」
「そうかもね、了子さんならきっとやってくれるよ」
コナンと平次と共に、推理をまとめていく中で。
響は、『でも』と切り出す。
「思った通りのことが起こるなら、毛利探偵には眠らないでほしいかな」
「そ、そうなの!?」
十八番をつぶされかねない提案に、コナンは思わず上ずった声を上げてしまう。
はっとなって口元を押さえたが、響は気づいていないようだった。
呆れる平次の視線を受けながら、反省するコナンの横で。
響は真剣な様子で続ける。
「犯人がもろとも消しに来る、なんて事態もあり得るから。なるべくすぐ逃げられる状態でいてほしいんだ」
「な、なるほど・・・・」
その上で、言い分を聞いて納得した。
「――――ま、今回はあのねーちゃんにまかせよか」
「そうだな・・・・」
わざと歩調を遅らせてた平次の耳打ちに、全面的に同意して。
まずは他の面々と合流しようとした時だった。
「あっ!みんなここにいたのね!」
「佐藤刑事?」
駆け寄てくる佐藤の様子は、だいぶ泡を食っているように見える。
三人が首を傾げたタイミングで、息を整えた佐藤はそれぞれを見渡して。
「自首よ、乾船長が『自分が犯人だ』って・・・・!」
「なんやと!?」
◆ ◆ ◆
最初に集まったラウンジへ慌ただしく駆けつけると、ただ事じゃない空気。
「じゃ、じゃあ、あんたがこの騒ぎを起こした動機は!?」
「ええ、そうです」
毛利探偵が問いかければ、向かい合った乾船長がこっくり頷いた。
「父が、綾部辰波が興した『綾部造船』。それを奪った龍臣義彦に、何とか泥を塗ってやろうと思ったんです」
そう、どこか決意した表情で話す乾船長。
コナン君と哀ちゃんのこそこそ話から、『乾』は母方の姓で。
元々は『綾部』という名前だということが聞こえた。
「た、たつ坊・・・・お前・・・・!?」
さすがの龍臣社長も動揺を隠しきれないようで。
完全になまった口元から、だいぶ親し気な呼び方が零れたのが聞こえる。
「――――それでは、今回の容疑を全面的に認めるということですな」
「はい」
真偽はともかくとして、有力な情報をほっとくわけにはいかないらしい。
目暮警部に、また頷いて答える乾船長。
――――もちろん、犯人はこの人じゃないと分かり切っている。
服部君に目を向ければ、分かっていると言わんばかりに応えてくれた。
そうとくれば、と、『乾船長犯人説』を否定しようとして。
「――――バカな真似はよせ!たつ坊!」
「うわっと!」
声を張り上げたのは、滝本さん。
大声にびっくりして肩を跳ね上げた間に、乾船長と、それに近づこうとした高木刑事の間に飛び込んでしまった。
「何を考えとるんや!お前、自分が何やっとるか分かってへんようやな!!」
「た、滝本さん、落ち着いて!!」
「どうしたんだ、滝本!」
複数人係で抑え込もうとするけど、滝本さんの勢いはものすごい。
「ッアホ!落ち着け滝本!何があったんや!」
龍臣社長の声も届いていないようだ。
「ッ滝本さん!冷静に!」
例え犯人が分かっていなくても、これはいかんよね、と。
わたしも抑え込みに加勢しようとして。
「んにゃッ!?」
――――首元の、ちくっとした痛み。
次いで襲ってくる強烈な眠気。
えっ、と思いながら、心当たりに目を向けると。
あの麻酔銃を構えたコナンくんが、『やべぇ』と言わんばかりに目を見開いていて。
(おのれ、クドー・・・・!)
その思考を最後に、意識がふっつり途切れた。
◆ ◆ ◆
――――やっちまったあああああああああッ!
それが、真っ先に思ったことだった。
念のために言っておくが、コナンに悪気があったわけではないし。
先ほど響が話していた、『迅速に逃げなければならない事態』も十分に理解していた。
では、何故。
と、考える間でもなく。
尋常ではない様子の滝本を諫める手段として、いつもの行動をとったに過ぎないのである。
あれ以上暴れることになってしまっては、推理どころではなくなるというのもあった。
だが、いざ行動を起こせば。
射線上に割り込んできた響のうなじに、吸い込まれるように針が刺さって。
この結果である。
「響ちゃん?」
「響?ちょっと、どうしたのよ」
平次の機転で、咄嗟に受け止めた椅子で寝たままの響。
いぶかしんだ了子やマリアが、彼女を案じて寄ってくる。
いよいよ以って『まずい』と感じたコナンは、ええいままよとばかりにテーブルの陰に隠れた。
(まさか、ここでやるんか!?)
(やらなきゃいけねーだろ!)
響の口調と、語ってくれた推理を必死に思い出しながら。
コナンは、持っていた『蝶ネクタイ型変声機』を手にして。
「『あー、大丈夫です』」
確認のために声を出せば、全く別人の声。
「えっ、歩美ちゃん!?」
「う、ううん!歩美じゃないよ!」
当の本人である歩美は、ぎょっとした視線を向けられて。
必死に首を振って否定していた。
(悪い、歩美!)
しかし今はコナンとして謝る余裕がない。
「『いやあ、失礼。倒れた衝撃で喉が変になってたみたい』」
必死にダイヤルを調整して、再び声を出してみれば。
なんとか響の声になった。
『ごめんね』と、歩美への謝罪も済ませ、改めて口を開く。
「『みなさん、まずは落ち着いてください。乾船長と、滝本さんもです』」
ふらついたことで、意識が切り替わったこともあるのだろう。
揉み合いの中にいた面々は、やっと落ち着きを取り戻した。
「『乾船長、今回の犯人はあなたではありません。あなたが誰かを庇っているのは、明白ですよ』」
『あまり、場を乱さないで下さい』と、諫めれば。
乾は申し訳なさそうに、そして無念そうに肩を落とした。
「その言い方をするということは、君には犯人が分かっていると?」
「『ええ、もちろん。服部君やコナン君の助力もあってこそですが』」
「むう、さすがは学者の内弟子ってところか。この毛利小五郎の先を越すとは・・・・」
小五郎のぼやきを横目に、目暮の質問をしっかり肯定してから。
『その前に』と、一つ前置き。
「『コナン君、例のものを了子さんに渡してもらえる?』」
「はーい!」
一度演技を止めたコナンは、響の胸ポケットからあの機械を取り出した。
「はい、どーぞ!」
「ありがとう、コナン君」
コナンから機械を受け取った了子。
何やら履歴を調べると、納得の頷きをした。
「なるほど・・・・今回の事件、やっぱり異端技術が絡んでいた様ね」
「『ええ、その通りです』」
「い、異端技術ぅ!?」
高木を始めとした警察の面々に、小五郎や蘭、園子も驚きを隠せない。
「こちら、試作品ではありますが、近々警察の皆様へ配布予定の、異端技術の測定器になります」
そんな一同に、了子は説明を始めた。
「何事も初動が肝心ですから、日頃より市民の平和を守る皆々様に、お力をお借りできればと」
「そういえば、そんな話が来てたわね・・・・」
佐藤も肯定したことで、今度は耳を傾ける一同が納得したのだった。
了子も満足そうに笑いながら、指を立てて続ける。
「響ちゃんに、これを使った調査を指示していたんです。最初の事件現場、そして先ほどの卜部さん。この事件は、我々の分野のようですから」
そう、どこか得意げな顔は。
しかして、どこか逆らい難いものをにおわせていて。
誰ともなく、息を吞んだのが分かった。
「とはいえ、ここは教育の一環として、かわいい内弟子ちゃんに解いてもらいましょう」
『出来るでしょう?』と向けられた目に、コナンはぎょっとした。
だって、まるで全てを見透かされているように錯覚したのだから。
「『・・・・もちろんですとも、了子さん』」
だが、探偵として怯むわけにもいかない。
――――金色に見えたような目を、気にしないようにしながら。
コナンは再び響として話し始めた。
「『まず語っておくのは、異端技術がらみの事件において、《誰がやったか》《どうやったか》を考えるのは非常に困難。はっきり言って無駄であるということです』」
「確かに、壁抜けやトリックなしでの密室みたいな、『不可能犯罪』を実現できる手段だからね」
「でも、だったらどうやって推理するの?」
園子の疑問も最もである。
そんな何でもありの技術を、一体どうやって・・・・?
「『それこそが今回の肝であり、根幹にあたる考え方なのです』」
そんな彼らを安心させるように、強い口調で断言するコナン。
そして、自身も大いに納得した、響の推理を展開し始めた。
「『《誰がやったか》も《どんな手段か》も無意味、ですが』」
「『《何故やったか》、つまり、動機だけは、例え異端技術であっても隠すことは出来ないのですよ』」
「『例えばマリアさん』』
「私?何かしら」
それだけでは足りないことは、探偵でなくても分かることだ。
ゆえに、コナンは徐にマリアを指名した。
「『何もない原っぱで、死体が発見されたとします。指紋はおろか、足跡や毛髪などの証拠が異端技術で消されています。そんな状況で、被害者の財布が空だったら?』」
「・・・・金銭目的の、強盗殺人だと考えるわね。なるほど、そういうこと」
一件はてなを浮かべていた面々も、例え話があれば分かりやすいらしい。
「『今回の事件もまた、この考え方に当てはめることができます』」
全員が理解したのを確認して、コナンは続けていく。
「『この場合は、三つ』」
一つ、何故卜部ばかりが狙われたのか。
二つ、何故遺体はバラバラだったのか。
三つ、何故今日この時、この場所なのか。
「『一つ、一つ、順番に紐解いて行きましょう。そうすれば必ず、犯人は見えてくるのですから』」
――――さあ、始まる。
分厚い『謎』のベールに包まれた。
とてもとても、初歩的な話が。
コナンと言えば、これでしょう。