チョイワルビッキーと一途な393   作:数多 命

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エルザちゃん撫でまわしたい、もふもふ・・・・。


ファフニール

心臓の音が、やけにうるさい。

まばたきを忘れた目は、それでも閉じることが出来ない。

香子共々、ぼんやりする目の前で。

洸は、膝からゆっくり崩れ落ちてしまった。

 

「~~ッ!!」

「お父さぁん!!」

 

響は痛みをこらえて、駆け出す。

洸は体を捻って、致命傷を避けていたようだったが。

ズタズタの腕と、水溜りが出来るほどの出血を見てしまえば。

『よかった』など、まかり間違えても言えなかった。

 

「ッ、間に合って、よかった・・・・二人とも、大丈夫か?」

「お父さんが全然大丈夫じゃないよ!!」

「ははっ、無茶しちゃったもんなぁ・・・・」

 

もはや泣き叫びながら安否を気遣う香子。

持ち合わせていたハンカチで止血を試みているようだったが、どう見ても間に合っていなかった。

 

「ぉ、お父さん・・・・!」

「響、香子・・・・置いてって悪かったな、避難する人に押し流されてしまったんだ・・・・」

「・・・・いいよ・・・・そんなの・・・・気にしないでいい・・・・!!」

 

首を振る長女へ、『怪我をしている』と手を伸ばす洸。

確かに手傷を負っていたが、響からすれば父の方が圧倒的に重傷で。

だから、差し出された手を避けた。

 

「・・・・気にするさ」

 

諦めることなく手を伸ばして、抱きとめる洸。

敵が眼前にいるにも拘らず、響は驚愕に目を見開く。

 

「・・・・お前達の父親であることから逃げたから、お前には辛い思いを、香子には寂しい思いをさせたんだから」

「そ、れは・・・・」

 

もう手放さないために、更に抱き寄せる。

 

「・・・・違う、違うよ、お父さん・・・・わたしが、悪いんだ・・・・わたしの、せいで、お父さんに・・・・逃げたいって思わせちゃったんだ・・・・だから・・・・ッ」

「それでも、だ」

 

娘の懺悔を、やんわり否定して。

洸は、そっと、頭を撫でる。

 

「逃げるなら、みんなで逃げればよかったんだ。お前も、香子も、母さんも、おばあちゃんも連れて・・・・なのに、俺は、それをしなかった」

「・・・・お父さん」

「なあ、響」

 

痛みを耐えて、笑いかける。

 

「もう、自分の所為だって、泣かなくていいんだ。誰かのために、痛みを堪えなくていいんだ」

 

だって、そうし続けてたら。

そう、拒絶し続けて。

 

「ずっと続けて、お前は誰もに守らせないつもりなんだろ?」

「ッ・・・・」

「守られなくてもいい、なんて、そんな悲しいこと考えるな。人間一人に出来ることなんて、結局大したことじゃないんだから」

 

へらっと笑う洸とは対照的に、響の顔は呆然としていた。

 

「そろそろ、自分を許してやってもいいんじゃないか?」

 

指が、頬を撫でる。

大切なものに触れるように、丁寧に、丁寧に。

 

「・・・・ぉ、父さん」

 

さっきから、似たようなことしか口にしていない。

いや、本当はいろいろ言いたいことが、山のように積み重なっている。

なのに、口がうまく回ってくれない。

だからといって、何か返事をしないと、自分がどうにかなってしまいそうで。

結果響は、『お父さん』と呟くしか出来なかった。

 

「・・・・ぁ、ぅ」

 

伝えたいことを言い終えたからなのか、糸が切れるように、ふっつり倒れ込んでしまう洸。

香子と一緒に、慌てて支えた体を横たえさせれば。

先ほどよりも広がった血溜まりが見えた。

 

「――――ッ」

 

脈はある、息もある。

生きている、まだ間に合う。

それでも、まずは。

 

「・・・・Balwisyall Nescell」

 

守りたい人を傷つけた、不届き者へ。

 

「Gungnir tron !!!!!!!!」

 

この怒りを、ぶつけずにいられなかった。

纏えたギアとか、そんなのを気にしている余裕はない。

最速で、最短で、まっすぐに、一直線に。

この憎ったらしい敵を、叩きのめさずして。

どうして、自分の不甲斐なさを。

払拭出来ようか・・・・!!

 

「ハハッ・・・・!」

 

第二ラウンドだと言わんばかりに、キャロルは笑う。

無数の、見えにくい弦が襲い掛かる。

拳で絡め取り、逆に引っ張ってやる。

それを見越していたキャロルは、空いた片手に弦を固めて、杭を突き出してきた。

咄嗟に刺突刃で弦を切り払うと、そのまま放って爆発させる。

回避したキャロルに反撃させぬよう、続けざまに投擲し続ける。

テンポよく途切れない爆発。

キャロルはステップで避け、あるいは障壁で防いでしのぐ。

そうして無傷な様を見せつけるように胸を張ると、にやりと笑って見せた。

 

「ッがあああああああああああああああ!!!!!」

 

挑発は覿面で、響の額に青筋が浮かぶ。

獣のように猛然と突進すると、殴打と蹴打を嵐のように放った。

二度、三度とかわしたキャロルは、響が深く飛び込んできたタイミングで、全身を弦で拘束。

香子と洸が倒れている付近へ、わざと叩きつけてやった。

 

「もはや我が目的は達成された以上、イグナイトに用はない・・・・だが」

 

鼻息荒く、痛みを殺しながら立ち上がる響へ。

再び挑発的に笑う。

 

「それを抜きにして勝てるなどと、安く見られたものだなぁ?」

 

あざ笑ってやれば。

目論見通り、響の手が胸元へ。

イグナイトモジュールへ、伸びた。

 

(そうだ、使え。使って、堕ちろ)

 

――――キャロルは、歪んだ笑みを抑えられない。

 

(絶望する様を、見せてくれ)

 

目の前で、闇が翻って。

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

――――やっては、いけなかったんだ。

一度、暗闇に堕ちた者が。

優しいものを、眩しいものを、あったかいものを。

欲しがっちゃ、いけなかったんだ。

ぬるま湯に浸って、ぬくぬくと腑抜けていたから。

だから、お父さんが大怪我をして。

香子も、怖い思いをして。

与えられたら、与えられた分だけ。

救われたら、救われた分だけ。

傷ついて、呪われて、独りぼっちにならなきゃいけなかったんだ。

ああ、なんで忘れていたんだろう。

どうして、思い出せなかったんだろう。

何故、いつも手遅れなんだろう。

自分じゃどうしようもないことにならなきゃ、気付くことすらできない。

結局、歪んだ在り方のナマモノには。

居場所なんて与えられないんだ。

それで当たり前なんだ。

それが当然なんだ。

・・・・・わたし、なんて。

わたし、なんか。

産まれて、こなければ。

 

 

「――――お姉ちゃん!!!」

 

 

はっしと掴まれた手で、我に返る。

呑まれそうな中見下ろすと、左手を握ってくれている香子が見えた。

 

「・・・・もう」

 

恐ろしいのか、震えていた香子は。

口を、そっと開いた。

 

「もう、いいよぉ・・・・!」

 

見上げてくる瞳から涙が零れている。

 

「責任とか、償いとかさ・・・・もうどうでもいいよおおぉ・・・・!」

 

ほっぺたをびしょびしょに濡らしながら、それでも。

 

「犯罪者だって、怪物だって、なんだっていいよ・・・・!・・・・帰ろう、一緒に帰ろうよ・・・・!」

 

わたしの、手を。

バケモノに変わりそうな、触っただけで傷つきそうな手を。

離さないように、握りしめてくれて。

――――泣き声混じりの、その声は。

 

「ずっとずっと待ってたお姉ちゃんは・・・・・わたしが帰ってきてほしいお姉ちゃんはッ・・・・!」

 

闇を穿つ、一矢。

 

「この手を握ってる!!!たった一人なんだよ!!!!」

 

呼吸が戻ってくる。

温度が戻ってくる。

感じる、温もり。

握った、手の、あたたかさ。

・・・・懐かしい、感覚。

けれど、触った感じに違和感を覚えていて。

どうしてだろうと考えて、気が付いた。

 

(――――大きく、なったんだなぁ)

 

目の前、拓ける。

見上げる瞳は、見据える瞳は。

穢れを知ってもなお失わない、輝きを放っていて。

――――分かったかもしれない。

わたしが、ここに、生きる意味。

この、強い瞳を、可能性を。

残酷に刈り取る理不尽から、守り抜くために。

 

「・・・・ふん」

 

イグナイトの闇に、まだ耐えているわたしが面白くないのか。

キャロルちゃんが掲げた手から、炎が翻って。

灼熱が、わたし達を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちいさなてのひらが、ゆびをつかんでいる。

おもったよりもちからづよくにぎったそのこは、きょとんとしていた。

でも、すぐに。

かがやくようで、むじゃきな、とてもかわいいえがおで。

 

「――――ねーちゃ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

駆ける、全力で。

陸上をやっていたあの頃を必死に思い出しながら、未来は神獣鏡を纏い疾走していた。

だが、同じくギアを纏ったマリアや翼には一歩追い付かない。

単純な年季の差もあるのだろうが、焦りを抑えられない今は割り切るだけの余裕はなかった。

一抹の悔しさを覚えながら、更にペースを上げて駆ける。

それでも、努力の結末はあまりにも虚しく。

 

「見えたッ!!」

 

マリアの声に、己を改めて奮い立たせた未来は。

最後の一押しと言わんばかりに二人を追い越し、前に出て。

――――眼前で爆ぜた黒煙に、思考を停止させる。

 

「・・・・ぅ」

 

思わず止まる足。

震えて動けない体を突っ立たせて、両目をかっぴらく。

どれだけ黙ろうと、どれだけ見つめようと。

燃え盛る炎は、勢いを失わず。

 

「・・・・そ」

 

翼とマリアが追い付いたのも気に留めず。

膝から崩れ落ちる。

だって、そんな。

こんな結末、あんまりだ。

 

「うそ、だ」

 

懇願を始めたって、結局炎は消えない。

パチパチと者を焼く音が、現実を叩きつけてくる。

 

「――――ああ」

 

『夢ではない』と、自覚した未来は。

心のまま、絶望のままに慟哭を上げようとして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『響ちゃんのイグナイトモジュール、正常に稼働ッ!!!』

 

『カウント、開始しますッ!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何だと?」

 

風だ。

炎の中で巻き起こった風が、火炎を巻き取っていく。

驚愕に口元を噛み締めるキャロルの目の前で、天高く昇った風と炎。

文字通りの火柱となったそれが、まっすぐ、豪快に倒れて。

キャロルに叩きつけられる。

――――そして。

余った黒煙を振り払って、現れたのは。

 

「響ッ!!ああ、よかった・・・・よかった・・・・!」

「立花め、さんざん心配させおって」

「ええ、でも」

 

未来が喜ぶのは当然として、マリアや翼もほっとした顔。

保護者もかくやという、穏やかに安堵した様子で。

あらわになったその姿を、頼もしそうに見つめた。

 

「・・・・?」

 

直前の灼熱に、死んだとばかり思っていた香子は、ゆっくり目を開けた。

確かに熱いことは熱いが、死んでしまうほどではないし。

熱中症で倒れた時のような苦しさなんて、微塵もない。

だけど死にそうになっていたのは事実で、じゃあ何が起こったんだと顔を上げてみれば。

 

「――――香子」

 

口元を覆う、竜が歯を食いしばっているような仮面。

顔の下半分が隠れているのを見て、香子は武者鎧の顔パーツを思い浮かべた。

籠手は(おそらく具足も)まるで鱗のようにささくれ立ち、随分攻撃的だ。

黒を基調としたカラーリングは、もはや悪役か何かのようなのに。

 

「怪我は?」

「ぅ、ううん」

 

向けるまなざしと声と、支えてくれている手は。

どこまでも、どこまでも。

優しくて、あったかくて、頼もしくて。

 

「よかった」

 

ほら、今も。

仮面に隠れていても分かる、心から安堵した言葉。

 

「響!!キョウちゃん!!」

「未来」

「未来ちゃん?」

 

その後ろから、未来がいの一番に。

続けて翼、マリアと続く。

 

「ッバカ!このバカ!!死んじゃったと思ったじゃない!!」

「のっ!?あてっ、あたたたた!ごめん、ごめんって・・・・!」

「ごめんで済むわけないでしょ!?バカァッ!!」

 

響の頭をどついた未来は、そのままバカを連呼。

おろおろする香子の前で、痴話喧嘩が勃発しようとしたが。

どん、と瓦礫が吹き飛ぶ音。

洸の応急処置をしていた翼やマリアも一緒になって振り向けば、悠然と歩いてくるキャロルの姿。

 

「・・・・香子と、お父さんを、お願いします」

「お姉ちゃん?」

 

それを見た響は、シンプルに告げて立ち上がる。

歩き出した先には、キャロル。

先ほどの苦戦を覚えていた香子は、不安げに引き留めようとする。

 

「香子」

 

その不安に、響は背を向けたまま。

 

「――――これが終わったら、一緒に帰ろう」

 

一つの希望を、託したのだった。

望んでいたものが、急にころんと転がってきたものだから。

一瞬体が硬直して、呆けてしまった香子だが。

次の瞬間には、弾けるような笑顔を浮かべた。

妹の笑顔へ、同じく笑って返した響。

その隣に、未来が立つ。

 

「・・・・」

「ふふ」

 

片や肩をすくめ、片や笑みをこぼし。

言葉はなく。

ただ信頼だけがそこにあった。

香子と父は、やっと駆けつけた緒川が回収しており。

マリア達は、横やりが入らぬよう睨みを利かせている。

もはや悔恨はないと、一度目を伏せて、敵の方に向きなおれば。

なびいたマフラーが、まるで龍の両翼のように広がった。

 

「・・・・死にたがりが、存外抗うな」

「まあ、自分がどうでもいいのは、変わらないけどね」

 

でも、と。

拳を握り、不敵に笑ってやる。

 

「安上りでも、値打ちもんって気づいちゃったからにゃぁ・・・・」

 

それから八極拳特有の、重く、ゆったりとした動き。

 

「――――簡単に死ねんってもんよ!」

 

最後にびしっとポーズを決めてやれば。

キャロルの眉間が、不機嫌そうに皺寄った。

――――決戦が、始まる。


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