その声を聞いて、真っ先に反応したのは服部君とコナンくんだった。
って、おおーい!!どこいくねーん!
「みんなはここにいて!」
「わ、わかった!」
毛利さんの返事を聞いてから、わたしも駆け出した。
「――――これは?」
◆ ◆ ◆
慌ただしい人の流れを頼りに、コナンと平次は船内を駆ける。
やがて見えてきた客室の一つ。
マリアや譲二のような、先ほど出会った主だった人物が対応しているのが見えた。
「ッいい加減にしやがれ!!」
「ひぇ、のがッ!」
すると、譲二のたくましい腕が何かを放り投げたのが見えた。
卜部だ。
軽々放り投げられた彼の衣服には、所々赤い汚れがついている。
顔色は最悪で、今にも吐きそうだったが。
何か惹かれるものがあったのか、カメラだけはしっかり握っていた。
「何があったんや!?」
一足先に平次が駆けつけ、卜部の外傷を確認しながら。
部屋の方に目をやって。
「――――」
目を見開いて、息を吞んだ。
「おい服部!何が起こっているんだ!」
長年のライバルの尋常ではない様子に、やっとおいついたコナンも同様に見ようとして。
ふと、誰かが立ちはだかる。
しなやかな女性の足。
見上げると、血気迫ったマリアの顔が見下ろしてきていて。
瞬間、首根っこを掴まれた。
「来てはダメッ!」
「ぇ、う、わッ!?」
あろうことか、まるでボールか何かの様に放り投げられて。
そのまま、追いかけてきていた響に受け止められた。
「マリアさん!何が!?」
「いいから!その子に何も見せないで!あなたもよ!見てはダメ!」
「は、はいッ!」
歌姫らしからぬ怒号に、言いようのない逆らい難さを感じて。
コナンはただ頷くしか出来ない。
そのあとで、隠しきれない困惑のまま、無意識に響を見上げる。
「いい子だから、ここで待ってよう?ね?」
「う、うん・・・・」
『不安がっている』とでも思ったのだろう。
響は柔和に笑いかけると、コナンを降ろして件の部屋に向かってしまった。
彼女とすれ違うように平次が歩いてきたので、彼に聞くことにする。
本当は自分の目で調べたいのだが、マリアが見張っている以上難しいだろうと判断してのことだった。
「服部、何があった。あの部屋、どうなっているんだ?」
「ああ、工藤・・・・えらいこっちゃで」
口元を押さえ、顔色悪く返事する彼は。
「殺人や、しかもえらく趣味の悪い部類の」
コナンと一緒に、いまだ騒がしい部屋の入り口を振り向いて。
騒乱の訪れを告げて。
大人達の誰かが、『警察を呼べ!』と叫んだ。
◆ ◆ ◆
「――――被害者は、香港から来ていた学芸員『リュウ・シャンファ』さん。死因は、全身を切断されたことによるショック死」
大事になった・・・・。
またまた見覚えのある『目暮警部』や『高木刑事』、そして『佐藤刑事』の三人が。
鑑識や巡査さん達を引き連れて、物々しい雰囲気になっている。
犠牲となってしまったのは、香港からやってきていたシャンファさん。
遺体の損壊が激しかったらしいけど、身に着けていた衣服や、散らばっていた遺留品から判断されたらしい。
・・・・何というか。
敵じゃない分、もの悲しさが半端ないね。
つい二時間くらい前まで、顔を合わせて話したはずなのに。
もういないなんて・・・・。
「そのことを、一足先に調べてくださったのが、毛利さんと・・・・」
「私ですわ」
了子さんの声がしたので、考え事から戻る。
どうやら、聞き取りが始まったようだった。
「医学の心得もございますので、何か一助になればと」
「なるほど、では、改めて見解を聞かせていただけますかな?」
「ええ」
一度頷いた了子さんは、集まった面々を見渡しながら話し始めた。
「まず、彼女を殺したのは簡単なワイヤートラップと見て間違いないでしょう。それも二段仕掛けの」
了子さんが話すには。
まず第一段階として、扉が閉まることで被害者を捕縛。
次の開けた時に締め上げて、趣味の悪いサイコロステーキを生産するのが、第二段階らしい。
・・・・普通の人なら。
始めの捕縛で確実に悲鳴や驚愕の声を上げて、そして助けを求めるだろう。
そして、中の人を助けようと、第三者が扉を開けてしまえば・・・・。
うん、趣味も性格も最悪な犯人だ。
それで、その運の悪い、止めを刺す役になってしまったのが。
「第一発見者の卜部さん、あなたということですな」
「え、ええ」
卜部さんが言うには。
許可を得て船の中を撮影していたところ、シャンファさんの悲鳴を聞きつけて、例の部屋に向かったらしい。
尋常ではない様子だったので、扉を開け放ったところ。
こう、ぐしゃっと・・・・。
ちなみにその後、スクープだと言わんばかりにシャッターを押しまくっていたとかで。
だからあの時、譲二おじさんにつまみ出されてたんだなと納得。
「確かに、押収したカメラの現場写真は貴重な資料ですが。死者を辱めかねない行為は、褒められたものではありませんな」
「ぅっ、す、すみませーん。ははは・・・・」
じろっと目暮警部に睨まれた卜部さんは、愛想笑いで誤魔化そうとしていた。
この人、反省しない類の人だな・・・・。
「ふむ・・・・では、事件発生当時、みなさんがどこにいたのかお聞きしても?」
・・・・なんだろう。
何気ない動作だし、こっちには何の非もないのに。
警察と目が合っただけで、どきっとしちゃうこの緊張感・・・・。
って、そうだった。
あたし凶悪犯・・・・。
い、いや、でも今回の件に関しては無実だし。
せー、ふ?
セーフ、よね?
「私は、井出教授や櫻井教授と一緒に、展覧会のトークショーについて打ち合わせを」
「この船のカフェテリアでやったし、飲み物も頼んだんで、ウェイターに聞けば証言は取れるはずです」
最初に、マリアさんと譲二おじさんがそう証言。
やらないし、やってないって確信はあるけれど、アリバイがしっかりしていることに安堵する。
「私は、館内の見回りを。社長や滝本さんとご一緒していましたので、こちらも乗組員や監視カメラで確認できるかと存じます」
「警部殿の耳にも入っているやも知れませんが、社長が地元で襲われましたので、一人にするわけにもいかず・・・・」
続いて、乾船長が代表して証言して。
滝本さんがそれに付け加える。
「鈴木相談役は?」
「儂は、龍臣社長と展覧会について打ち合わせた後、館内を見て回っておった。同じく、乗組員や監視カメラで確認できるはずじゃ」
鈴木相談役曰く、『見事な船なので、じっくり見て回りたかった』とか。
気持ちはわかる。
「で、立花響さん、あなたは?」
おっと、わたしの番か。
「わたしは、鈴木相談役が招待した子ども達の案内を」
「私達も一緒でした!」
「うんうん!」
「俺もおったで、間違いない」
隠すことでもないので素直に証言すると、鈴木さんと毛利さん、服部君が援護してくれた。
と、
「目暮警部!ツタンカーメンの部屋の柱が、一部破壊されているとの情報が」
「何?」
あっ。
「ごめんなさい、それはわたしがやりました」
「はっ?き、君が?」
ぎょっと驚く警察官さん。
・・・・うん、驚くのは分かる。
正直わたしも出来るとは思ってなかったし。
「はい、子ども達の方に倒れてきて、一刻を争う状況だったので・・・・ごめんなさい」
とはいえ、やったことにはやったので、正直に白状して頭を下げる。
「龍臣社長、鈴木相談役。せっかくの展示を壊してしまい、申し訳ございませんでした」
もちろん。
この船の所有者と、展覧会の主催者のお二人にも。
「待って!響お姉さんを怒らないで!」
「そうです!ボク達、本当に危ないところだったんですから!」
「ツタンカーメンだって、ぺしゃんこだったんだぞ!」
わたしの前に立って両手を広げてくれたのは、少年探偵団のみんな。
「わたし達も、現場にいました!」
「そりゃあ、あんなおっきいものを吹っ飛ばしたのは驚いたけど。でも、あの状況はしょうがなかったと思います!」
「俺も、立花の無実を言い張らせてもらいますわ」
さらに、毛利さん達高校生組も一緒になって擁護してくれる。
「い、いや、そこまで言うのなら、そうなんだろう。君達を信じよう」
「ですな、子ども達や、展示品のためにやってくれたことなら、そう強くは責められません」
「まあ、まだ替えの効く装飾品で済んでよかったと見るべきじゃな」
みんなの勢いに押された警部さん達が、鈴木相談役と龍臣社長を見ると。
二人とも、寛大な言葉をかけてくれた。
これが大企業を背負う器・・・・!
「・・・・この度は、私の教え子が大変失礼しました。皆様の寛大な御心に感謝いたしますわ」
最後に、了子さんが一緒に頭を下げてくれたことで。
この一件は収まった。
と、思いきや。
「それに、倒れてきた柱も、誰かの故意かもしれないんです!」
「何?それは、本当かね?」
言うなり、毛利さんはスマホを操作すると、警部さんに何かを見せる。
「これは、風船・・・・?」
毛利探偵や刑事さんに混ぜてもらって覗いてみると。
柱の台座と思わしきものの上に、パンパンに膨らんだ風船の写真が表示されていた。
聞くところによると、わたしや服部君、コナン君が。
卜部さんの悲鳴を聞いて走り去った直後に、哀ちゃんが見つけたものらしかった。
「君、これは本当かね?」
「間違いありません。倒れた柱の根元に、この風船が」
柱のことを報告した警察官さんが、目暮警部に確認されてこっくり頷く。
「中にはドライアイスが詰め込まれていました」
「なるほど、ドライアイスから出る二酸化炭素で風船を膨らませ、柱を傾けて倒したんでしょうな」
「ふてぇ野郎だ、なんてことしやがる!」
毛利探偵の見立てに、譲二おじさんはひどく立腹しているようだ。
まあ、職業柄当たり前、か。
「井出先生、やっぱり許せないの?」
「おうともさ!発掘される遺物は、過去からのメッセージだ。時には重大な危機を乗り越えるための、貴重な情報を秘めている大事なもんだぞ!それをぶっ壊そうなんざ、とんでもねぇことだ!」
コナン君の質問にも、熱く語っている。
うん、やっぱり考古学者になるべくしてなったんだろうね。
「話を戻しましょう。柱の件は引き続き調査を、無関係と判断するのは早計すぎる」
「っは!」
目暮警部が手を叩いて、脱線しかけていた話題を軌道修正。
改めて全員を見渡してから、口を開く。
「それで、今回の犯人について、何か心当たりはありませんか・・・・?」
「心当たり、となると・・・・」
質問を受けた鈴木相談役の目が、申し訳なさそうに龍臣社長へ向く。
対する龍臣社長は、臆した様子もなく。
『そうなるでしょう』と言いたげな、物憂げな顔でため息をついた。
「個人的に引っかかっているのは、あの襲撃者でしょうか」
「というと、大阪での?」
「ええ」
襲撃者・・・・?
そういえば、さっきも襲われたみたいなこと言ってたな。
「突然のことでした、帰宅途中に現れたそいつに・・・・おそらく、殺されそうになってしまって・・・・幸い、近くの人が助けてくださったお陰で、軽傷で済みましたが・・・・」
・・・・その時のことを思い出しているのだろうか。
社長の手が震えている。
また、毛利さん達は一足先に事情を聞いていたらしい。
痛ましそうに、気遣いの目を向けていた。
「・・・・真っ黒なコートに、右腕に仕込んだ刃」
――――――うん?
「去り際、そいつは確かに名乗りました」
・・・・どうしてだろう。
嫌な予感と、冷や汗が止まってくれない。
「――――『ファフニール』、と」
◆ ◆ ◆
「『ファフニール』、だってぇ!?」
――――その名前が出た瞬間。
主に警察関係者の空気が変わった。
『ファフニール』。
一般的には、北欧神話に伝わる欲深なドラゴンの名前なのだが。
この場合は違う。
つい数年前まで、アジアや中東を中心に暴れまわっていた大犯罪者。
いや、テロリストと言う名の災害とも言うべきだろう。
南米での目撃証言を最後に、ぱったりと足取りが途絶えており。
もう死んでいるというのが、有力な説だったのだが。
「龍臣社長!それは、間違いないのですか!?本当に、あの!?」
「本人かどうかは、私には推し量れません・・・・ただ、襲撃者がそう名乗ったことだけは、事実であり、間違いのないことです」
思わず身を乗り出す目暮警部に、深く頷いて答える龍臣。
どよめく警察関係者や、事情を知っている大人達の脇で。
コナンは一人、視線を研ぎ澄ませていた。
「・・・・工藤君」
「ああ、分かってる」
声を潜める哀に答えながら、目を向ける先。
必死に隠しているものの、明らかに狼狽えている響と。
そんな彼女を、気づかわし気に見るマリアと了子の二人。
「『ファフニール』の名前が出た途端に、変わった」
黙って頷く哀を横目に。
コナンは、未だに動揺を隠せない響の横顔を凝視して。
(柱を蹴り飛ばしたことと言い・・・・やっぱりこの人、何かある・・・・!)
コナン「・・・・」(ロックオン)
チョイワル「ッ!?」ゾワワッ