チョイワルビッキーと一途な393   作:数多 命

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死ぬ一瞬まで振り切れないのが『過去』

その声を聞いて、真っ先に反応したのは服部君とコナンくんだった。

って、おおーい!!どこいくねーん!

 

「みんなはここにいて!」

「わ、わかった!」

 

毛利さんの返事を聞いてから、わたしも駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

「――――これは?」

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

慌ただしい人の流れを頼りに、コナンと平次は船内を駆ける。

やがて見えてきた客室の一つ。

マリアや譲二のような、先ほど出会った主だった人物が対応しているのが見えた。

 

「ッいい加減にしやがれ!!」

「ひぇ、のがッ!」

 

すると、譲二のたくましい腕が何かを放り投げたのが見えた。

卜部だ。

軽々放り投げられた彼の衣服には、所々赤い汚れがついている。

顔色は最悪で、今にも吐きそうだったが。

何か惹かれるものがあったのか、カメラだけはしっかり握っていた。

 

「何があったんや!?」

 

一足先に平次が駆けつけ、卜部の外傷を確認しながら。

部屋の方に目をやって。

 

「――――」

 

目を見開いて、息を吞んだ。

 

「おい服部!何が起こっているんだ!」

 

長年のライバルの尋常ではない様子に、やっとおいついたコナンも同様に見ようとして。

ふと、誰かが立ちはだかる。

しなやかな女性の足。

見上げると、血気迫ったマリアの顔が見下ろしてきていて。

瞬間、首根っこを掴まれた。

 

「来てはダメッ!」

「ぇ、う、わッ!?」

 

あろうことか、まるでボールか何かの様に放り投げられて。

そのまま、追いかけてきていた響に受け止められた。

 

「マリアさん!何が!?」

「いいから!その子に何も見せないで!あなたもよ!見てはダメ!」

「は、はいッ!」

 

歌姫らしからぬ怒号に、言いようのない逆らい難さを感じて。

コナンはただ頷くしか出来ない。

そのあとで、隠しきれない困惑のまま、無意識に響を見上げる。

 

「いい子だから、ここで待ってよう?ね?」

「う、うん・・・・」

 

『不安がっている』とでも思ったのだろう。

響は柔和に笑いかけると、コナンを降ろして件の部屋に向かってしまった。

彼女とすれ違うように平次が歩いてきたので、彼に聞くことにする。

本当は自分の目で調べたいのだが、マリアが見張っている以上難しいだろうと判断してのことだった。

 

「服部、何があった。あの部屋、どうなっているんだ?」

「ああ、工藤・・・・えらいこっちゃで」

 

口元を押さえ、顔色悪く返事する彼は。

 

「殺人や、しかもえらく趣味の悪い部類の」

 

コナンと一緒に、いまだ騒がしい部屋の入り口を振り向いて。

騒乱の訪れを告げて。

大人達の誰かが、『警察を呼べ!』と叫んだ。

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

「――――被害者は、香港から来ていた学芸員『リュウ・シャンファ』さん。死因は、全身を切断されたことによるショック死」

 

大事になった・・・・。

またまた見覚えのある『目暮警部』や『高木刑事』、そして『佐藤刑事』の三人が。

鑑識や巡査さん達を引き連れて、物々しい雰囲気になっている。

犠牲となってしまったのは、香港からやってきていたシャンファさん。

遺体の損壊が激しかったらしいけど、身に着けていた衣服や、散らばっていた遺留品から判断されたらしい。

・・・・何というか。

敵じゃない分、もの悲しさが半端ないね。

つい二時間くらい前まで、顔を合わせて話したはずなのに。

もういないなんて・・・・。

 

「そのことを、一足先に調べてくださったのが、毛利さんと・・・・」

「私ですわ」

 

了子さんの声がしたので、考え事から戻る。

どうやら、聞き取りが始まったようだった。

 

「医学の心得もございますので、何か一助になればと」

「なるほど、では、改めて見解を聞かせていただけますかな?」

「ええ」

 

一度頷いた了子さんは、集まった面々を見渡しながら話し始めた。

 

「まず、彼女を殺したのは簡単なワイヤートラップと見て間違いないでしょう。それも二段仕掛けの」

 

了子さんが話すには。

まず第一段階として、扉が閉まることで被害者を捕縛。

次の開けた時に締め上げて、趣味の悪いサイコロステーキを生産するのが、第二段階らしい。

・・・・普通の人なら。

始めの捕縛で確実に悲鳴や驚愕の声を上げて、そして助けを求めるだろう。

そして、中の人を助けようと、第三者が扉を開けてしまえば・・・・。

うん、趣味も性格も最悪な犯人だ。

それで、その運の悪い、止めを刺す役になってしまったのが。

 

「第一発見者の卜部さん、あなたということですな」

「え、ええ」

 

卜部さんが言うには。

許可を得て船の中を撮影していたところ、シャンファさんの悲鳴を聞きつけて、例の部屋に向かったらしい。

尋常ではない様子だったので、扉を開け放ったところ。

こう、ぐしゃっと・・・・。

ちなみにその後、スクープだと言わんばかりにシャッターを押しまくっていたとかで。

だからあの時、譲二おじさんにつまみ出されてたんだなと納得。

 

「確かに、押収したカメラの現場写真は貴重な資料ですが。死者を辱めかねない行為は、褒められたものではありませんな」

「ぅっ、す、すみませーん。ははは・・・・」

 

じろっと目暮警部に睨まれた卜部さんは、愛想笑いで誤魔化そうとしていた。

この人、反省しない類の人だな・・・・。

 

「ふむ・・・・では、事件発生当時、みなさんがどこにいたのかお聞きしても?」

 

・・・・なんだろう。

何気ない動作だし、こっちには何の非もないのに。

警察と目が合っただけで、どきっとしちゃうこの緊張感・・・・。

って、そうだった。

あたし凶悪犯・・・・。

い、いや、でも今回の件に関しては無実だし。

せー、ふ?

セーフ、よね?

 

「私は、井出教授や櫻井教授と一緒に、展覧会のトークショーについて打ち合わせを」

「この船のカフェテリアでやったし、飲み物も頼んだんで、ウェイターに聞けば証言は取れるはずです」

 

最初に、マリアさんと譲二おじさんがそう証言。

やらないし、やってないって確信はあるけれど、アリバイがしっかりしていることに安堵する。

 

「私は、館内の見回りを。社長や滝本さんとご一緒していましたので、こちらも乗組員や監視カメラで確認できるかと存じます」

「警部殿の耳にも入っているやも知れませんが、社長が地元で襲われましたので、一人にするわけにもいかず・・・・」

 

続いて、乾船長が代表して証言して。

滝本さんがそれに付け加える。

 

「鈴木相談役は?」

「儂は、龍臣社長と展覧会について打ち合わせた後、館内を見て回っておった。同じく、乗組員や監視カメラで確認できるはずじゃ」

 

鈴木相談役曰く、『見事な船なので、じっくり見て回りたかった』とか。

気持ちはわかる。

 

「で、立花響さん、あなたは?」

 

おっと、わたしの番か。

 

「わたしは、鈴木相談役が招待した子ども達の案内を」

「私達も一緒でした!」

「うんうん!」

「俺もおったで、間違いない」

 

隠すことでもないので素直に証言すると、鈴木さんと毛利さん、服部君が援護してくれた。

と、

 

「目暮警部!ツタンカーメンの部屋の柱が、一部破壊されているとの情報が」

「何?」

 

あっ。

 

「ごめんなさい、それはわたしがやりました」

「はっ?き、君が?」

 

ぎょっと驚く警察官さん。

・・・・うん、驚くのは分かる。

正直わたしも出来るとは思ってなかったし。

 

「はい、子ども達の方に倒れてきて、一刻を争う状況だったので・・・・ごめんなさい」

 

とはいえ、やったことにはやったので、正直に白状して頭を下げる。

 

「龍臣社長、鈴木相談役。せっかくの展示を壊してしまい、申し訳ございませんでした」

 

もちろん。

この船の所有者と、展覧会の主催者のお二人にも。

 

「待って!響お姉さんを怒らないで!」

「そうです!ボク達、本当に危ないところだったんですから!」

「ツタンカーメンだって、ぺしゃんこだったんだぞ!」

 

わたしの前に立って両手を広げてくれたのは、少年探偵団のみんな。

 

「わたし達も、現場にいました!」

「そりゃあ、あんなおっきいものを吹っ飛ばしたのは驚いたけど。でも、あの状況はしょうがなかったと思います!」

「俺も、立花の無実を言い張らせてもらいますわ」

 

さらに、毛利さん達高校生組も一緒になって擁護してくれる。

 

「い、いや、そこまで言うのなら、そうなんだろう。君達を信じよう」

「ですな、子ども達や、展示品のためにやってくれたことなら、そう強くは責められません」

「まあ、まだ替えの効く装飾品で済んでよかったと見るべきじゃな」

 

みんなの勢いに押された警部さん達が、鈴木相談役と龍臣社長を見ると。

二人とも、寛大な言葉をかけてくれた。

これが大企業を背負う器・・・・!

 

「・・・・この度は、私の教え子が大変失礼しました。皆様の寛大な御心に感謝いたしますわ」

 

最後に、了子さんが一緒に頭を下げてくれたことで。

この一件は収まった。

と、思いきや。

 

「それに、倒れてきた柱も、誰かの故意かもしれないんです!」

「何?それは、本当かね?」

 

言うなり、毛利さんはスマホを操作すると、警部さんに何かを見せる。

 

「これは、風船・・・・?」

 

毛利探偵や刑事さんに混ぜてもらって覗いてみると。

柱の台座と思わしきものの上に、パンパンに膨らんだ風船の写真が表示されていた。

聞くところによると、わたしや服部君、コナン君が。

卜部さんの悲鳴を聞いて走り去った直後に、哀ちゃんが見つけたものらしかった。

 

「君、これは本当かね?」

「間違いありません。倒れた柱の根元に、この風船が」

 

柱のことを報告した警察官さんが、目暮警部に確認されてこっくり頷く。

 

「中にはドライアイスが詰め込まれていました」

「なるほど、ドライアイスから出る二酸化炭素で風船を膨らませ、柱を傾けて倒したんでしょうな」

「ふてぇ野郎だ、なんてことしやがる!」

 

毛利探偵の見立てに、譲二おじさんはひどく立腹しているようだ。

まあ、職業柄当たり前、か。

 

「井出先生、やっぱり許せないの?」

「おうともさ!発掘される遺物は、過去からのメッセージだ。時には重大な危機を乗り越えるための、貴重な情報を秘めている大事なもんだぞ!それをぶっ壊そうなんざ、とんでもねぇことだ!」

 

コナン君の質問にも、熱く語っている。

うん、やっぱり考古学者になるべくしてなったんだろうね。

 

「話を戻しましょう。柱の件は引き続き調査を、無関係と判断するのは早計すぎる」

「っは!」

 

目暮警部が手を叩いて、脱線しかけていた話題を軌道修正。

改めて全員を見渡してから、口を開く。

 

「それで、今回の犯人について、何か心当たりはありませんか・・・・?」

「心当たり、となると・・・・」

 

質問を受けた鈴木相談役の目が、申し訳なさそうに龍臣社長へ向く。

対する龍臣社長は、臆した様子もなく。

『そうなるでしょう』と言いたげな、物憂げな顔でため息をついた。

 

「個人的に引っかかっているのは、あの襲撃者でしょうか」

「というと、大阪での?」

「ええ」

 

襲撃者・・・・?

そういえば、さっきも襲われたみたいなこと言ってたな。

 

「突然のことでした、帰宅途中に現れたそいつに・・・・おそらく、殺されそうになってしまって・・・・幸い、近くの人が助けてくださったお陰で、軽傷で済みましたが・・・・」

 

・・・・その時のことを思い出しているのだろうか。

社長の手が震えている。

また、毛利さん達は一足先に事情を聞いていたらしい。

痛ましそうに、気遣いの目を向けていた。

 

「・・・・真っ黒なコートに、右腕に仕込んだ刃」

 

――――――うん?

 

「去り際、そいつは確かに名乗りました」

 

・・・・どうしてだろう。

嫌な予感と、冷や汗が止まってくれない。

 

「――――『ファフニール』、と」

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

「『ファフニール』、だってぇ!?」

 

――――その名前が出た瞬間。

主に警察関係者の空気が変わった。

『ファフニール』。

一般的には、北欧神話に伝わる欲深なドラゴンの名前なのだが。

この場合は違う。

つい数年前まで、アジアや中東を中心に暴れまわっていた大犯罪者。

いや、テロリストと言う名の災害とも言うべきだろう。

南米での目撃証言を最後に、ぱったりと足取りが途絶えており。

もう死んでいるというのが、有力な説だったのだが。

 

「龍臣社長!それは、間違いないのですか!?本当に、あの!?」

「本人かどうかは、私には推し量れません・・・・ただ、襲撃者がそう名乗ったことだけは、事実であり、間違いのないことです」

 

思わず身を乗り出す目暮警部に、深く頷いて答える龍臣。

どよめく警察関係者や、事情を知っている大人達の脇で。

コナンは一人、視線を研ぎ澄ませていた。

 

「・・・・工藤君」

「ああ、分かってる」

 

声を潜める哀に答えながら、目を向ける先。

必死に隠しているものの、明らかに狼狽えている響と。

そんな彼女を、気づかわし気に見るマリアと了子の二人。

 

「『ファフニール』の名前が出た途端に、変わった」

 

黙って頷く哀を横目に。

コナンは、未だに動揺を隠せない響の横顔を凝視して。

 

(柱を蹴り飛ばしたことと言い・・・・やっぱりこの人、何かある・・・・!)




コナン「・・・・」(ロックオン)
チョイワル「ッ!?」ゾワワッ

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